大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

かの世界この世界:191『屋島の戦い・3・扇の的』

2021-06-15 09:27:46 | 小説5

かの世界この世界:191

『屋島の戦い・3・扇の的』語り手:テル   

 

 

 一丁艪の船には水手(かこ)と女官が乗っていて、ゆるゆると進んでくる。

 

 海の平家と浜の源氏の間に至ると、船足が停まり、女官がすらりと立ち上がる。

 口が開いたかと思うと、静かに舞い始めた。

 謡曲か何かなのだろうけど、口の動きだけでは令和の高校生には分からない。

 いや、たとえ聞こえても源平時代の謡曲など分かりようもないんだけど、さすがは源氏の武者たち。

 女官の口の動きと舞の所作で分かるようで、静かに見いっている。

「これが戦なのか?」

 呆れたような感心したように、タングニョーストは静かに腕組みをする。

 ヒルデは柵ギリギリのところで、腰に手を当てて女官の舞を注視する。

「揺れる船の上で足を取られることもなく舞っている、なかなかのものだ……」

 ケイトも食べかけのうどんを箸に挟んだまま腰を浮かし、うどん屋の女亭主は、そんな我々を後ろで見ながらニコニコ。

 見事に舞い終ると、舞扇を閉じて帆柱の赤字に白丸の扇を示した。

 ヒルデとタングニョーストは、器用に柵の上に飛び乗り、揃って小手をかざす。

「ほう、あの扇を射落としてみろというわけだな」

「700ヤードはあります、ゴルフで言えばパー5のロングホールをホールインワンで決めろと言うようなものです」

「アルテミス(ギリシア神話の弓の女神)でも無理だろ」

「ウル(北欧神話の弓の男神)でも尻込みします」

「欧州の勇者は、感想を言うだけでもカッコいい……」

 イザナギさんは苦笑いして頭を掻いた。

 国生みの男神としては、いささか威厳に欠けるんだけど、初代日本のお父さん的な力の抜け方は好きだ。

 

 浜の源氏の軍勢は、この徴発を受けて、少しざわめいていたが、やがて、一人の武者が現れたかと思うと、ジャブジャブと馬にまたがったまま海に乗り出した。

「あれを射落とそうというのか!?」

「姫、暴れては、柵から落ちます!」

「構うな!」

 タングニョーストはタングリスの入った背嚢を担いでいるので、暴れられてはかなわない。

 イザナギさんとケイトが手を差し伸べて背嚢を預かろうとするが、タングニョーストは困りながらも――けっこうです――と手を振る。

『やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは、那須の国の住人にして御家人の末席を汚す、那須与一宗隆なり。今より、あの軍扇を射落とすものなり、源平いずれの方々も、両の眼(まなこ)豁然と開いて御覧じろ。もし、この与一、一閃にて射落とすずんば、腹掻っ捌いて高松の浜の魚の餌になろぞ。いざ、平家の女官殿、尋常に勝負勝負!』

 ウオオオオオオ!

 見事な名乗りに、源平双方から感嘆の声が上がる。

「か、カッコいい!」

「手に汗を握ります!」

「こんど、ラグナロクで、あれをやってみよう!」

 ヴァルキリアの主従は興奮の絶頂になった。

 

 キリキリキリ……

 

 丘の上のここまで弓を引き絞る音が聞こえる。

 与一がいっぱいまで弓を引き絞ると、源平双方のみならず、丘の上の我々も呼吸を忘れて見入ってしまう。

 うどん屋の釜の湯気さえ停まったかと思う瞬間、与一の矢が放たれた。

 

 ヒョーーーーーーー

 

 鏑矢は、獲物に飛びかかる鷹の声のように音を引いて飛んでいく!

 

 フ

 

 音もなく扇が吹き飛んで、それに、一瞬遅れて命中の音。

 

 トス

 

 ひらりひらりと舞いながら扇は海面に落ちて、やっと、源平両軍から歓声の声やら船端やら箙(えびら)やらを叩く音が、高松の海と浜と空に満ちた。

「か、かっこいい! めちゃくちゃカッコいいぞ!」

 ヒルデは、柵の上で飛び上がったりバク転をし、涙さえ浮かべて感激した。

 タングリスも惜しみなく拍手を送りながら、間隙を発した主人を眩しく見ている。

 ケイトもうどんの鉢を持つ手はそのままに、脚を震わせている。

「よし、今日は、うどんの無料奉仕だよ!」

 うどん屋のカミさんが吠える。

 吠えた、その顔をよく見ると、荒れ地の万屋のペギーだったりした。

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋
  •  イザナギ        始まりの男神
  •  イザナミ        始まりの女神 

 

 


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