イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

害じゃのう

2009-12-29 19:26:56 | 夜ドラマ

長年続くTVシリーズにおけるレギュラー出演者の加齢問題と言えば、第15話を絶賛(か?)放送終了した『坂の上の雲』

5話終了後のED前に「第2部撮影快調!」なんて予告が出てましたが、蒸し返すようだけど、再来年暮れの第3部終了まで、本当に皆さんお元気で撮り終えてオンエア見てほしいですね。

5話まで視聴してみてわかったのは、3部を11ヶ月ずつ間をおいて3年がかりなんていう無茶な放送スケになった理由。要するにおカネがかかりすぎて、NHKの単年度に予算がおさまりきらないんですな。「山より大きなイノシシは出ない」と言いますが、「出したイノシシがあまりにでかいため後から山を三つに増やした」みたいな感じ。

費用対効果、商業効率を至上とする民間放送局では、死んでもこんな真似はできないでしょうね。11ヶ月間、何もないんですから。イノシシがおさまりきらないとなったら、山には手をつけず、ウサギにでもネズミにでも、なんならネズミの糞にだって作りかえます。

受信料が黙ってても入ってくる放送局ゆえの鷹揚さと言えば聞こえはいいですが、第1部で食いついた視聴者が、何もない11ヶ月間、ドラマ世界に興味持ち続け、登場人物を愛し続けて第2部を待ってくれるに違いないという、その自信はどこから来るのか。視聴者は『不毛地帯』の壹岐妻か。あっちは11年間か。取り下げ。

歴史ドラマファンにはこの3年間で平均寿命を跨ぐ年頃の高齢者も多いでしょうし、その中には少なからぬ比率で地デジ未対応世帯も存在するはず。やはりお役所的、中央官庁的傲慢の匂いを感じずにはいられません。

野沢尚さんも、山三つ増やさなければいけない遠大さ、視聴者へのアンフレンドリーさを苦悩して死んだんじゃないのかな。んなこたぁないか。その時点ではまだ山ひとつで足りる企画だったのかな。

まぁ、この、人をコケにするにもほどのある放送スケを脇に置けば、大きな話を風呂敷広げっぱなしにせず、堅実に作っているドラマだとは思います。

ただ、“明治の下級士族出身青年たちの熱き青雲の志が、当時の世界情勢と接遇して奇蹟的な化学変化を生じせしめ、当時の開国日本に奇蹟的な成果をもたらした”“しかし、後世の日本はこの成果を無駄に食いつぶし蕩尽した”という司馬遼太郎さんの史観は、第1部終了前にいささか聞き飽きました。世界の渡辺謙さんを顔出しさせず贅沢に使ったナレーションの、孜孜たる実直な口調のため、ますます早く聞き飽きた。

松山弁で“大きい”“すごい”を意味するらしい、ガイじゃのう!ってのはいいですね。5話で渡米留学生となった秋山真之(本木雅弘さん)が、ニューヨーク渡航の甲板上では隣席の客を意識して、スメルオブオーシャンどったらこったら英語で独り言言ってたのに、自由の女神を見た途端に「ガイじゃのう!」とお里まるだしになる場面が良かった。

真之は松山から東京に出てきたときにも鉄道馬車を見てこう言ってたし、中国大陸を見たけれど病に勝てず東京は根岸の寓居に逼塞して、旧友たちの雄飛を地球儀で追尾することを喜びにする正岡子規(香川照之さん)も言っていた。

もうちょっと早い時期の放送開始だったら、流行語大賞ノミネの目もあったかも。“法外”“規格外”“想定外”のガイなのか、「大概(たいがい)にしなさい」のガイなのか、はたまた“凱旋門”“凱歌”のガイなのかはよくわかりませんが。英語で言えばterribleとか、remarkable、いっそunusualぐらいのニュアンスでしょうかね。

アメリカで、かつての英語教官だった高橋是清(西田敏行さん)と偶然再会してナイアガラ瀑布を見たり先住民族の末裔と接触したりは史実にしては出来すぎな感もありますが、日清戦争従軍記者・子規が森林太郎(=鷗外)と偶然出会ったりもするドラマなのでいまさら驚かないか。あと11ヶ月、続くかな、興味。

コメント
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