NHK『外事警察』はすごいことになっていますね。筋立ての、脚本のどこがすごい、役者さん誰某が、どの場面のどのセリフがすごいと、指差し特定できない総合的な凄さ。
11月半ばから12月半ばまでという変則的なクールでの放送で、NHK土曜のこの枠諸作の中でも、数的にはどれだけお客さんを掴めたか微妙ですが、2009年の連続ドラマの中ではズバ抜けた出来と言っていいと思います。
1980年代後半、月河がレンタルビデオで外国映画鑑賞盛りの頃、「アメリカのポリス・アクションやクライムストーリーには、よくよく“警察上層部がラスボス”設定が多いな」と思ったものでした。正義の主人公はたいてい下っ端か、出世コースに乗れない、暴力上等、酒バクチ上等のはみ出し野郎。かつ夫婦仲、家庭は破綻。
それはいいのですが、『外事』は“組織の身内に敵”をはるかに飛び越えて、“誰が誰に対して敵やら味方やら”、さらには“最大の敵はおのれ自身”の域にまで踏み込む、犯罪ものドラマの極北に挑戦している。どっちに転ぶか、どこから敵が現われるか、誰が豹変するか、片時も目が離せない。この緊張感は、95年『沙粧妙子 最後の事件』以来です。
渡部篤郎さん、『ストーカー ~逃げきれぬ愛~』(97年)、『ラビリンス』(99年)、藤田まことさん版『剣客商売』(98年~2000年)ぐらいしかちゃんと見たことはありませんが、演技力や存在感には何の文句もないものの、如何せんあの独特の声色と口調ですからね。どっちかと言うと勘弁してほしい俳優さんのひとりでした。
しかし今作は唯一無二のキャスティングですね。通り一遍の多重人格とかそういう意味ではなく、幾重にも重層した人間形成が、あるときはラッキョウの皮を剥くようにべろりと、あるときは貴婦人のドレスをひるがえすようにちらりと、垣間見えてはまた隠れる、隠れても隠れるたびに赤裸々になっていく。演出や撮影の妙ももちろんですが、やはり渡部さんの見せ方が素晴らしい。TVの、地上波の、土曜ゴールデンタイムの、連続ドラマではきわめて稀に見る、入魂の演技と言ってもいい。入魂過ぎて、観てるこっちも始終息苦しくなったり血圧上がったりしますが、それでも目が離せないんだな。こういう感覚も『沙粧妙子』の浅野温子さん以来です。
そう言えば、鉄条網や廃工場を思わせるダークインディゴな風景に赤い花が一輪咲く、EDクレジットの映像も『沙粧妙子』を連想させるところがあります。敵を欺くには先ず味方から…という公安の世界は“己の敵は己”の剣豪や求道者の物語にも似ている。
渡部さんの住本、『ラビリンス』の野崎先生みたいに「誰でもいつかは飛びたてる…」なんてつぶやくのどかなエンドを迎えられるかしら。
次回第6話(12月19日予定)が惜しくも最終話ですが、“テロの恐怖をも商品に変える”テロより怖い大きな力が真の敵だったという展開になりそう。甘っちょろめで青めで安めながら人間らしい、女性らしい共感性で住本に添う交通課警官上がりの新人外事・陽菜(ひな)を演じる尾野真千子さんの、ノロマくさくうざったくなる寸前で踏みとどまった背筋の伸び方も好感度大です。
以前にもここで書きましたが、脚本古沢良太さんは『相棒』で、テンプレートにはまらない独特の構成と味のある、かつ速度感緊迫感にも富んだエピソードを幾つも書いておられます。『外事』でこれだけ鉱脈掘りあてたのを目の当たりにすると、何としても『相棒』に帰ってきてほしいと思ってしまいますが、今Seasonは無理かなぁ。