トモコパラドクス・57
『友子の夏休み 東京・2』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……いよいよ夏休み。王さんの別荘を引き上げて一波乱。
友子は悩んだ。泣き叫ぶべきか、青ざめて震えることにするか……。
で、一度やってみたかった誘拐された可憐な少女というのをやってみることにした。
「深入りしすぎたな、お嬢ちゃん。お前が別荘から、この絵を持ち出しているのは、あちこちの防犯カメラに写っていたぜ」
「ということは、この絵について何か知ってしまったということだ。王のジイサンのとこまで行くくらいだからな」
「そ、そんなんじゃ、あ、あ、あ、あ、ありません……あの絵を持ち出すように……」
「言われただけなのかい?」
「そんなヨタが通じるほどアマちゃんじゃねえんだぜ。その絵ちょろっと見てみろ」
「それはただのフェルメールの複製です。お、お礼に頂いたんです」
「……なるほど、表面はフェルメールだが……ほうら、端の方をめくると、別の絵が出てくる」
「そ、そんなの知りません。ただの……」
「同じサイズの絵なんか、お礼に渡すかしら、女子高生に?」
「とりあえず、アジトに行ってから、洗いざらい喋ってもらおうか」
むろん絵は、友子が電子分解して、フェルメールの下に作った精巧なレプリカだ。友子の狙いは当たりつつある。
「あ、あ、あたし気分が悪い……」
「ちゃんとエチケット袋があるから、ここに吐きな」
友子の口にビニール袋があてがわれた。友子は、かなり加減して百馬力で運転手の後頭部目がけてヘドを噴射した。運転手の男は気絶し、助手席の男がブレーキを手で押さえ込んだ。下っ端の工作員とはいえ、かなり訓練はされているようだ。
「チ、なんて馬力でヘド吐くのよ! 李、林と代わって!」
素早く、李という男は運転手の林と入れ替わった。そのどさくさに、友子は残りのヘドを道路に吐いた。
「大丈夫、あなたたち、車に弱いんだから……」
「なんで、そんなに優しい声なんすか?」
「見える範囲に防犯カメラが三台もあるのよ!」
そう、友子は、ちゃんと場所を選んで事に及んだのだ。そして、車が再び動いて道路を離れ、角を曲がったところで、友子のヘドは濛々と赤い救難信号である煙を吐き出した。警察は、それを見て非常線を張った。しかし、彼らも周到に代車の大型トラックを用意していて、非常線にかかることもなく友子を連れた工作員たちは、アジトに着くことができた。
友子は、別室に監禁され、その間に工作員たちは絵の真贋を確認している様子だ。
「間違いない。中華の字が浮かび上がる」
「当たりましたね」
「あの娘を連れてこい。もう少し聞き出せるかもしれない」
部屋に連れてこられると、裸にされて椅子に括りつけられた。足はなぜかブリキ缶の中だ。
「君の選択肢は二つだ。楽に死ぬか、苦しんで死ぬか」
「知ってることを全部喋れば楽に死なせてあげる」
「こ、このブリキ缶はなに? で、ど、どうして、あたし裸にされたの?」
「そのブリキ缶にはセメントを詰めるの、ゆっくり海の底で眠ってもらうために。裸にしたのは身元がバレないように。今日日は下着のかけらからでもメーカーや販路が分かってしまうからね」
「死ぬのね……あたし」
「まあ、いずれは死ぬんだから、知ってることみんな話してくれたら、この注射で眠るように死なせてあげる。イヤなら、生きたまま海に沈んでもらう」
「じゃ、生きたまま沈めてくれる。その代わり、その絵がなんの役に立つのか教えてもらえる。こう見えても王一族の王清香の孫娘、王清娘よ」
「あ、あんたが王清香の……」
これは、ハッタリである。彼らが一番恐れている王一族の女傑の名前を出しただけである。今は生死も明らかではないが、その存在は彼らの伝説的な恐怖になっている。ただ、孫がいても、四十代にはなっている。
「清香の娘なら敬意を払わなくちゃな。この絵には清朝の隠し財産の在りかが描かれている。並の技術では解けない手法でな。日本円で五十兆の価値がある。元を質せば漢族の王朝である明から簒奪したもの、それを正統な子孫が、人民のために使おうという遠大な計画だ」
「で、あんたの名前は?」
「冥土のみやげに聞いておけ、朱元基だ」
ここまで聞けば十分だ。彼らの思念から全てのことは分かっていたが、第三者が確認できるような証拠を握ることだった。もっとも、人民のためというのは言い訳だが。これは、誰も信じないだろう。
友子は、この部屋に入った時に、口から超小型カメラを二台、音速で吹きだし天井と壁に仕掛けた。
友子は、そのあと、足を速乾性のコンクリートで固められ、軽トラックに乗せられ、そのまま船に乗せられた。同時に残した超小型カメラに位置情報と映像の内容を警視庁に転送した。むろん自分の裸にはモザイクが入るようにしてある。
ドッポーン……!
友子は、東京湾の真ん中で海に放り込まれた。沈んで見えなくなるまで朱元基の目を笑いながら見つめてやった……。