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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい21〔まどか 乃木坂学院高校演劇部物語〕

2021-12-25 08:05:53 | 小説6

21〔まどか 乃木坂学院高校演劇部物語〕  

 

 


 朝から雪……積もったらいいのになあ。

 保育所のころ雪が降って園庭にいっぱい積もったことがある。

 保育所のみんなで遊んだ。

 雪合戦したり、雪だるまこさえたり。

 関根先輩も、ただのマナブくんだった。美保先輩はミポリンだった。

 

 今だから言えるけど、マナブくんだった関根先輩と、その雪でファーストキスしてしまったんだよ(#^_^#)!

 

 雪合戦してたら、こけてしまって、マナブくんに覆い被さるように倒れた。

 するとモロに唇が重なってしまって、あどけなかったマナブくんは真顔で、こう言った。

「赤ちゃんできたらどうしよう!?」

「え、赤ちゃんできるの!?」

「キスしたら、できるて、レッドカーペットで言ってた」

 マナブくんの赤ちゃんなら生んでもいいと思った。

 いや、シメタと喜んだ。

「そうなったら、ぼく責任とって、アスカのことお嫁さんにするからな!」

 もう天にも昇る気持ちだった。

 だけど、夢は一晩で消えてしまった。

 明くる日マナブくんは、こう言った。

「キスだけだったら、赤ちゃんできないんだって。なにか、他にもしなくちゃならないらしいけど、大きくならないと神さまが教えてくれないんだって」

「それって、いつ教えてもらえんの?」

「さあ、いつかだって……」

 そこまで言うと、マナブくんはトシくんによばれて、園庭に走りにいった。

 昨日の雪は溶けてしまって、雪だるまも頼りなく溶けていた。

 あれからだ、マナブくん……関根先輩のことずっと好き。

 あたしは一途な女。

 今は、もう赤ちゃんの作り方は、しっかり知ってる。

 関根先輩、美保先輩と……ダメだあああ、妄想してしまう!

 気を取り直して本を読む。で、雪が積もるようだったら、雪だるまこさえよ♪

 

「まどか 乃木坂学院高校演劇部物語」の最初のページを開く。

 

 ドンガラガッシャン、ガッシャーン……!!

 タソガレ色の枯れ葉を盛大に巻き上げ大道具は転げ落ちた。一瞬みんながフリ-ズした。

「あっ!」

 講堂「乃木坂ホール」の外。中庭側十三段の外階段を転げ落ちた大道具の下から、三色のミサンガを付けた形のいい手がはみ出ていた。

「潤香先輩!」

 わたしは思わず駆け寄って、大道具を持ち上げようとした。頑丈に作った大道具はビクともしない。

「何やってんの、みんな手伝って!」

 フリ-ズの解けたみんなが寄って、大道具をどけはじめた……。

 

 ドラマチックな描写から物語は始まる!

 

 主人公まどかの乃木坂学院高校演劇部は27人も居る大規模常勝演劇部。それが、コンクールで破れたことやら、クラブの倉庫が火事になったりで部員がゴッソリ減り、顧問の貴崎マリ先生も責任を問われて学校を去っていく。クラブは存亡の危機にたたされ、ほとんど廃部になりかける。

 あくまで、演劇部を続けたいまどかと夏鈴と里沙は、廃部組とジャンケン勝負で勝って、たった三人で演劇部を再興して、春の演劇祭で、見事に芝居をやりとげる。そして、大久保クンいう彼氏もゲット!

 

 文章のテンポがいいし、どんでん返しやら、筋の運び方が面白いので、昼過ぎには読み終えてしまった。

 演劇部を辞めたばっかしのあたしには、ちょっと胸が痛い。だけど、まどかには、頼りないけど夏鈴と里沙いう仲間が居る。

 あたしは残ってもまるっきりの一人。やっぱし、あたしの決断は正しいと思う。まだ二年ある高校生活無駄にはしたくない……。

 読み終えて、ベランダから外を見ると、雪はすっかり止んでピカピカの天気……にはなってなかったけど、ドンヨリの曇り空。

 雪だるまはオアズケ。

「お母さん、お昼なんかあったかなあ……」

 そう言いながら階段を降りたら、お父さんが一人で生協のラーメン食べてる。

「お母さんは?」

「なんか、石神井のお婆ちゃんが骨折して入院だって出かけていったぞ……明日香にも声かけてただろ」

 思い出した。

 乃木坂の演劇部が潰れそうになったあたりで、なにかお母さんの声がした。

 あたし、適当に返事してたような……。

 乃木坂のまどかが、すごい偉い子に思えてきた……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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明神男坂のぼりたい20〔明日香の道草〕

2021-12-24 10:55:32 | 小説6

20〔明日香の道草〕  


        

 

 放課後、直ぐに帰れるのは嬉しい!

 今までは部活で時間とられて、冬至前後の今日この頃、学校出るのは日が落ちてからだった。

 それが、明るいうちに出られる!

 なんという開放感!

 混みまくりの昇降口も、登校時はあんなにウットウシイのに、帰りは嬉しい!

 嬉しいついでに外堀通りも超えてしまって水道橋駅。

 電車組の子は、ここから電車に乗る。

 だから、その流れに乗って、そのまま電車に乗ってしまう。

 これはスイカのせいだよ。

 スイカがなければ、わざわざ切符を買わなきゃいけなくって、その時の気分は券売機で切符買ってまでではない。

 もし、切符を買わなきゃならないんだったら、お財布を開けた時点で断念してる。

 バイトもやってない女子高生のお財布は野口君が二人の他は、コインが入ってるだけ。

 改札にスイカを掲げると残額は3600円。

 こないだ石神井に行くときにチャージした残り。石神井に行くって言ったら、お父さん樋口一葉をくれたからね。

 まあ、片道1800円のトリップはできるわけさ。

 ラッキー!

 乗った車両は急行仕立てで、二人がけの前向きシート。進行方向に向かって座ると、ちょっとした旅行気分。

 もちろん御茶ノ水で降りるわけもなく、そのまま東へ電車は進む。

 空で飛行機が止まってる……ように見える。動いてるものから、動いてるもの見ると止まってるように見える。物理で習ったナンチャラいう現象で、田舎の見通しのいい田んぼの中の交差点で交通事故が起こるのは、このせいらしい。しかし、ジェット機が空中で止まってるのは、なんともシュール。

 アキバで、ドカドカと人が乗ってくる。

 オケツの大きいオバチャンが「ごめん」も言わずに横に座ってきた。

 ウットウシイ。

 オバチャンの温もりを肌で感じる。まあ、オッサンが座るよりはいいけど……「ごめん」の一言があったら、お互い様と思えて、温もりも、こんなにキショイとは思わないんけどなあ。このオバチャンはきっと大阪出身にちがいない……とっさに感じたのは箱根から西に行ったのは修学旅行だけというわたしの偏見。大阪の人、ごめんなさい。

 浅草橋で、また人が乗ってくる。乗車率120%くらい? ちょっと暑苦しい。

 ガタンゴトン ガタンゴトン

 電車は両国橋を渡る。

 両国橋って、武蔵と下総を跨ってるから両国橋……シャクジイ(石神井のお祖父ちゃん)が言ってた。

 なんか国境を超えた感じ。

 国技館とかも見えてきて、ちょっとトリップからトラベルの気分。

 トラベルはトラブルに通じる。

 この先乗っていても、あまり目新しいものは無い。

 それで、両国駅で下りて上りに乗り換え。

 アキバでお散歩するにはお財布が寂しいのでお茶の水で下りて……家に帰るのも癪なので、反対方向の南へ。

 

 そうだ、図書館があった!

 

 区の図書館の分館で『神田まちかど図書館』があるのを思い出す。

 子どものころ、お父さんと散歩というと、このコースだった。

 見かけはでっかいビルディングなんで、初めての時はビックリしたけど千代田小学校・千代田幼稚園・教育研究所とかの複合施設の一階部分の、そのまた半分くらい。

 一階の新刊書コーナー…………なんかないかなあ。

 え、うそ、あった!

「まどか 乃木坂学院高校演劇部物語」

 この本は、中味はいいらしいんだけど、表紙が今イチ。それにラノベとしては高すぎる1200円プラス税。一回ジュンク堂で見たけど、以上の二つの理由でやめた。他にも二冊借りよう思ったけど、読まずに返す確率高いから、これだけにしとく。

 失いかけてた図書館ルートの散歩道が復活。
 
 図書館を出て、道草もここまで。真っ直ぐ我が家を目指す。

 湯島の聖堂の角を曲がって見てはいけない後姿を発見! 

――  関根先輩!  ――

 なんで関根先輩……それも、美保先輩と仲良しそうに。

 気がついたら、制服のまま自分のベッドでひっくり返っていた。涙が一筋横に流れていく。

 しょうもない道草になってしまった。

 あれ?

 明神さまに挨拶した記憶が無い。

 明日、二日分しとこう……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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明神男坂のぼりたい19〔ああ 辞めてやった!〕

2021-12-23 08:26:35 | 小説6

19〔ああ 辞めてやった!〕  

 


 さすがに当日切り出すのは気が引けた。

 なにがって? 

