から揚げが好きだ。

映画とサウナ。

マニアック 【感想】

2018-09-29 23:38:55 | 海外ドラマ


キャリー・フクナガが、再びテレビドラマのメガホンをとるということで、今年、最も注目していたNetflixドラマだ。
Netflixと初めて組んで製作した映画「ビースト・オブ・ノー・ネーション」は素晴らしかったし、主演はエマ・ストーンとジョナ・ヒル。どうしても期待してしまう。

9月26日、先週の金曜日、全世界同時リリースにて配信され、全10話を見終わった。

結果、フクナガ監督を贔屓目に見ても、期待ハズレだった。
「いつから面白くなるだろう」と思っていたら、終わってしまった。

物語は、エマ・ストーン演じる過去にトラウマを抱える女子と、ジョナ・ヒル演じる統合失調症の男子が、精神疾患を治す薬の集団治験に参加するという話。

デブ、ヤセ、デブを繰り返すジョナ・ヒルが、本作では彼史上最もスリムな体型を見せる。予告編で彼の姿を初めて見たときはかなり驚いた。シリアスな役柄を演じられるように、とのことだが、本作で彼が演じる「オーウェン」は大真面目なキャラクターだ。実家は裕福で周りの兄弟はエリート、彼は精神に不調をきたしており、なかなか定職につけない状態だ。本気でその病気に悩まされている。一方のエマ・ストーン演じる「アニー」は、家族との間に大きな悲劇を経験しており、悔やんでも悔やみきれない過去の記憶を抱える。そのトラウマの痛みを抑えるため、クスリ中毒になっている状態。

オーウェンが、治験に参加した動機は自身の病気を治すためであり、アニーは中毒の元となっているクスリが治験で使われる薬であることを知ったからだ。治験に参加するまでの3話目までは上々の滑り出し。精神病、クスリ中毒に悩む2人の世界を特殊効果を使いながら見事に映像化。その後、どんな物語が展開するのか、ワクワクする。

ところが彼らが出会い、治験に参加する4話目以降で興味は持続しなくなる。

治験はA、B、Cの3つのステージに分かれていて、そのステージごとに、薬を服用、人工知能の誘導によって催眠状態に入り、脳内で未知のドラマを体験して克服するというもの。その脳内ドラマが、現実世界のドラマと平行して描かれる構成だ。



脳内ドラマが各エピソードのメインとなっていて、あるときは、80年代のドタバタコメディの主人公、あるときはロードオブザリングなファンタジー映画の主人公、あるときはギャング映画の主人公だったりと、世界観が全く異なる物語が描かれる。個人単位での実験であるため、脳内で展開する物語も治験者ごとに分かれてしかるべきなのだが、アニーとオーウェンだけ、なぜか、同じ物語を共有するという事態になる。その謎の究明が本作の1つのミステリーになる。



1話目の冒頭、宇宙のなかで人類が生まれた奇跡を解説するシーンからはじまる。そこから想起するに、2人の出会いもまた奇跡の1つ、みたいな恋愛モノを予想するも、しかし、その気配は一向に出てこない。描かれる脳内ドラマは、脈略やパターンがなく、見えてくるとすれば、過去のトラウマや苦悩を投影した要素が差し込まれるくらいだ。どう転がっていくか、先が見えてこない不思議なドラマが続く。2人のスター性や、エピソードごとに変わるコスプレは楽しいものの、ブツ切りにされる物語単体でみても、面白い展開が用意されているわけではなく、とりあえず面白くなるのを待って付き合う感じだ。次のエピソードが早く見たくなる衝動も起きない。で、結局、最終話までそのままの流れで終わってしまった。2人が脳内で意識を共有していた理由もほったらかしのまま。そりゃ、ないよ。ドラマの尺としては短い40分前後なので、視聴を続けられることができたが、見なくても良かったと思った。シュールな笑いが散りばめられているので、シンプルにコメディとして見るのが正解か。

治験の舞台となる実験室をはじめとして、出てくる美術やアイテムがユニークなのは面白い点。近未来の設定と思われるが、ドラマで大きな役割を担う人工知能やハイテク機器のデザインが、かなりローテク。おそらく1970年代とかにSFドラマを撮ったら、こんな仕上がりになっていたと思われ、全体的にレトロ感を漂わせている。また、実験室の所長らしき人が日本人(神田瀧夢)だったりするので、会話の一部が日本語で交わされたり、実験室にはなぜか盆栽が置かれたり、治験者が寝る場所がカプセルホテルの形をしていたり、随所に日本らしい光景ががみられる。だから何!?だけど。



次作の「007」の監督が決まったばかりのキャリー・フクナガ。そのネットニュースのコメント欄をみると、日本の「007」ファンは彼が日系人であることばかりに注目し、「007」が「日本」っぽくなるのでは!?なんて憶測が飛び交っているが、その先入観のまま本作を見てしまうと勘違いされるだろう。

「闇の列車、光の旅」以降、彼の映画、ドラマを追いかけ、すっかりファンになっていたが、本作で連続ヒット記録は途絶えた。前作テレビドラマの「TRUE DETECTIVE/二人の刑事」の感動、再び!とはならなかった。ジャンルを縛らず傑作を生み続けてきた、彼ほどの映像作家が、このドラマの完成度で納得したとは到底思えない。また、エマ・ストーンとジョナ・ヒル、2人がそれぞれ演技派として成長して久々の共演だったのに、この仕上がりでは何とも味気ないではないか。

【60点】

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プーと大人になった僕 【感想】

2018-09-27 08:00:00 | 映画


胸が締め付けられるような邦題だ。子どもではいられなくなった僕と、子ども時代と変わらないプーさん。知っているようで知らない原作、その正体は「クマ」ではなく「クマのぬいぐるみ」だったことに気付かされる。ぬいぐるみですら友達だった幼少期を思い返すと、その想像力の象徴がプーさんの存在に思えてくる。難易度の高い実写化と思えたが、本作の描き方はファンタジーとリアルをそのまま繋げることだった。プーさんは主人公にしか見えないものと予想していたので、結構意外だった。ファミリー映画のわかりやすさと、ぬいぐるみを相手にここまでハートウォーミングな冒険劇を作ってしまうディズニー映画はやっぱり手堅い。ユアン・マクレガーがプーさんとの友情をナチュラルに好演。

