須之内写真館・18
『運命としか言いようがない・1』
いつもの床屋が閉まっていた。これが運命の先っぽだった。
「代わりに、良い店はないかな」
光会長は、床屋のカミサンに聞いて、キンタローという床屋を紹介してもらった。
なじみの床屋の兄弟子がやっている店だということで、わざわざタクシーを使って足を運んだ。
光会長は、名前の通り若禿げで、刈るような髪はほとんど無い。しかし彼なりのこだわりがあって、床屋は決めているのだ。
キンタローは、なじみの店と違って、世田谷の大衆理容で、五人の先客が順番待ちをしていた。時間つぶしにマンガ雑誌に手を伸ばしたが、一瞬遅れて若い客に取られてしまった。
しかたなく、会長は普段手を出さない写真雑誌を手に取った。運命は確実に会長を捉えつつあった。
会長は、芸能誌のグラビアは見ても写真雑誌は見ない。カメラマンの技量でいかようにも写るからである。
芸能プロダクションの会長は、あくまで現物主義である。主軸のAKR47はともかく、他のタレントは、自分の目で確かめる主義で、スカウトマンを使うことはあっても、基本は自分で発掘する。
「お、これは!」
となりのマンガを先取りした若い客がびっくりするような声をあげた。
「大将、兄弟子だけあって、腕がいいね!」
三十分待って、仕上げてもらった髪の刈り具合にも満足した。
そして、スマホに写した情報をもとに、写真雑誌の出版社に電話した……。
「あなたの写真には無理や作為がない。被写体の自然な魅力が、そのまま出ている」
会長は、出版社から住所を聞いて、真っ直ぐ須之内写真館にやってきた。
「恐れ入ります。被写体の子にはメールを打っておきましたので、間もなく返事が来ると思います」
「失礼だが、あなたは写真家としては、なかなか芽が出ないでしょう」
「あ……自覚してます」
直美は息を呑んで頷いた。
「あなたは、待ちのカメラマンだ。わたしに似ている。こういう人間は、作品を量産はできません」
「恐れ入ります。わたしはただの不器用な青二才です」
「いや、その若さで、こういう姿勢を持つことは難しいもんです」
被写体からは、すぐにメールが返ってきた。直ぐに来るそうである。会長は、その間スタジオやショ-ウインドウの写真を見て回った。
「このルミナリエの写真と、女の人の写真いいなあ」
「ルミナリエは、自衛隊の方の写真です」
「え、素人の方ですか……」
「阪神大震災と東日本大震災の両方の救援に関わった方です」
「やはり、想いというのは出るもんなんですなあ……」
「その女の方は、先日お亡くなりになりました。あるがままに撮ると、こうなりました」
「最近の写真なんですか!?」
「はい、九十六歳でいらっしゃいました」
「九十六……どう見ても五十の手前だ。それにファッションと表情が今のもんじゃない……この人は、小学校あたりの先生だったんでしょ」
「ええ、国民学校時代ですけど」
「素晴らしい面構えだ……」
「被写体の曾お祖母様です」
「それは楽しみだ!」
まるで、それがキッカケであったように、被写体二人がやってきた。
杏奈・美花と、光会長の運命の出会いであった……。
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