 クラブ辞めることだよ。

 

 芸文祭は、意外にいけた。

『ドリーム カム トゥルー』は、女子高生の恋心を描いたラブコメ。

 で、一人芝居なもので、主役のあたしは、舞台には登場しない彼氏に恋心を抱いてなくっちゃならない。

 それも片思い。

 そのリリカルな描写が良かったと、講師の先生からも誉められた。

 瞬間、いい気持ち。

 

 この芸文祭、ちょっと気になることがあった。

 なにか言うと、お客さんの入りが良かったこと。

 いいことなんやけど、気になる。

 誰に聞いても、こんなに入ったことはないそうだ。ホールはキャパ434だけど、いつもはせいぜい80人ぐらいしか入らない。それが倍近くの150人ほど入っていた。

 あの美咲先輩でさえ、嬉しそうにしていた。

 もちろん役者のあたしとして、嬉しくないはずはない。

 

 ところが、この奇跡は、T高校のお陰だ言うことが、よく分かった。

 T高校は、一昨年都大会で一等賞になり、関東大会でも一等賞。

 で、全国大会でも一等賞。

 審査委員長の平目オリダのオッサンも大激賞! 旭新聞が文化欄三段記事で誉め倒していた。ちなみに他の新聞は、どこも書いていない。去年の本選の審査員に来ていたのが旭新聞の文芸部のオバチャン。

 その繋がりなんだろうなあ。

 しかし考えたら、それだけ大騒ぎして、434のキャパが一杯にはならない。まあ、世間の高校演劇のとらまえかたというか関心はこの程度。

 やっぱり部活としてはトレンドではない。

 それで、T高校の芝居が終わったら、潮が引くように観客が減っていく。最後のあたしたちの芝居の時は100人を切った。それでも例年の三割り増しぐらいにはなっているらしい。

 もう一つ分かったこと。

 うちの『ドリーム カム トゥルー』は井上むさしさんの作品なんだけど、この作品に教育委員会は書き直しを言ってきたらしい。

 別に差別的な表現があった訳では無い。Hな表現があったわけでもない。

 なんでも「死を連想させるような表現はNG」いうことで、連絡を受けた井上むさしさんは激おこぷんぷん丸だったらしい。教育委員会は「死なさないで、海外留学に行ったいうようなことで」と言ったらしい。

 それまでは「チャコの一周忌」いう言葉が「チャコが眠り姫(植物状態)になってから一年」に変わった。ちょっとした言葉の変更だから気にもとめなかった。

 井上さんのツイートで初めて分かった。年末にS高校で、生徒が自殺するいう事件があった。あれからというか、あれを過剰に意識してんのんかと思った。

 そりゃあ、S高校の自殺をネタにしたのなら、まだ四十九日にもならないから問題だろう。

 でも、この芝居はS高校とは関係ないし、取り組みはそれ以前から。

 それに、うちの芝居に出てくる死は病死、自殺じゃない。それも、話の背景として出てくるだけだ。

 羹に懲りてなますを吹く……この例えあってるかな?

 

 今日は、反省会と後かたづけ。

 まず、後かたづけ。

 これは真面目にやった。立つ鳥跡を濁さずです。

 で、美咲先輩が言う前に宣言した。


「あたし、今日で演劇部辞めさせてもらいます!」

 先輩らも東風先生もびっくりしていた。しばらく沈黙が続いたあと、先生が口を開いた。

「美咲も辞めるって言ってる。明日香も辞めたら、四月から部員ゼロになる」

 承知の上です。

「ま、それはいいんだ」

 え、なんでサラリと言えるわけ?

「新入生を二三人入れて鍛えたら、いまぐらいの演劇部はなんとかなる」

 え、え、そうなの?

「しかし、クラブ辞めたら、三年なったときに調査書のクラブの欄は空白になる。損するでえ」

 ほんと!? そんなことぜんぜん考えてなかった。

「だから、籍だけは置いときな。部活に来る来ないは勝手にしたらいい。じゃ反省してもしかたないか。今日はこれで解散!」

 まるで、急な出張が入って授業中断するような気楽さで、南風先生は言った……。

 まあ、ええわ。

 辞めることに違いは無い。

 ああ、辞めてやった!

 

 帰り道、拝殿前に立って明神さまにご報告。

 

―― 坂 降りる時は気を付けるんだよ ――

 

 え、明神さま怒ってる?

 言われた通り、気を付けて降りる。

 気を付けたせいか、なんとも無かった。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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明神男坂のぼりたい18〔ああ、雨!〕

2021-12-22 08:01:54 | 小説6

18〔ああ、雨!〕  

 

       

 ああ、雨!

 目が覚めて、直ぐに雨音に気がついた。

 なんで気がついたかというと、夕べは発作的に部屋の模様替えをしたから。

 え、わけ分からん?

 今から説明します。

 あたしの部屋は三階の六畳。両親の寝室とは引き戸のバリアーがあるけど、エアコンの都合で、夏と冬は開けっ放し。

 今までは部屋の東側にベッドを置いていた。ここだと、両親が隣の寝室に入ってきたときに、ベッドの4/5が丸見え。この位置は子どもの頃から変わってないので気にすることはなかった。

 裸同然の姿でいても、お父さんは男のカテゴリーの中に入ってないから、どういうこともなかった。

 

 一昨日の晩、ちょっとハズイ事件があった。

 芸文祭のことやら、最近会えない関根先輩のことやらが頭の中でゴチャゴチャになって、ボンヤリしてお風呂に入ってしまった。別にお風呂で溺れたりしなかったけど、ベッドに潜り込んで違和感。

 なんと、パンツを後ろ前に穿いてた。

 で、仕方ないので、脱いで穿きかえた。

 不幸なことに、そこにお父さんが上がってきた。瞬間、お父さんに裸の下半身見られてしまった! 一瞬フリーズしたあと、お布団を被った。

「明日香も、女の子らしくなってきたなあ~」

 なに、この言葉!? あたしのお尻見たから? それとも布団被ったリアクション? ハンパな言葉ではよく分からない。

 それで、ベッドが見えないように模様替えになったわけ。

 で、頭がベランダのサッシのすぐ側なんで、カーテンを通して、雨音が聞こえてきたわけですよ。

 

 徒歩通学のあたしは、雨が嫌い。

 

「JR値上げだって……」「え、うっそー!」「小遣い減るかも」「いよいよバイトかなあ」

 学校の昇降口、上履きに履き替えていると電車組の子たちがボヤいている。

 ボヤくのはいいけど、傘をバサバサしないでよね!

 思っても言わないけど。

 前にも言ったけど、うちの家には定期収入が無い。お母さんは「大学までは大丈夫」言ってるけど、娘としては気を遣う。

 分かってる。

 お父さんが、あんまり外出しないのは、しつこい鬱病のせいもあるけど、お金を使わないため……。

 お父さんは、毎月銀行から生活費の自己負担分を下ろしてくる。

 十三万円。八万円はお母さんに渡して、自分は五万円。こないだまでは三万円だった。それをお父さんは、ほとんど使わない。

 なんで分かるかというと、時々お父さん、お小遣い入れた封筒からお金出しては数えてる。チラ見してるだけだけど、残額は月四万くらいのペースで増えてる感じ。


 分かってる。お父さんのお小遣いは名目で、家の非常持ちだしになってんの。

 去年、お婆ちゃんが死んだ時に、小遣い袋は痩せて、四十九日でも薄くなった。

 今年は、お婆ちゃんの納骨と一周忌、それに、オリンピックの頃に建て替えたという我が家は、もうメンテナンスじゃもたないくらいガタがきている。

 店舗部分だった一階は、住居スペースにした時のツギハギがガタたついている。

 他にも、あちこち手を入れた時のムリとかがあって、微妙な段差もチラホラ。

 自分たちの老後を考えて、いつかは、思い切って大規模な改修、あるいは建て替えが必要。

 お父さんは他にも光熱水道、ネット代、電話代、固定資産税、都市計画税、国民健康保険なんかも払ってる。大型家電が壊れたときも、この非常持ち出し。辞めたくて辞めた仕事じゃやない。あたしは基本的には、お父さん可哀想だと思ってるよ。

 高校を出たら、働こうと思ってる。

 あこがれの職業は、明神の巫女さん。

 それとなく聞いてみた。

 巫女さん本人には聞きにくいから、だんご屋のおばちゃん。

「それほどお給料高くないよ……それに、若いうちしかできない仕事だしね」

 そうだ、オバサンの巫女さんて見たことないもんね!

 だんご屋さんの表には『バイト、パート募集』の張り紙。

 でも「うちで働かないかい?」とは言わない。

 若いうちは苦労しろって空気が、この界隈にはある。

 だから、こんな近所で間に合わせちゃいけないってことなのかもしれない。

 コンビニよりも100円安い時給のせいかもしれない。

 

 体育の時間の着替えで気づいた。

 ファブリーズしてくんのん忘れた(;'∀')。

 制服って、めったにクリーニングしないから、けっこう汚れてる。うかつなことに、冬休みにクリーニング出すのを忘れていた。

 まあ、三学期は短い。

 ファブリーズで、なんとかしのいでみる。

 あくる日は、ちゃんとファブって七時半、学校に着く。

 なんで、こんな早いかというと、明日の芸文祭の朝練。

「お早うございます」

 文字通りの挨拶。東風先生は来ていたけど、美咲先輩はまだ。

 まあいい。

 この演劇部とも、明日でオサラバさ!

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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明神男坂のぼりたい17〔志忠屋のリニューアル〕

2021-12-21 08:19:42 | 小説6

17〔志忠屋のリニューアル〕  


        


 メールを見てびっくりした!

 と言っても、お父さんのパソコン。

 小山内先生が、うちのパソコンにメールを打ってきた。

 演技についての長いダメやら注意をスマホで送るのは大変だから。うちで、パソコンのメールは、お父さんのパソコンでしか受けられない。

 なんでか言うと、お父さんはケータイが嫌いで、今時スマホはおろかケータイも持たない原始人。まあ、パソコン相手に仕事して、ほとんど家から出ないので、必要性はあんまりないんだけど。

 で、小山内先生のメールの後に入ってたお父さんのメールを開いてしまった。

―― すみません、なんだかんだで思ったより手間取りましたが、2月3日 月曜日 17時30分よりリオープンいたします。チーフ中村の“ローマ風ピッツア”や小皿料理をラインナップに加え、ラストオーダー24時の夜型営業の店として再スタートします。ランチのお客様には、引き続き ご迷惑をおかけいたしますが、新しい志忠屋に 是非お越し下さい。チーフ中村共々、心よりお待ち申し上げます。尚、お越しのお客様全員、リオープン記念 10%サービスさせていただきます。 志忠屋店主 滝川浩一 ――

