時かける少女BETA・45 
≪国変え物語・6・大泥棒の成れの果て≫
美奈は、秀吉のヘルニアを治し、女の身でありながら、お伽衆を兼ねた殿中の医師になった。
「儂の周りは年寄りが多いでな、時々来ては、そちの申す健康診断とやらをやってくりゃれ」
と言う程度のもので、縛りはなかった。秀吉にすれば茶碗のように集めている人間コレクションの一つのつもりであった。
が、美奈にとっては秀吉への接近という大きなステップを踏んだことになる。
天正十三年(1585)の初雪の頃、美奈は五右衛門に呼ばれた。
使いの者は蜂須賀家の家来を名乗っていた。美奈を乗せた駕籠は、かなりややこしい道をたどったが、着いたところは人を喰ったことに道頓屋敷から辻二つ後ろの空屋敷であった。美奈は体内にGPS機能があるので承知していたが、騙されたふりをしておいてやった。
「ずいぶん遠くまですまなかったな」
五右衛門はケロリと言った。
「蜂須賀さまを騙ったのは、なにかご縁があって?」
「ああ、小六さんは大先輩の大泥棒だ。迷惑を掛けない範囲で黙認してもらっている」
そう言えば、蜂須賀小六は従四位下修理太夫などというたいそうな大名になっているが、元は美濃の国の大泥棒で、秀吉との縁で大名にまで上り詰めた。心の中に封じてはいるが、五右衛門とは浅からぬ縁がある。
「どうだ美奈。この半月で大名やら豪商から頂戴したお宝だ。ざっと百はある」
「こんなものを自慢したかったの?」
「この半月以内に、東海から近江、畿内にかけて大地震がおこる。放っておけば瓦礫の下になってオシャカになるものばかりだ。これはマブだぜ」
「この十日ごろにおこるわ。お互い似たような力があるようね」
「美奈も分かんのかよ……?」
「うん、大体のとこは……亡くなる人も見当がつくけど、地震で死ぬのも定命。手を尽くしても亡くなる人は亡くなるわ」
「なんだか、つまらんような楽しいような、妙な気分だ」
「ごめん。正直に驚いてあげれば良かったんだろうけど、五右衛門さんの狙いは別のところにありそうだから。ずばり聞かせて」
「そうか……実は、蜂須賀の兄貴があぶねえ。盗みにかけてはなんでもやるが、人の命ばかりはどうにもならねえ。美奈、なんとか蜂須賀の兄貴を助けてやってはくれまいか」
五右衛門は、裏も表もない真剣な顔で言った。
五右衛門と美奈の予見通りに十二月の十日に東海から畿内にかけて大地震が起こった。
名だたる者でも前田利家の弟や、山之内一豊の八つになったばかりの娘などが亡くなった。
蜂須賀小六の屋敷は、五右衛門が主も知らぬ間に耐震補強をやって事なきを得たが、当主の小六は日ごとに体調が悪くなり、桜が散ったころには寝床から起き上がることもできなくなった。
五右衛門の頼みの他にも、秀吉自身からも小六の治療をするように頼まれていたが、小六は固辞した。
五月に入って、秀吉はたまらなくなり、美奈を連れて小六の屋敷を訪ねた。
「頼む、小六は、儂が土くれ同然の頃からの朋輩じゃ、なんとしても助けてやってくれ」
秀吉も五右衛門と同じような顔で美奈に頼んだ。
「修理太夫さま、肝の臓に腫れものができております。すぐにお直ししますから」
治療用具を取り出そうとすると、小六は病人とは思えぬ力で遮った。
「美奈どの、ありがたいが、儂は定命だと思っている。これだけの悪事を働きながら六十路まで生きながらえた。これ以上は、もういい。もし助かるのなら、その分を藤吉郎(秀吉)の定命に付け足してやってくれ。あいつも若いころに、かなりの無理をしている。しかし、あいつは天下に無くてはならん男だ。よろしく頼む……」
小六の決意は固かった。
美奈は、ありのままに秀吉に話した。秀吉は子供のように泣いた。
こんなに人間的で情に厚い秀吉が数年後人替わりしたように残虐無常になるとは信じられなかった……。

