とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

後姿

2011-10-25 23:37:06 | 日記
後姿






 夏服で、裸足で、雪野をひとり行く女性の姿。これは私に住み着いた画像である。
 

 長柄さん。家に来た娘さんは今も独身ですか。

 ええ、そうだと思います。でも、見た目若そうな感じだった思いますが、三十くらいですよ。

 いやいや、そうも見えなかったですよ。

 畝本さん、あなたは女性を見る目がないようですね。あれでいて、大変なしっかりものですよ。縁談がいくつかあったんですが、全部断って出ていきました。この土地が肌に合わないようでした。それから、この土地屈指の旧家だということにも反発していたようです。

 それじゃあ、長柄さん、娘さんが大きな原因ですか。

 まあ、表面上はそうとも考えられます。しかし、全く違うかもしれません。何しろこっそり計画的に引越したのですから。

 ご両親は今どうしておられるのですか。

 いや、さっぱり分かりません。調べようとも思いません。

 どうしてですか。

 そっとしておいた方が何事も旨くいくと思うからです。

 そっとしておく。・・・そうですか。

 それしかないじゃないですか。

 ・・・。

 この界隈で空き家になっている家が他にもぽつぽつあります。それぞれ事情が違うと思いますけれど。長柄さんはそう仰った。その言葉を聞いていて私は私の胸の中に大きな空洞ができ、そこに私のすべての心が吸い込まれていくような気がした。そして、裸足でとぼとぼと歩いていく女性の姿がぼんやりと見えてくるようになったのである。もうあれこれ詮索するのは止めよう。真実は常に奥にある。私は、この空き家という空間をしばらくお借りすればいいのだ。そして、掃除をする。それがここに居られる権利を生じさせる。私はそう自分に言い聞かせた。


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