「ええ、そんなあ!」

 思わず声が出てしまった。

「ああ……志忠屋か。いよいよリニューアルなんだな。明日香、いきたかったのか?」

 お父さんに聞こえてしまった。

「あ……ランチタイムに行ってみたかった(^_^;)」

「ま、しばらくしたらランチタイムもやるだろ。もうちょっとの辛抱だな」

「うん……」

 志忠屋オーナーの滝川さんと、お父さんは四十年の腐れ縁らしい。二人の関係につぃては。いろいろあるけど、べつの機会に。

 志忠屋へ初めて行ったのは、中学に入ってちょっとしたころ。

 お父さんの退職の挨拶兼ねて、お母さんと三人で行った。志忠屋はシチューとパスタをメインにした客席16のかわいいらしい店。

 文句なく料理は美味しかった(^▽^)/。

 お母さんが逆立ちして百年たってもできないような料理ばっかし。文字通り味を占めたあたしは、何回かランチタイムのときに一人で行った。

 中三のとき、進学でお母さんともめてたときに相談に乗ってくれたのもタキさん。ランチタイム終わってアイドルタイム(準備中)になっても、相談は続いた。

「まあ、どっち行っても、似たり寄ったりだけどな」

 タキさんは、そう言ってたけど、お父さん通じてお母さんを説得してくれて、今のTGH高校に行けた。
 入ってみたら、思ってたほどの学校じゃなかったので、タキさんの言ってたことは、大当たり。

 それから一年。

 近いうちに進路のこと相談しよう思てたんだけど、しかたない。ピッツァやら始めるらしいけど、あたしの好きなパスタは、またやってくれるんだろうか……。

 タキさんに相談したかったのは、クラブ辞める決心付けさせてもらうことと、演劇科のある大学に進学すること。

 高校演劇は、もうダメだと思ってる。

 一年やってよく分かった。本選で観たK高校も、OPFで観たO高校も学芸会。見かけは立派だけど、芝居はヘタ。去年鳴り物入りで全国大会で優勝したT高校も小器用なだけ。関東大会で東京は全滅だった。で、うちのTGH高校は、その予選で落ちている。

 確かに、審査員の浦島太郎はドシガタイけど、あいつを納得させるだけの芝居ができなかったことも確か。

 で、来年クラブを担わなけらばならない美咲先輩も辞めてしまうし、こんな部活でアクセクしてても仕方がない。

 だけど、将来はキチンとした役者にはなりたい。

「なんだ、明日香、そんなに志忠屋のパスタ食いたかったのか?」

「うん!」

 食べたいのは本当だから、素直に頷く。

「それじゃ、また連れてってやるよ」

 お父さん、まるで小学生に言うみたいに優しげに言ってくれた。

 だから小学生みたいに頷いておく。

 本心見破られんのやだから、二階のリビングに。

 

 棚の上にケースに入った江戸城の天守閣。

 

 ちっちゃい頃に親子三人で、よく皇居外苑に行った。

 あたしは天守台が好き。

 よそのお城に比べて、桁違いに大きい、たぶん日本一。

 それでも、建物としての天守閣は無い。

 だから、じっさいに残ってたらどんなだろうって想像できる。

 それにね、天守台の高さって、ちょうど皇居の森の高さと同じなんだよ。

 皇居の宮殿の屋根がチラリと見える程度。けして皇居を見下ろす高さじゃない。

 皇居って天皇陛下が居られるところで、見下ろしちゃいけないんだと思うよ。

 神田明神だってそうで、みんなありがたがって拝んでいるのは拝殿。じっさいの神さまは本殿に居るんだよ。

 天守台は、陛下がいらっしゃる皇居の気配をうかがえるくらいなのがいいと思う。

 

 でも、実際の天守閣がどんなだったんだろうって思うのはワクワクするよ。だから、お父さんはプラモをこさえて飾ってるのはグッド。

 あ、小山内先生のメール。

「ごめん、お父さん、もっかい見せて」

 読んでみると、高度な要求が一杯。

 あたし、芸文祭は適当でいい。

―― 分かりました、ご指導ありがとうございました ――

 そう打って、おしまい。ああ、志忠屋に行きたいなあ!

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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明神男坂のぼりたい16〔明日香のナイショ話〕

2021-12-20 08:52:08 | 小説6

16〔明日香のナイショ話〕    


       

 

 実は、辞めようかと思い始めてる。

 演劇部。

 一週間先には、芸文祭。ドコモ文化ホールいう400人も入る本格的なホール。N駅で降りて徒歩30秒。条件はいい。

 交通の便はいいし、演劇ファンの中にも名は知れているし。

 だけど、観にくるお客さんが少ない……らしい。

 あたしは一年だから去年のことは、よく分からない。

 

「まあ、80人も入ったら御の字かなあ」

 稽古の休憩中に美咲先輩が他人事みたいに言う。

「そんなに少ないんですか!?」

「そうよ。コンクールだって、予選ショボかったでしょ」

「だけど、本選はけっこう入ってたじゃないですか」

「アスカ、あんた東京にいくら演劇部あるか知ってる?」

「連盟の加盟校は230校です……たしか」

「そうね、けっこうな数だけど、うちの予選は、観客席ガラガラだったじゃん」

「え、100人くらい入ってなかったですか?」

「30ちょっとよ」

「うそ、もっと入ってたでしょ?」

「観客席って、半分も入ったら一杯に見えるものなのよ。うちのお父さん役者だから、そのへんの感覚は、あたしも鋭いよ」

 美咲先輩のお父さんが役者だっていうのは、初めて聞いた。

 びっくりしたけど、顔には出さないようにした。

 それから、美咲先輩は、いろいろ言ったけど、要は、三年なったら演劇部辞めるつもりなんだ。

 

 それで分かった。元々冷めてるんだ。

 

 盲腸だって、すぐに治るの分かってて、お鉢回してきたんだ。

 馬場先輩に言われた「あこがれ」が稽古場の空気清浄機に吸われて消えてしまいそう。

「今は、目の前の芝居やることだけです!」

 そう言って、まだ休憩時間だけど、一人で稽古始めた。

「えらい、熱入ってきたじゃんか!」

「午後の稽古で、化けそうだなあ」

 東風先生も小山内先生も誉めてくれた。一人美咲先輩には見透かされてるような気がした。

――明るさは滅びの徴(しるし)であろうか、人も家も暗いうちは滅びはせぬ――

 太宰治の名文が、頭をよぎった。親が作家だと、いらんこと覚えてしまう。

 三年の先輩たちは、気楽そうに道具の用意してる。

 あたしは情熱ありげに一人稽古。

 このままいったら、四月には演劇部は、あたし一人でやっていかなくっちゃならない。

 それが怖い。

 芝居は好き。

 だから、こないだ梅田はるかさんに会ってもドキドキだった。馬場先輩にも「アスカには憧れの輝きが目にある」言われた。

 だけど、ドラマやラノベみたいなわけにはいかない。

 新入生勧誘して、クラブのテンション一人で上げて、秋のコンクールまで持っていかなくっちゃならない。

 正直、そこまでのモチベーションはない。

 それにしても、忌々しい美咲先輩。こんな時に言わなくってもいいじゃん!

 

 稽古終わって帰り道。

 男坂の上で立ち止まってしまう。

 

 四歳くらいの女の子が、坂の下から見上げている。

 ドキッとした。

 坂の真ん中あたりに時空の裂けめとかができて、四歳の明日香が12年後のあたしを見ている。

 明神男坂上りたい……

 あの時の想いが口をつく。

 ニコ(^▽^)/

 女の子が手を振って、反射的に胸の所で手を振り返す。

 タタタ

 女の子が坂を駆けあがって来る。

 あ、危ない!

 三つ目の踊り場で転げ落ちてしまう!

 タタタタタタ

 駆け下りる! 女の子は、勘違いして勢いを増して、幼女とは思えない速さで駆け上がって来る!

 危ない!

 手を伸ばしたあたしの方が踏み外してしまった。

 ドチャ! フグッ!

 石神井の池でジャンプし損ねたカエルみたくズッコケた。

 

「……大丈夫、明日香ちゃん?」

 

 顔を上げるとだんご屋のおばちゃん。

「あ、だいじょうぶ……です」

 振り返ると、坂の上、瞬間、上りきった女の子のリボンが揺れて見えなくなる。

 おばちゃんがカバンを拾ってくれる。

 きちんと締めてなかったので、中身のあれこれがぶちまけられている。

「あら、キーホルダー壊れちゃったわね」

「あ」

 それは、だんご屋さんが操業記念に作ったのをもらって、ずっとカバンに付けていたやつ。

「こんど、新しいのあげるわね」

「あ、ありがとう」

「あら、あれ、部活の台本じゃないの?」

「え?」 

 見下ろした坂の下で、バラバラになった台本が散らばっていた。

「イタ」

 取りに下りようとしたら、足が痛む。

「うちには内緒にしといてください」

「うん、分かったよ」

 そういうとおばちゃんは、坂を下りて台本のページを集めてくれる。

「すびばぜん……」

 そこまで言ったら、涙と鼻水が溢れてしまった。

 

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

 

 

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明神男坂のぼりたい15〔鈴木明日香の絵〕

2021-12-19 08:10:22 | 小説6

15〔鈴木明日香の絵〕    

 

        


 ―― 君の絵が描けた ――

 

 うそ!?