プーさんの絶妙な萌え加減が素晴らしい。よく聞くとハスキーなオッサン声なのだが、愛らしい外見と、のんびりマイペースな言動がその声にピッタリだ。主人公のクリストファー・ロビンと再会後、昔はあんなに仲良かったのに邪魔者扱いされ「自分はオツムが小さいから、ごめんね」としょんぼりする姿に何度も泣きそうになる。ぬいぐるみなので、実は表情がないキャラクターたちだ。にもかかわらず感情の豊かさに驚かされる。声を演じるジム・カミングスという人は、アニメ版でもプーさんの声を演じているようで、他にも数々のディズニー映画でキャラクターを演じているとのこと。本作では、ハイテンションなティガーも演じており、日本でいう山寺宏一さんのような人なのだろう。

プーさんが赤い風船をねだるシーンがある。主人公は「必要ないだろう」というが、プーさんは「必要ないけど欲しい」と返す。実利と必要性は必ずしも比例しないはずだ。だけど、大人になればなるほど、効用の有無だけで物事の価値を決めがちになる。そして、何事も最短距離を選ぶようになる。「夢はタダでは買えない」はごもっともで、経済活動で生きる立場になれば、必然の考え方だ。但し、子どもたちが生きている世界は違う。子どもに対して「そんなの意味ないだろ」と決め付けてしまう自分を反省する。

「何もしない」ことを「している」プーさんは、主人公と観客に立ち止まることの大切さを教える。舞台は戦後復興の時代、本作で描かれるような仕事過多に対する抵抗は、懸命に働いた当時からすればおそらく綺麗ゴトであり、ワークライフバランスなど、働き方の多様性を問う現代だから描けたように思う。主人公が家族という最優先事項に気付くのは良いとして、「何もしない」から発想を得て、起死回生とされるビジネスプランを提示するクダリは強引すぎてズッコけてしまう。また、子ども時代の想像力を示したことで、ピグレットたちとの友情を取り戻したシーンがあったのに、結局、誰かれ構わず、仲良く共存できる実在物としてキャラクターをまとめたのはつまらない。

予定調和で平凡な物語に帰結した印象も強いが、王道なディズニー映画を大いに楽しんだ。プーさんはめちゃくちゃ可愛かったし、絵本の世界を切り取ったようなロケーションも美しかった。

【65点】

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愛しのアイリーン 【感想】

2018-09-23 08:00:00 | 映画


ノックアウト。しばらく放心。
これほどの熱量をもった映画にはそうお目にかかれず、「カメ止め」と並び2018年の日本映画事件と位置づけたい。あらゆる共感を突き放し、奈落の底へ落っこちていく。愛の形であり、地獄の形を描いた映画だ。地獄映画としては「冷たい熱帯魚」以来の傑作。これまでユーモアとシリアスを対比で魅せていた吉田監督だが、本作では1つの画の中に重ねる。カオスな映像の連続に、笑うよりも圧倒される。絶望を湛えた後半の疾走感と、消化できない余韻。

新潟の農村地帯、42歳童貞男がフィリピンで嫁を買い、その嫁を実家に連れていったことで起こる騒動を描く。

時代設定は明かされていないが、おそらく20年前くらいの話だろうか。現代劇と見るには時代錯誤なシーンが多い。嫁不足に悩む農村の独身男子たちが、貯めたお金を握り締め、東南アジアに嫁選びにいくツアーに参加する。テレ東の「Youは何しに~」で田舎町にいる外国人を探す企画があったが、たいがい日本人と結婚したフィリピン人の女性だったりする。番組内では綺麗にまとめていたけれど、本当は本作で描かれているような金銭が介在した出会いだったのだろうと勝手に勘ぐってしまう。

主人公の岩男は失恋により、フィリピンへの嫁探しツアーに参加する。嫁が欲しい日本人と、お金が欲しいフィリピン人、両者の合意がとれていれば何ら問題のない話。が、相手のアイリーンは年の離れた若い女子。体ではなく愛を買う結婚であるが、やっぱりみっともなくて恥ずかしい。岩男は実家暮らしだ。同居する母親にとって岩男は1人息子、岩男への溺愛ぶりが実に気持ち悪い。夜な夜な自慰行為に耽る岩男の姿を覗いて安堵する様子に寒気が走る。

嫁と幸せになりたい岩男、夢見る少女のアイリーン、岩男への母性が止まらない母親。この三者による愛憎劇が展開する。

童貞の岩男はバリバリの欲求不満、初夜でアイリーンの体を欲するも拒否られ、ふて腐れる顔が無様だ。まずは愛よりも欲求不満の解消なのだ。一方のアイリーンはまだ10代のようで男性経験もなし。フィリピンの実家へのの経済援助のために結婚したことは承知しているものの、岩男を受け入れられないでいる。彼女は彼女で往生際が悪い。そして、岩男の母親だ。岩男への偏愛もさることながら、外国人(特にアジア人)であるアイリーンに対して差別と偏見の目を注ぐ。面と向かって「虫ケラ」と呼び、一方的に憎悪を募らす。そして岩男をだましてアイリーンをどうにかして排除しようと画策する。

目の当たりにするのは人間の醜態だ。まったく理解できなものの、それが特異な異常性ではなく、人間の普遍的な本能が歪んだ形とみる。愛し愛されることを欲する人間の本能はエゴイスティックなもので、本作の場合、三者の思いがかみ合うことなく、ぶつかり合い摩れ合う。その状況を、ときにエロティックに、ときに暴力的に、ときにエモーショナルに描き出していく。発せられる摩擦熱は火傷するほどに熱い。唯一、岩男とアイリーンが「死」を目前にした状況下で、純粋な愛情関係を築く場面がある。その幸福の頂きに達した直後、想像もできなかった崖が待ち受け、2人はひたすら転がり落ちていく。なんて残酷なのだろう。そんな局面でもユーモアを差し込むのが吉田監督の味付けだ。下ネタ全開の常軌を逸したシーンに、男性客の大きな笑い声が劇場に響くものの、自分は全く笑えなかった。ユーモアの向こう側にシリアスな感情が透けて見えるからだ。その逆も然りで、感情の行き場がなくなる感覚が新鮮だった。

主人公の岩男を演じるのは安田顕。幅広いメディアと作品で活躍する俳優であり、演技力は証明済み。自分の印象では、その巧さゆえ、演じる役の顔をした安田顕だった。だけど、本作での彼は「岩男」の顔をした「岩男」であり、安田顕という俳優の顔はまったく見えなかった。生来よりしみつく垢ぬけなさ、女性を知らない男の臭気、どの角度からも隙間なく、岩男の恥部が曝け出される。アイリーンを演じたナッツ・シトイは、フィリピンでは名の知れた女優さんらしい。後半、畳みかけるような感情の爆発を見事にコントロールしていて、その演技力に驚かされた。そして、母親役を演じた木野花の破壊力。ケンミンショーで青森自慢をしているイメージしかなかったが、本作で彼女が体現したのは、地獄にいる「鬼」そのもの。岩男への深い愛情と執着心、それゆえの狂気が恐ろしくて憎たらしい。凄まじい怪演だ。パンフレットで、撮影の裏側ではナッツ・シトイと仲が良かったというエピソードを知って、どれだけ嬉しかったことか。ほか、隠れた「病気」女子を演じた河井青葉、セクハラをまき散らすオッサンを演じる古賀シュウ、嫁買いツアーの仲介屋をリアルに演じた田中要次など、脇役を固めるキャストの好演も素晴らしかった。監督の演出力も多分にあると思う。

