あすかのマンダラ池奮戦記・10
『マンダラ池への帰還』
あすかは、懸命に戦った。十七年の人生で、ここまで真剣になったことは初めてだ。
側で、イケスミ、フチスミの神さまも戦っているんだろうけど、意識にはなかった。必死でトドロキの攻撃をかわし、わずかな隙を見つけては攻勢に転ずる。いつしか満身創痍になり、しだいに意識が遠くなっていった……。
やがて、ダンプや工事の機械の音で目が覚める。傷みは傷と共に無くなっていた……そして、そこは、振り出しのマンダラ池であった……。
「……ん……マンダラ池……埋立て工事が始まってる……夢おち?(桔梗に気づく)フチスミさん!? フチスミさん、しっかりしてフチスミさん!」
「ん……あすかさん……ここは?」
「マンダラ池、正式名称万代池、イケスミさんが住んでいたところ。大丈夫? 大丈夫だよね、神さまなんだからフチスミさんは」
「わたし、桔梗だよ」
「桔梗さん? どうして?」
ガードマンのオバサンの姿をしたイケスミがホイッスルをふきながらやってくる。
「ダンプは北から、そう、むこうね! ユンボこっち。土ゆるいからそこで停めといて。(二人に)そこあぶないから、こっちの方で話してくれる。ごめんなさいね。今日から工事始まっちゃうから……」
「すみません」
「ども……」
ガードマンのイケスミと二人、交差するが、二人はイケスミに気づかない。
「オオガミさまももどられたし、フチスミさん、あそこを離れられないと思うの……」
「そうか。ミズホノサトは廃村というか……沈んだまんまだし。桔梗さん、あそこに住むわけにもいかないんだ」
「万代池も、ひどいことになってしまってるのね……」
「時代の流れというのかね。あたしも長年……と言っても十数年だけど、万代池だなんて由来知らなかったからさ、マンダラ池だと思って、昨日なんか、ウンコふんづけちゃって、靴洗ってたりしてたんだ」
「靴洗っちゃたの、神さまの池で!?」
「知らなかったんだもん……でも、それでひらき直っちゃいけないんだよね。ごめんなさいって気持ち……持ってたんだけどね、ちゃんと謝ったんだよ……言っちゃあなんだけど、やっぱイケスミさんて、すねた神さまだったよね、それで、あたしをひっかけて依代にしちゃうんだから……今ごろはオオガミさまのスネしゃぶりつくしてんだろうね。ま、いいか、頭もよくしてもらったことだし……」
「どっちもどっち、二人ともたくましい都会の神さまと人間」
「桔梗さん。しばらくあたしの家にいなよ。三LDKだけど、三人家族だからもぐりこめるよ」
「そんなの悪いよ。わたしも子供じゃないんだから……」
「そうしなって、ここへそろって送ってこられたのも、そういうおぼしめしだと思うの」
「だって……」
「だってもあさってもなーい!」
「え……!?」
驚く二人。イケスミは、ユルユルとヘルメットを脱ぐ。
「まだ気がつかない?」
「……?」
「あ・た・し」
「イケスミさん!」
「どうかしたんですか!?」
「てっきりスネかじってると思ってたのに……その姿?」
「神さま廃業ですか?」
「だったらお父さんに頼んでもっと時給のいいパート紹介してもらったのに」
「おいたわしい……」
「勝手にしゃべるな!」
「だって……」
「その姿……」
「これは、池の最後を見届けるための方便だよ」
「ホーベン?」
「ということは、まだ神さまでいらっしゃるんですね」
「あれから、オオガミさまに叱られてな」
「キャッチセールスみたいなことするからだろ?」
「それもあるけど、ここを見捨てたことな……あすかも言ってただろ?」
「あれ、売り言葉に買い言葉。気にしないでくれる?」
「池があろうとなかろうと、そこに人が住んでいるかぎり逃げてきちゃいけないって」
「でも、人がいたって信者がいなきゃ」
「いるよ。あすかが信者一号、桔梗が信者二号だ、よろしくな」
「アハハ……でもフチスミさんは……」