 

 トースト食べながらメールをチェックしていたら、馬場先輩のメッセが入ってたのでビックリした。

 ここんとこ、毎朝十五分だけ絵のモデルをやりに美術室に足を運んでる。

 まだ一週間ほどで、昨日の出来は八分ぐらいだったから、完成は来週ぐらいかと思っていたので、ビックリした。

 

「うわー、これがわたしですか!?」

 イーゼルのキャンパスには、自分のような自分でないような女の子が息づいていた。


「昨日すごくいい表情してたんで、昨日は残って一気に仕上げたんだ。タイトルも決まった」

「なんてタイトルですか?」

「『オーシッ!』って付けた」

「『オーシ!』……ですか?」

「いや、『オーシッ!』 ほら、これからなんかやるぞって時に拳握って力入れるだろ」

「あ……ああ!」

 拳握って思い出した、無意識にやってるよ。

「うん。もともと明日香は、なにか求めてるような顔をしていた、野性的って言っていいかな。動物園に入れられたばかりの野生動物みたいだった」


 あたしは、高崎山の猿を想像して、打ち消した。

 小学校の頃のあだ名は、そのものズバリ「猿」だった(^_^;)。

 ジャングルジムやらウンテイやら、とにかく上れる高いとこを見つけては挑戦してた。


 最後は四年のときに、遠足で木に上って、校長先生にどえらく怒られた。


「ハハ、そんなことしてたんだ。でも……いや、それと通じるかもしれないなあ。木登りは、それ以来やってないだろ?」

「はい、親まで呼ばれて怒られましたから。それに木には興味無くなったし」

「でも、なにかしたくて、ウズウズしてるんだ。そういうとこが明日香の魅力だ。こないだまでは、それが何なのか分からない不安やいら立ちみたいなものが見えたけど。昨日はスッキリした憧れの顔になってた。それまでは『渇望』ってタイトル考えていた」

 思い出した。

 一昨日の帰り道、女優の梅田はるかさんに会って、東亜学園まで案内したことを。

 あたしは、梅田はるかに憧れたんだ。それが、そのまま残った気持ちで、昨日はモデルになった。

「あたし、今でも、こんな顔してます?」

「う~ん……消えかけだけど、まだ残ってるよ」

「消えかけ……?」

「心配しなくても、この憧れは明日香の心の中に潜ってるよ。また、なんかのきっかけで飛び出してくるかもしれない」

「うん。描いてもらって良かったです。あたしの中に、こんな気持ちが残ってるのが再発見できました!」

「オレもそうさ。増田って子も良かったけど……」

「けど、なんですか?」

「あの子のは自信なんだ。それも珍しい部類だけどね。満ち足りた顔より、なにか届かないものに憧れている顔の方がいいと、今は思う」

 理屈から言うと、増田さんの方が自信タップリでいいけど、馬場さんの言い方のせいか、あたしの方がグッドに思えた。

「これ、卒業式の時に明日香にあげるよ」

「え、ほんとですか!?」

「ああ、絵の具が完全に乾くのにそれくらい時間がかかるし、この絵を描いたモチベーションで次のモチーフ捜したいんだ」

 フワア~(#^0^#)

 あたしは、高校に入って、一番幸せな気持ちになれた。

 梅田はるかといい、馬場先輩といい、短期間に素敵な人に巡り会えた。

 この気分は、放課後まで残って、気持ちを小学四年に戻らせてしまった。

 

「こらあ、アスカ! パンツ丸見えにして、どこ上っとるんじゃあ!」

「あ、ちゃんとミセパン穿いてますから」
 
 稽古前になにかやりたくなってグラウンドへ。

 で、十年ぶりに気に登りたくなった!

 でも、うちのグラウンドはコンクリート。

 頭を巡らせると玄関外の楠が思い浮かんだ。

 よし!

 初めて男坂を見上げた時のような高揚感!

 で……

「もうすぐ本番だって言うのに、怪我したらどうすんの!」

 上ったところを顧問の東風先生に怒られてしまった。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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明神男坂のぼりたい14〔スターと遭遇〕

2021-12-18 08:23:35 | 小説6

14〔スターと遭遇〕     

     

 

 たまに下校のルートを変える。

 いつもは外堀通りなんだけど、水道橋を渡って神田川の南に出て駿河台の方に進む。

 ちょっと遠回りなんだけど、神田川と中央線が朝とは反対の北側にくるので、気分転換にいいんだ。

 特にね、今日は稽古がうまくいったので、ちょっとシミジミしたいわけ。

 水道橋渡ってすぐ、東亜学園を右に見て曲がると駿河台の坂道。そこを東に向かって十分ちょっとで御茶ノ水橋。

 気分次第で、もう少し直進して聖橋を渡って帰ることもある。

 

 あ!?

 

 一瞬メガネを取った、その顔は、若手女優の梅田はるかだ!

 あたしは、間抜けなことにお茶の水駅まで来て、ヨッテリアの前で台本を忘れたのに気がついた。

 そして、振り返ったときに至近距離で目が合った。


 そうだ、春からの新作ドラマ、舞台はこの辺だって、ネットの情報だった。

 ちょっと離れたとこにカメラとか音響さんやらのスタッフがいる。休憩なんだろう、スターは駅前の交差点で、ボンヤリと下校途中の高校生を見ていた。で、たまたま、台本忘れたのに気が付いた間抜けなあたしと目が合ったんだ。

「あなた演劇部?」

「え、あ、はい。TGHの演劇部です」

「TGH、そこの?」

「あ、はい」

「ああ、そうなんだ。神田川の向かいだから覚えてる」


 あたしも思い出した。梅田はるかは、大阪の女優さんだけど、一時家の都合で東京に引っ越して、東亜学園に転校してきたんだ。代表作『わけあり転校生の7カ月』は、ドラマでも原作本でも有名だ。


「そう、その東亜学園に行くんだけど、いっしょに行く同窓生が仕事でアウト。どうだろ、よかったらお供してくれないかな?」

「え……!?」

「あなた、演劇部でしょ?」

「え、あ、どうして(分かるんだ)?」

「だって、カバンから台本覗いてる」

 あ……そうだ、水道橋渡るときにカバンに突っ込んだんだ。

 いつもは、台本読み返しながらだから家に着くまで手に持ってるんで、忘れたと思ったんだ(^_^;)

 恥ずかしさと安心と可笑しいのでアワワしてしまう。様子に気付いたスタッフが、集まってくる。

「編入試験受けるとき、水道橋で下りて、ここまで来て気づいたの。とっくに行き過ぎてるの。ここいらの学校って、ビルでしょ。学校だって気づかなかったことに気付いて。アハハ、なんか変みたいだけど、大阪は、学校ってグラウンドがあって、ここらへんみたいにビルっぽい校舎ってないからね。あ、上地さんいいですか?」

 監督みたいな人に声かけると「うん」と頷いて決まってしまった。

 流れと勢いで、あたしははるかさんのお供をすることになったよ。

「テストは間に合ったんですか?」

「うん、一時間勘違いして早く来ちゃってた(#^▽^#)!」

「「アハハ」」

 天性の明るさなのか、タレント性なのか、お日様みたいにポジティブなはるかさん。

「懐かしいなあ……ヨッテリアの二階」

「『ジュニア文芸八月号』 あそこで吉川先輩に見せられたんですよね!」

「よく知ってるわね!」

 はるかさんの出世作は、さっきも触れたけど、『わけあり転校生の7カ月』って自伝的ドラマ。

 ドラマでは、親の離婚で東京から大阪に越してきた女子高生になってるけど、実際は逆だったのがドラマ終了後に分かった。リアルにやると、いろんな人に迷惑かけそうなんで、設定を東京と大阪を逆にしたらしい。

「本で読みましたから。あれ、ちょっとしたバイブルです」

「ハハハ、大げさな!」

「ほんとですよ。親の都合で急に慣れない東京に来た葛藤が、リアルでも、はるかさんを成長させたんですよね」

「うん、離婚した両親のヨリをもどしたいって一心……いま思えば子供じみたタクラミだったけどね。明日香ちゃんはなに演るの?」

「あ、これです」

「『ドリームズ カム トゥルー』いいタイトルね」

「一人芝居なんで、苦労してます」

「一人芝居か……人生そのものね。きっと明日香ちゃんの人生の、いい肥やしになるわよ」

「そうですか?」

「そうよ、良い芝居と、良い恋は人間を成長させるわ」

 あたしは、一瞬馬場先輩が「絵のモデルになってくれ」と言ったときのことを思い出した。

 エヘヘ

「なにか楽しいことでも思い出したの?」

「アハハ、なんでも(^_^;)」

「明日香ちゃんて、好きな人とかは?」

「あ、そういうのは……」

「居るんだあ……アハハ」

「いや、あの、それはですね」

 だめだ、墓穴掘ってる!

「良い芝居と、良い恋……恋は、未だに失敗ばっかだけど」

 あたしも、そう……とは言われへんかった。


「あ、東亜学園ですよ!」

 たしかに、あらためて見る東亜は、どこかの本社ビルって感じだ。

「あ、プレゼンの部屋に灯りが点いてる!」

 どうやら、ドッキリだったよう。学校に入ったら、本で読んだ坂東はるかさんの、お友だちや関係者が一堂に会してた。

 なんだか知らないうちに、あたしも中に入ってしもて遅くまで同窓会に参加してしまったよ。

 

 ※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

 

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明神男坂のぼりたい13〔小野田少尉〕

2021-12-17 06:57:39 | 小説6

13〔小野田少尉〕          


 

 
 珍しく、お父さんが二階のリビングでスマホを見ている。

「あら、珍しい」


 思ったままが口に出たあたしは、スゥエットの上下にフリ-スいう定番のお家スタイルで朝ご飯。

 今日は、久々に、完全オフの休日。

「小野田さんの映画が出来てたんだ、いやあ、秋のカンヌ映画祭に出てたんだけど、気が付かなかった」

「オノダさん……どこの人?」

 あたしは、お気楽にホットミルクを飲みながら、お父さんのいつになくマジな視線を感じた。うちは鈴木で、お母さんの旧姓は北野。オノダいう親類はいない。淡路恵子やら中村勘三郎が亡くなったときもショボクレてたから、古い芸能人かと思った。

「明日香には分からない人だよ」

 お父さんは、そう言って、一階の仕事部屋に降りていった。

「誰なの、オノダさんて?」

 同じ質問をお母さんにした。

「戦争終わったのも知らずに、ルバング島ってとこでずっと一人で戦争やってた人。それより明日香、家にいるんだったら、洗濯ものの取り込みお願い。洗剤も柔軟剤も変えたから、ちょっと仕上がりが楽しみよ。お母さん、恵比寿で友だちと会ってくるから、ちょっと遅くなる」

「恵比寿!? だったら豚まん買ってきてくれると嬉しい」

「あ、時間あったらね。それより、家に居るにしても、もうちょっとましな格好したら、ちょっとハズイわよ」

「へいへい」

 三階の自分の部屋に戻って、ベランダを開ける。洗濯物のニオイを確認。

「う~~~ん、ちょっと爽やか的な?」

 それから、ストレッチジーンズとセーターに着替えてパソコンのスイッチを入れる。

 なんの気なしに、お父さんが言っていた「オノダ」を検索した。候補のトップに小野田寛郎というのが出てたんでクリックした。

 ビックリした!

