大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・284『卒業式のあくる朝』

2022-03-12 10:41:54 | ノベル

・284

『卒業式のあくる朝』   

 

 

 うちはお寺の子やけど、毎日仏さんに手を合わせることはしません。

 

 テイ兄ちゃんは本業の坊主なんで、毎朝、お祖父ちゃん、おっちゃんと三人でご本尊の阿弥陀さんに手を合わせて、念仏を唱えます。

 詩(ことは)ちゃんもおばちゃんも、おっぱん(高坏に盛ったごはん)をお供えする時には手を合わせるけど、お念仏を唱えることはしません。

 お祖父ちゃんは住職としては引退してるんで、朝のお勤めが終わったら、しばらく本堂に居てることが多い。

 このごろは、春めいてきたんで、本堂の縁側に出て、胡座をかいてボーっとしてます。

「なんや、仏さんみたいになってきはったねえ」

 お寺の婦人部長である田中のお婆ちゃんは、そない言うて縁側のお祖父ちゃんに手を合わせたり。

「フフ、なんだか、即身成仏」

 詩ちゃんは、そんなことを言いながら、それでも田中のお婆ちゃんにはきっちりと頭を下げて大学へいきました。

「お茶でも持って行こうか?」

 気配りの留美ちゃんは、お盆に湯呑と急須を載せて、うちはポットをぶら下げて、本堂の縁側に行きます。

 内陣の方から縁側に向かうと、もう田中のお婆ちゃんは山門を出ていくとこ。

「すみません、遅くなってしまって」

 こういう時の返事も留美ちゃんは行き届いてます。うちやったら「ええ、せっかく持ってきたのにい!」とプータレルとこです。

「ああ、すまんなあ」

「お祖父ちゃんだけでも飲む?」

「しょんべん近なるからなあ……二人で飲みいや。日向ぼっこにはええ日和やでえ」

 これは、ちょっと相手していけということ。年寄の間接話法と頷きあって、お祖父ちゃんよりも一段低い階段のとこに腰を下ろす。

 下ろしたお尻が仄かに温い。その仄かな温もりのままにお祖父ちゃんがポツリ。

「卒業おめでとう」

「ありがとうございます」

 留美ちゃんの反応は早い。

 卒業式付き添いのくじ引きは、おばちゃんと詩ちゃん。

 けっきょくは、急なお葬式と専念寺さんのお手伝いが入って、とても卒業式どころやなかったんやけどね。

「どないやった?」

「はい、3月11日だったのを忘れてました」

「ほう……」

 え、なんか禅問答?

「一昨日は東京大空襲、昨日は東日本大震災について触れられました」

 あ、思い出した。校長先生の話や。

 たしかPTAの会長さんの祝辞のあとに言いはったんや。

「心温まる祝辞、身に余る謝辞をいただきまして、まことにありがとうございます。生徒たちの門出の姿に胸が熱くなりますが、11年前の今日、この姿を見せることも目にすることなく大勢の人たちが逝かれました……そう、あの東日本大震災であります……」

 二分ほど震災に触れはった。要は、普通に卒業して卒業生を見送ることが、どれだけ幸せなことかという話。

「アニメは、あまり観ないのですが、若い先生に言われて感心した場面があります。アイドルグル-プが合宿の為に震災後数年目の釜石を訪れるところです。メンバーは『こんな被害を受けたんだ』『復興はまだまだなんだ』と神妙な気持ちになります。民宿のおばさんにどんな言葉を掛けようかと迷いますが、おばさんの言葉はこうでした『よくお越しくださいました。ずいぶん復興しましたでしょう。こうして、お客さまをお迎えできて……』とすこぶる付の笑顔なんですね。人の身に立つということが、よく現れたエピソードだと思います……」

 ええ話やねんけど、式も終わりに近くって、うちは、正直寝かけてましたけどね(^_^;)。

「校長先生……ひょっとして、定年なんとちゃうか?」

「「え?」」

 なんで分かるのん?

「うん、年寄りの勘やねんけどな、卒業式の校長の話としては、微妙に踏み込んでる気ぃがするんや。大事な話やけども、門出に語るには、ちょっと言う感じやなあ……で、みんなの反応は?」

「あ、うん。神妙に聞いてたなあ」

 寝かけてたことは棚に上げます。

「実は……」

 留美ちゃんは前日の予行の時の大空襲の話も付け加えた。

「そうかあ……最後にええ話しはったんやなあ……ヨッコイショっと」

 お祖父ちゃんは立ち上がると外陣のご本尊さんの前に行きます。

 静かに数珠を出すと「なまんだ~ぶ なまんだ~ぶ」とお経を唱え始めました。

 うちらも、お祖父ちゃんの後ろに座って手を合わせます。

 経机の上には『お布施・田中』と書いた不祝儀袋。

 後で聞くと、お婆ちゃんの従姉妹さんが仙台で亡くならはったということです。従姉妹さんは、震災後は一人で介護施設に入ってはったとか。

 お婆ちゃんは、デイサービスの時間が迫ってるんで、お布施だけ置いて家に戻らはったということでした。

 

 

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明神男坂のぼりたい・97〔The Summer Vacation・4〕

2022-03-12 04:44:28 | 小説6

97〔The Summer Vacation・4〕 

 

       


 東京音頭しか取り柄がないんだからね!

