16日放送の『相棒 Season 8』第9話『仮釈放』はちょっと残念な出来でした。今Seasonでいちばん残念、と言うか、惜しいエピソードだったかも。昨年亡くなられた、『相棒』Season 2からの看板監督のひとり・長谷部安春さんジュニアで推理作家のハセベバクシンオーさん、Season 7で好評だった『越境捜査』以来の脚本登板とあって期待したのですけれどね。
2年6ヶ月の懲役を、10ヶ月残して模範囚として仮釈放を認められ、朗々と誓約文を読み上げ身元引受人の更生施設長(花王おさむさん)に「最高の気分です」と晴れ晴れした表情を見せる山部(大橋てつじさん)。しかしOPタイトル明け、彼は施設から行方をくらましていることが判明、特命係に捜査のお鉢が回ってきました。仮釈の翌日「運転免許再交付の手続きをしたい、どうしても今日中に」とタクシーで出て、その足でレンタカーを借りたまま返却がなかったのです。
実は山部が服役した罪は、職質中の検問突破による公務執行妨害。2年前、同乗していた主犯の村上(永倉大輔さん)とともに覚せい剤取引現場を襲撃してヤクと現金一千万円を強奪、村上の情婦でクラブ嬢の美代子(井上和香さん)に託した直後でした。
夜間検問にひっかかり危険を感じた村上は「おまえはすぐ逃げて、美代子にアレを何とかしろと言え」と山部を下車させ突破させます。すでに薬物既犯で執行猶予中だった村上は、ポケットのヤクを改められ現行犯逮捕実刑に。
一方、兄貴分の村上に言われるまま検問から逃走、美代子のマンションに走った山部ですが、従いません。「村上さんがパクられた、あのヤクが見つかったら再犯だし重罪になる、オレが隠すから出してください、村上さんに頼まれたんだから」と偽って迫り、焦った美代子は自分も薬物犯の一味にされる怖さも手伝って、山部に1kgもの大量の覚せい剤を預けてしまいました。
翌朝山部も自宅アパートで逮捕。こちらは初犯でもあり、村上より半年短い刑期で、別の刑務所で服役しました。
山部は何としても村上より早く出所して、自分しか知らない場所に隠した覚せい剤を確保し売りさばいて海外移住したく模範囚を貫きます。
おさまらないのは面会の美代子から、山部にブツを渡したと聞かされた村上。美代子も覚せい剤を取り返せば大金になると思い山部の出所の時期を探っていましたが、あきらめて面会にも来なくなってしまいました。
業を煮やした村上は同じ刑務所から、先に出所した窃盗犯の高橋(今話のナイスキャラ。寺十吾さん)に「調べて欲しい場所がある」と伝言を託します。高橋がシャバに出たら必ず美代子に一度は会ってみたくなるよう、「オレの女はいい女だ」とさんざん吹いて興味を持たせておきました。
高橋の伝言を受けた美代子、実は覚せい剤と一緒に預かった現金一千万円が手元に残っていたため、村上には「ヤクと一緒に山部に渡した」とウソをついてちゃっかり横領、300万円の宝飾時計を買うなど使い果たした後でもあり、再び欲の皮をつっぱらせ、村上から山部が隠しそうな場所を聞いて片っ端から物色。塀の中と外で、密な連絡を取り合うために2人が考え出したのは、本を差し入れて、中のページの活字にコンパスの針でマークする、点字ならぬ“穴字”の行き来による不正通信でした。
しかし村上が考えついた場所は、美代子が調べてもすべて空振り。そんな状態が3ヶ月ほど続いた頃、彼らが知り得ないうちに、別の刑務所から模範囚演技の甲斐あって山部は仮釈放。いの一番に運転免許再交付を受けレンタカーを借り、自分しか知らないはずの隠し場所に駆けつけますが、実は意外な人物が村上と美代子との不正通信を“横読み”していて………
………このエピソードが残念なのは、こういう一連の欲深小悪党たちの浅知恵応酬物語が、右京さん(水谷豊さん)のいつもながらの冴えわたる推理で、捜査側主語で一本調子にワンウェイでさくさく解かれていくだけになってしまったこと。
改心した模範囚と見えた男(山部役の大橋さん、冒頭の誓約場面では清潔感ある男前です)が仮釈放にかけた執念の意味、刑務所に情婦が来ても面会はせず(結構分厚め、活字ぎっしりの)本を差し入れては、さほど日数もおかずにまた引き取って行く不思議な来訪者記録から不正通信の手口がわかる、また皮肉にもいちばん“刑務所の怖さ”を知る立場の人物が不正通信を察知し、通信内容の焦点になっている他刑務所の受刑者の仮釈に網を張って、ブツ横取りをもくろむに至る動機など、「『仮釈放』と題するなら、ここを重点的に面白がりどころにすればいいのに」と思うところが、ぜんぶ右京推理で“通過点”になってしまった。
着眼、アイディアは推理小説が本業の人のホンらしく悪くなかったんですけれど、どっち側にふくらませばドラマとしておもしろくなるかの方法論が違ってしまったか。山部、村上、美代子のどれかが、“ドラマの準主語”を担える、Season 5『せんみつ』平田満さん、Season 4『殺人講義』石橋蓮司さん、同『書き直す女』高畑淳子さんクラスの大物俳優さんだったら叙述も変わってきたかもしれませんね。持ち前の豊満さとあさはかキャラが光った井上和香さんはなかなか好演でしたが。
一方、新入り・神戸(及川光博さん)の回を追うごとの特命順応ぶり、味出し具合はますますおもしろいですね。ナマ死体が苦手なだけじゃなく、死体の鑑識写真も離れて横目で見てるし、もう灰になったのしか埋まってない墓地ですら居心地悪そうなのね。
“欲の皮小悪党たち物語”だった今話、主犯の意外な人物が右京さんから最初に“怪しリストに載せられる”きっかけになったひと言はさすがに神戸、キャッチできなかったようですが、愛すべきコソ泥・高橋の一度ならず二度までもの「クチすべってポロリ」は右京さんと同じタイミングで気づいて、気づけたことが嬉しくて仕方ない様子でした。“和風爬虫類”系の鉄仮面顔・及川さんだからこそ、微妙な表情の表出に思わず注目してしまう。走り出す前は半信半疑でしたが、かなり余人を以て代え難いナイス抜擢だったかもしれません。