とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

窯場の新弟子

2013-06-14 05:20:45 | 日記
窯場の新弟子


 巫女のイラスト(フリー素材より)

 笙子さんの活動が動き始めているということを坂本学芸員から聞きました。どういうことですかと尋ねると、小室新之助さんの窯場に京都から女性の新弟子が来ていて、その人は巫女の経験があるようだという話でした。その話を聞いてから私は妙に胸騒ぎがして落ち着かなくなりました。数日後、坂本さんに改めて尋ねました。・・・その方は笙子さんが呼び寄せたんですねと尋ねると、そうらしいです、妹さんらしいです、という答え。私はますます落ち着かなくなりました。笙子さんは三姉妹 ?  姉さんが美術雑誌の記者をしていることは知っていましたが、他にも・・・。私はじっとしておられなくなり、小室さんの窯場に出かけました。以前と少しも変わらない窯場と工房の様子を見て、私は少し落ち着きました。小室さんが迎えててくれました。


 散らかしていますが、ま、どうぞ。小室さんに勧められて私は腰かけました。

 あの観音像ですが、私は最初作ることに気乗りがしなくて下図のまま一応仕上げたのですが、下図を作られた京子さんのお父さんが亡くなられてから急に愛着を感じて、毎日のようにお参りしています。夜のニケの姿も拝んでいます。

 小室さんの観音像はこの地域のシンボルとして定着しました。随分お参りがあるようです。岡田さんが花立てと賽銭箱を準備しました。賽銭は周りの整備に使っていらっしゃるようです。農場の運営も旨くいっているようです。・・・ああ、それから、三美神、いや、ご免なさい、これは古賀さんの言葉でした。京子さんは新しいアトリエでご主人と本格的に活動しています。郁子さんは仙女二代目の修業の旅に出ました。笙子さんは氏神様の巫女として、また、日本画の方面でも活躍されています。これもすべて観音様のお蔭ですし、千年椋の木の氏神様のお蔭です。ありがたいことだと思っています。

 その笙子ですが、鼓笛の劇団からお誘いがあったとか・・・。

 そうなんです。郁子さんがぜひということで・・・、ああ、その後で喜多川という演出家がお誘いしたようです。静御前の舞をしたいと仰っているようです。で、そのバックで巫女舞いをしたいとか・・・。

 あの大人しい笙子がそんなことを・・・、らしくもないですね。しかも、妊娠してますからね。

 お目出度なんだそうで今のところ何もできないと思います。でも、いずれ・・・。

 いや、その話は聞いています。静御前の舞いは巫女舞いと共通するところがありますから何とかやってくれると思っています。お世話になった出雲のお方への恩返しだと言っています。・・・ただ倭歌子まで呼び出すとは思いもよりませんでした。

 倭歌子さんと仰いましたね。どういう・・・。

 あいつに会うとなにも言えなくなります。・・・懺悔です。観音さんにもそう祈っています。

 と仰いますと、笙子さんの妹さん・・・。ああ、ご免なさい。立ち入ったことまで・・・。

 構いません。ほんとに妻には苦労かけました。片時も忘れることはありません。破門されてもうやけになってましたから・・・つい・・・。・・・その時、工房の奥からお茶を持って娘さんが出てきました。軽く頭を下げ、どうぞ、と言って、すぐに奥へ消えてしまいました。顔かたちは笙子さんに似てはいませんでしたが、雰囲気から直観的に血のつながりを感じました。

 母親と一緒に京都に住んでいましたが、笙子とはほとんど会うことはありませんでした。誘いを受けて、ああ、これも仏縁、いや、何かのご縁ですね・・・、出雲に来ようと決心したようです。

 ご縁ですね。

 そうとしか言いようがありません。

 そうです、きっと、いいご縁です。

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怨念

2013-06-10 23:25:31 | 日記
怨念




 上村松園『焔(ほのお)』(1918)

 光源氏の愛人・六条御息所が、正妻の葵上に嫉妬して生霊となった姿だと言われている。怨念を込めて乱れた髪を口で噛んでいる姿は凄絶である。松園自身どうしてこのような絵を描いたかよく分からないと言っている。その後しばらく筆を絶ち、『序の舞』を完成させる。