 穏やかそうな笑顔なのに目元と口元に強い意志を感じさせるオジイチャンの写真の横に、みすぼらしい戦闘服ながら、バシっときまって敬礼してる中年の兵隊さん。どうやら、新旧二つの小野田さん。

 昭和の偉人さんのようだ。思わずネットの記事やらウィキペディアを読んだ。

 1974年まで、三十年間も、ルバング島で戦争やっていたんだ。

 盗んだラジオで、かなりのことを知っていたみたいだけど、今の日本はアメリカの傀儡政権で、満州……これも調べた。中国の東北地方、そこに亡命日本政府があると思ってたみたい。

 日本に帰ってからは、ブラジルに大きな牧場とか経営して。細かいことは分からないけど、画像で見る小野田さんは衝撃的だった……1974年の日本人は、今のあたしらと変わらない。せやけど小野田さんはタイムスリップしてきたみたいやった。

 その小野田さんの映画がフランス人の監督で作られたんだ。

 ヘーホー……

 あたしの好奇心は続かない。昼過ぎになってお腹が空いてくると、もう小野田さんのことは忘れてしまった。

 で、コンビニにお弁当を買いにいった。

 お父さんは粗食というか、適当にパンやらインスタントラーメン食べて済ましてるけど、あたしはちゃんとしたものが食べたい。

 

「アスカじゃんか」

 

 お弁当を選んでたら、関根先輩に声をかけられた。

 心臓バックン!

「美保先輩はいっしょじゃないんですか?」

 と、ストレートに聞いてしまった。

「美保はインフルエンザ」

 

 で、二人で喫茶店に行ってランチを食べた。コンビニ弁当を選ぶ前でよかった(^▽^)/

 

「アスカと飯食うなんて、中学以来だなあ」

「そ、そですね(;'∀')」

 

 そこから会話が始まった。

 喋ってるうちに小野田さんの顔が浮かんできて、無意識に先輩のイケメンと重ねてしまう。

―― 覚悟をしないで生きられる時代は、いい時代である。だが死を意識しないことで日本人は、生きることをおろそかにしてしまっているのではないだろうか ――

 ネットで見た小野田さんの言葉がよみがえる。

 憧れの先輩の顔……なんだけど、取り込むのを言われてた洗濯物を思い出した。

 その時、店に入ってくるお客さんがドアを開け、その角度で一瞬自分の顔が映った。しょぼくれてはいてるけど、先輩と同じ種類の顔をしていた。

 それから、互いに近況報告。二月の一日に芝居するって言ったら「見に行く」て言ってもらえた。

 ラッキー!

 家に帰ってパソコンを開いたら、蓋してただけやから、小野田さんのページが、そのまま出てきた。

―― ありがとう ――

 小野田さんに、そう言われたような気がした。

 

 ※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
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明神男坂のぼりたい12〔てへぺろ(๑´ڡ`๑)〕

2021-12-16 08:09:26 | 小説6

12〔てへぺろ(๑´ڡ`๑)〕  

     

 

 ジリリリリ! ジリリリリ!


 え、なんで目覚ましが!?

 頭が休日モードになってるんで、しばらく理解できなかった。

 そうだ、今日はドコモ文化ホールで、裏方の打ち合わせ兼ねてリハーサルだったんだ!

 朝のいろいろやって……女の子の朝ていろいろとしか言えません。

 こないだリアルに書いたら自己嫌悪だったしね。

 

「明日香、タクシーで行け!」

 

 五千円札出してお父さんが言ってくれる。

「ううん、電車で行く!」

 まだ、ギリ間に合うって気持ちと、タクシーだったら日課の男坂とは逆方向の昌平橋通りに出なきゃならない。

 大事な日に明神様をスルーするわけにはいかない!

 

 で、いつものように男坂駆け上がる。

 

 キャ!

 神田明神男坂門の標柱曲がったところで巫女さんと鉢合わせ!

 申し訳ないことに、タタラを踏んで巫女さんの胸を掴んでしまった(#'∀'#)!

「す、すみません! 急いでたもんで!」

「え、あ、うん、大丈夫、気にしないで(^_^;)」

 寛容な笑顔に、もう一度ペコリと頭を下げて、そのまま随神門から出てしまい――しまった!――と気が付いたときには鳥居を出てしまって、明神様にあいさつできなかった。

 とっさに振り返って最敬礼!

 もっかい回れ右して駆けだそうと思ったら、だんご屋のおばちゃんと目が合う。

 申し訳ないけど、アハハとてへぺろ(๑´ڡ`๑)して駅に向かう。

 まあ、おばちゃんも笑ってたんで、いいや。

 

 で、けっきょく早く着きすぎて、ホールの前で待つ。

 

 やがて、東風先生と美咲先輩がいっしょに来た。

「お早うございます」

「お早う、明日香」

 と、先生。

「なんだ、まだ開いてないの?」

 挨拶も返さないで美咲先輩はぷーたれる。

 すると、玄関のガラスの中から小山内先生が、しきりに指さしてるのに気が付いた。

「え……」

「ああ、横の関係者の入り口から行けるみたい」

 美咲先輩が言う。こういうことを読むのは上手い。

―― ほんとうは、美咲先輩の芝居だったんですよ! ――

 思っていても、顔には出ません出しません。


 ちょっと広めの楽屋をとってもらってるんで、直ぐに稽古。

 台詞も動きもバッチリ……なんだけど、小山内先生は「まだまだ」と言う。

「エロキューションが今イチ。それに言った通り動いてるけど、形だけだ。舞台の動きは、みんな目的か理由がある。女子高生の主人公が、昔の思い出見つけるために丘に駆け上がってくるんだ。十年ぶり、期待と不安。そして発見したときの喜び。そして、そのハイテンションのまま台詞!」

「はい」

 ほんとうは、よく分かってない。

 でも、返事はきちんと真面目に。

 稽古場の空気は、まず自分から作らなくっちゃ。

 稽古が落ち込んで損するのは、結局のとこ役者。

 そして、今回は役者はあたし一人。

 

 よーし、いくぞ!

 

 美咲先輩は気楽にスクリプター。

 まあ、がんばってダメ書いてください。書いてもらって出来るほど上手い役者じゃないですけど。

 もう、本番二週間前だから、十一時までの二時間で、ミッチリ二回の通し稽古。

「もうじき裏の打ち合わせだから、ダメは学校に戻ってから言う」

 小山内先生の言葉で舞台へ。

 南風先生はこの芸文祭の理事という小間使いもやってる。ガチ袋にインカム姿も凛々しく、応援の放送部員の子らにも指示をとばす。

 本番通りの照明(あかり)作って、シュートのテスト。

「はい、サスの三番まで決まり。バミって……バカ、それ四番だろが! 仕込み図よく見なさい!」

 東風先生の檄が飛ぶ。

 放送部の助っ人はピリピリ。

 美咲先輩はのんびり。

 美咲先輩、本番は音響のオペ。で、今日は、まだ音が出来てないから、やること無し。

 正直言て、迷惑するのは舞台に立つあたしなんだけど、学年上だし……ああ、あたしも盲腸になりたい。

「それじゃ、役者入ってもらってけっこうです」

 舞台のチーフの先生がOKサイン。

「はい、じゃ、主役が観客席走って舞台上がって、最初の台詞までやりましょ。明日香いくぞ!」

「はい、スタンバってます!」

 一応舞台は山の上いう設定なんで、程よく息切らすのに走り込むことに演出変えになった。

「……5,4,3,2,1,緞(ドン)決まり!」

 あたしは、それから二拍数えて駆け出す。

 階段こけないように気をつけながら、自分の中に湧いてくるテンション高めながら、走って、走って、舞台に上がって一周り。

 

「今日こそ、今夜こそあえるような気がする……!」

 

 ああ、さっきまでと全然違う。

 こんなにエキサイティングになったのは初めて! いつもより足が広がってる! 背中が伸びてる! 声が広がっていく!

「よっし、明日香。その声、そのテンション、忘れんなよ! 舞台の神さまに感謝!」

 小山内先生は、舞台には神さまが居るって、よく言う。

 ただ、気まぐれな神さまなので、誰にでも微笑んではくれない。

―― あと二週間、微笑んでいてください ――

 心の中でお願いした。

 さあ、昼ご飯食べたら、学校で五時まで稽古。

 がんばるぞ!

 気を引き締めて、観客席見ると美咲先輩が見事な大あくび。

 カチン!

「もう、あなたの毛は生えたのだろうか!?」

 美咲先輩めがけてアドリブを、宝塚の男役風にかます。

 さすがにムッとした顔……舞台のチーフの先生が。

―― え、なんで? ――

「あの先生はアデランスなんだよ、バカ!」

 東風先生に怒られてしまう。

 てへぺろ(๑´ڡ`๑)

 …………

 ああ、スベッテしまった(╥﹏╥)。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
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  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
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明神男坂のぼりたい11〔今日から絵のモデルだ!〕

2021-12-15 05:42:10 | 小説6

11〔今日から絵のモデルだ!〕  

 

 

       

  二つ目の目覚ましで目が覚めた。

  そだ、今日から絵のモデルだ!
 

 フリースだけ羽織って台所に。とりあえず牛乳だけ飲む。
 

「ちょっと、朝ご飯は!?」

  顔を洗いにいこうとした背中に、お母さんの声が被さる。

 「ラップに包んどいて、学校で食べる!」

  そのまま洗面へ。とりあえず歯を磨く。

 ガシガシ

 「ウンコはしていけよ。便秘は肌荒れの元、最高のコンディションでな」

  一階で、もう本書きの仕事を始めてるお父さんのデリカシーのない声が聞こえる。

「もう、分かってるよ。本書きが、そんな生な言葉使うんじゃありません!」

  そう反撃して、お父さんの仕事部屋と廊下の戸が閉まってるのを確認してトイレに入る……。

  しかし、三十分早いだけで、出るもんが出ない……仕方ないから、水だけ流してごまかす。

 ジャーーゴボゴボ

「ああ、すっきり!」

 してないけど、部屋に戻って、制服に着替える。いつもは手櫛のところをブラッシングして紺色のシュシュでポニーテール。

 ポニーテールは、顎と耳を結んだ延長線上にスィートスポット。いちばんハツラツカワイイになる。
 

「行ってきま……ウ(;'∀')」

  と、玄関で言ったとこで、牛乳のがぶ飲みが効いてきた。

  二階のトイレはお母さんが入ってる。しかたないので一階へ。

  用を足してドアを開けると、お父さんが立ってた。

 ムッとして玄関へ行ことしたら、嫌みったらしくファブリーズのスプレーの音。

 

 タタタタタと男坂を駆け上がり、拝殿の前でペコリ。

 タタタタタ、再び駆け出して境内を横断、西に向かって学校を目指す。

 三十分早いと、ご通行のみなさんの密度も顔ぶれちがう。

 途中、知らないOL風の人に笑顔を向けられる。条件反射の笑顔で返したけど、だれだろう?