「あたしが兼任、元をたどればオオガミさまにたどりつくんだから、どっちの信者になっても同じさ。フチスミさんは、しばらくはオオガミさまと地元の復興……それから、あんたたちも、たどっていけば同じ一族なんだよ」
「え、親類!? あたしたちが!?」
「あすかの元宮というのは、元宮司って意味で、天児一族の分家、三百年前にあたしといっしょにやってきた家系さ」
「でも、一族とは思いませんでした」
「さすがの桔梗にもわからなかったか?」
「でも、親類だと思うとなんか嬉しいね」
「はい……でもお世話になるのは……」
「硬いこと言うなよ」
「あんたたちは双子の姉妹、二卵性の。そういうことにしといた」
「ええ!?」
「役所の書類もそうしといたし、親も友だちも、みんなそういうふうに思ってる」
「ええ、そんな……」
「ミズホノサトは必ず人がもどってくる。水も少しずつひいて、もとの生活がね……でも、それには何十年もかかるだろう。それまで桔梗を天涯孤独の身の上にしておくのはかわいそうだ……これはオオガミさまのおぼしめしでもある……それとも、桔梗が姉妹じゃ、何か不足でもあるのかい?」
「ないない。ねえ?」
「え、ええ」
「そうと決まれば、やることは一つだけ」
「え、なんかすんの?」
「双子でも、姉と妹の区別がいる」
「そりゃ、誕生日の早いほうが……」
「バカ、双子の誕生日はいっしょにきまってるじゃないか」
「何をするんですか?」
「ここから、自分の家まで、ヨーイドンで走る。先についた方がお姉さんだ。いいね」
「ようし、足には自信が……」
「わたしだって!」
「それじゃ……(競技用のピストルを出す)ヨーイ……」
「っと、その前に一つ聞いていい?」
「なんだい、ずっこけちまうじゃないか!」
「オオガミさまたちの出雲会議がさ……あんなに長引いた理由ってのは? よっぽど大事な議題なんでしょ?」
「ああ、人と自然の将来に関わる大切な話をされていたのさ、ずいぶんもめたみたいだけどね」
「で、結論は?」
「結論は……?」
「こうして、あんたたちとわたしがいる。それが結論……と、いうことで納得しろ」
「こうして、あたしたちがいることが……」
「それじゃいくよ、ヨーイ……っとその前に」
「なによ、ずっこけてしまうじゃないよ!?」
「アハハハ……」
「なによ!?」
「実は、あのオール五の成績票ね」
「そうそう、ごほうびの……(ポケットに手をやる)ない……ポケットのどこにもない!?」
「戦いの最中に、おっことしたんだよ」
「え?」
「フチスミさんが拾ってくれた。そうだよね?」
「え、ええ」
「それをあずかったのがこれ……」
「ありが……とうに破れてるじゃん!?」
「戦いの最中だもん……」
「じゃ、もとのあたしにもどったってわけ!? せっかく真田コーチと同じ学校いけると思ったのに……」
「いいじゃない、受験までにはまだ間がある。今度は自分の力で。わたしも応援するから」
「じゃ、今度こそいくぞ。待ったなし……ヨーイ……ドン」
家までの道をを本気で駆ける二人、見送るイケスミ。
「……どっちが勝つにしろ、着いたころには、本当の姉妹と思い込んでいるはず、そういう魔法がかけてあるんだから……さあ、おまたせ、埋め立てるよ、ユンボはむこうから、ブルドーザーこっち、ダンプも前に進んで……」
イケスミ、まるで現場監督のようにホイッスルを吹き、埋め立ての指揮をとる。かくしてマンダラ池の奮戦は幕を閉じていった……。
あすかのマンダラ池奮戦記 完
※このお話は、もともと戯曲です。実演の動画は下記のURLをコピーして貼り付けてユーチューブでご覧ください。
http://youtu.be/b7_aVzYIZ7I
※戯曲は、下記のアドレスで、どうぞ。
前半: blog.goo.ne.jp/ryonryon_001/.../2bd8f1bd52aa0113d74dd35562492d7d