 その後、笙子さんが喜多川さんに自分の気持ちの真実を告げたらしく、喜多川さんから電話をいただきました。


 えっ、一人で静御前を演じたいという気持ちが変わったんですか。

 ええ、巫女舞いをバックにして踊りたいということで、近くの神社の娘さんに働きかけているそうです。

 すると、別の劇団を作るということですか。

 劇団という意識はないと思います。お祭りで神楽を演じるという感じみたいですね。

 そう言えば、集団で舞いを奉納する神社もありますね。

 そうです。

 そうなると、湖笛に対抗する勢力ということになりはしませんか。

 いや、どうもそんな強いライバル意識はないようですね。純粋に舞いを演じて霊を慰撫したいということではないでしょうか。

 一人ではだめということの意味が私には分かりませんね。

 畝本さん、笙子さんのお母さんの死の動機が不明ですが、私はおぼろげながら分かった気がします。

 ということは・・・。

 夫の不祥事、つまり、落款を使ったという、私はそのことだけではないような気が・・・。

 何か他に・・・。

 女性問題があったんではないかと・・・。

 えっ、・・・それは初めて聞きますが、・・・何か事実をご存知ですか。

 いえね、あくまで私の勘ですよ。

 勘ですか。

 そうです。・・・笙子さんが松園の『焔』の模写をしていたことを坂本さんから聞きました。そのことから画家としての修業以上のものを感じるわけです。

 夫への嫉妬ですか。

 まあ、そう言ってしまえばあまりにも簡単すぎますが・・・。

 ・・・。

 お母さんの「焔」を体感していたのでは・・・。

 ・・・。

 ですから、静が六条御息所に突如変身するという場面を今私は考えているんです。

 そりゃ、あまりにも・・・。・・・私は強い衝撃を受けました。

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しづやしづ・・・

2013-06-08 06:09:46 | 日記
しづやしづ・・




「静御前」上村松園
 この作品は前掲の絵とは違い躍動感が漲っている。松園は繰り返し静御前を描いたと言われている。



 出雲の阿国像

 これは京都の出雲の阿国像であるが、これと同じ像が阿国の出身地である出雲市大社町の吉兆館にも最近建てられた。私は先日初めてその像に対面した。カメラを忘れたので写真は撮れなかったが、実物を見ると小顔の美しい顔立ちで、私はしばらく佇んで見とれていた。


 笙子さんが郁子さんからの誘いを断ってから数日後、突然、喜多川さんから電話がありました。私は少なからず驚いて緊張して話を聞いていました。


 ・・・それでね、畝本さん、結局笙子さんは承諾してくれました。

 えっ、舞台に立つんですか。

 さっきも言いましたように亡くなったお母さんの霊を慰めるために・・・。

 お母さんの霊・・・。

 ええ、静御前の絵を描いたのもそういう気持ちを整理するためだったようです。

 それで、もう一人の阿国になるということに・・・。

 いや、それはダメでした。舞台で静御前の舞をしたいと仰るのです。

 ええっ、静御前の・・・。

 そうです。しかも、湖笛のメンバーとしてではなく。

 と言いますと・・・。

 時代設定とシナリオの構成が難しいですが、郁子さんの阿国の舞台の中に静の舞を挿入するということですね。

 相当な覚悟ですね。

 ええ、夢の中に何度も静御前の姿が現れて、・・・しずや、しず、と唄いながら舞い始めるらしいです。

 「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」というあの歌ですね。

 ああ、そうです、そうです。

 しかし、今、笙子さんは子どもが・・・。

 ええ、そうらしいですね。ですから、落ち着かれてからということになりますね。

 そうですか。笙子さん、そこまで・・・。

 母恋しですね。母は偉大ですね。・・・私は、笙子さんの舞い姿を想像して聞いていました。


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旅立つ二代目

2013-06-02 23:24:15 | 日記
旅立つ二代目




 
 旅立ち(作者不明)


 小学校を舞台とした地元公演を終えた劇団湖笛は、西日本公演の旅に出る日を迎えました。坂本郁子さんにとっては試練の旅です。地元の関係者や支援者が朝の小学校の校門前に集まりました。私は長柄さんと見送りに出かけました。ご縁市場を代表して京子さんが花束を贈呈しました。劇団が出発するとすぐに体育館の耐震工事が始まることに決まっていました。

 すごいね。大道具運搬のトラックがあるし、劇団専用のマイクロもあるし・・・。長柄さんは驚いた様子でした。

 旦那の家が県内有数の造り酒屋だからね。その点は心配ないよ。

 恵まれすぎだね、何もかも。

 そうとも言われないよ。興業成績が悪ければ途端に赤字を抱え込むことになる。

 そんなことはないと思うよ。中村仙女二代目だし、前評判は上々だからね。

 それは行ってみなければ分からないよ。県民性ということもあるし、今度の劇はかなりローカル色が強いからね。

 まあそうだね。主役が美女だということだけではうけないからね。

 今度の湖笛の公演で仙女劇団の将来が決まるといってもいいと思う。・・・私は祈るような気持ちになりました。

 
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