 クチュン!

 くしゃみが出たところで思い出した。

 あれは巫女さんだ!

 はじめて巫女服でない巫女さんを見た。

 なんだか、神さまの正体見たようで愉快。

 じゃ、明神さまの正体って……妄想しかけたところで、学校の正門が見えてくる。

 

  学校の玄関の姿見で、もっかいチェック。よしよし……!

 

 美術室が近くなると、心臓ドキドキ、去年のコンクールを思い出す。思い出したら、また浦島太郎の審査を思い出す。

 ダメダメ、笑顔笑顔。

 「お早うございま……」
 

「そのまま!」

  馬場先輩は、制服の上に、あちこち絵の具が付いた白衣を着て、立ったままのあたしのスケッチを始めた。で、このスケッチがメッチャ早い。三十秒ほどで一枚仕上げてる。
 

「めちゃ、早いですね!」

「ああ、これはクロッキーって言うんだ。写真で言えば、スナップだね。マフラーとって座ってくれる」

「はい」

  で、二枚ほどクロッキー。

 「わるい、そのシュシュとってくれる。そして……ちょっとごめん」

  馬場先輩は、自慢のポニテをクシャっと崩した。あんなにブラッシングしたのに。
 

「うん、この感じ、いいなあ」
 

 十分ちょっとで、二十枚ほどのクロッキーが出来てた。なんかジブリのキャラになったみたい。
 

「うん、やっぱ、このラフなのがいいね。じゃ、明日からデッサン。よろしく」

 

 で、おしまい。

 

 三十分の予定が十五分ほどで終わる。そのまま教室に行くのはもったいないと思っていたら、なんと馬場先輩の方から、いろいろ話しかけてくれる。

  話ながら、クロッキーになんやら描きたしてる。あたしは本物のモデルみたいな気になった。

 

 その日の稽古は、とても気持ちよくできた。

 小山内先生が難しい顔しているのにも気がつかないほどに。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
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明神男坂のぼりたい10〔なんだか よく分からない〕

2021-12-14 06:00:33 | 小説6

10〔なんだか よく分からない〕  

  

 


 一昨日と昨日はクラブの稽古。

 

 休日の二日連続の稽古はきつい。

 だけど、来月の一日(ついたち)が本番だから、仕方ない。

 

 美咲先輩、恨むよ。

 

 健康上の理由には違いないけど、結果的には盲腸だった。

 盲腸なんか、三センチほど切って、絆創膏みたいなの貼っておしまいなんだって。

 三日で退院してきて「大晦日は自分の家で『ガキの使い』ながらミカンの皮剥いてた」と、気楽におっしゃる。

「あそこの毛って剃ったんですか?」

 と聞いてウサバラシするのがやっと。

 今さら役替わってもらえないし、東風先生も替える気ないし。

 まあ、あたしもいっぺん引き受けて台詞まで覚えた芝居だしね。

 

 だけど、指導に来てるオッサン……ウットーシイ!

 ウットーシイなんか言うたら、バチがあたる。

 

 小山内カオルいう演劇の偉い先生。

 

 うちのお父さんとも付き合いがあるけど、東風先生は、小山内先生の弱みを握ってる(と、あたしは思ってる!)ようで、熱心に指導はしてくれる。

「明日香クン、エロキューション(発声と滑舌)が、イマイチ。とくに鼻濁音ができてない。学校の〔が〕と小学校の〔が〕は違う」

 先生は見本に言ってくれるけど、違いがよく分からない。

 字で書くと学校の〔 が 〕は、そのまんまだけど、小学校のは〔 カ゜〕と書く。国語的には半濁音というらしい。

「まあ、できてなくても通じるか……」

 あたしが、十分たっても理解できてないと、そう言って諦めてくれた。

 

 問題は、その次。

 

「明日香クン、君の志穂は、敏夫に対する愛情が感じられないなあ……」

 あたしは、好きな人には「好き」いう顔ができない。

 言葉にもできない。

 関根先輩に第二ボタンもらうときも、正直言って、むりやりブッチギッた言う方が正しい。

 関根先輩が、後輩たちにモミクチャにされてる隙にブッチギってきた。

 だから、関根先輩自身はモミクチャにされてるうちに無くなったもんで、あたしに「やった」つもりはカケラもない。

 第一回目では見栄はりましたぁ!

 すんませんm(__)m。

 あと半月で、TGH高校演劇部として恥ずかしくない作品にしなくちゃならない。

 

 ああ、プレッシャー!

 

 S……佐渡君が学校に来た。びっくりした!

 

 きっと、毒島先生が手ぇまわしたんだろ。

 いっしゅん石神井の十日戎で会って、鏑矢あげたこと思い出したけど、あれじゃない。

 あんな戸惑った……いや、迷惑そうな顔してあげたって嬉しいはず無い。

 毒島先生が「最後の可能性に賭けてみよ!」とかなんとか。生徒を切るときの常套手段だということは、お父さん見てきたから、よく分かってる(後日談だけど、ほんとはよく分かってなかった)。

 

「本当に描かせてくれないか?」

 

 食堂で、食器を載せたトレーを持っていく時に、馬場さんが、思いがけん近くで言う。

 ガッチャーン

 ビックリして、トレーごとひっくり返してしまった。

 チャーハンの空の皿だったんで、悲惨なことにはあらなかったけど。

「は、はひ(#°д°#)!」

 悲鳴のような返事をしてしまった。

 

  なんで、あたしが……なんだか、よく分からない。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生
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明神男坂のぼりたい09〔明日香の神さま〕

2021-12-13 09:28:02 | 小説6

09〔明日香の神さま〕  

 


         


 今日もS君が来てない……。

 

 まだ新学期が始まって三日目だけど、二学期もよく休んでいたので気になる。

 クラスの何人かは心配してるみたいだけど、大半の子は「Sは、もうダメだ」と思ってる。

「放課後は、あしいないから」

 担任の毒島(ぶすじま)先生は、昨日も、そう言ってた。

 きっとS君とこの家庭訪問。

 お父さんが元高校の先生だから、よく分かる。

 毒島先生は、S君を切りにかかってる。

 ダメな生徒には無事に自主退学してもらうために家庭訪問が増える。

 正直S君は弱いと思う。

 苗字が『宇宙戦艦ヤマト』に出てくるキャラクターと同じなんで、一学期に、ちょっとからかわれた。だけど、イジメなんちゅうものではないと思ってる。

 クラスには鳩山君いうのもいてて、この子もずいぶんからかわれた。だけど、そんなのはほんの一カ月ほど。案外しっかりした子で、学級委員長にも選ばれて、周りからは、こう呼ばれてる。

「鳩山の皮を被った阿倍」

 S君は、ちょっとからかわれたことを理由に引きこもってるだけ。

 あんまり同情はしないけども、どうにかせいと思う。

 名前と言うと、うちの担任もたいがい。

「毒島」だもんね。

 ついでに、先生の一人称は「あし」だけど、立派な、どっちか言うとベッピンの部類に入る女先生。

 喋り方がせっかちなんで、『あたし』が『あし』に縮まってしまう。

 お母さんに言うと「明日香もそうだよ」って返事が返ってきてショックだったのは、一学期の始業式でおもしろいと思って話した時。

 え!?

 それから気を付けてるし、先生の『あし』も好感度。

 

 そうそう、お父さんには、いらないことを教えられる。

 

 保育所のころなんだけど。

 しょ 処女じゃない♪ 処女じゃない証拠には♪ つん つん 月のものが 三月も ナイナイナイ♪

 これを四つの明日香に『しょじょ寺の狸ばやし』で覚えさせた。

 保育所で歌っていたら先生が目を回して、お母さんに連絡されて、我が家には珍しい夫婦喧嘩になった。

 他にも、『インターナショナル』と『愛国行進曲』とか歌えるよ。これも、お父さんが保育所の行き帰りで、無垢なあたしに覚えさせたもの。

「おおきくなったら、右翼にも左翼にもつぶしがきく」

 というのが名目だけど、ようは「おもろい子ぉ」にしてやろうというイチビリ根性。

 で、お父さんの言うことは、あんまり信用していない。

 だけど、一つだけ、あたしの中で定着したものがある。

 

『神田明神は偉くて悲しい神さま』

 

 神田明神には五柱の神さまがいるんだけど、有名なのは平将門。

 将門は平安時代の武将なんだけど、国司として赴任してきた関東地方が、他の国司や豪族の為にいいようにされていたのに義憤を感じて挙兵して、今でいう住民のための政治をしようとした。

 それは、当然都に対する反逆ってことで討伐されてしまって、首をちょん切られた。

 首は都で晒し首になったんだけど、ある晩、轟音と共に飛び立って関東に戻ろうとした。

 でも、力尽きて、いまの丸の内あたりに落ちて、それは『将門の首塚』と大事にされ。

 その御霊は神田明神に祀られて、千年の後にも江戸の総鎮守として崇敬を集めて今日に至っている。

 

 お父さんも、ここ、明神男坂の生まれだし、ま、そういうところが明日香の中にもあるってことでさ。

 あたしの神さまってことですよ。

 

 今朝も、「三学期はじまりました、よろしくお願いします」と手を合わせてきた。

 

 で、S君は今日も来ていない。

 まあ、ええけど。

 クラブの稽古では、ダメ出しばっかりされて凹んでしまう。まあ、本番まで三週間しかないから、しかたない。

 けど、胃が痛いよ~。

 これは、何か食べないと直らない……そういう理屈で食堂を目指す。

「鈴木君、改めてモデルを頼みたいんだけど」

「え!?」

 すると、美術部のイケメン馬場さんに呼び止められた。

  これって、神さまの御利益……!?

