やくもあやかし物語・129
わたしの家は一丁目にある。
一丁目を西に突き当たると左に道が曲がって二丁目。
曲がったところからは坂道で、100メートルほど下って折り返して、さらに100メートルほどの下り坂。
下りきって西に折れて、二丁目を通った先の三丁目に学校がある。
学校から帰って来る時は、遠目に坂の上の一丁目が見える。
その坂の上の一丁目は比較的大きな家が多くて、我が家は、その中でも一回り大きい。
漠然と二百坪くらいかと思っていたら「う~ん……四百坪くらいかなあ」と、お爺ちゃんはこともなげに言う。
「敷坪四百、建坪二百ってとこかなあ……」
「よんひゃくに、にひゃく!?」
「古いだけさ」
そう言うと、そのまま膝の上の新聞を広げて自分の世界に潜っていくお爺ちゃん。
新聞ばかり読んでると情弱のバカになってしまうと思うんだけど、まあ、新聞読んでるときとお風呂に入ってるときが一番リラックスできると言うんだから仕方がない。
子どものころ、お母さんが教えてくれた。
「一坪って言うのは畳二枚分。だから、六畳は三坪。覚えやすいでしょ」
「うん……じゃあ、百坪は?」
百と言うのは、大きくてお目出度い数字って感じがする。子どもの基準って、テストの点みたく百点でしょ。
だから、百坪って聞いてみたのよ。
「うん、プールの水面くらいかなあ」
「おおー!」
ほとんどカナヅチだったわたしにとって、学校のプールの水面は湘南海岸から見渡す太平洋と変わりが無かったから、とてつもない広さに感じた。
それが四つ分と言うのだから、ほんとうにぶっ飛んだ広さ。
その我が家が小さく見えるくらいだから、よっぽどのよっぽどよ。
「おお、よう参ったのう」
御息所が門の前で、エッヘン顔して立っている。
「すごいねえ……!」
建物の周囲は京都御所みたいな塀が取り巻いているんだけど、両端は絵巻物の雲みたいなのに隠れていて見渡すこともできない。
「チカコはいっしょではないのか?」
「どうせ寝殿造りでしょって」
「チカコめぇ……」
「あははは(^_^;)」
どうも、チカコと御息所は、仲がいいのか悪いのか。
今日はね、御息所がメイデン勲章のおまけにもらった館を見せたいというので来てみたわけなの。
アキバのメイド王がくれたものだから、VRとかのバーチャルじゃないかと思ったんだけどね。
それがどうして、京都御所も真っ青ってぐらいに立派な寝殿造り。
むろん、電車や車で来たわけじゃないのよ。
メイデン勲章の真ん中を見つめながら――御息所の館――と念ずると、ここに来れるわけ。
「まあ、ゆるりと過ごすがよいぞ」
御息所が鷹揚に指し示すと、メイドさんや執事さんがズラリと現れて、館の中に招いてくれる。
「最初は平安風俗でないのが、ちと不満であったが、いやはや、やくもの家の生活が慣れたせいであろうな。なかなかのものであると満足いたしたぞ」
なるほど、階(きざはし)を上がると、廊下には緋色の絨毯が敷かれていて、わたしの歩く前をお掃除ロボットが恭しく埃を払ってくれる。照明だってLEDの間接照明だったりする。
「この渡殿(わたどの)を過ぎると寝殿じゃ。ここからの庭の眺めは格別じゃぞ」
「おお!」
右近の橘左近の……なんだったけ?
とにかく、国語便覧とかで見た寝殿造りの姿が、何倍かの規模で広がってる。
白砂の庭の向こうは……池?
「池のはずなのじゃが果てが見えん。ひょっとしたら海なのかもしれんなあ……ほれ、あの渡殿の先が釣殿になっておるじゃろ。あそこから釣竿をさせば、クジラが釣れそうじゃ」
おほほほほ
控えているメイドさんたちが手の甲を口にもってきて上品に笑う。
メイドさんというのは、主人やお客さんの前では喜怒哀楽を見せないものかと思っていたけど、これも御息所の趣味なんだろうねえ。
「さあ、ここが、わらわの常の間である寝殿じゃ。今日は風もなく良い日よりじゃ、エアカーテンはオフにしてよいぞ」
「はい、ご主人さま」
「ご主人ではない。わらわのことは御息所と呼べと申したであろう」
「しつれいいたしました、御息所さま」
少し頬を染めて一礼すると、担当のメイドさんはポケットからリモコンを取り出してエアカーテンのスイッチを切った。
「こだわるんだね(^_^;)」
「ここの主は東宮さま。ここは、その東宮さまの休憩所。一息つかれる憩いの場所なのじゃ、それゆえ、わらわの名乗りは『御息所』なのじゃぞえ」
「そうなんだ……そんなところに、わたしが呼ばれてよかったのかなあ?」
「目的を持った場所というのは、使ってみないと善し悪しが分からぬものじゃによって……むろん、やくもへの感謝もあるしのう。さ、そちらのカウチでくつろぐがよいぞ」
「うん、ありがとう」
「本来ならば、三日はかけて歓迎の宴を開きたいところじゃが、晩御飯は家族と食べるのがやくものコンセプト。軽く天ソバなどを作らせておるゆえ、しばらく待て」
「あ、おかまいなく(^_^;)」
「いや、構うぞ、そうじゃそうじゃ、とりあえずはお茶にしよう……」
担当のメイドに命じようと御息所が、わたしは恐縮して振り向くと、そこに立っていたのは将門さんちのアカ・アオメイドだった……。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 教頭先生
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王