とにかく行き切った映画のため、賛否は全く分かれそうな映画だが、自分は堪らなくこの映画が好きだ。

【85点】

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ザ・プレデター 【感想】

2018-09-22 08:00:00 | 映画


この映画、シェーン・ブラックだったのね。プレデターの続編というだけで見たけど、彼のエンドクレジットに合点がいって、思わず手を叩きそうになった。これまでのシリーズにはないオマージュとブラックユーモアのオンパレード。「ウーピー・ゴールドバーグ」って(確かに!笑)。監督のクセが濃ゆい続編となったが、これくらいイジってくれたら違和感を通り越して痛快だ。かといって、着地を大きく外すことはなく、プレデターvs人間のガチンコバトルはきちんと熱い。こういうプレデターも全然ありだ。

映画はパート2の続きの位置づけで、1997年、地球に襲来したプレデターが現代の地球に再び襲来するという話。パート2のストーリーを引き継いでいるような内容も含まれるため、復習をしておいたほうが良かったかも。パート2では市街地でプレデターが暴れ周ったので、その存在は織り込み住み。政府によってプレデターが地球に残した遺産は研究されており、プレデターに対する危機管理もなされている。「おお、きたか」という政府の反応だ。

しかし、案の定、プレデターの戦闘能力は想定の範囲を超えており、あっという間に人間たちを駆逐していく。破壊力あるビーム光線と切れ味鋭い刃で、「グシャグシャ」「スパスパ」と人体をいとも簡単に肉片にする。このスプラッター感が「プレデター」だ。今回のプレデターが地球にやってきた動機や、プレデターと戦うことになる人間チームのメンバー構成はひねりがあって、面白いとするか、余計とするか、シリーズファンの評価は分かれそうな気がする。自分は前者。

おそらくシリーズファンが求めているのは、パート1の原風景だろう。全盛期のマッチョなシュワちゃんが己の肉体1つで、強大な敵とタイマンを張る。ストーリーもシンプルで「バトルアクション」以外の表現は思いつかない。そして確かにパート1が1番面白い。パート1にキャストとして出演していたシェーン・ブラックは観客が求めるシリーズの魅力もわかっていたはずだ。それでも監督は、自身の作家性を信じて突っ走る。安いB級映画になり下がるリスクを負う。

負け組たちで構成される人間チームの笑いのかましあいは、笑えるユーモアも多分にあるが、だるいシーンのほうが多い。登場キャラが多い分、それぞれにスポットを当てるので散漫になりリズムが停滞するからだ。終盤のバトルでようやく各キャラクターを配置した真価が表れる。誰を殺そうがお構いなしの展開。人間の死を笑いに転換する不謹慎さ、シェーン・ブラック節が炸裂する。同時に主人公とトンプレイ君の親子愛をエネルギーに、プレデターにガチンコの戦いを挑む。笑いとスリルの波状攻撃が楽しい。

プレデターの番犬の扱いなど、ツッコミどころも多く粗さも目立つ内容だが、シリーズの醍醐味であるバトルアクションは非常によく練られていて、「プレデターを見た」という満足感に浸れた。

【65点】
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1987、ある闘いの真実 【感想】

2018-09-21 08:00:00 | 映画


正義のリレーと勝利のゴールに全身が打ち震える。
ラストシーンを見届ける劇場で、嗚咽して泣く人の声を初めて聞いた。そのリアクションも納得の映画だ。演者たちを含めた製作陣の魂が篭った一本。韓国映画の凄み。

1987年。あのソウルオリンピックが開催された1年前、韓国全土で起こった民主化闘争を描く。

国家権力vs国民。

今から30年前に、お隣の韓国でこんな大きな出来事があったなんて全く知らなかった。まさに衝撃の事実。韓国にも存在していた「アカ狩り」。北の分子を取り締まる「対共捜査所」(対共)という警察組織が国民を統制していた時代。戦時中の日本の憲兵を彷彿とさせる。その対共によってスパイの疑いをかけられた罪なき学生が拷問のうえ、殺される事件が発生。闇に葬ろうとする対共に対し、1人の検事が噛み付く。その不敵さが痛快で、この検事が主人公となって物語を牽引するのだろうと冒頭から前のめりになる。

しかし、その後、検事は早い段階で途中退場する。正義の火はそこで絶えると思いきや、検事が最後に残した証拠がジャーナリストの手に渡る。また、別の舞台でも同時進行で対共による不法統制を暴く動きが発生する。刑務所の看守、学生運動家、報道メディアなど、様々な人たちの手を経由して、正義の火が繋がれていく。武器は「真実」。暴力による圧制が執拗に付きまとう状況下、今の韓国の民主化が、権力を持たない市井の勇気によってなされたことに驚かされる。当時の韓国には数多の英雄たちがいたのだ。

対共は独立した組織のように見えるが、大統領を筆頭とする独裁政権の支配下にあり、軍部を含め、国ぐるみで自国民たちを圧している。国民を守るべき国家組織がいない状況が恐ろしい。主人公なきヒーローを描いた本作において、最初から最後まで物語の中心にいるのが、対共の所長である。その男の非情さに何度も激しい憤りを覚える。本作におけるヒールであることに間違いないが、この男の個性が印象的だ。脱北者であり、幼少期に「地獄」を経験している。汚職にまみれ、利権と私腹を肥やす警察組織の人間を忌み嫌う。過剰で罪のない人間を虐げる「アカ狩り」は彼なりの大義があってのことだ。完全に間違っているが。

目を見張るのは、韓国映画を支える実力派俳優たちの豪華共演。中でも圧倒的な存在感を見せるのが、所長演じるキム・ユンソクだ。本作の実質的な主演といってよいだろう。彼自身、大学生のときに身近で経験した事件のようで、本作に賭ける思いは強かったに違いない。単なる怪演に留まらず、闇を抱え狂気に駆られる男を重厚感たっぷりに演じた。その所長に相対する検事役にはハ・ジョンウで、「チェイサー」「哀しき獣」に続き、再び、キム・ユンソクと対立するキャラクターを演じる。2人はもはやゴールデンコンビだ。ほか、所長の右腕で「とかげのしっぽ」となる班長演じたパク・ヘスンや、「ザ・一般人」の象徴的存在となるユ・ヘジンの熱演も素晴らしい。

