とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

あちこち「SYOWA」 226 一番電車が走った

2017-09-18 00:42:18 | 日記
どうしても伝えなくてはならないと思っていたドラマです。おそらく韓国のお方がアップしてくださったのだと思います。感謝しています。このテレビを見たときは涙がとめどもなく出てきました。

56 一番電車が走った 최고의 전차가 달렸다 V



『原爆に遭った少女の話』(げんばくにあったしょうじょのはなし)は、ペンネーム「さすらいのカナブン」を名乗る広島県の会社員女性(プロフィールは非公開。以下、カナブンと表記)による漫画。作者の個人ウェブサイト『Game&cG』において、2012年(平成24年)6月に公開が開始され、翌2013年(平成25年)8月に最終章が公開されて完結した。全8章。

作者は、戦時中の広島市で広島電鉄の路面電車を少女運転士として運転した広島電鉄家政女学校第1期生・児玉豊子(旧姓は雨田)の孫であり、本作品は広島市への原子爆弾投下と、広島電鉄家政女学校、被爆直後の広島で街の復興を目指して電車を運転した豊子のエピソードをテーマとしたノンフィクション作品である。個人サイト掲載のアマチュアによる漫画ながら、公開当初からTwitterなどインターネット上で大きな反響を呼んでおり、後にはテレビドラマ『一番電車が走った』として全国放映された。

あらすじ

太平洋戦争中の1943年(昭和18年)、広島市。戦争で男子たちが出征して人員が不足する中、広島電鉄では女子を乗務員として育成するための家政女学校を新設する。主人公・雨田豊子はその第1期生として入学する。豊子は学業の傍ら、電車の車掌業務もこなし、進級後は運転手も任される。寮での生活、友人たちとの交流、初恋なども交え、学業と運転士としての日々が続く。

しかし1945年(昭和20年)8月、広島市に原子爆弾が投下される。市街も市民たちも甚大な被害を負い、豊子の友人たちも重傷を負う。そのわずか3日後、広島電鉄の尽力により電車が復旧する。奇跡的に軽傷で済んだ豊子は悲しみを堪え、広島復興に向けて電車を動かす。
やがて終戦を迎え、その翌9月、家政女学校は卒業生1人出すことなく廃校する。卒業の免状も退職金もなく、少女たちの将来の夢、友人たち、学業はすべて原爆により掻き消される結果となる。豊子は失意の中、帰郷する。

時は流れ、約60年後の平成期。豊子は孫や曾孫たちに囲まれ、楽しく過ごしている。一方では戦渦の夏の記憶は決して消えることはなく、豊子は世界のすべての平和と、戦争が二度と起こらないことを祈り続けている。

あらすじ(ドラマ)

1944年(昭和19年)。主人公・雨田豊子は広島電鉄家政女学校の生徒として、学業の傍ら、広島電鉄の運転士を勤めていた。友人たちとの交流、初恋なども交えての日々が続く。しかし翌1945年8月、広島市に原爆が投下。市街も市民たちも甚大な被害を負い、豊子の友人たちも重傷を負う。

広島電鉄もまた多大な被害を被るが、電気課長・松浦明孝は、電車さえ動けば広島復興に繋がると信じ、電鉄再建の陣頭指揮をとる。3日後に電車が復旧する。軽傷で済んだ豊子は悲しみを堪え、広島復興に向けて電車を動かす。

焦土に消えた家族を捜す人々、復興のため働こうとする人々を乗せ、電車は走る。やがて終戦を迎え、家政女学校も廃校する。廃墟同然の町を走る路面電車はいつしか、広島の希望となってゆく。(Wikiより)