イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

痛恨の吸引ミス

2007-10-08 20:23:19 | アニメ・コミック・ゲーム

昨日(9日)の『そこまで言って委員会』で、非常に遅ればせ(にもほどがある)ながら沢尻エリカさんの問題の試写会インタビュー「特にないです」「別に」場面を見ました。

かっわいいもんじゃないですかねえ。あの程度。

表情から、全身から“幼稚”“背伸び”オーラというか汁(しる)ダダ漏れ。

21歳かあ。女優開花前からグラビアなどスチールの世界では芸歴長いらしいし、あながち子供とも言えないけど、敷かれたレールや筋書きに乗らない、外すことイコールカッコいい、大人だ、オシャレだと信じ込んでいる時期が、伸び盛りの柔らかい年代のひとコマとして誰にもあるものです。

大人のマスコミがこぞって叩いて謝罪させるほどのこっちゃないと思うがねえ。親がいちばんいいけど、マネージャーでも社長でもいいや、一発びしっとかわいがってやりゃ済むじゃないか。女優だから顔は避……(以下略)。

この一件で1年間女優休業謹慎?なんて記事もどこかで見ましたが、ERIKA名義でのCDも売れてるらしいし、大人サイドの逸失利益を考えればマスコミ向けに「こんなに深刻に受け止めてるんだよ」の記号としてチラつかせただけでしょう。

しかし、この試写会映像に続く涙の謝罪報道など一連の流れに接していると“アイドル”“スター”の消費のしかたも変わったものだと思わざるを得ません。

ひと言で言うと、消費されるほうもするほうも、慎みというか、抑制、有り難味がなくなった。

月河の年代のアイドル消費盛りというと、70年代のちょうど“真ん中らへん”になります。新御三家、新3人娘、花の中3トリオ。フォーリーブスの弟分郷ひろみ、さらに弟分ジャニーズジュニア。黄金時代です。わはは、うらやましいだろう。えっへん。

当時から“カワイイ・清純系女性アイドルの実は性格悪い”話、“カッコいい系男性アイドルの実はバカ”話は絶えず根強く存在しました。

 当時はインターネットはもちろんカケラも無し、TVでも素を見せるトーク番組やバラエティにはアイドルは出演しませんでしたから、われわれ“客”は衣装着て直近の曲を歌って、お辞儀して引っ込むだけ、せいぜい『8時だョ!全員集合』のコントコーナーや『夜のヒットスタジオ』での雛段待ちでの表情からわずかに零れ落ちるアイドルの“素”を掬い上げ拾い集めて、「誰某は意地が悪いらしい」「○○と△△は仲が悪くて無視(←当時“シカト”という言葉はなかった)し合ってるらしい」「□□は楽屋で煙草吸いまくりらしい」などの妄想都市(?)伝説を肥大させていました。

3人娘の中では天地真理さん、中3トリオでは桜田淳子さん、あと麻丘めぐみさん、新御三家では西城秀樹さんが、この手の伝説“言及数”が他に比し頭抜けて多かった。

小柳ルミ子さんは宝塚音楽学校主席卒業という略歴の故か楽曲のせいか老けて見え、小中坊主の悪戯琴線に触れる要素が少なかった(巨乳本位時代のいまならだいぶ地合いが違ったかも)し、南沙織さんには沖縄生まれのハーフというバリヤーがありました。

なんとなく、地方の小中生が“自分でも手が届きそう”“いっそなれそう、いやむしろなりたい”とくすぐられる匂いがないと、“素”伝説って萌芽しないものです。森昌子さんなどは、そういう“羨ましがらせ”“なりたい”ファクターが希薄だった(庶民的ルックス、のど自慢っぽくオシャレじゃない曲調と節回し)せいで、この手の“伝説”はまったく発生しませんでした。

いちばんそっち方向に訴えそうな山口百恵さんも、不思議に伝説は少なかった。同じ年代でも、男性なら彼女の消費のしかたが大幅に異なったでしょう。女子としては、母子家庭出身というのもイジリ免除材料になったし、しかも早い時期に三浦友和さんという、当時から微妙な位置の若手俳優と擬似カップリングされたことで、見事に妄想を刺激しなくなった。素がワルだろうが性格歪んでようがどうでもよくなったのです。

ドの付く地方だし、知り合いに業界関係者もいないシロウトのガキの集まりだし、何の根拠もないのですが、根拠が限りなく皆無に近いがゆえに、妙に熱気のこもった伝説醸成でした。

当時のアイドルは鉄の仮面をかぶっていて、かわいいならかわいい、清純なら清純、明朗なら明朗以外の表情ではいっさい露出せず“素”に関する情報を極力厳戒セーブしていたからこそ、こういう“少ない材料で妄想繚乱”という消費法が成立したのです。

ここのところの沢尻さんや彼女をめぐる報道を見ていると“役柄やイメージと異なる‘素’”を曝け出すことに何の圧力も抑制もないし、曝け出されたものを腑分けし、叩き、論評することに何の有り難味ももったいなさもない。

曝け出したというそのこと、叩かれたというそのことをさらに報道し商品化して、雪だるま式に商業価値算出して行こうというベクトルしか感じられない。

アイドル(=偶像)も安くなったものだなぁ、との感が深まります。

いまのアイドルの可愛さやカッコよさ、あるいはそれを外しはみ出していることは“カネのかたまり”でしかないのだ。

80年代に入った頃、松田聖子さんを指して“ぶりっ子”と称し暗に揶揄する概念が成立した辺りが、アイドル消費にかかわる地合いの分岐点だったように思いますが定かではありません。

同日、夜の入浴介助とお風呂掃除後は『ガキの使いやあらへんで』を行き当たり視聴。もう日付変更線踏み越えてるんですけど。日テレの日曜編成変わったの?

この日は“バキューム藤原の目指せ明日の大食いスター”。いいねいいね!文字通りの深夜帯どっぷりになって少し方向性過激にシフトか。

“掃除機の如く食べ物を吸い上げる男”“全部残らず吸い尽くせ!”と、小さなお友達が真似したらダメだよ窒息死するよというネタをまんま大胆にタイトリング。

生卵10ケ→たこ焼き12ケ→カレーライス1皿→水ようかん100ケと、どんどん平らげ方が怪しくなっていく構成も、最近の大食い番組の逆パロディみたいで切れ味いいぞ。

バキューム藤原、もちろん昨年のM1敗者復活でおなじみライセンスのボケです。罰ゲームは得意のドラえもんがらみでお願いしたい。

日テレ屋上からタケコプターで飛ぶなんてどうだろう(死ぬか)。

コメント
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