 夏木先生の言うことは三日で変わってしまった。

 三日前からあたしのブログアクセスは30000を超えてしまった。事務所にも6期生の河内音頭が聞きたいという電話やメールが殺到。

 で、市川ディレクターと夏木先生らエライさんが相談して、6期生をシアターのレギュラーにすることにした。

 普通、研究生は一か月目ぐらいで一人15秒ほどの自己紹介と先輩らのヨイショがある。
 それから新曲がついて、グループデビューには3か月。それまでは選抜のバックと営業と決まっている。

 それが、ステージ紹介から、わずか6日でステージデビュー。

 日本で数ある女性グループで民謡、それもレトロな東京音頭。それとオールディーズのVACATIONとの組み合わせが、レトロでありながら、とても新鮮に映ったらしい。とにかく目先の人気第一主義のユニオシ興行が見逃すわけがない。

「ええ、では6期生の選抜と、チームリーダーを発表します」

 取り柄の変更の次に、これがきた。


「緒方由香、羽室美優、山田まりや、車さくら、長橋里奈、白石佳世子、鈴木明日香。あとは決まり通りバックね。ただ人気の具合では選抜入れ替えもありだから、がんばって!」

 落胆やらガッツやら、戸惑いやらが一遍に起こった。で、それを噛みしめる間もなく、夏木先生の檄。

「VACATIONの振り付けをきちんとやります。全員バージョン、選抜バージョン、1分バージョン、4分フルバージョンやるから、3時までには覚えること。3時からは東京音頭の特訓。はい、かかれ!」

 さすがは夏木先生、完全に新しい振り付け。オールディーズの匂いを残しながらも、今風の目まぐるしいまでのフォーメーションチェンジ。これはいけると思った。

 午前中で、全員バージョンと選抜バージョンをこなす。上り調子のときは覚えも早い。レッスン風景をカメラ二台で撮ってたとこを見ると、プロモも撮り直しの感触。ユニオシから予算が付いたんだろうね。

「昼からは、短縮とフルバージョンだけだからコス着けてやります。新調した衣装が来てるから、それ着てやるよ。シャワ-浴びて下着からとっかえてね」
「あの、下着の着替えは持ってきてません」

 という子が半分ちかく。充実はしてるけど、こんなハードなレッスンになるとは思っていなかった。

「あ、そっちの連絡はいってないか。仕方ない。全員分のインナー買ってきて!」

 これは、さすがに男のアシさんと違って、事務の女の人が買いに行った。全員のスリーサイズは登録済みなんで、サイズ表持っていったら、一発でおしまい。
 シャワーはいっぺんに十二人が限界なんで、大騒ぎ。衣装は着替えなきゃだし、頭もセットのしなおし。こないだのロケバスでも、そうだったけど、裏では女を捨ててかかってる。学校でこれだけ早やくやったらガンダム喜ぶだろうな。と、一瞬だけ頭にうかぶ。

 みんなスッポンポンで着替えて交代。AKRに来る子はルックスもバディーも人並み以上だけど、その人並み以上でも胸やらお尻の形が千差万別やのは新発見。

 夏木先生の言った通り、短縮とフルバージョンの違いは二回ほどでマスター。先生の指導がいいのはもちろんだけど、みんなのモチベーションが高いというのが大きいと思う。コスは赤と白を基調とした水玉。全体のデザインは同じだけど、襟やポケット、タックの取り方が微妙に違うので、自分のコスはすぐに分かる。

 三時からは、武蔵野菊水さんが来て、東京音頭の特訓。武蔵野さんは東京音頭の第一人者。ちょっと緊張したけど、あたしと同じ神田のオジサン。フリはスタンダードを教えてくれたけど、ステップさえ間違えなかったら、アレンジは自由。

「明日香ちゃん、あんた上手いなあ。それだけやれたら、盆踊り、いつでもヤグラに立てるぜ」

 本番前に、先輩の選抜さんたちに挨拶。メイクとヘアーの最終チェック。全員で円陣組んで気合いを入れる。

「今日から、6期を入れて新編成。気合い入れていくぞ!」

「おお!!」

 座長嬉野クララさんの檄で気合いが入る。

 6期の受け持ちは15分ほどだったけど、舞台も観客席もノリノリだった!

 そのあと、初めての握手会。あたしのところには長い行列。嬉しかった。

 そやけど、その中に関根先輩が混じってたのには気がつかなかった。

 鈴木明日香、一世一代の不覚だった……。

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