大橋むつおのブログ

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高校ライトノベル・里奈の物語・46『銭湯はプラスアルファ』

2019-08-05 06:28:23 | 小説5

里奈の物語・46
『銭湯はプラスアルファ』 

 
 

「うわー! 逆さクラゲ!」

 やっぱり声に出て赤くなるのが自分でも分かった。
「アハハハ、昔といっしょや!」
 妙子ちゃんが遠慮なく笑う。夕べからずっとパソコン相手に仕事してきたとは思えない元気さだ。
 

 今日は、妙子ちゃんの提案で銭湯に向かっている。
 洗面器に石鹸とシャンプー(リンス入り)、その上に着替えをくるんだバスタオル載っけ、足元も定番のツッカケ。

 お父さんが、銭湯のマークは「逆さクラゲ」だと教えてくれた。
 そのとおりだったので、子どものころは煙突のそれを発見して叫んでしまった。
 あの時は、妙子ちゃんが真っ赤な顔になった。今は、その妙子ちゃんが平気で、あたしが恥ずかしい(自分で叫んでおいて)。
 逆さクラゲは銭湯という意味だけじゃない。分かっていて、わざとお父さんは、ガキンチョのあたしに教えた。

 あのころは、それを笑えた。あたしたちは、まだ家族だったから。

 暖簾をくぐるとお風呂屋さんの匂いがした。おぼろになっていた番台の向こう側の情景が蘇る。
 ツッカケを下駄箱にしまうと、女湯の戸が開いて、女の子を連れた女の人が出てくる。
 なんか時間軸がズレて、あのころのあたしたちが出てきたようなデジャブ。
 銭湯は記憶のタイムマシーンなのかもしれない。

 心地よいデジャブは、裸になると消えてしまう。あたしも妙子ちゃんも昔の子どもの姿ではないもんね。

 でも、浴室に入ると、デジャブでなくてもリラックスする。
 湯気に滲んだ富士山のペンキ絵、誰かが湯桶を置いて、コーンとくぐもった音をさせる。
 潤いのある温もりが穏やかに心と体がほぐされていく。
「洗いっこしよか!」
「あ、でも……」
「ええやんか、まだ混んでないさかい」
 返事も聞かないで、妙子ちゃんはあたしの背中を流し始めた。
「妙子ちゃんさ」
「ん……?」
「TERAには出向なんだよね?」
「そだよ」
「元の会社には……」
「戻らへんよ」
「……そうなんだ」
「零細企業で、仕事もきついけど、遣り甲斐はあるからね。自分のやったことがダイレクトに作品に反映され、売り上げが変わってくる。もう元のソフト会社には戻りたないね」
「前向きなんだ」
「あんたも、前向いて」
「うん」
 妙子ちゃんの目は、気負いすることはなく輝いていた。ビックリするほど歳が離れているわけじゃないのに、すっかり大人だ。
「エロゲっていうのは、エロいだけじゃあかんねん。プラスアルファが大事」
「プラスアルファって?」
「たとえば、この銭湯の温もりみたいなもん……なんや心が優しいなるやろ。単に体洗うだけやったら内風呂で十分……一時は消滅する思われてた銭湯が残ってるのは、そういう優しさがあるからやろね」
「そうだね、こういうスキンシップは……ウッ……」
 あたしは、いつの間にか妙子ちゃんの方を向いて体の前を洗われていた。気づいた時はギクッとしたけど、子どものころは、よくやってもらっていた。お互い体つきは変わってしまったけど、とても懐かしい気持ちになった。
「あのペッタンコが、こうなっちゃうんだ……」
「アハ……キャ!」

 さすがに妙子ちゃんの手がマタグラに伸びてきて飛び上がってしまう。妙子ちゃんの笑い声がくぐもりながら木霊した……。 


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