≪国変え物語・6・大泥棒の成れの果て≫
美奈は、秀吉のヘルニアを治し、女の身でありながら、お伽衆を兼ねた殿中の医師になった。
「儂の周りは年寄りが多いでな、時々来ては、そちの申す健康診断とやらをやってくりゃれ」
と言う程度のもので、縛りはなかった。秀吉にすれば茶碗のように集めている人間コレクションの一つのつもりであった。
が、美奈にとっては秀吉への接近という大きなステップを踏んだことになる。
天正十三年(1585)の初雪の頃、美奈は五右衛門に呼ばれた。
使いの者は蜂須賀家の家来を名乗っていた。美奈を乗せた駕籠は、かなりややこしい道をたどったが、着いたところは人を喰ったことに道頓屋敷から辻二つ後ろの空屋敷であった。美奈は体内にGPS機能があるので承知していたが、騙されたふりをしておいてやった。
「ずいぶん遠くまですまなかったな」
五右衛門はケロリと言った。
「蜂須賀さまを騙ったのは、なにかご縁があって?」
「ああ、小六さんは大先輩の大泥棒だ。迷惑を掛けない範囲で黙認してもらっている」
そう言えば、蜂須賀小六は従四位下修理太夫などというたいそうな大名になっているが、元は美濃の国の大泥棒で、秀吉との縁で大名にまで上り詰めた。心の中に封じてはいるが、五右衛門とは浅からぬ縁がある。
「どうだ美奈。この半月で大名やら豪商から頂戴したお宝だ。ざっと百はある」
「こんなものを自慢したかったの?」
「この半月以内に、東海から近江、畿内にかけて大地震がおこる。放っておけば瓦礫の下になってオシャカになるものばかりだ。これはマブだぜ」
「この十日ごろにおこるわ。お互い似たような力があるようね」
「美奈も分かんのかよ……?」
「うん、大体のとこは……亡くなる人も見当がつくけど、地震で死ぬのも定命。手を尽くしても亡くなる人は亡くなるわ」
「なんだか、つまらんような楽しいような、妙な気分だ」
「ごめん。正直に驚いてあげれば良かったんだろうけど、五右衛門さんの狙いは別のところにありそうだから。ずばり聞かせて」
「そうか……実は、蜂須賀の兄貴があぶねえ。盗みにかけてはなんでもやるが、人の命ばかりはどうにもならねえ。美奈、なんとか蜂須賀の兄貴を助けてやってはくれまいか」
五右衛門は、裏も表もない真剣な顔で言った。
五右衛門と美奈の予見通りに十二月の十日に東海から畿内にかけて大地震が起こった。
名だたる者でも前田利家の弟や、山之内一豊の八つになったばかりの娘などが亡くなった。
蜂須賀小六の屋敷は、五右衛門が主も知らぬ間に耐震補強をやって事なきを得たが、当主の小六は日ごとに体調が悪くなり、桜が散ったころには寝床から起き上がることもできなくなった。
五右衛門の頼みの他にも、秀吉自身からも小六の治療をするように頼まれていたが、小六は固辞した。
五月に入って、秀吉はたまらなくなり、美奈を連れて小六の屋敷を訪ねた。
「頼む、小六は、儂が土くれ同然の頃からの朋輩じゃ、なんとしても助けてやってくれ」
秀吉も五右衛門と同じような顔で美奈に頼んだ。
「修理太夫さま、肝の臓に腫れものができております。すぐにお直ししますから」
治療用具を取り出そうとすると、小六は病人とは思えぬ力で遮った。
「美奈どの、ありがたいが、儂は定命だと思っている。これだけの悪事を働きながら六十路まで生きながらえた。これ以上は、もういい。もし助かるのなら、その分を藤吉郎(秀吉)の定命に付け足してやってくれ。あいつも若いころに、かなりの無理をしている。しかし、あいつは天下に無くてはならん男だ。よろしく頼む……」
小六の決意は固かった。
美奈は、ありのままに秀吉に話した。秀吉は子供のように泣いた。
こんなに人間的で情に厚い秀吉が数年後人替わりしたように残虐無常になるとは信じられなかった……。