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『東京キッド』1950年の思い出 戦後モダニズムの正体

2017-12-14 15:24:55 | 歴史を考える
 美空ひばりといえば演歌の女王などと形容されることが多いが、同年輩(私のほうがひとつ下)の私にとって、その出会いは、むしろ戦後モダニズムの象徴といってよかった。
 母に連れられて行った大垣の市内の映画館、そこでみたエノケン(榎本健一)やシミキン(清水健一)の喜劇映画などと並んで、美空ひばりの『東京キッド』を観たりしたのが私にとっての映画開眼であった。

              
 
 『東京キッド』のストーリーは覚えていない。
 当時、巷にあふれていた戦災孤児が、周囲の温かい視線のなかで暮らしてゆく喜劇だったと思う。
 共演は、「地球の上にも朝が来る~、その裏側は夜だろう~」などの浪曲漫談で有名だった川田晴久。浪曲漫談といっても、ギターを弾きながらのグループ漫談(川田晴久とダイナブラザーズ)で、当時こうしたボーイズものはじゅうぶんモダンだった。
 
 この映画の主題歌である『東京キッド』の歌詞を見てほしい(歌詞はこの文末に引用)。敗戦後の焼け跡がまだ残るなかでの、この歌に散りばめられたカタカナ文字のなんとモダンであったことよ。

 東京「キッド」そのものがすでにしてモダンだ。ようするに東京の「ガキ」を言い換えただけなのに、「キッド」となると別物に響く。
 今でこそ当たり前かもしれないが、「チューイン・ガム」、「マン・ホール 」、「 チョコレート」、「スイング」、「ジャズ」などなどどれも田舎住まいにとっては、実際にお目にかかることがない異世界のしろ物だったのである。

          

 極めつけは「ジタバーク 」だが、これについては、その意味が分かる人はいまではかえって少ないだろう。でもこれは、ほぼ正確な発音で、むしろ、いま日本で流通している言い方のほうがおかしいのだ。
 これは英語で表記すればjitterbugで、ジタバグと発音する。その発音が、「ジラバ」に聞こえ、さらに「ジルバ」へと変化したもので、ようするに踊りのジルバのことなのだ。
 こんなもの、田舎の小学5年生で草履履きで畦道で遊んでいたガキにとってはまるっきり宇宙人の世界を意味していた。

 ところで気になるのは1番から3番まで、歌詞の最後を締めくくる「マン・ホール」。いくら主人公が戦災孤児だといっても、いちいちマンボールに潜るのはちょっと不自然だ。

 その答えは、ここに貼り付けたYouTubeによる「東京キッドの歌と映像」(2番めに出てくる)のなかにある。美空ひばりがタップを踏んで歌う背景にあるのがまさにマンホール。

https://www.youtube.com/watch?v=vf3k2iVaIzE&list=PLUQjLvzbqGEJqXmAi19i09x8cUg10zS4c

 ようするに、既に出来上がって、鉄の蓋がされたものではなく、当時、戦後復興でどこの工事現場でも見かけた横たえられたマンホール、ないしは土管、それらが家なき子たちの棲み家だったのだ。いや子どもたちだけではない。いまでいうところのホームレスの人たちも、こうした箇所をねぐらとしていた。
 ただし当時のホームレスの人たちは、爆撃で家を失った人たち、海外から引き揚げてきたが家族と再会できず仮住まいをする人たちが多く、その点がいまとちょっと違う。

          
          この写真はフイリピンの貧民層を撮ったものとのこと

 ちなみに、上のYouTubeの映像で、歌うひばりの横でそれを優しく見上げているのが共演の川田晴久である。

 既にみたように、この歌には横文字の単語が散りばめられていて、私のような田舎の少年からはモダニズムの極地のように思われたのだったが、その大半、つまり、ガムやチョコレートなどの菓子類、スイング、ジャズ、ビタバーグなどは進駐軍=占領軍経由のものであり、しかもマン・ホールがねぐらであったり、ましてやそれを歌う主人公が戦災孤児とあっては、実はそれらはそれぞれ紛れもなく、戦争の爪痕そのものを指し示していたのだった。
 そして、そのことを少年の私もどこかで知っていた。

 往年の名作詞家・藤浦洸はじゅうぶんそのへんのところは意識して作っただろうと思う。


以下は著作権法第32条1項に基づく引用です。

「東京キッド」藤浦洸:作詞 万城目正:作曲

   歌も楽しや 東京キッド
   いきでおしゃれで ほがらかで
   右のポッケにゃ 夢がある
   左のポッケにゃ チューイン・ガム
   空を見たけりゃ ビルの屋根
   もぐりたくなりゃ マン・ホール

   歌も楽しや 東京キッド
   泣くも笑うも のんびりと
   金はひとつも なくっても
   フランス香水 チョコレート
   空を見たけりゃ ビルの屋根
   もぐりたくなりゃ マン・ホール

   歌も楽しや 東京キッド
   腕も自慢で のど自慢
   いつもスイング ジャズの歌
   おどるおどりは ジタバーク
   空を見たけりゃ ビルの屋根
   もぐりたくなりゃ マン・ホール 

コメント (2)
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