史実に敬意を表した社会派ドラマでありながら、エンタメ映画としても楽しめる映画だ。ラストのカタルシスが凄まじい。激動の時代に観客を放り込むような迫力のスケールと、正義を信じて戦った人々の熱き躍動をダイナミックに活写する。物語を追いながら、激しく怒り、激しく感動する。感情のジェットコースターのような映画でもある。ただ、作り手の熱量が演出面に入り込み過ぎている場面もあって、1つ1つのキャラクターの反応が過剰気味なのは少し気になるところ。もう少し客観的に静観しても良かったかもしれない。また、キーマンになると思われた民主化運動家は名優ソル・ギョングが演じたものの、物語にもっと機能させてもよかったと思う。

渾身の映画という表現が相応しい力作。日本でもこのぐらいの実話テーマはいくらでもあるだろうに、最近めっきり作られなくなってしまった。韓国映画との力の差が一層、開いてしまった切なさと、こういう映画がちゃんとヒットしてしまう韓国映画市場が羨ましく思える。

【75点】

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オザークへようこそ シーズン1 【感想】

2018-09-20 23:00:00 | 海外ドラマ


海外でのレビューがイマイチなので後回しにしていた海外ドラマ「オザークへようこそ」。
シーズン2がリリースされたので、追っかけでシーズン1から見ることにした。

全10話。
う~ん、及第点。

ネット検索すると「ブレイキング・バッド」と比較するサイトがあったけれど、作品の完成度は雲泥の差かな。。。

表の顔は一般人を相手にする金融アドバイザー、裏の顔はメキシコの麻薬カルテルから資金洗浄を請け負う男と、その一家の物語。

主人公のビジネスパートナーだった男が、カルテルの金をちょろまかしたことで、主人公が巻き添えを食うことになる。疑わしきは罰し、見せしめに人殺しも厭わないカルテルにとって、主人公が無実であるかなんて関係なし。カルテルに殺されるすんでで、ギリギリ生き永らえる。すべてはカルテルと組んだことが運の尽きだ。

主人公の武器は、高い専門性をもった金融知識とビジネススキル。彼が殺されるのを逃れたのは、その能力をカルテルのボスに買われているからだ。カルテルのボスに対して、理不尽な「貸し」を作ることになり、命と引き換えに課せられた膨大な資金洗浄をこなすため、ミズーリ州にある「オザーク」という場所に引っ越すことになる。

「オザークへようこそ」という意味深なタイトルのとおり、オザークで待ち受ける「生態系」が主人公の資金洗浄活動に多大な影響を与える。何もない人工湖に面した田舎町は産業らしい産業はなく、夏場の観光客で賑わうくらいの場所。資金洗浄の隠れみのにするため「会社」探しに奔走、地元の小悪党一家に絡まれながらも一段落したと思ったら、今度は土着のギャングに目を付けられる。資金洗浄だけでも大変な仕事なのに、様々な障害が立ちはだかる。

シカゴで何不自由なく暮らしていた家族がいきなり、何の縁もない田舎に引っ越すわけだ。思春期の女の子と、小学生くらいの男の子がいる4人家族。主人公の奥さんは、資金洗浄の仕事を当初から知っている。子どもたちには当然隠していたものの、オザークへの引越しを理解してもらうために、仕方なくその事実を明かすことになる。資金洗浄とカルテルとの繋がりは家族全員の周知となっていて、この設定が本作のユニークなポイントだ。「一家の力で難局を乗り切ろう!」、そんなドラマのスローガンだろうか。人手が足りないため、子どもたちを巻き込み、札束の山をラッピングする画がとても可笑しい。

脚本や演出云々の前に、本作を見て物足りないと思うのは、主人公が常に「受け身」であるということ。カルテルに追われる立場上、ある程度仕方のないことだが、カルテルやギャングとの絡みだけでなく、降りかかってくるあらゆる難題に対して、あの手この手で切り抜けることに終始する。その都度、彼のビジネスマンとしての能力が発揮されるわけだが、変化のないドラマの構図がつまらない。10話中7話目までは課せられたノルマを達成することに費やすのもやや退屈。神ドラ「ブレイキング・バッド」のなかでも一番つまらないシーズン1ですら、最後に主人公が己の力を誇示して「帝国」の始まりを予感させた。

主人公を演じるのは、近年、映画界での活躍が目覚ましいジェイソン・ベイトマン。周りに振り回されるノーマル人間が本作でも似合う。凄腕の金融マンだけではなく、子ども想いの良き父親を好演。確か、第1話と第10話でこのドラマの監督もしていたと思う。奥さんを演じるのは、これまた映画でのイメージが強いローラ・リニー。演技派の彼女は本作で主人公に「ビッチ!ビッチ!」と言われまくる。2人の夫婦関係は歪んでいて、子どもを育てるパートナーとして割り切る。この2人の関係性も面白い。他のキャラクターは正直魅力不足。ドラマのなかで需要な役割を果たす地元小悪党一家の「ルース」演じるジュリア・ガーナーは、小娘感が強すぎて不良な役があまり似合わない。この前見たばかりの「ジ・アメリカンズ」にも出演していた彼女、演技はとても巧いんだけれど、もっと適役の俳優がいたと思う。あと、「第三」の敵として脅威になるべきFBIだが、一家に接近する捜査官の存在感が薄い。ドSのゲイという変わった個性を持たせているが、普通に地味だ。

冒頭のタイトルクレジットで表示される4つのイラストが、エピソードで登場するアイテムを暗示していて、この答え合わせは毎回もれなく面白かった。全編、青みがかった冷淡な色調も好みだ。

第8話で、10年前にさかのぼり主人公と奥さんがカルテルと付き合う経緯が描かれるが、時系列がごちゃごちゃでわかりづらく、せっかくの面白い話が勿体ない。クライマックスとなる最終話は、展開が雑すぎて、次シーズンへの期待よりも不安が先立つ。

つまらなくはなく、見ていて普通に面白いレベルだけれど、数あるNETFLIXコンテンツの中では優先順位は低くなった。シーズン2の視聴までは少し足踏みしそうだ。

【65点】



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第70回エミー賞が発表された件。

2018-09-18 23:00:00 | 海外ドラマ


日本時間の本日9月18日、第70回エミー賞の授賞式が行われた。海外ドラマウォッチャーとしては、見逃すことのできないイベントとなっているが、昨年に続き、今年も生中継で見ることができなかった。今年はHuluでも放送していたらしい。たまにはやるじゃん、Hulu!