 

 休みの日に家に居るのは好きじゃない。

 

 住まいとしての家には不足はないよ。二十五坪の三階建てで、三階にあたしの六畳の部屋がある。

  お母さんは、学校辞めてから、テレビドラマをレコーダーに録って、まとめて観るのが趣味。半沢直樹やらニゲハジやら映画を録り溜めしたのを家事の合間に観てばっかり。

 で、家事のほとんどは洗濯を除いて二階のリビングダイニング。

 お父さんは自称作家。

 ある程度名前は通ってるけど、本が売れて食べられるほどじゃない。

 共著こみで十何冊本出してるけど、みんな初版第一刷でお終い。

 印税は第二刷から10%。印税の割合だけは一流作家だけど、初版で終わってたら、いつまでたっても印税は入ってけこない。

 劇作もやってるから上演料が、たまに入ってくるけど、たいてい高校の演劇部だから、高校の先生辞めてから、やっと五十万あったかどうか。

 で、毎日一階の元は店舗だった部屋に籠もって小説書いてはブログで流してる。

 

 当たり前だけど、あたしには四人のジジババがいる。

 

 お父さんの方のジジババは亡くなったけど、お母さんの方のお祖母ちゃんは、あちこち具合が悪いと言いながら元気。

 練馬の石神井の方に家があるので、ときどき行く。

 お祖父ちゃんが元気だったころは、石神井(しゃくじい)というのは、お祖父ちゃんのことだと思っていた。

 お母さんも『しゃくじい』って、お祖父ちゃんのこと呼んでたしね。

『石神井のお祖父ちゃん』というのは、長いから、つづめたというか省略したというか『しゃくじい』で通していた。

 小一の時に『しゃくじい』が亡くなって『しゃくばあ』になった。

 

『しゃくばあ』んち、行って来る。

 

 そう言って家を出た。

 うちから石神井は、ちょっと遠い。

 中央線で池袋に出て、西武池袋線に乗り換えて、準急なら二駅、普通なら九駅。

 お母さんも、ちょくちょく行くのは億劫なので、わたしが行くのは、ちょっと渡りに船だったりする。

 特にあれこれ持っていけとは言わない。

 還暦が過ぎた娘が行くよりは、JKの孫が言った方が喜ぶしね。

 ときどきお小遣いもらえるのも嬉しいんだけど、そんな即物的な目的だけじゃない。

 駅を出て南に行くと、武蔵野の雰囲気をよく残した石神井公園がある。

 大きな石神井池を中心にした公園で、休憩所を兼ねたボート乗り場があって、しゃくじいが生きていたころは、よくボートに載せてもらった。

 普通のボートと白鳥のボートがあって、両方とも好き。

 お母さんは、子どものころから乗り飽きてるので、いつも、あたしがしゃくじいといっしょ。

 お父さんも、しゃくじいは明日香と乗りたいって分かってたから、自分は乗らずに池の周りを散歩することが多かった。

 

 今日はね、もうひとつ目的というかお役目がある。

 

 石神井戎神社の十日戎(とおかえびす)。

 東京で商売繁盛のお祭といったら、秋の酉の市なんだけど、戎祭もあるんだよ。

 有名なのは、浅草神社の二十日戎。

 二十日まで待っていられるか! かどうかは分からない(^_^;)んだけど、十日戎。

 浅草がやってるなら、やってやろうじゃねえかってんで、浅草戎と並んで復活した。

 しゃくばあが、こういう縁起物には目が無いんで、孫の明日香が代参。

 

 明神さまに――石神井戎いってきます――とご挨拶して、今日は正面の大鳥居から出る。

「おや、珍しい」

 だんご屋のおばちゃんに言われるのは、いつもと違って大鳥居から出てきただけじゃなく、なんか雰囲気が違うのかもしれない。

「お祖母ちゃんの代参で石神井戎行くの(^▽^)」

「なんだか、森の石松だね」

「あはは(^_^)?」

 適当に笑っておいたけど、意味は分かってない。

 

 十日戎というと、大阪とかの関西。

 検索して、今宮戎とか見たんだけど、まあ、賑やか。

―― 商売繁盛で笹持ってこい 日本一のエベッサン 買うて買うて福買うて~(^^♪ ――

 鳴り物入りで、囃し歌? なんてのも流れててフェスティバル。

 石神井戎は、流行り病のこともあるんだろうけど、穏やかなもので、御神楽が聞こえてくるぐらいのもの。

 まずは、手水舎(ちょうずや)で作法通り左手から洗い、右手、口をすすぐのを省略するとアルコール消毒のボトルが置いてある。神社も工夫している。

 拝殿へ。

 ガラガラ鳴らしてお賽銭投げて、まずは感謝。いろいろ不満はあるけど感謝。これもしゃくばあの伝授。それから願い事。芸文祭の芝居が上手いこといきますように、それから……あとはナイショ。

 それから、笹は高いしかさばるので、千円の鏑矢を買う。

 福娘の巫女さんは三人いてるけど、みんなそれぞれちがう個性なんだけど、美人という冠で揃ってる。でも、明日香的には明神さまの巫女さんが一番に思えるよ。

 ふと、きのうのあれからを思い出す。

 馬場さんは追いかけてきて「やっぱり、モデルになってくれないか」と言った。

 冷静に考えたら、単なる気配りのフォローだと分かるから、生返事で帰ってきたんだけどね。

 ひょっとしたら……社務所の窓に映る自分が見える。

 明日香って、意外にイケてる?

 ふと岸田 劉生の麗子像を思い浮んでしまった。

――モデルは美人とは限らんなあ……――

 そう思って落ち込む。

 参道を鳥居に向かって歩いていると、ベビーカステラの露店の中で座ってるS君に気づく。学校休んで、こんなことしてんだ……目が死んでる。

「佐渡君……」

 後先考えないで声をかけてしまった。

「鈴木……」

 こんな時に「学校おいで」は逆効果。

「元気そうじゃん……思ったより」

 佐渡君は、なに言っていいからわからないようで、目を泳がせた。

 あとの言葉が出てこない。

 濁った後悔が胸にせきあがってくる。

「これ、あげる。佐渡君に運が来るように!」

 買ったばっかりの鏑矢を佐渡君に渡すと、あたしは駆け出した。

 

「いいじゃないの、たまには他人様に福分けたげるのも」

 

 事情を説明したら、お婆ちゃんは、そう言ってくれた。

「ごめんね、お婆ちゃん」

「世も末っていうような顔でくるもんだから、お祖母ちゃん心配したよ」

「たまにしか来ないのに、世も末でごめん」

「まあ、いいじゃない。明日香、案外商売人に向いてるかもしれないよ」

「なんで?」

「ここだというときに、人に情けかけられるのは、商売人の第一条件さ」

 お婆ちゃんは、お祖父ちゃんが生きてる頃までは、数珠屋を構えて商売してた。子どもがうちのお母さんと伯母ちゃんの二人で、二人とも結婚が遅かったから、店はたたんでしまったけど、根性は商売人。

「ほら、お婆ちゃんからの福笹」

 お婆ちゃんは諭吉を一枚くれた。

「なんで……」

「顔見せてくれたし、いい話聞かせてくれた」

 年寄りの気持ちは、よく分からないけど、今日のあたしは、結果的にいいことしたみたい。

 チンチンチン

「これ」

 景気づけにお仏壇の鈴(りん)三回叩いたら、叱られた。

 ものには程というもんがあることを覚えた一日だった。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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明神男坂のぼりたい08〔ドリーム カム スルー〕

2021-12-12 08:07:37 | 小説6

08〔ドリーム カム スルー〕  

 

 

 タタタタタタタタ

 

 軽快なリズムで男坂を駆けあがる。

 今日は三学期の始業式だ。ものごとは最初が肝心。

 で、いつもより二割り増しぐらいの元気さで駆けあがる。

 駆け上がって『神田明神男坂門』の標柱を曲がる。

 いつもは、このまま拝殿の真ん前なんだけど、立ち止まって右を向く。

 しめ縄張った大公孫樹(おおいちょう)と、その前のさざれ石に一礼。

 大公孫樹は二本ある。古い親木と現役のと。

 昔は、江戸前の海に入ってきた船のいい目印になったんだって。

 さざれ石は、ほら『君が代』に出てくる、あのさざれ石。

 一見工事現場から掘り出してきたコンクリートの塊なんだけど、岐阜県の天然記念物。なにかの作用で、石がくっ付きあって、転がりながら大きくなったもので『さざれ石の 巌となりて~』てのは、ほんとのことなんだ。

 で、始業式には『君が代』だから、ま、ゲン担ぎというか、あやかるわけ。

 そして、いつものように拝殿の前でペコリ。

 今朝の巫女さんは窓口(神札授与所)当番。ほら、お御籤とか御守りとかのグッズ売り場。

 ペコリとニコリを交わす。

 チラッとおみくじ結び所が目に入る。正月明けなので、集団あや取りみたく十何段に張られた紐に鈴なりのお御籤。

 正月明け、まだ三が日の火照りを残している境内の空気を吸って、さあ、学校へ!

 

 水道歴史館が向こうに見えてきたところで、視界の端に関根先輩。

 ちょっと離れてるけど、後姿だけでも、他の同じ制服たちに混じっていても分かってしまう。

 でも、声を掛けたりはしない。

 今年も幸先いいとだけ思っておく。

 

 でも、神田明神と関根先輩でマックスになった高揚感も、学校が近くなるにしたがって冷めてくる。

 学校が持ってる負のエネルギーはすごいよ。

 スターウォーズの暗黒面だよ、ブラックホールだよ。

 でもね、明神さまで元気もらってるから、冷めるといっても、サゲサゲとまではいかない。

 えと……まあ、ニュートラル的な? 