後半: blog.goo.ne.jp/ryonryon_001/e/5229ae2fb5774ee8842297c52079c1dd
『マンダラ池への帰還』

あすかは、懸命に戦った。十七年の人生で、ここまで真剣になったことは初めてだ。
側で、イケスミ、フチスミの神さまも戦っているんだろうけど、意識にはなかった。必死でトドロキの攻撃をかわし、わずかな隙を見つけては攻勢に転ずる。いつしか満身創痍になり、しだいに意識が遠くなっていった……。
やがて、ダンプや工事の機械の音で目が覚める。傷みは傷と共に無くなっていた……そして、そこは、振り出しのマンダラ池であった……。
「……ん……マンダラ池……埋立て工事が始まってる……夢おち?(桔梗に気づく)フチスミさん!? フチスミさん、しっかりしてフチスミさん!」
「ん……あすかさん……ここは?」
「マンダラ池、正式名称万代池、イケスミさんが住んでいたところ。大丈夫? 大丈夫だよね、神さまなんだからフチスミさんは」
「わたし、桔梗だよ」
「桔梗さん? どうして?」
ガードマンのオバサンの姿をしたイケスミがホイッスルをふきながらやってくる。
「ダンプは北から、そう、むこうね! ユンボこっち。土ゆるいからそこで停めといて。(二人に)そこあぶないから、こっちの方で話してくれる。ごめんなさいね。今日から工事始まっちゃうから……」
「すみません」
「ども……」
ガードマンのイケスミと二人、交差するが、二人はイケスミに気づかない。
「オオガミさまももどられたし、フチスミさん、あそこを離れられないと思うの……」
「そうか。ミズホノサトは廃村というか……沈んだまんまだし。桔梗さん、あそこに住むわけにもいかないんだ」
「万代池も、ひどいことになってしまってるのね……」
「時代の流れというのかね。あたしも長年……と言っても十数年だけど、万代池だなんて由来知らなかったからさ、マンダラ池だと思って、昨日なんか、ウンコふんづけちゃって、靴洗ってたりしてたんだ」
「靴洗っちゃたの、神さまの池で!?」
「知らなかったんだもん……でも、それでひらき直っちゃいけないんだよね。ごめんなさいって気持ち……持ってたんだけどね、ちゃんと謝ったんだよ……言っちゃあなんだけど、やっぱイケスミさんて、すねた神さまだったよね、それで、あたしをひっかけて依代にしちゃうんだから……今ごろはオオガミさまのスネしゃぶりつくしてんだろうね。ま、いいか、頭もよくしてもらったことだし……」
「どっちもどっち、二人ともたくましい都会の神さまと人間」
「桔梗さん。しばらくあたしの家にいなよ。三LDKだけど、三人家族だからもぐりこめるよ」
「そんなの悪いよ。わたしも子供じゃないんだから……」
「そうしなって、ここへそろって送ってこられたのも、そういうおぼしめしだと思うの」
「だって……」
「だってもあさってもなーい!」
「え……!?」
驚く二人。イケスミは、ユルユルとヘルメットを脱ぐ。
「まだ気がつかない?」
「……?」
「あ・た・し」
「イケスミさん!」
「どうかしたんですか!?」
「てっきりスネかじってると思ってたのに……その姿?」
「神さま廃業ですか?」
「だったらお父さんに頼んでもっと時給のいいパート紹介してもらったのに」
「おいたわしい……」
「勝手にしゃべるな!」
「だって……」
「その姿……」
「これは、池の最後を見届けるための方便だよ」
「ホーベン?」
「ということは、まだ神さまでいらっしゃるんですね」
「あれから、オオガミさまに叱られてな」
「キャッチセールスみたいなことするからだろ?」
「それもあるけど、ここを見捨てたことな……あすかも言ってただろ?」
「あれ、売り言葉に買い言葉。気にしないでくれる?」
「池があろうとなかろうと、そこに人が住んでいるかぎり逃げてきちゃいけないって」
「でも、人がいたって信者がいなきゃ」