今年も動画配信のドラマが多くノミネートされていた。
主要部門の受賞結果は以下のとおり。

 【作品賞】
  「ゲーム・オブ・スローンズ(第七章)」

 【監督賞】
  スティーブン・ダルドリー「ザ・クラウン(シーズン2)」

 【主演男優賞】
  マシュー・リス(祝! )「ジ・アメリカンズ(シーズン6)」

 【主演女優賞】
  クレア・フォイ 「ザ・クラウン(シーズン2)」

 【助演男優賞】
  ピーター・ディンクレイジ 「ゲーム・オブ・スローンズ(第七章)」

 【助演女優賞】
  ダンディ・ニュートン 「ウェストワールド(シーズン2)」

 【脚本賞】
  ジョエル・フィールズ、ジョー・ウェイスパーグ 「ジ・アメリカンズ(最終話「スタート」)」

 【リミテッド・ドラマ 作品賞】
  「アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺」

 【リミテッド・ドラマ 主演男優賞】
  ダレン・クリス(祝! ) 「アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺」

 【リミテッド・ドラマ 主演女優賞】
  レジーナ・キング 「運命の7秒」

他、コメディ部門等を含めた受賞数でいうと、HBOとNetflixが23部門で並んでトップだったらしい。相変わらずNetflixの存在感強し。
昨年はHulu製作の「ハンドメイズ・テイル」のシーズン1が主要部門の5つを獲得する旋風を巻き起こしたが、今年もシーズン2でノミネートされるも無冠で終わった模様。

作品賞は「ゲーム・オブ・スローンズ」(GOT)で納得。個人的にも昨年のベスト1ドラマだった。助演男優賞のピーター・ディンクレイジ、それほど彼が印象に残ったシーンはなかったのだけれど、GOTにおける彼の役割の大きさと安定感が評価されたのだろうか。最終章のリリースは今年は間に合わず、来年になったのは残念。待ちます!!

主演男優賞は「ジ・アメリカンズ」のマシュー・リス。最終シーズンでようやくの受賞、おめでとう!相方のケリー・ラッセルは受賞を逃したが、彼が獲ってくれたのは本当に良かった。物語の終わりを告げる、「スタン」への告白シーンが今でも脳裏に残る。自分は吹替で見たので、字幕で最終話を見返したいと思う。あと、「ジ・アメリカンズ」は脚本賞も受賞。エミー賞の脚本賞の面白い点は、ドラマ単位ではなく、エピソード単位であるということ。脚本賞を受賞するエピソードは「神回」である証明。今回の受賞エピソードはこのドラマの最終話。終わりなのに「スタート」というタイトルもカッコよかった。

昨年、「ハンドメイズ・テイル」に主要部門を持ってかれた、「ザ・クラウン」はシーズン2で見事、リベンジを果たした。監督賞と主演女優賞を獲得。ネットフリックスドラマだが、触手が伸びずまだ見ていません。。。主演のクレア・フォイは、「ドラゴン・タトゥーの女」の新たなヒロイン、そして、最注目映画「ファースト・マン」でも主人公の妻役を演じており、映画界でも今後大活躍しそう。

何かと傑作の多いリミテッド・ドラマ部門。「glee」で心臓をわしづかみにしたブレインこと、ダレン・クリスが主演男優賞を受賞。本当にうれしいです。彼が主演した「アメリカン・クライム・ストーリー」のプロデューサーは「glee」と同じ、ライアンー・マーフィであり、この縁を考えると一層感慨深い。「glee」のキャストのなかで今でもテレビ界や映画化で活躍しているのは、メリッサ・ブノワやブレイク・ジェンナーくらいで寂しかったところ。主要キャストのなかで、ダレン・クリスの活躍を一番願っていた。あと、「アメリカン・クライム・ストーリー」は作品賞も受賞しており、前作の「O・J・シンプソン事件」も2年前のエミー賞で同賞を受賞。これ、何げに凄い快挙だと思う。今回の「ヴェルサーチ暗殺」は日本ではスターチャンネルでしか見ることができず、一挙放送もしてくれなかったので、見ないまま放送が終了してしまった(ほかにスターチャンネルで見たかったドラマもなかったし)。年内までにどっかでリリースしてくれないかな。。。



ゲーム・オブ・スローンズ 第七章 【感想】

ジ・アメリカンズ シーズン6 【感想】
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ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男 【感想】

2018-09-17 08:00:00 | 映画


DVDスルーにならず安堵。ラストに胸が熱くなる。
ボルグとマッケンロー、1980年代、テニス界の人気をけん引した2人のスタープレイヤーが、グランドスラムの決勝で初めて対峙した試合を描く。リアルタイムで2人の試合を見たことはないけれど、テニスをかじっていたので、名前だけは何度も聞いたことがある。後で知ったことだが、本作で描かれるウィンブルドンの決勝戦は伝説的な熱戦として語り継がれているらしい。

「北欧の冷血とNYの悪童」。3歳違いでほぼ同世代だが、何もかもが対照的な2人だ。ストローク戦を得意とし、試合中どんな局面でも冷静沈着なボルグに対し、ボレーを得意とし、試合中、調子が悪くなると審判を批判し、周りに悪態を吐き散らかすマッケンロー。端正なルックスと垢ぬけないブサメン。コートの外に出ても紳士であるボルグは、ファンに対して神対応をみせる。好かれ者と嫌われ者であり、スポーツにおいてドラマになりやすい2人の個性だ。

映画も対極にある2人の構図を明確に打ち出しており、静寂と喧噪のシーンを2人のパートで出し分けている。邦題の「氷の男と炎の男」から、素直に「氷→ボルグ」「炎→マッケンロー」と位置付けるが、次第にその逆の風景が見えてくるのが、本作の面白いところだ。

明らかになるボルグの知られざる過去。彼がどのようにして現在(当時)のプレイスタイルに行き着いたのか。驚かされたと同時に、2人の巡り合わせに運命的なもの感じる。ボルグは「休火山」であり、内側にマグマのような感情を秘めている。恐れや怒りを体内にため込み、試合中の一打にそれを放出する。一方のマッケンローは、内側にたまった感情を外にそのまま吐き出すことで集中力に転換させている。ボルグはそんなマッケンローの稀有な才能を早々に見抜く。試合前の様子は逆であり、神経質になり周りの人間に当たるボルグに対し、1人静かに部屋に籠ってイメトレをするマッケンロー。互いの2面性をそれぞれが持ち合わす。

