大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい25〔あ、忘れてた〕

2021-12-30 07:54:53 | 小説6

26〔あ、忘れてた〕 


                       


 バレンタインデーを忘れてた!

 バレンタインデーは、佐渡君が火葬場で焼かれた日だったので、完全に頭から飛んでいた。

 もっとも覚えていても、あたしは、誰にもチョコはあげなかった。

 うちは、お母さんがお父さんにウィスキーボンボンをやるのが恒例になっている。だけど、ホワイトデーにお父さんがお母さんにお返ししたのは見たことがない。

 あたしに隠れて? それはありえない。

 お父さんは、嬉しいことは隠し立てができない。

 年賀葉書の切手が当たっても大騒ぎする。まして、自分が人になにかしたら言わなくてはすまないタチ。

 結婚した最初のお母さんの誕生日にコート買ったのを、今でも言ってるくらいだしね。

 実のところは、ウィスキーボンボンの半分以上はお母さんが食べてしまうから、そう感謝することでもなかったりするんだけどね。

 佐渡君には、チョコあげたらよかった思ったけど、後の祭り。

 それに、あたしが見た佐渡君は、おそらく……幻。

 幻にチョコは渡しようがないよね。

 

 あ、一人いた!

 

 学校の帰りに思い出した。

 絵を描いてもらった馬場さんにはしとかなくっちゃ。

 で、帰り道、御茶ノ水のコンビニに寄った。

 さすがに、バレンタインチョコは置いてなかったので、ガーナチョコを買った。

 包装紙はパソコンで、それらしいのを選んでカラー印刷。A4でも、ガーナチョコだったら余裕で包める。

「こういうときって、手紙つけるんだろなあ……」

 けど、したことないので、いい言葉が浮かんでこない。

 べつに愛の告白じゃない、純粋にお礼の気持ちだ……感謝……感謝、感激……雨アラレ。

 馬鹿だなあ、なに考えてんだろ。


「マンマでいい!」
「わ、ビックリした!」

 お父さんが、後ろに立っていた。

「珍しいな、明日香が周回遅れとは言え、バレンタインか……」

「もう、あっち行って!」

 

 ありがとうございました。人に絵描いてもらうなんて、初めてです。

 チョコは、ほんのおしるしです。

 これからも、絵の道、がんばってください。

             鈴木 明日香

 

「あ、バカだあ! 便せんに書いたら、チョコより大きいよぉ。別の封筒に入れるのは大げさだし……」
「これに、書いときな」

 お父さんが、名刺大のカードをくれた。薄いピンクで、右の下にほんのりと花柄……。

「お父さん、なんで、こんなん持ってんの!?」

「これでも作家のハシクレだぞ、こういうものの一つや二つは持ってる」
「ふ~ん……て、おかしくない?」
「おかしくない。オレの書く小説って、女の子が、よく出てくるからな……」

 頭を掻きながら出ていった。とりあえずカードに、さっきの言葉を書き写す。

「あ……これ感熱紙だ」

 パソコンでグリーティングカードで検索したら、同じのが出てた。

「まあ、とっさに、こんなことができるのも……才能? 娘への愛情? いいや、ただのイチビリだ」

 

 で、今日は三年生の登校日。

 

 メール打つのにも苦労した。

 何回も考え直して「伝えたいことがあります」と書いて、待ち合わせは美術室にした。

「え、もらっていいの? オレの道楽に付き合わせて、それも、元々は人違いだったのに(^_^;)」

 嬉しそうに馬場さん。

 だけど、最後の一言は余計……。

「明日香……なにかあったな、人相に深みが出てきた」
「え、そんな、べつに……」

「これは、ちょっと手を加えなきゃ。そこ座って!」
「は、はい!」

 馬場先輩は、クロッキー帳になにやら描き始めた。

「ほら、これ!」

 あたしの目と口元が描かれてた。それだけで明日香と分かる。やっぱり腕だなあ。

「なにか胸に思いのある顔だよ。好きな人がいるとか……」

 とっさに、関根先輩の顔が浮かぶ。

「違うなあ、いま表情が変わった。好きな人はいるようだけど、いま思い出したんだ」

 なんで、分かるの!?

「なんだか、分からないけど、寂しさと充足感がいっしょになったような顔だ」

 ああ、佐渡君のことか……ぼんやりと、そう思った。

 

 帰り道、七日ぶりに明神さま。

 佐渡君の事故やら葬式やらがあったんで、明神さまの境内を通るのを遠慮していた。

 正確には、もっと控えなきゃいけないんだろうけどね。

 

 きちんと、二礼二拍手一礼。

 お賽銭も200円(お正月でも100円だから、奮発してる)

 

 お参りしてから思った。

 神田明神チョコとかあったら、ぜったい売れる!

 

 思ったことは表情に出る、馬場先輩も言ってたよね(#^_^#)

 

「あら?」

 授与所の巫女さんに見られてた。

 でも、巫女さんは余計なことは言わない。「あら?」だけ。

 奥ゆかしい。

 でも、なんだか恥ずかしいところを見られたようで、収まりが悪い。

「明神チョコってないんですか?」

 照れ隠しにバカなことを口走る。

「あ、それアイデアね!?」

 ポンと手を叩いて意外の反応。

 むろん、バカな明日香に合わせた冗談なんだけど、清げな巫女服姿で当意即妙で返されると、もう尊敬。

 一週間のご無沙汰やら周回遅れのバレンタインやらの事情と、明日香の気持ちと、そういう諸々を、ポンと手を叩いて親しみに変えてしまう。

 やっぱり、あたしの明神さまだ。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生
  •  巫女さん
  •  だんご屋のおばちゃん

 


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