
【バルトロメ・エステバン・ムリーリヨ(1617年-1682年)】【聖母子像・1650年~1655年ごろ制作】
この作品と前回の作品が同一画家の作品とは思われないほど雰囲気が違う。この作品の聖母子はまことに人間らしい感覚がある。わずかに子どもの頭の周囲に光の環が認められる。私はこの作品の方に好感を持つ。
私は佐山さんに京子さんの電話番号を聞いて掛けてみました。相当の勇気が要りましたが、とにかく直接でないと話は進まないと思ったからです。
・・・ですから、彼の再出発には貴方がいないとだめなんです。
貴方はとことん余計なことをなさるんですね。あの時、もうあそこには帰らないときちんと言ったと思います。
そのことはよくよく分かっています。
もう電話切らせてください。
ちょ、ちょっと待ってください。子どもさんは近くに・・・。
ええ、ここにいます。
何歳ですか。
十か月です。
そうですか。大変ですね。
余計なことを・・・、あなたには全く関係ありません。
男の子ですか、それとも・・・。
もう・・・。
・・・。
男の子です。
そうですか。かわいいでしょうね。
もう、止めてください。
いや、余計なことと思いながら、こうして電話したのには訳があります。
訳、・・・訳なんか聞きたくありません。
写真です。
写真?
ええ、私が大切にしている写真です。・・・私の母と私が写っているたった一枚しかない写真です。私の母はこの写真を撮った後で死にました。私が赤ん坊のころです。・・・ですから、その写真を大事にしています。私が生きてこられたのはその写真があったからです。
それがどうしたんですか。
ええ、一生の思い出に貴方たち二人の絵を描いて貰いませんか。・・・あのー、その絵を描くのは佐山さんしかいないと思います。・・・母子像です。いや、聖母子像です。
・・・。
貴方は神の御子をお産みになった。その証を終生残そうとは思いませんか。
神の御子・・・。
ええ、貴方はマリアです。
勝手に話を作らないでください。
作り話ではありません。事実貴方は佐山さんにそう仰っていた・・・。
・・・。
だから、佐山さんは聖母子像を描かねば再出発はできません。
大袈裟な・・・。
ほんとです。彼を生きさせる唯一の道は絵です。絵の力が彼を再生させるのです。
・・・。
ご両親もそのことを望んでおられるのでは・・・。
・・・。
ご両親のためにも・・・。
両親、ですか。母は実の母ではありません。母は後妻です。
えっ!!
なんにも知らないくせに他人の生活に土足で入り込んできて・・・。
ええ、それは謝ります。でも、私は何かの縁を感じていて、他人だとは思えないのです。
勝手な思い込みでしょ。
思い込みでもいいです。一度帰ってきてほしいのです。
あなたは気が変ではないですか。
いや、真剣そのものです。
もう、電話切ります。