もう1つ印象的だったのは、頂点に立つ人間の孤独だ。舞台となる試合は、ボルグの5連覇がかかった試合でもあった。圧倒的王者であるボルグに対して、まだタイトルを獲ったことのない挑戦者のマッケンローである。追う者と追われる者。世界中のトップ選手が一同に集まるグランドスラムで勝ち続けることがどれだけの離れ業か。上には誰もいなく、空を掴む思いで試合に挑み、勝利しなければならない王者の使命は、計り知れないプレッシャーを伴う。ボルグがそうであるように「何も変えない」ルーティンに囚われるスポーツマンの動機を垣間見る。

試合は白熱する。なるほど、伝説といわれるワケである。テニスは肉体と精神の競技であることをまざまざと見せつける迫力の描写だ。負けたら終わりのトーナメントで優勝は奇跡に近いものだ。テニスのアクションシーンよりも2人の表情を追うショットが続く。個人的には、もっと俯瞰のショットでテニスのダイナミズムを感じたかったが、これは監督の明らかな狙いだろう。

マッケンローの動と静を見事に表現した、シャイア・ラブーフの熱演が素晴らしい。彼自身、ハリウッドのトラブルメーカーとして恥ずかしい過去をもっているだけに、本作のマッケンローとシンクロする場面があったと想像する。ラストの2人の再会シーン、生涯の友情の始まりを見届け、熱いものがこみ上げてきた。

劇場公開してくれた配給会社と興行会社に感謝。

【70点】

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アントマン&ワスプ 【感想】

2018-09-16 08:00:00 | 映画


MCUの戦闘疲れから息抜き。アントマン、やっぱ好き。ライトなノリと、チャーミングなユーモア。MCUだけでなく、DCを含め、多くのアメコミ映画がリリースされるなか、凡人がヒーローになってしまう個性はまさに異色だ。
描かれるのは、ついこの間、大変な戦争をしていた「インフィニティウォー」の間、アントマンが別の場所で活躍していた事件である。これがまたスケールの小さい話で、「インフィニティウォー」とのギャップに笑えてしまう。悪モノなきストーリーであり、アントマンらを含めた3者による「ラボ」の争奪戦に終始する。この脱力感が「アントマン」の魅力であり、続編となる本作も無条件に楽しい映画になっている。
前作から「シビル・ウォー」を経て、「縮小」から「サイズチェンジ」へと進化。蟻さんたちとの共闘が少なくなったのは残念な一方、アクションの幅が広がって自由度がアップ。描けることが多くなったアドバンテージを観客を楽しませることに転化する。今回、サイズチェンジの主人公らに対抗するのは「透明」。ワスプとの連携プレーを含め、創造性あふれるアクションシーンの連続に何度も唸らされる。そして、スリルよりも笑いを優先、大いに結構だ。
中盤、ゴーストの説明シーンなど多少の中だるみ感はあり。その日のコンディションもあって少々眠気が襲う。何でもアリの「量子の世界」の描き方は都合良すぎで、本来ツッコんでしまう部分だが、本作においては半分ジョークみたいなもので流せる。前作同様、スコットの1人娘の愛くるしさに癒され(前作から歯が生えてる ^-^ )、親友ルイスを演じたマイケル・ペーニャの天然系パフォーマンスに笑う。ヒーローかつ「良きパパ」のポール・ラッドはやはりハマり役だ。
エンドロールで「アントマン」が「インフニティウォー」に合流することを示唆する。楽しみな反面、シリアス方面に向かうのかと残念な気もする。
【70点】

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2018年ベネチア国際映画祭の受賞結果で思ったこと。

2018-09-12 23:00:00 | 映画


日本時間のおととい、今年のベネチア国際映画祭が閉幕した。世界三大映画祭のなかでも、個人的に最も親和性の高い映画祭だ。他の映画祭に比べ、とっつきやすいアメリカやイギリス映画が評価されることが多く、馴染みある映画人の作品がコンペ部門に出されることも多い。最近だと、去年の最高賞が「シェイプ・オブ・ウォター」だったり、一昨年の女優賞が「ラ・ラ・ランド」のエマ・ストーンだったりと、その受賞結果がアカデミー賞とかぶるので、毎年、その動向に注目している。 

で、今年の受賞結果は以下のとおり。

金獅子賞(最高賞):「ROMA」(アルフォンソ・キュアロン監督)
銀獅子賞(審査員大賞):「女王陛下のお気に入り」(ヨルゴス・ランティモス監督)
銀獅子賞(監督賞):「The Sisters Brothers」(ジャック・オディアール監督)
女優賞:オリヴィア・コールマン 「女王陛下のお気に入り」
男優賞:ウィレム・デフォー 「At Eternity's Gate」
脚本賞:「The Ballad of Buster Scruggs」(ジョエル&イーサン・コーエン)
審査員特別賞:「The Nightingale」(ジェニファー・ケント監督)
マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人賞):バイカリ・ガナムバル 「The Nightingale」

まずはナント言っても、アルフォンソ・キュアロンの待望の新作が最高賞を受賞したこと。彼の新作を首を長くして待っていたが、全編モノクロ、母国メキシコに戻って撮影した原点回帰のような映画だ。映画祭の今年の審査委員長は、彼の盟友ギレルモ・デル・トロであり、開催時の記者会見時、キュアロンの新作を指され「(同郷贔屓せず)公平にジャッジする」と言っていたが、最高賞にキュアロンの映画を選ぶ結果となった。選考は審査員の満場一致だったらしい。実際に映画祭で見た人のアーリーレビューも絶賛ばかりで、紛れもない傑作のようだ。

そして、この映画がNetflix製作であるということが歴史的な出来事だ。動画配信サービスの映画ということでカンヌ映画祭から締め出されたばかりだった。まあ、Netflixの偉業というより、Netflixがキュアロンのような偉大な映画人を口説き落としたことがすごいというべきか。キャリー・フクナガ(「マニアック」が楽しみ!)もそうだったように、広く自分の映画を見て欲しいという映画人の意向と、Netflixの意向が合致した模様だ。おそらく、アカデミー賞の作品賞にもノミネートされる、始めての動画配信映画になると予想される。もはや視聴形態で映画を区別する時代は終わった。

配信予定日は12月14日とのこと。自宅のテレビをつければ、いつでも見られることになる。ただし、この映画についてはドラマ映画であるものの、是非とも劇場で見たいものだ。Netflixには、日本の興行会社と巧く共存してほしい。