「いるよ。あすかが信者一号、桔梗が信者二号だ、よろしくな」
「アハハ……でもフチスミさんは……」
「あたしが兼任、元をたどればオオガミさまにたどりつくんだから、どっちの信者になっても同じさ。フチスミさんは、しばらくはオオガミさまと地元の復興……それから、あんたたちも、たどっていけば同じ一族なんだよ」
「え、親類!? あたしたちが!?」
「あすかの元宮というのは、元宮司って意味で、天児一族の分家、三百年前にあたしといっしょにやってきた家系さ」
「でも、一族とは思いませんでした」
「さすがの桔梗にもわからなかったか?」
「でも、親類だと思うとなんか嬉しいね」
「はい……でもお世話になるのは……」
「硬いこと言うなよ」
「あんたたちは双子の姉妹、二卵性の。そういうことにしといた」
「ええ!?」
「役所の書類もそうしといたし、親も友だちも、みんなそういうふうに思ってる」
「ええ、そんな……」
「ミズホノサトは必ず人がもどってくる。水も少しずつひいて、もとの生活がね……でも、それには何十年もかかるだろう。それまで桔梗を天涯孤独の身の上にしておくのはかわいそうだ……これはオオガミさまのおぼしめしでもある……それとも、桔梗が姉妹じゃ、何か不足でもあるのかい?」
「ないない。ねえ?」
「え、ええ」
「そうと決まれば、やることは一つだけ」
「え、なんかすんの?」
「双子でも、姉と妹の区別がいる」
「そりゃ、誕生日の早いほうが……」
「バカ、双子の誕生日はいっしょにきまってるじゃないか」
「何をするんですか?」
「ここから、自分の家まで、ヨーイドンで走る。先についた方がお姉さんだ。いいね」
「ようし、足には自信が……」
「わたしだって!」
「それじゃ……(競技用のピストルを出す)ヨーイ……」
「っと、その前に一つ聞いていい?」
「なんだい、ずっこけちまうじゃないか!」
「オオガミさまたちの出雲会議がさ……あんなに長引いた理由ってのは? よっぽど大事な議題なんでしょ?」
「ああ、人と自然の将来に関わる大切な話をされていたのさ、ずいぶんもめたみたいだけどね」
「で、結論は?」
「結論は……?」
「こうして、あんたたちとわたしがいる。それが結論……と、いうことで納得しろ」
「こうして、あたしたちがいることが……」
「それじゃいくよ、ヨーイ……っとその前に」
「なによ、ずっこけてしまうじゃないよ!?」
「アハハハ……」
「なによ!?」
「実は、あのオール五の成績票ね」
「そうそう、ごほうびの……(ポケットに手をやる)ない……ポケットのどこにもない!?」
「戦いの最中に、おっことしたんだよ」
「え?」
「フチスミさんが拾ってくれた。そうだよね?」
「え、ええ」
「それをあずかったのがこれ……」
「ありが……とうに破れてるじゃん!?」
「戦いの最中だもん……」
「じゃ、もとのあたしにもどったってわけ!? せっかく真田コーチと同じ学校いけると思ったのに……」
「いいじゃない、受験までにはまだ間がある。今度は自分の力で。わたしも応援するから」
「じゃ、今度こそいくぞ。待ったなし……ヨーイ……ドン」
家までの道をを本気で駆ける二人、見送るイケスミ。
「……どっちが勝つにしろ、着いたころには、本当の姉妹と思い込んでいるはず、そういう魔法がかけてあるんだから……さあ、おまたせ、埋め立てるよ、ユンボはむこうから、ブルドーザーこっち、ダンプも前に進んで……」
イケスミ、まるで現場監督のようにホイッスルを吹き、埋め立ての指揮をとる。かくしてマンダラ池の奮戦は幕を閉じていった……。
あすかのマンダラ池奮戦記 完
※このお話は、もともと戯曲です。実演の動画は下記のURLをコピーして貼り付けてユーチューブでご覧ください。
http://youtu.be/b7_aVzYIZ7I
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