とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

京子の失意

2013-08-10 05:25:04 | 日記
京子の失意




ウオーターハウス「A_Mermaid」

 夏目漱石の「三四郎」では19世紀英国の画家、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの描いた「人魚」について記述されている。魔性の雰囲気を漂わす「人魚」を用いて場面をミステリアスに盛り上げている。他に「草枕」「坊ちゃん」でも西洋画の作品が出てくる。漱石は西洋画に強い関心を抱いていた。というより絵から感じるイメージを物語の底力にしていたと思われる。

 

 お母さんの葬儀は京子さんの考えに基づいて執り行われ、全く簡素でした。冴子さんの家のお父さんの時とは対照的でした。仏式の宅葬で、会葬者は身内ばかりでした。佐山医師夫妻も来ていました。私だけが親族ではなく、浮き上がった感じでした。何故か古賀所長は来ていませんでした。葬儀が済んで数日してから、冴子さんに店に呼び出されました。


 ・・・両親が死に、私だけが生き残って・・・。

 気持ちは痛いほどよく分かるけど、・・・この際あんまり深刻にならない方が・・・。
たまたまそうなったという風に・・・。

 たまたま、ね。ここに店を出すようになったのも、たまたま・・・。そうね、ご縁には良い悪いがあるという・・・。

 私もそう思うよ。お父さんが死に、すばらしい養子にご縁が出来た。それに、破門された弟子の娘さんがここで働くようになった・・・。

 不思議、不思議、・・・予測不可能なのがご縁という・・・。

 ここの店に、死んだお母さんが買って預けていた大事な絵が帰ってきたのも不思議、不思議・・・。

 ああ、京子さんの友達がお母さんが死んだことを知って返してくださった。それを京子さんが私の店に預けてくださったのも、不思議、不思議・・・ですね。

 そう、そう、その絵のことをもっと詳しく話してください。

 ああ、そうでした。話をもとに返しましょう。・・・京子さんから連絡があって、友達が、あの、その方、尾辻綾乃さんという方、その方が返してくれた作品を京子さんが売りたいということだったので、家の靖男に取りに行かせたんです。京子さんのご主人の復帰第一作です。綾乃さんもまだ京子さんの家にその時いました。

 ええ、ええ、そうでした。それで・・・。

 いきなり綾乃さんが初対面の靖男に結婚してください、という言葉を・・・。

 そりゃ、びっくりですね。年の差が随分・・・。

 そうです、靖男が五歳も下・・・。

 どうして・・・。

 どうして、と仰っても・・・。・・・ああ、ただ一つ、京子さんが絵の道を絶ち、新阿国座のアートディレクターになりたいと言いだしたということが・・・。

 えっ、絵を諦めた・・・。

 そうです。両親を失って気が動転していたからかも知れません。苦しんだ挙句の結論だったようです。

 で、それと、求婚はどういう関係・・・。

 綾乃さん自身、自分がが近くにいるということが京子さんの心の拠り所となるかもしれないと思った・・・。

 それはあくまで想像でしょう。

 いや、綾乃さんに確かめました。

 で、靖男君は、貴女はどう思っているんですか。

 靖男は面食いだからイチコロ。で、私は・・・。

 どうなんです。

 そうねえ、・・・しばらく考えてから・・・。

 そんな悠長なことでいいんですか。

 まあ、なんとなく結論は出てますが・・・。冴子さんの眼が心なし潤んでいました。

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