3.11以後の日本

混迷する日本のゆくえを多面的に考える

私の音楽歴⑤ーふたたび歌うことと生きること

2011-09-02 12:07:22 | 女性の地位

ドイツ歌曲、それは、詩とクラシック音楽の織り成す最高の音楽だと思う。シンフォニーももちろんよいが、楽器ではなく、身体という楽器で詩の美しさを歌い伝える。

30-40人の歌曲を愛するわずかな人々に、愛する人に向けて、たった一人の私の心に向かって自らの存在を問う、のがドイツ歌曲である。それは、詩をこよなく愛し、クラシック音楽というものを学んだ私にとって、まさに私自身を融合して表現する凝縮された領域といえる。

ゲーテやハイネの詩、それにシューベルトやシューマンが曲をつける、恐ろしいほど難しいピアノ。ピアノと歌は、あるときは闘うように、あるときは寄り添うように奏でられる。愛の喜びを、別れの苦悩を、人生の悲哀、そして、死の予感を歌う。

シューベルトは「わたしの夢」という散文のなかで、次のように語っている。「愛をうたうと悲しみになり、悲しみをうたうと愛になる」(喜多尾道冬『シューベルト』朝日新聞社)。まさに、愛と悲しみ、それがドイツ歌曲に通低しているテーマなのだろう。

女の一生、人の一生は短い。

青春の情熱と苦悩に満ちている20代、
子育ても仕事も両立しなければと気負い、多くの業績をと身を粉にして動き回る30代

そして、今、年齢を重ね、人生の折り返し地点に達してこそみえてくる世界がある。

人生とはなにか、病み、老い逝く人々、夭折したものへの哀切、人生の行く先、死というものがぼんやりと時にはっきりとみえてくる年齢に達し、過去を振り返り、本当の意味で心の底から、ドイツ歌曲をわかろうとして歌っている私がいる。

歳月を経て、経済合理主義でははかれない、人生の豊かさ、去り行く青春の情熱を懐かしみつつさまざまな思いを体現するものが私にとっての歌なのである。

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