 それにね、三学期の始まりは、冬休みが短いせいもあって、一学期の新鮮さも、二学期のうんざり感もない。

 ああ、始まったんだなあ……です。

 学校には、クラブの稽古で二日前から来てる。稽古は始まってしまったら……まあ、まな板の鯉。ほんとうは頭打ってるんだけど、今日は、それには触れません。

 
 体育館の寒いなか、校長先生を始め生指部長、進路部長の先生のおもしろくない話と諸連絡。

 先生の話がおもしろくないのは、内容というよりも、エロキューション、つまり滑舌と発声。それとプレゼンテーション能力が低いから。

 演劇部やってると、先生たちのヘタクソなのがよく分かる。音域の幅が狭くて、リズムがない。つまり声が大きいだけ。終わって回れ右してホームルームかと思ったら、保健部長のオッサンが最後に出てきた。

「今から、大掃除やります!」

 ホエエエエエ

 七百人近い生徒のため息。

 ため息も、これだけ揃うと迫力。

 なんか、体育館の床が瞬間揺れたような気がした。オッサンはびくともせずに大掃除の割り振りを言う。

 ただ一言。

「教室と、いつもの清掃区域!」

 わたしは思った。

 大掃除やるんだったら、おもしろくない話なんか止して、チャッチャとやって、ホームルームやって、さっさと終わっちゃえばいいのに。

 

 あたしたちは、学校の北側校舎の外周の当番。

 昇降口で、下足に履き替えなきゃならない。

 下足のロッカー開けて……びっくりした。来たときにはなかった封筒が入ってた。

 直感で男の手紙だと思った!

 すぐにポケットにしまって、校舎の北側へ。掃除するふりして手紙を読んだ。

 
―― 放課後、美術室で待ってます。一時まで待って来なければ、それが返事だと諦めます ――

 
 最後にイニシャルでHBと書いてある。

 一瞬で頭をめぐらせて、そのシャーペンの芯みたいなイニシャルの男を考える。クラスにはいない……あたしも捨てたもんじゃないのかなあ(≧ω≦)。

 いっしゅん関根先輩の影が薄くなった。

 

 ホームルームが終わると、あたしは意識的に何気ない風にして、美術室へ行った。

 美術教室は、ドアに丸窓があって、そこから小さく中が見える。そこから見た限り人影は見えない。

 ちょっと早く来すぎたかなあ……そう思って、こっそりとドアを開ける。

 「あ……!」

 思わず声が出てしまった。

 そこには、美術部のプリンスと、その名も高い馬場さんが居た。

 そして、目が合ってしまった!

  馬場さんは、三年の始めに仙台から転校してきたという珍しい人で、絵も上手いし、チョーが三つつくぐらいのイケメン。どのくらいイケメンか言うと、イケメン過ぎて、誰も声が掛けられないくらいのイケメン。声をかけるのはモデルのスカウトマンぐらいのものらしい。

 その馬場さんが声を掛けてきた。

 「なにか用?」

「あ、あ、あ……」

 声聞いただけで、逃げ出してしまいそうになった(;'∀')。

「あ、その手紙!?」

 やっぱり、手紙の主は馬場さんだった! 

 で、次の言葉で空が落ちてきた。

「間違えて入れちゃった……オレ、増田さんのロッカーに入れたつもり……ごめん!」

 増田っていうのは、あたしのちょうど横。AKBの選抜に入っていてもおかしないくらいかわいい子。今の段階では、なんの関係もないので、詳しいことは言いません。

「増田さんが趣味だったんですか!?」

「え? ああ、絵のモデルとしてだけど……」

 と、言いながら、馬場さんは、あたしの姿を上から下まで観察した。なんだか服を通して裸を見られてるみたいで恥ずかしい。

 「失礼しました! あたしクラブあるから、失礼します!」

 あたしは、いたたまれなくになって、その場から逃げだした。

 あたしのドリームは、こうやって、今年もカムスルーしていった……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部

 

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明神男坂のぼりたい07〔我が家の事情&初稽古〕

2021-12-11 09:53:10 | 小説6

07〔我が家の事情&初稽古〕  

 

 

 朝から、お祖母ちゃん(お父さんの母)と対面している。

 

 というのがね……。
  

 朝刊を取りに行くのは、あたしの仕事だ。

 今どきの高校生には珍しい。

 実はねって、打ち明け話ってほど大層なものじゃないんだけどね。

 越してきて、やっと五歳になったころ、お父さんが「明日香でも届くように」って、郵便受けを付けてくれた。

 子どもの事だから、普通は、三日もやったら飽きる。

 だけどね、団子屋のおばちゃんとか、ご近所の人がね「あら、明日香ちゃんえらいねえ」って言ってくれる。

 エヘヘ

 愛想良しの明日香は、可愛く照れるわけ。

 正直、ガキンチョのころの明日香は(自分で言うのもなんだけど)可愛かった。

 時々はね、男坂の上を掃除してる巫女さんと目がって、口の形で『おはよう』とか『えらいねえ』とか言ってくれる。

 お調子者で、それでいて小心者の明日香としては、やめるわけにはいかなくて、高校生の今日まで続いてる。

 まあ、ルーチンワークですよ。

 

 バサ!

 

 スナップをきかせて、定位置のソファーに朝刊を投げた。

 勢い余った手がボードの上のおっきいこけしに当って、倒れ掛かる。

 お祖母ちゃんが元気なころに買ってきた50センチもあるあるやつで、そいつが足に当って、目から火花。

 ンガアアアア

 ドシン

 足を庇ってピョンピョンしてると柱にぶつかって、今度は、その振動で長押(なげし)に掛けてあったお祖母ちゃんの写真が落ちてきた。

 イッテエエエ……!

 見事に頭に当って、それでも、お祖母ちゃんを床に落とすことなく胸で受け止めた。

 

 それで、朝からお祖母ちゃんとご対面……で、しみじみと男坂下で過ごした十年を思うワケ。

 

 うちはご維新のころから男坂下でお店をやってた。

 お父さんは、その五代目になるはずだったんだけど、家業は付かずに学校の先生になった。

 お祖父ちゃん、お祖母ちゃんも、体わるくして店を畳むことになって、それを潮に両親は、あたしを連れて越してきたんですよ。

 ジジババを放っておくわけにもいかないし、こっちのほうが通勤にも便利だったらしい。

 

 でもね、数年後には両親ともに仕事を辞めた。

 あ、お母さんは小学校の先生をやっていた。

 まあ、先細りの商売人の息子は手堅く教師になって、嫁さんも学校の先生。

 老後は、二人分の年金で悠々って魂胆ですよ。

 

 でも、二人とも早期退職。

 お父さんは、あたしが中学上がるときに。

 お母さんは……たぶん、小学校の三年のときに。

 なにから話したらいいんだろ……。

 

 お父さんは、高校の先生だった。

 いわゆるドサマワリいうやつで、要は困難校専門の先生。

 校内暴力やら喫煙は当たり前で、強盗傷害やらシャブやってるような子までいた。で、勉強はできなくて。240人入学して、卒業すんのは100人もいない。たいていの子が一年のうちに辞めていちゃう。だから学校で一番きつい仕事は一年生の担任。運が良くても、クラスの1/3は辞めていく。人数で15人から18人くらい。それを無事に退学させんのが担任の仕事。それも学校に恨みを残すような退学にしてはいけない。

「ありがとうございました。お世話になりました」

 と、学校には感謝の気持ちをもって退学させる。

 専門用語では『進路変更』というらしい。辞めるまでに、電話やら家庭訪問やら何十編もやる。お父さんは『営業』だと言って割り切っていたけど、ほんと、日曜も、よく出かけていた。

 そんな最中にお婆ちゃんが認知症になって。放っとけんなくなって、お父さんは、初めて担任を断った。子供心にも「当たり前だ」と思ったよ。

 だけど、学校は、お父さんを担任にした。最後は職員会議で「鈴木先生を担任にする動議」に掛けられ賛成多数で担任。

 お父さんは四月一日から留年で落ちてきた生徒の家庭訪問に行っていた。土曜は祖父ちゃん婆ちゃんの面倒見にいって、日曜の半分は家庭訪問やらの仕事して、月に二回くらいは祖父ちゃんが学校に電話してくる。

 お祖母ちゃん、よく倒れたしね。

「救急車ぐらい、自分で呼べよ!」

 そうグチりながらも、学校早引けして世話していた。そして五月に婆ちゃんが認知症のまま骨折で入院。介護休暇とって世話してたけど、復職したらクラスはムチャクチャ。

 こんなのが、二年続いて、お父さんは鬱病になってしまった。

 うつ病のお父さん、それでも、お母さんといっしょに、なんにもできないお祖父ちゃんも合わせて老人介護。

 で、二年休職したけど治らなくて辞めざるをえなかった。

 

 お母さんも似ている。

 

 しゃく祖父ちゃん(お母さんの父、石神井に住んでるからしゃくじい)が腎臓障害から、ほとんど失明した上に、心臓疾患と脳内出血で長期入院。お婆ちゃんは脚が不自由で、世話はお母さんと伯母ちゃんが通いでやっていた。

 そこへ、いきなり六年生の担任やれと校長に言われた。お母さんの学校は情に厚い人が居て「鈴木先生の代わりにボクがやります」いう人まで現れた。

「校長としていっぺん判断したことだから、変えられません!」

 意固地な女校長で、お母さんも頭にきてしまって、三月の末に辞表を出した。

 お母さんは、それから講師登録して講師でしばらく続けてたけど、あたしが高校いく直前に、それも辞めてしまった。

 子供心にも、どうなるんだろと思ったけど……どうにかなってるみたい。

 お父さんもお母さんも、万一のために、わりと貯金してたみたい。それと個人年金でなんとかなってるみたい。

 ついでに、あたしが生まれたのは、お父さんが43歳、お母さんが41歳のとき。二人とも歳よりは若く見える。

「明日香のことが生き甲斐」

 と言うけど、どうも夫婦そろって生来の楽天家みたい……と、言いながら、お父さんの鬱病はまだ完治してない。月一回の通院と眠剤が欠かせないでいる。

 

 時間にしたら、ほんの数秒の事なんだけど、お祖母ちゃんと対面して思ってしまった。

 

 でね、今日から学校で稽古が始まる。

 始まっちゃうよぉぉぉぉ……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保

 

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