とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

市川翠園という女優

2013-06-22 05:45:41 | 日記
市川翠園という女優




 「男舞」上村松園

 この絵には具体的な名前は記されていない。しかし、静御前、出雲阿国など男装をして舞う芸人が念頭にあったと思われる。舞いの中のある瞬間を巧みにとらえて描いていて、静かな表情が逆に漲る熱情を表現している。


 長柄さんの誘いを受けて、私は出雲市のある居酒屋に出かけました。長柄さんはいつもと違って少しきつい表情をしていました。酔いが回ると自然にお互い本音が飛び出してきました。

 笙子さんの妹が来てるらしいじゃないか、何者なんだその女は、と長柄さん。

 いや、私も初めて妹さんがいることが分かって驚いている。何者かと言われても・・・。ま、とにかく男舞がすごく旨い、京都で巫女をやってたらしい。

 それで、その舞いを吟味したというじゃないか。だいたい想像がつくよ、でれっとして見てたんだろう、お前たち。

 いや、それは想像に任せる。湖笛の次の舞台の構想を考えるための・・・。

 なに、構想を立てる、お前は何様だ。

 いや、私は古賀さんに呼ばれて行ったんだ。

 どうしてお前なんだ。

 どうしてと言われても。

 だいたいな、プロの世界にど素人が首突っ込んでどうする積りだ。

 いや、俺は口出しはしていない。ただ今まで関わってきた関係上、気にかかるじゃないか。

 ふん、お前は心配する資格はない。ぼつぼつ手をひけよ。

 そうか、今までずっとそう思ってたんだ。

 そうだよ。もういい。たくさん人が集まって、家の周りが賑やかになってきた、それでいいじゃないか。もうほっとけ。みんながやっていく。

 そうか、・・・それもそうだな。俺が心配してもなんにもならないな。

 そうだ。これからは自然に動いていく。

 そうか。そうかもしれないな。

 そうだよ。すごい人材が集まってきた。もうあちらで動いていく。

 そうか。・・・でも寂しいな。

 お前は未練がましいことを言う奴だな、いつまでもうじうじしていて・・・。

 そうか。・・・しかし、お前だってそうじゃないか。・・・今まで二人でやってきたんじゃないか。

 引き時だとおもってる。お互いいい年だ・・・。

 そうか。でも・・・。その時、私の携帯が鳴った。冴子さんからだった。

 あ、お楽しみ中ご免なさいね。・・・あのね、倭歌子さんのことだけど・・・、あの人、市川翠園のお弟子さんらしいわよ。相当の踊り手らしい。・・・そんな人を誰が呼んだの。

 市川翠園、・・・誰なんですか。

 仙女さんのライバル劇団の女優ですよ。だから、気にかかって電話しました。

 笙子さんが呼んだと聞いているけど・・・。

 喜多川さんじゃないですか。

 いや、そうかも知れない。いや、そうだとすると、どうして・・・。

 でしょ、私は意図が読めないんです。

 もしかして、郁子さんを刺激するという・・・。

 いい意味の刺激ということですね。

 そうとしか考えられないですね。

 おい、おい、また首突っ込んでやがる。もう止めろよ。・・・長柄さんの大きな声がしました。私は、じゃ、また後で、と言って電話を切りました。

東北関東大震災 緊急支援クリック募金←クリック募金にご協力ください。