高校ライトノベル・メガ盛りマイマイ
03『わが一年A組の担任は来栖みくるだ』
わが一年A組の担任は来栖みくるだ。
去年、教師になったばかりで担任を持たされている、不幸な先生だ。
四月当初は女子高生みたいな内ハネのショ-トボブだったけど、髪を伸ばし始め、今は肩まで二センチほどのボブになっている。
もう少し伸びたら、クルリと巻いてシニヨンとかいうお団子にするという、もっぱら女子たちの噂。
「でも、あの童顔じゃ似合わないよねえー」
噂は、そういう結論になっているが、お行儀のいい女子たちは言わない。言わないで、みくるちゃんが(ちゃん呼ばわりは生徒の間だけで、けして大っぴらには言わない)めでたくシニヨンにした時に陰口を叩こうと言う腹だ。
みくるちゃんが、教壇でオタオタしている。
キビキビと出席をとったとこまではいいのだが、そのあと伝えるべき連絡事項を書いたメモを無くした様子なのだ。
「え、えと……水泳の授業、たしか来週からで、あ、これは終礼でもいいんだ。えと……自転車保険が……あ、昨日言ったっけ。だから……図書室の……分かんないや……あ!?」
みくるちゃんの目は教室後ろの個人ロッカーの上あたりで静止した。
「あ、ファイルとノート!」
みんなの目が一斉に個人ロッカーの上に向く。
そこには、昨日の授業と終礼で集めた個人ファイルと総合学習ファイルとクラス全員分の国語のノートが載っていた。
みくるちゃんが集めて持っていくのを忘れているのだ。
「あ、あれ、職員室と国語準備室に……芽刈さん、お、お願いね」
「今からですか?」
「え、あ、個人ファイルは直ぐだけど……」
「分かりました」
舞はスックと立ち上がり、教室の後ろに向かった。
舞は学級委員長をやっているのだ。ファイル二箱とノートの束を持ち上げる気配。
「うんしょ……」
あの量は、ちょっと持ちきれないだろう。
「あ、えと……新藤君、手伝ってあげて」
「え、あ、はい」
みくるちゃんに他意はない、俺が舞の近くに座っているからだ。
「ありがとう新藤君」
兄妹であることをおくびにも出さず、過不足のない笑顔で礼を言う。
その時、教室の前のドアが開いた。隣りのクラスの副担任が顔を覗かせている。
「失礼、このクラスに芽刈舞……あ、君か、階段のところで落とし物、君宛てだ」
「あ、どうも」
みくるちゃんが受け取って渡してくれた封筒は封が切られていた。
「これ……」
「ああ、封筒の表には何も書いてなかったんで、芽刈舞の宛名しか見てないから、じゃ」
「ありがとうございました」
神妙に礼を言っているが、頭に来ていることは兄妹だからよく分かる。
でも、これで頭に来るのはお門違いだろう。
「じゃ、先生、行ってきます。新藤君、行こっか」
俺たちは、職員室から国語準備室と回り、始業前で人気のない廊下を教室に向かった。
「ちょっと生徒会室に用事があるの、付いて来てくれる」
ジト目の笑顔で俺に指示する。
「え、あ、でも鐘が鳴るぞ」
「時間はとらないから」
歩きながらポケットをまさぐり、生徒会室に着くと素早くドアの鍵を開けた。
「ごめんね新藤君、さ、入って」
「あ、ああ」
ガチャリ
鍵を掛けると、オーロラ姫に魔法をかける寸前の魔女のような顔になる舞。
「あんた、わたしの後で拾っておいて、なに落っことしてんのよ!」
「いや、待て、俺はだな……」
「唯と階段上がった時には気づいていたわよ、あんたが拾ったのもね……拾ったんなら責任持ちなさいよね! このボンクラアアアアアアアアア!!」
俺はとっさにハイキックをかわす動作をとった。
敵は、ローキックをかましてきやがった!
ドガブヒェッ!!
