大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・099『追う』

2022-03-20 12:07:39 | 小説4

・099

『追う』加藤 恵   

 

 

 国道というのは文字通り国の道で、管理する義務と権限は国にある。

 厳密には国交省の管轄で、西ノ島では、ついこないだ乗り出してきた西ノ島管理事務所が担っている。

 その所長の及川が、島の主要道路を国道に指定すると同時に制御盤を設置したのだ。

 

 車検と登録のない車両が国道に乗り入れると、制御盤から発せられるパルス信号によって、強制的にエンジンが停められてしまう。

 島は、事実上の自治区のような状態だったので、国の法律や規制は免除されてきたのだ。

 法の網をかぶせ、規制を布くということは、逆に言えば、国が保護して責任を負うということになるので、日本政府はずっと西ノ島を化外の地として放置してきた。

 しかし、希少資源であるパルスガ鉱が発見されるに及んで、政府は、がぜん色気を出してきた。

 多少のリスクはあるが、西ノ島の鉱山資源を手中に収めれば、エネルギー政策的にも海外に依存せずに済むし、国際社会での地位も発言権も大きくなる。

「国は、我々を潰す気なんだ!」

 社長と並んで温厚な主席も語気を強くする。

 カンパニーゲート前に集まった者たちの視線は、自然とヒムロ社長に向いていく。

「仕方がない、わたしが話を付けに行きます」

「じゃあ、わたしも付いて行こう、同志氷室」

「俺たちも!」

「みんなは待っていてください。大勢で行けば角が立ちます。こういう場合は、おからか鉋屑みたいに頼り無げな者の方が適任です」

「あたしならいいだろ、食堂のオバチャンなんだから」

「及川さんは、お岩さんの前歴も知っているはずです。あの人にはギャラクシー興銀の元やり手支店長と映っていますよ」

「じゃ、せめてお弁当持ってって……ほら、さっき作りかけた宴会飯のアレンジだけど」

「これはいい、場が和みますね」

「でもよ、社長」

「なんですか、シゲさん?」

「奴は、饗応に当るとか言って、食わねえんじゃねえか?」

「じゃ、実費でお分けしましょう。お岩さん、いくらになるかなあ?」

「……んまあ、390円?」

「じゃ……」

 社長はメモ帳の切れはしに¥390と書いてパッケージに貼った……。

 

 社長が、レジ袋をぶら下げてゲート前を出発したころ、及川は西の国道を公用パルス車で逃げていた。

「く、くそ! 何だって言うんだ、あのインディアンはああああああ!」

 なんと、ナバホ村の村長が馬に乗って管理事務所を襲ってきたのだ。

「インディアン、不正を憎む! 不正を許さない!」

 そう叫んで、弓を構え、たった一騎で日本政府の上級職公務員を追い回しているのだ。

 ナバホ村の村民たちは、いっしょに付いていくと言ってきかなかったが、類が村全体に及ぶのを避けるために「付いて来たら殺す!」と言って同行を許さない。

「くそ、あの馬はロ馬(ロボット馬)じゃないなのかあ(;'∀')!? 23世紀だぞ! リアルホースなんてありえないだろ!」

 上級職用ハンベを操作して、国道用制御盤よりも強力な衛星パルスを食らわせたが、村長にも馬にも通用しない。

「くそ、警察呼ぶぞ! ここの管轄は……東京都……警視庁?」

 西ノ島は東京都の管轄だが、東京の南海上2000キロの位置。

 海保にしろ水上警察にしろ、通報して到着するのに、いくら上級職公務員の通報とは言え三時間はかかるだろう。

「くそ、くそ、三時間も待ってられるかあ」

 ピシュ!

「ゲ!!」

 少しでも送受信の効率を上げようとドアウィンドウから出した左手のハンベに矢が掠って、砕け散ってしまった。

 アナログの武器を向けられては、成すすべがない上級職公務員!

 パカラパカラパカラ…………

 蹄の音が加速してくる!

「ヒエーー!!」

 ドンガラガッシャーン!

 エマージェンシ―モードに切り替えられていなかった公用車は、国道を外れて岩場に侵入してしまい、あっという間に、先日の地震でできたクレバスに転落してしまった。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室                西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
  • 村長                西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

 

 

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明神男坂のぼりたい・105〔フレキシブル〕

2022-03-20 08:36:47 | 小説6

105〔フレキシブル〕 

                   

 


「美紀はいけるかもしれんなあ……」

 仲間美紀を見舞った帰り、車の中で笠松プロディユーサーが呟き、クララさんが頷いた。

 いける? なんだろう?


 事務所に帰ると、見舞いに行ったメンバーに市川ディレクターと夏木先生も加わって小会議になった。


「美紀は、どこか吹っ切れた顔をしていた。リストカットに失敗はしたけど、自分の中の何かが吹っ切れた顔になってた。どう思う?」

「わたしは、美紀ちゃん自身分かってないと思いました」

「いちおう安心はしたんだと思います。自分は死ねないという見定めがついたのか、また続けようかという気持ちかは分かりませんけど……」

 クララさんは断定的に言う。あたしは、そこまで言い切る自信は無くて語尾が濁る。

「これは、持っていきようだと思うんだ。こちらの押方次第で、美紀はどちらにでも変わる。どうだろ市川さん?」

「もう一つ勝負に出ますか」

「うん、アイドルグループで、リスカやったのは美紀が最初です。だから、それを乗り越えて続投するのも初めてになります。賭けてみる値打ちはあるかもしれませんね」

「あたしも、それがいいと思います。ここまできた六期生です。他の子たちには、まだまだ伸びしろがあります。美紀を引退させたらイメージダウンだし、みんなのモチベーションにもかなりの影響が出ます」

「そうだよな、ここまで製作費つぎ込んだ……いや、そういうことじゃなくても……」

 笠松さんは、なにやら考えながら顎をなでた。うちは、美紀ちゃんのことより、制作面やマネジメントの方に重心のある話に、ちょっと違和感があった。で、思い切って発言した。


「大事なのは、美紀ちゃんの心だと思うんです。まだ15歳です。美紀ちゃんの心に傷が残らないように考えるのが第一だと思います」

「ちょっと、俺の腕見てくれる?」

 笠松Pは左腕を水平に伸ばして見せた。

 え?

