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ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




田原町ビル。台東区西浅草1-8。1988(昭和63)年5月1日

昭和61年5月に解体された「仁丹塔」が乗っていたビルである。その名残りのように、屋上に大きな仁丹の看板を置いているが、これは広告塔があったときからあったものだ。最初に仁丹塔が建ったのは1932(昭和7)年で、そのときも、写真のビルの上に組上げたと思うのだが、戦前の塔の写真は見たことがない。田原町ビルは押上げ窓や階段室の丸窓などから戦前に建ったものと思われるが、なにも判らない。
最初の塔は1944(昭和19)年に「金属供出」で取り壊された。空襲で焼け崩れる前に取り払ったのだろうか。戦後の1954(昭和29)年になって、塔は再建される。仁丹は昭和50年頃までは割と普通に多くの人がもっていた。
ぼくは知らなかったが、仁丹塔の下に蛇屋があったという話を聞く。「フクチャン」というのがその店名らしい。上の写真、ビルの1階右側に「フクチャン本店」の看板が読める。『My favorite things 2013>蛇屋さん』では「福ちゃん」、『落合道人>新十二階がそびえていた交差点』では「ふくちゃん」の表記だが、いずれも蛇料理の店としている。

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コメント
 
 
 
戦前の浅草・仁丹塔 (グズグズ)
2013-04-08 22:29:37
森下仁丹歴史博物館で戦前の浅草仁丹塔の写真を見る事が出来ます。凌雲閣を模したのは戦後の仁丹塔からのようです。
博物館の「時系列順にみる広告事例写真」の1930年代を見てください。
 
 
 
Unknown (メダカとトクサ)
2013-04-09 00:34:03
高校一年で荒川区に引っ越すまで、家の物干し台から毎日、仁丹塔を見ていました。

私はryuw-1さんより20年ほど年少ですが、中学のころ、美術部に所属し、アールデコ、アールヌーヴォーなどの知識をかじりはじめ、勝造商事や藍熊商店、タイガービル、すごい!アールデコだ、と思って見てました。
大学のころは危機感を感じて写真を撮ったものもあるのですが、その後就職して時間がなく、もう見られなくなってしまったと思っていたら、このサイトでほぼ網羅していて感涙モノでした。

東京厚生信用組合浅草支店の横の木造の鞄屋さんもいい味出していたのですが、最近取り壊され、建て直されるようです。
一方で寿にも二号店ができたカフェ入谷プラスのように、古民家を活用するお店も増えてきていますね。
耐震性確保が前提ですけど。

私の妹も白鴎出身ですが、校舎設計者が歌舞伎座や明治生命館の設計者と同じとは知らなかったようです。身近なところって案外盲点ですよね。
 
 
 
>グズグズ様 (流一)
2013-04-09 21:26:42
御教示ありがとうございました。ビル自体は竣工時から解体されるまで、外観はあまり変化はなかったようですね。ビルの壁に「ワンコブァ會舘」のように読めます。なんでしょうね。
 
 
 
>メダカとトクサ様 (流一)
2013-04-09 22:06:09
中学生が勝造商事のビルを見て「アールデコだ!」と喜んでいたとは! だいぶ変わった生徒だったのですね。普通、美術でいうアールデコとアールヌーヴォーは、まずポスターということになると思いますが、建築にまで関心を広めて、それを街中で発見していく。素晴らしいことだと思います。
 
 
 
確か… (むにゅ)
2013-06-18 01:48:44
ふくちゃんは、俗にいうゲテモノ料理で有名でしたよね?一時期は雑誌とかでとりあげられてかなりはやっていた記憶があります。
 
 
 
>むにゅ様 (流一)
2013-06-19 09:32:16
なるほど、すると蛇だけでなく、ヤモリとかムカデとかも。やはり強壮のために、でしょうか? そんな無理をしなくても、と私などは思ってしまいますが、人がいやがるものだからこそ効くんでしょうね。
 
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