記憶が飛んでしまった……。
秋物語り・27
『それぞれの秋・2』
主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)
※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名
秋元君……一見元気そうだった。
「まいど、どうもありがとうございました!」
元気に言うと、なんだかカーネルサンダースが若くなって挨拶しているみたいで、女性客の中には笑い出す人もいた。
「さて、在庫点検しよか~♪」
いそいそと、インスペクト(在庫点検用の端末)を持って書架を回り始めた。その間にも、お客さんから質問され、テキパキと答え、ここでも笑いを誘っていた。
「秋元、なにか良いことでもあったのかな……」
文芸書の西山さんが、頬笑みながら言った。わたしは違うと思った。なにか自分を誤魔化すために明るくふるまっている……そんな感じがした。だから、秋元君が倉庫に入っている間に、インスペクトを手に、もう一度確認した。ここでミスると、甚だしい場合、棚卸しのときに大変な手間になる。
「なんか、ミスった?」
気づくと、真顔の秋元君が立っていた。わたしは最後の棚を確認して答えた。
「ううん、エラーは無いわ」
「そうか、良かった。これ書評が良かったんで、ポップ書いてみよかと思って」
瞬間で笑顔に戻ると、抱えた五冊ほどを手に持って、平積みのコーナーに行こうとした。
「なにかあったんでしょ。その明るさ変だ……『明るさは滅びの徴であろうか』って、笑顔だよ」
「太宰の言葉だね、『人も家も暗いうちは滅びはせぬ』って、続くんだよね。さすが亜紀ちゃん。女子高生とは思えない答だよ」
「……わたし、高校なんか、とっくに卒業してる。気持ちの上ではね」
で、バイトが上がったあと、その名も『斜陽』って喫茶店で二人で向かい合った。
「やっぱ、気持ち誤魔化してたんじゃないの……」
どちらが年上か分からない言いようで、秋元君の心の毒を聞いたあと、グサリと言ってしまった。秋元君は身をよじるようにして小さくなった。
「秋元君の年齢で、女の人と付き合って、友だちの関係で良しなんてあり得ないよ。雫さんには気持ち伝えたの?」
「おめでとう……って」
「はあ……」
思わずため息をついてしまった。
「でも、これでいいんだ。最初は落語の『三枚起請』みたいに思ったけど。雫とは、最初からそういう約束の付き合いだしさ」
そう言うと、お手ふきで汗を拭くフリして涙を拭った。
ことは、こうだ。
大阪落語の『三枚起請』の説明をしていると、雫さんが、好きな男性が出来たと打ち明けた。
その男性とは半ば好奇心から体の関係になったけど、三か月じっくり考えたそうだ。
そして、彼が実家の都合で田舎の福島に帰らざるを得なくなり、雫さんの彼は、今年いっぱいで退学することになった。
震災後、親は無理をして東京の大学に入れてくれたが、お父さんが倒れ……それでもご両親共々「気にするな。良太は大学で勉強しろ!」と言う。帰ってこいと言われるよりも辛かったそうだ。
そして雫さんは、本気で彼のことを愛していることに気づいた。
そして、秋元君も雫さんが好きなことに気づいた。
さらに、嫌なことに、自分の「好き」という気持ちの中に男の欲望が混じっていることに気づいた。
とっても自分が賤しく、薄汚い者に思えて仕方がない。だから、出来ることなら自分の脳みその中から、薄汚い男の部分を切り捨ててしまいたいぐらいだ。とも言った。
「でも、それ吹っ切ろうとして、仕事に打ち込んで、ミスしなかったんだから、オレも大したものだな!」
造花の向日葵のような笑顔で、秋元君は、話しに幕を降ろそうとした。
「秋元君って、童貞……?」
降りかけた幕を、わたしは強引に引き上げた。
「……アハハ、それは亜紀ちゃんにも秘密だな。ごめん遅くまで付き合わせて。さ、帰ろう!」
膝を叩くと、秋元君は伝票を掴んでレジに向かった。
何も解決していない。秋元君の傷を広げただけだ。
駅の改札に行くまでに、わたしはコンピューターのように、いろんなことを演算した。
「明日もがんばろうぜ!」
秋元君は、改札に着くまでオチケンらしい饒舌を、その言葉で締めくくった。そしてパスホルダーを出して、改札機に当てようとする手を、わたしは掴んだ。
「今夜、少しだけ大人になろう。二人とも……」
秋元君がフリーズした……。