他の受賞作品の顔ぶれもとても興味深い。「ロブスター」「聖なる鹿殺し」など変態(?)映画を生み出してきたヨルゴス・ランティモス、豪華女優陣を揃えた時代劇「女王陛下のお気に入り」が大賞と女優賞を獲得、オリヴィア・コールマンはアカデミー賞の本戦にも候補入りしそう。「At Eternity's Gate」はジュリアン・シュナーベルが描くゴッホってめちゃくちゃ相性が良さそうだし、ゴッホ演じたウィレム・デフォーのパフォーマンスも気になる。西部劇をオムニバス形式で撮ったコーエン兄弟の新作も気になるし、「ババドック」で注目したジェニファー・ケント監督の新作「The Nightingale」も気になる。

いずれも日本公開はまだまだ先になりそう。
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SUNNY 強い気持ち・強い愛 【感想】

2018-09-12 22:00:00 | 映画


「女子高生を中心に日本が回っていた」1990年代後半。韓国のオリジナルを日本のコギャル時代に置き換える、それだけ聞けば面白そうなリメイク。意外にもオリジナルの要素をほぼ踏襲していて逆に驚いた。ほぼ同世代であるものの、懐かしさよりも恥ずかしさ。女子高生たちがわちゃわちゃ友情を育む様子、オジさんは恥ずかしくて直視できません(笑)。当時流行ったJポップを前面に押し出し、その背景でキャラクターたちを動かす様子はMVのように見えシラける場面も多いが、過去と未来が抱き合うファンタジーを加えたのは見事。平成の最後の年に本作が公開されたことは感慨深い。

公開初日の夜の回、座席が3割くらいしか埋まっていなくて驚く。この空き具合は、全国規模の映画では久しぶりだ。前の週に見た「銀魂2」とはエラい違い。おそらくターゲットが狭いと思われる。ひと昔前の「コギャル」に関心を持つほど、若い客層は寛容ではないのでは?実際、映画の内容も普遍性よりも当時のカルチャーを懐かしむ作りになっている。その時代を知る自分が見てもしっくり来なかった。ターゲットの真ん中にあたる、30代40代の女性は、映画館から離れているって何かの調査結果で見た気がするし。。。

「トレンディドラマ」が一斉風靡し、その象徴的存在である「ロンバケ」の主題歌「LA・LA LOVE SONG」から回想シーンが始まる(今思うとチャゼルの「ラ・ラ・ランド」と同じ名づけなのかな)。今さら感の強いフラッシュモブで女子高生たちが踊る。これが、バラバラでカッコよくない。メロディアスな音楽とダンスって相性が悪いのかも。期待よりも不安が募る出だしだ。

キャラクターやストーリーはオリジナルのままだ。主人公の顔芸、美貌が際立つメンバーと主人公の関係、仲良しグループが解散に至った経緯、明暗が分かれた人生、初恋相手との再会の様子、大人になったメンバーのダンスなど、印象深いシーンはそのまま踏襲されている。大根監督のオリジナルへの強い愛を感じる。最大の脚色は1990年代のコギャル文化に舞台を置き換えたこと。主人公が阪神淡路大震災の影響で都会に越してきたという設定が巧くハマる。

ルーズソックス、プリクラ、スピード、エンコー、ブルセラなど、時代の流行語をふんだんに盛り込む。当時、自分は男子校に通っていたため、ほぼ関わりのなかった風景だが、渋谷に出れば、同じ格好をした女子高生たちで溢れていたのを思い出す。大人になった主人子らが当時の自分たちを振り返るように、とにかく当時の女子高生たちはうるさかった(笑)。手元のコミュニケーション空間に没頭する今と違って、当時の女子高生たちは友達と会って騒いでなんぼの遊び方だった。映画を通して再現される、当時の女子高生たちの騒ぎをみても、自分は恥ずかしくなるばかりだ。本作に出演する若い女優陣が生まれる前の話、彼女たちはどんな気持ちで演じていたのか、気になる。

当時の女子高生たちが熱狂していた音楽といえば、小室ブランドだ。なので、本作の音楽を当事者である小室哲哉に発注したのは的確な判断だが、大根監督のアイデアというより、川村プロデューサーの意向が強かったと察する。TVドラマを含め、大根作品を見る限り、彼の趣味ではなさそうだし。逆に、副題のオザケンのチョイスは大根監督の趣味が濃そうだ。さすがに100%小室音楽ではないが、劇中の音楽はすべて当時流行った音楽で取り揃えられる。ここはオリジナルとの大きな違い。国産の音楽ではなく、洋楽を選んだオリジナルは、聴きなれた音楽として物語を邪魔することはなかった。本作の場合、一時の国産音楽に限定される。そして、その音楽をキャラクターたちよりも前面に出す。音楽を聞かせるためのミュージックビデオのようで寒い。

サニーの仲良しグループのなかで、池田エライザの存在感が浮く(彼女自身は素晴らしい)。彼女はまだ22歳で、他キャストとの年齢差はそれほどないのだが、身長差によって常にメンバーを見下ろしている。大人びたルックスも手伝い、同級生というより彼女たちを見守るお姉さんのようだ。突出した美貌により女子高生姿が1人だけ際立つ。彼女の『だっさ』が自覚なきM心を刺激する。実際に雑誌モデルという設定だが、にしても他メンバーとの外見の高低差が終始気になった。彼女は単体で画になる人だと思う。篠原涼子をはじめ、女優陣はみな好演だが、コメディ枠の脇役に徹した小池栄子、渡辺直美らの巧さも見逃せない。

オリジナルからの脚色はもう1つ。過去と未来のキャラクターを繋げたことだ。当時の彼女たちなくして、現在の彼女たちはいないわけで、未来の自分が過去の自分の悲しみに寄り添い、過去の自分が未来の自分の肩を後押しする。その象徴的シーンとして描かれるラストのダンスシーンに高揚する。当時、文化系な友人たちがこぞって聞いていたオザケンの曲。自分は嫌いだったけど、ダンスとのシンクロも素晴らしく、「名曲じゃないか」と感じ入ってしまった。

【60点】
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ジ・アメリカンズ シーズン6 【感想】

2018-09-07 23:00:00 | 海外ドラマ


先日、Netflixの値上げが報じられた。ファンとしては200円程度の値上げなど痛くも痒くもなく、今後もこのペースでコンテンツを供給してくれるのならば歓迎するほどだ。自分だけでなく他の家族もそれぞれお気に入りのコンテンツを視聴しているのも大きい。Netflixのオリジナル作品だけでなく、これまで見たくても見られなかった映像コンテンツを惜しみなく配信するスタイルは、業界に新たな歴史を作ったといってよい。そして、その最たる例が、海外ドラマ「ジ・アメリカンズ」だ。

