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『学校の神さま・2』
「園子ちゃん、ほんとうに学校の神さま?」
この問いかけには答えないで、園子は小学校前から青山通りに出る道をゆるゆる歩いていく
「メイちゃん。あなた長沼先生は薄情で、多田先生はいい人だと思ってるでしょ?」
「……うん」
「だから、さっき泣いちゃったんだよね」
「かな……」
「だとしたら、間違ってる」
園子は、小学校の校舎から覗いていた男の子に、気楽に手を振った。
「知り合い?」
「ううん。でも黙って行っちゃったら、気の悪いおねえちゃんと思われるじゃない。そんなの両方にとってイヤじゃない。多田先生といっしょ」
「なんで?」
「多田先生は、良く話しかけてくれたでしょ?」
「う、うん。あの先生ぐらい。ちゃんと、あたしに向かって話しかけてくれるの。家庭訪問だってしてくれたんだよ。二回も。その時はウザイとおもったけど……」
「多田先生は、入学の時から目を付けていたのよ。メイちゃんは続かない子だって。だから辞めやすくするために、あなたにも、お家の人にも優しく話しかけていたの……って言ったら?」
「そんな……だって、メイが退学届け出して、もう生徒じゃなくなったのに、多田先生は、校門で、メイの姿が見えなくなるまで見送ってくれたのよ。長沼なんか、さっさと職員室に戻っちゃったのに」
「それは、メイちゃんが中学校や地元で、外苑高校の悪口を言わないため。メイちゃん、外苑高校にも良い先生は居ると思ってるでしょ?」
「じゃ、多田先生は……」
「悪い人じゃないわ」
「矛盾してるよ、園子ちゃんの言うこと。良い先生なのか、そうじゃないのか分かんなくなっちゃうよ」
「世の中百パーセントの良いもなきゃ、百パーセントのそうじゃないもないわ」
園子は振り返って、もう一度手を振った。さっきの子が、まだあたしたちを見ていた。
「あの子、まだあたしたちのこと見ていたのね……よっぽど学校つまんないんだ」
「だれかさんといっしょ」
「もう……」
青山通りに出ると、園子の足が止まった。視線をたどるとA病院が道の向こう側に見えた。園子は、その四階あたりを見て手を合わせた。
「どうかした……?」
「あそこには、三年A組の小島春奈さんが入院しているの」
「まさか……」
「……今、息を引き取ったわ。二年の終わり頃から学校に来られなくなって、三年になってからは、一度も……わたしは学校の神さまだから、病気までは治せない。こうやって見送ってあげるのが精一杯」
「……病室まで行ってあげなくていいの?」
「チュ-ブだらけの病み疲れた姿は見られたくないでしょ。まして年頃の女の子よ……気が付いたみたい。窓からこっちを探してる。ここよ! メイちゃんも手を振ってあげて。あ、いま玄関の方に……」
病院の玄関に、わたしと同じ制服を着た女の子が手を振っているのが分かった。透き通るように色が白くて、見ただけで、その子に命の灯がともっていないことが分かった。しばらく手を振ると、その子は一礼して病院の中に戻って、見えなくなった。
「いま、家族とお別れしにいった。嬉しい、最後に制服姿で出てきてくれて……さあ、行きましょうか」
あたしは、しばらくその場を動けなかった。
「どうかした?」
少し離れたところで、園子が待ってくれている。
「学校の先生とか、来ないのかな……?」
「急な様態の変化だったから、わたしだけ気づいたから」
「息苦しいってのは?」
「むろん、そうよ。わたしが学校から外に出るのは、ちゃんと理由がいるの……そんな目で見ないの。世の中百パーセントの良いもなきゃ、百パーセントのそうじゃないもないわ。さっき言ったでしょ。さ、行こう」
ホームに着くと渋谷行きが出たところだった。まるまる一本待たなきゃならない。
「ああ、タイミング悪いなあ……」
「春奈さんのお見送りできたから、いいじゃない。メイちゃんはあんなにしっかり春奈さんのこと思ってくれたし」
「あの……どうして、春奈って子は『さん』で、あたしはメイちゃんなのよさ」
「とくに……語呂かな。あなた『さん』と『ちゃん』じゃ差別あるとか思ってらして?」
「え、いや、そんなんじゃなくて……どうして園子ちゃんは……」
「ほら、あなただって『園子ちゃん』アハハ」
「もう、それはいいの。園子ちゃんは、どうしてセーラー服なのよ?」
「あら、これが元々の制服なのよ。八十年前に東京府立外苑高等女学校としてできたころの。メイちゃんの制服は四代目」
「正直言っていい?」
「はい、どうぞ。なにごとも包み隠さず」
「ダサイよ、その制服!」
一瞬、目がまん丸になったかと思うと、園子はお腹を抱えて笑いだした。
「アハハ、そうかな。周りの人は、あんまりそんな目で見てないと思うけど……あら、制服崩すの?」
「だって、渋谷に行こうってのに、ナチュラルじゃね。園子の方が、渋谷じゃ目立っちゃうよ」
「まあ、その時は、その時だわ」
あたしが、スカートを二回外折りにして、リボンのストラップを思い切りルーズにし、第二ボタンまで外したところで、電車がやってきた……。
着崩したわりには、ついてこない気持ちを持て余しながら、あたしと園子は電車に乗った……。
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