 市川Dは――ああ、それかあ――という顔をしてるけど、わたしとクララさんは、ちょっと驚いた。

 市川Dの左腕は10度ちかく逆方向に曲がってる。

 女の子で、時々逆方向に曲がる子がいるけど、体の柔らかさの証明みたいなもので、まあ、せいぜい5度くらいのもの。それが、五十前の男の人の腕が逆への字に曲がってるのは、ちょっと引いてしまう。

「小一の時に骨折してさ、病院も遠かったりで、途中で治療をやめたんだ。すると、こんな骨の付き方になっちまって」

「おまえ、それで体操部断念したんだったな」

「ああ、その腕じゃ、いずれ大きな怪我をするって先生に言われてなあ。日常生活に支障は無かったけど、人生の選択肢は狭まってしまった」

「美紀もいっしょだって言いたいのか?」

「ああ、医者は普通に日常生活できれば治ったってことになるんだろうけど、美紀の心の大事なところは曲がったままになると思うんだ。美紀は才能のある子だ、それが、ここで妥協したら、人前で自分を表現するのが苦手な子になってしまうと思う」

 人前で自己表現……学校の先生……だんご屋のアルバイト……巫女さんだって笑顔が大事だし……

「まあ、笠松は、そのおかげでこの業界に入ったんだけどな」

「うん、今度のことが、美紀の傷にならずに、将来の道を狭めることにならないように考えてやるべきだと思うんだ。それに、持っていきようによっては、美紀の心も救って、AKRをジャンプさせることもできると思うんだ」

「手記を出そう!」

「手記……そんなの書けるほど、美紀ちゃんは回復してません」

「アシスタントを付けるよ。桃井ってゴーストライターが使えると思います。大阪の奴ですが、明日にでも呼びます」

「よし、その線でいってみよう。明日、夏木さん、美紀のところに行ってくれないかな。全員じゃ多いから選抜から何人か引き連れて」

「了解しました」

 あっという間に話はまとまってしまった。市川ディレクターは、さっそく桃井さんに電話。夏木先生はメンバーに話しにいった。

 

 明日か明後日かと思ったら、その日の午後には桃井さんがやってきて、早くも全てが動き出した。

 

「桃井君、これがチームリーダーの明日香、こっちが座長の嬉野クララ。美紀が君に慣れるまで、どちらかをつかせるから、よろしく頼むよ」

「おまかせください。美紀ちゃんの心を癒して、ほんでから、同世代の同じような悩みを抱えてる子たちの心に訴えかけるような手記をものにします。お二人さんとも、どうぞよろしゅう」

 宣言して上げた顔は、どこかで見たことがある……あとでクララさんに言ったら「それなら、ビリケンさんだよ」と言われ、スマホで検索したらなるほどだった。大阪では有名な福の神で、足の裏をさするとご利益があるらしいけど、さすがに「足の裏触らせてください!」とは言う気にはなりません(^_^;)。

 桃井さんは、東京駅から直行して、あたしたちと話している。手許のタブレットには美紀に関する資料がノート一冊分ぐらい入ってた。びっくりしたことには、美紀が今まで住んでた三軒の家の外観、間取り、近所の地図と写真まで入っている。

「いつの間に揃えたんですか!?」

「新幹線には三時間近う乗ってますねんで、無駄にグリーンは乗ってません」

「え、グリーンで来たのか!?」

「はい、領収書」

 渋い顔をして領収書を経理に回す笠松P

「え、弁当代も入ってんのか、それも二つ!」

「文章書くのは頭使いまんねん。頭のエナジーは食いもんでっさかいなあ」

「アハハハハ、さすがは、一流のゴーストライターだな」

 市川Dがノドチンコむき出しで笑う。

「もう、ゴーストライターって言わんとってくださいよ、シンパシーライターです。相手の心に同化して、本人が言葉にならへん思いを文字に起こす仕事です。今度の仲間美紀さんの場合はカウンセラーでもあるつもりでっさかいね」

「ハハ、そうやってギャラ上げようって腹かあ……」

「堪忍してくださいよ、このお二人が変に思うやないですか。確かにぼくは世間でいうゴーストライターです。今のところ、そういうカテゴライズしかないからね。それから、ぼくは、これによって収入も得ている。せやけど考えてねぇ、世の中100%の善意もないけど、100%のビジネスもない。ぼくは、そのバランスはちゃんと取っているつもりだっせ」

 桃井さんは怪しげな圧があったけど、話しているうちに引き込まれていく。美紀やみんなとの二か月半を、いろいろと話した。桃井さんはヘラヘラと聞いてるみたいだったけど、マジになったり笑ったり、美紀のリスカに気づいて助けたくだりは、気づいたら手を握られていて、話終わったら昔からの知り合いのオイチャンみたいになってしまってた。

―― 明日香の世界も、たいがいだな ――

 家に帰ったら、さつきが、苦笑いしながら言う。どうやら、あたしは「乗せられてる」状況かもしれない。

 だけど、これで美紀が立ち直り、メンバーもうまくいったら、それが一番いい。

 あたしも、この業界のフレキシブルに慣らされてきたのかもしれない……。

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