めちゃくちゃ面白い。オムニバス映画の傑作であり、コメディ映画の傑作。展開が全く読めず、観る者の予想を鮮やかに裏切り続け疾走する本作は、「ジェットコースタームービー」に相応しい。しかも、話のオチはもれなく痛快。人生って喜劇から逃れられないのだ。もう絶品。
海外での評価(高評価)に対して、日本の映画ファンの評価が低すぎるのに少々驚くが、残念なのは作品ではなく、日本の配給会社のナビゲートではないか。「人生スイッチ」という邦題はミスリードであり、「爆笑」という謳い文句は、安易な笑いを期待させるため不適当(個人的には大いに笑わせていただきましたが)。
6つの独立した物語を順々に描く典型的なオムニバスだ。このタイプの映画だと「どの話が良かった」などと、優劣を付けてしまうのが常だが、どのエピソードも違った味わいがあって漏れなく面白い。というか、1つ1つのエピソードに対して考察したくなるほど、それぞれが高い完成度を誇る。単純にして濃密。脚本の構成に隙がなく、演出は大胆不敵。毎話毎話「なるほど、そうくるのね」と唸りっぱなしだった。
共通の1人の男性に接点を持った飛行機の乗客たち、閑古鳥の泣くダイナーで恨みを持つ男性に再会したウェイトレス、運転中追い越した車の運転手に罵声を浴びせた男、理不尽な駐禁レッカー移動にブチギレした爆破解体職人、息子が起こしたひき逃げ事件から免れようとする大金持ちの男、結婚式で夫の浮気を確信してしまった花嫁ー。
描かれるのは、感情のコントロールを失った人たちの顛末である。邦題の「スイッチ(を押す)」という選択の話ではない。あれよあれよという間に転がり落ちていき、状況が二転三転していく。善と悪、登場人物たちのパワーバランスが入れ替わっていく展開が秀逸。状況にブチ切れてしまった人間を描いた映画は過去にも幾多あるが、この点において本作は一線を画す。ときにシュールに見える画も、不条理ではなく、ちゃんとした論理の上に成立しているのが素晴らしい。
6つの物語に分断されていながら、この映画に疾走感があるのは、理性というブレーキを外した人間たちの生き様で貫かれているからだろう。アルゼンチン映画ということで、ラテンな人たちの気性やアルゼンチンのお国柄が反映されているものの、彼らの導火線に火をつけてしまう感情の変化は、とても身近なものに感じる。一見、寓話的なエピソードも、社会の中で真っ当に生きる一般人が引き起こす「事件」として全然ありそうな話だ。
物語の語り口は終始辛口。それが最高に可笑しく、自分は爆笑。「他人の不幸は密の味」と、悲劇のなかで見えてしまう喜劇を余すことなく掬い取る。ただし、登場人物たちを単純に笑い者にしているというわけではない。「あーこのまま終わってしまったら気持ち悪いな」という予想を覆し、ハッピーエンドとは言えないながらも、スカッとしたオチをつけるあたりは、どこか人生を愛を持って楽観視しているように見える。
本作は、昨年のアカデミー賞で外国語映画賞の候補作となった。ブラックコメディというジャンルの映画が、ノミネートされることは珍しい。各エピソードの喜劇のなかに、それぞれのテーマの核心が明確に打ち出されている点が評価されたのではないか。他者との関わりなくして成立しない社会と個人のあり方、人生の機微までに昇華したドラマだと評したい。
【80点】