最終シーズンとなるシーズン6の最終話が北米で終了してから、わずか3ヶ月足らずで配信をスタート(早い!)。全話一挙配信は勿論のこと、日本語吹き替えも実装済み。いつものとおり何の予告もなく、「今日から見られますので~」の案内メールを見て驚かされる。

で、全10話を見終わったので感想を残す。

いよいよ決着がついた。

最終シーズンにしてはボリューム不足を感じたが、納得の結末であり、何より、主人公らにとって最良の選択だったことが素晴らしい。
第9話と第10話が、これまでのシーズンを通して最も濃密かつスリリング。シビれた。

シーズン5は、これまでのシーズンのなかで最もつまらなく、自分も感想を残すことを忘れていた。無駄にスリルを作って中身のないドラマは好きじゃないが、それにしても前シーズンはおとなしすぎた。このパターンだと次シーズンへの期待はもてないが、本シーズンが最終となることはわかっていたため、あらゆる問題に決着がつくものと楽しみにしていた。

前シーズンから3年が経過した設定だ。映画「スリーメン&ベビー」が公開中ということから、1987年らしい。ソ連では「ペレストロイカ」で有名なゴルバチョフの台頭により、民主化に大きく傾く激動の時期を迎える。冷戦の終結は1989年なので、冷戦の産物である「潜伏スパイ」主人公らの存在意義が問われることに繋がっていく。



3年も経過しているので、フィリップ家族にも大きな変化があった。なんとフィリップがスパイから足を洗い、旅行代理店の家業に専念していた。ところが、この3年間で職場の規模を大きくしたものの、顧客が離れ、経営難に陥ることになる。まあ冷静に考えると、スパイ活動の片手間でやっていた頃が順調だったというのが無理があるというもの。このあたりはファンタジーだ。

一方のエリザベスは変わらず諜報活動を続ける。「穏健派」のフィリップに対してエリザベスは「武闘派」。ミッションに支障をきたすと判断すれば、迷いなく目の前の人間を殺す。その非情ぶりは、これまでのシーズンになかったほどだ。フィリップというストッパーがなくなったことが大きい。また、彼女1人が背負う仕事が増え、同時に難易度も高くなるばかり。失敗も増え、疲れとストレスが彼女を精神的に追い込んでいくように見える。



フィリップと入れ替わる形で、長女のペイジがエリザベスの諜報活動に加担する。親心か、リスクの高い役割を与えないものの、これほどまで直接的に関わるとは思わなかった。おとなしかったはずのペイジが激情に任せ、男子相手に暴力を振るうシーンもあり、エリザベスのDNAを感じさせる。弟のヘンリーは、実家を離れ、高校(?)の寮生活をおくる。2人ともまだ幼い顔立ちで、前シーズンから撮影期間が短かったせいか、3年後という設定がしっくり来ないのは惜しい。

ゴルバチョッフの台頭により、ソ連が民主化へと大きく変わろうとする時代。祖国ソ連の正義を疑うことのなかったエリザベスは、これまで手段を選ばず、アメリカでの諜報活動を続けてきた。すべては、ソ連と世界の平和のためだ。ところが、本シーズンで、その信念が揺らぎ、ついに崩壊する。アメリカで家族を作り、20年以上、暮らしてきた彼らは、民主主義がもたらす幸福を知っている。ソ連の未来はゴルバチョッフにかかっていたが、それを良しとしない、旧体制の存在があり、エリザベスは「利用」されていたことに気づく。彼女がはじめて、本部の命令に背き、自身の判断で「ミッション」を遂行する。地味なシーンだが積もりに積もった鬱憤が晴れ、強いカタルシスを感じた。



フィリップがスパイから足を洗ったのは、彼女よりも先に本部の正体を見抜いていたからと想像する。2人とも、アメリカ市民として新たな一歩を踏み出そうとするが、シーズン2以降、まったく手も足も出なかったFBIが彼らに急接近する。FBIが無能だったというよりも、2人が有能なスパイであり、つけいる隙がなかったというべきか。今回も彼らを危機に陥れるのは、外部の第三者の失敗によるものだ。今回ばかりは、さすがの彼らも万事休す。

そして訪れるのは、FBIの隣人であるスタンとの対峙だ。
「ついに、この時が来てしまったか」と身震いした。

思い返せば、シーズン1、フィリップ家の隣に、スタン家族が越してきて、FBIという職業を認識して以降、警戒すべき相手としてフィリップたちは接していた。スタンの動きによっては、フィリップたちは彼の命を奪いかねなかった。それがシーズンを通して家族ぐるみの付き合いになり、人間対人間の純粋な絆を深めていった。特に一家の長である、フィリップとスタンの友情関係はこれまで何度も描かれてきた。家族以外の人間とは親しくなれないフィリップにとっては、アメリカに来て唯一できた親友である。スタンも当然同じ思いだ。「君たち家族のためなら、どんなことでもした」と吐露するスタンの言葉が胸を締め付ける。こうなることはわかっていたけど、あまりにも切ない。



その後、フィリップらの行く末を目撃し、このドラマは家族の成長を描いたホームドラマであったことを改めて感じる。過酷な時代のソ連で生き抜いてきた2人が、アメリカに潜伏するために強制的に家族になって20年以上。いつしか2人に間には、任務を超えた本当の愛が芽生え、守るべき2人の子どもたちにも恵まれた。子どもたちは立派に成長し、「巣立ち」の時を迎えた。スパイにならなければ出会うことのなかった2人。この数奇な運命が、ラストショットの2人の背中に去来する。本作は究極のラブストーリーでもあった。



これ以上ない有終の美だったが、あと3話多い、いつものエピソードのボリュームで、大きく動いた歴史的背景と主人公らの関係性や、彼らの身元が判明してから結末までをもう少しじっくり描いてほしかった。また、1980年代の時代設定のため、時が経過し、現代に生きる彼らの姿を見られたら、もっと面白かったと思う。

今年のエミー賞では、フィリップとエリザベスを演じたマシュー・リスとケリー・ラッセルがそれぞれ主演賞でノミネートされている。2人とも最終シーズンにふさわしい熱演を魅せてくれた。どちらかでもよいので、受賞してほしいなーと心から思う。すっかり2人のファンになってしまった。

この間、久しぶりにTSUTAYAに行ったら、ようやくレンタルがスタートしていた。パッケージの写真も「極秘潜入スパイ」という日本の副題もダサくて残念だ。ガチなA級海外ドラマなのに、あれではこのドラマのクオリティが誤解される。

素晴らしいドラマだった。イチ早く、日本で配信してくれたNetflixに今一度感謝したい。これからもよろしくです。

【75点】


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