大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい・33〔啓蟄(けいちつ)奇譚〕

2022-01-06 04:53:02 | 小説6

33〔啓蟄(けいちつ)奇譚〕 

 

 

 関根先輩の話によると、こうらしい。

 先輩が昼前に二度寝から目覚め、リビングに降りると、リビングに続いた和室の襖が密やかに開いた。何事かと覗くと、和室の奥に十二単のお雛さまのような女の子がいて、目が合うとニッコリ笑って、こう言った。

「おはようさんどす……言うても昼前どすけど、お手水(ちょうず)行かはって、朝餉(あさげ)がお済みやしたら、角の公園まで来とくれやす……なにかて? そら、行かはったら分かります。ほなよろしゅうに……」

 そう言うと、女の子は扇を広げて、顔の下半分を隠し「オホホホ……」と笑い、笑っているうちに襖が閉まったそうな。

「……なんだ、今の?」

 そう呟いて襖に耳を当てると、三人分くらいの女の子のヒソヒソ声が聞こえる。そろりと二センチほど襖を開けてみると、声はピタリと止み、人の姿が見えない。

 そこで、ガラリと襖を全開にすると、暖かな空気と共に、いい香りがした。

 訳が分からず、ボンヤリしていると、ダイニングからトーストと、ハムエッグの匂いがした。

「じれったい人なんだから。ほら、朝ご飯。飲み物は何にする。コーヒー? コーンポタージュ? オレンジジュース?」

「あ、あの……」

「その顔はポタージュスープね。いま用意するから、そこに掛けて。それから、あたしは誰なのかって顔してるけど、名前はアンネ・フランク。時間がないの、さっさとして。着替えは、そこに置いといたから、きちんと着替えて、公園に行ってね」

 先輩がソファーに目を向けると、着替えの服がキチンとたたんで置いてあった。

「あの……」

 アンネの姿は無かった。

 のっそり朝食を済ませ、トイレに行って顔を洗うと、なぜか、もう着替え終わっていた。

 なにかにせかされるようにして外に出ると、桜の花びらが舞って四月の上旬のような暖かさ。桜の花びらは公園の方からフワフワと飛んでくる。

 

 桜に誘われるようにして、公園に行くと、満開の桜を背にし、ベンチにあたしが座っていた。

 

「なんだ、明日香じゃないか。公園まで来たら何か有るって……いや、説明しても分からないだろうな……」
「分かるわよ。あたしのことなんやさかい」

「え……」

「今日は、啓蟄の日。土に潜ってた虫かて顔を出そうかって日なんよ。心の虫かて出してあげんと」

「明日香、難しいこと知ってんだな」

「先輩、朝寝坊やさかい時間がおへんのどす。先輩が好きなんは一見美保先輩に見えるけど、ほんまは、うちのことが好きなんとちゃいます?」

「え……?」

「ちなみに、うちは保育所のころから先輩が……マナブクンが好きなんどす。どないどっしゃろ、答を聞かせておくれやす!」
「そ、それは……てか、なんで京都弁?」
「どうでもよろしおす。それよりも時間がおません、ハッキリ言うておくれやす!」

「え……どうしても、今か?」

「もう……時間切れ。明日返事を聞かせとくれやす!」

 で、桜の花びらが散ってきたかと思うと、あたしの姿はかき消えて、いつもの公園に戻ってしまっていた。桜はまだ固い蕾で、梅がわずかにほころんでいる春の兆しのころだった。


「なんかバカみたいな話だけど、夢なんかじゃないんだぜ」

 そうだろ、そうでなかったら、わざわざあたしを御茶ノ水の喫茶店に呼び出したりしなだろう……お雛さまと馬場先輩の明日香と、アンネの仕業だと思った。でも、それは言えない。

「それは、やっぱり夢ですよ。卒業して気楽になって、三度寝して見た夢です。だいいち、うちが京都弁喋るわけないし」

「そうか……でも、明日香、演劇部だから、京都弁なんか朝飯前だろ」
「そんなことないですよ、だいいち演劇部は辞めてしまったし」

「そうか……オレ、一応考えてきたんだけど」

 先輩が真顔で、あたしの顔を見つめた。

 心臓が破裂しそうになった。

「そ、そんなの、無理に言わなくてもいいです!」

「……そうか、じゃあ、やめとくわ」
「ア、アハハハ……」

 赤い顔して笑うしかなかった。

 

 家に帰ると、敷居にけつまづいてしまった。その拍子に本棚に手が当たって『アンネの日記』が落ちてきて頭に当たった。

「あいたあ……」

『アンネ』を本棚に仕舞て、ふと視線。お雛さんと明日香の絵が怖い顔してるような気がした。

「睨むことないでしょ。花見の約束だけはしてきたんだから」

 それでも、三人の女の子はブスっとしている。

 あたしと違って、ブスっとしてもかわいらしい……。

 そこで思い出した。

 めったにないことなんだけど、今日は、明神さまに挨拶するのを忘れていたことを。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん


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