から揚げが好きだ。

映画とサウナ。

愛しのアイリーン 【感想】

2018-09-23 08:00:00 | 映画


ノックアウト。しばらく放心。
これほどの熱量をもった映画にはそうお目にかかれず、「カメ止め」と並び2018年の日本映画事件と位置づけたい。あらゆる共感を突き放し、奈落の底へ落っこちていく。愛の形であり、地獄の形を描いた映画だ。地獄映画としては「冷たい熱帯魚」以来の傑作。これまでユーモアとシリアスを対比で魅せていた吉田監督だが、本作では1つの画の中に重ねる。カオスな映像の連続に、笑うよりも圧倒される。絶望を湛えた後半の疾走感と、消化できない余韻。

新潟の農村地帯、42歳童貞男がフィリピンで嫁を買い、その嫁を実家に連れていったことで起こる騒動を描く。

時代設定は明かされていないが、おそらく20年前くらいの話だろうか。現代劇と見るには時代錯誤なシーンが多い。嫁不足に悩む農村の独身男子たちが、貯めたお金を握り締め、東南アジアに嫁選びにいくツアーに参加する。テレ東の「Youは何しに~」で田舎町にいる外国人を探す企画があったが、たいがい日本人と結婚したフィリピン人の女性だったりする。番組内では綺麗にまとめていたけれど、本当は本作で描かれているような金銭が介在した出会いだったのだろうと勝手に勘ぐってしまう。

主人公の岩男は失恋により、フィリピンへの嫁探しツアーに参加する。嫁が欲しい日本人と、お金が欲しいフィリピン人、両者の合意がとれていれば何ら問題のない話。が、相手のアイリーンは年の離れた若い女子。体ではなく愛を買う結婚であるが、やっぱりみっともなくて恥ずかしい。岩男は実家暮らしだ。同居する母親にとって岩男は1人息子、岩男への溺愛ぶりが実に気持ち悪い。夜な夜な自慰行為に耽る岩男の姿を覗いて安堵する様子に寒気が走る。

嫁と幸せになりたい岩男、夢見る少女のアイリーン、岩男への母性が止まらない母親。この三者による愛憎劇が展開する。

童貞の岩男はバリバリの欲求不満、初夜でアイリーンの体を欲するも拒否られ、ふて腐れる顔が無様だ。まずは愛よりも欲求不満の解消なのだ。一方のアイリーンはまだ10代のようで男性経験もなし。フィリピンの実家へのの経済援助のために結婚したことは承知しているものの、岩男を受け入れられないでいる。彼女は彼女で往生際が悪い。そして、岩男の母親だ。岩男への偏愛もさることながら、外国人(特にアジア人)であるアイリーンに対して差別と偏見の目を注ぐ。面と向かって「虫ケラ」と呼び、一方的に憎悪を募らす。そして岩男をだましてアイリーンをどうにかして排除しようと画策する。

目の当たりにするのは人間の醜態だ。まったく理解できなものの、それが特異な異常性ではなく、人間の普遍的な本能が歪んだ形とみる。愛し愛されることを欲する人間の本能はエゴイスティックなもので、本作の場合、三者の思いがかみ合うことなく、ぶつかり合い摩れ合う。その状況を、ときにエロティックに、ときに暴力的に、ときにエモーショナルに描き出していく。発せられる摩擦熱は火傷するほどに熱い。唯一、岩男とアイリーンが「死」を目前にした状況下で、純粋な愛情関係を築く場面がある。その幸福の頂きに達した直後、想像もできなかった崖が待ち受け、2人はひたすら転がり落ちていく。なんて残酷なのだろう。そんな局面でもユーモアを差し込むのが吉田監督の味付けだ。下ネタ全開の常軌を逸したシーンに、男性客の大きな笑い声が劇場に響くものの、自分は全く笑えなかった。ユーモアの向こう側にシリアスな感情が透けて見えるからだ。その逆も然りで、感情の行き場がなくなる感覚が新鮮だった。

主人公の岩男を演じるのは安田顕。幅広いメディアと作品で活躍する俳優であり、演技力は証明済み。自分の印象では、その巧さゆえ、演じる役の顔をした安田顕だった。だけど、本作での彼は「岩男」の顔をした「岩男」であり、安田顕という俳優の顔はまったく見えなかった。生来よりしみつく垢ぬけなさ、女性を知らない男の臭気、どの角度からも隙間なく、岩男の恥部が曝け出される。アイリーンを演じたナッツ・シトイは、フィリピンでは名の知れた女優さんらしい。後半、畳みかけるような感情の爆発を見事にコントロールしていて、その演技力に驚かされた。そして、母親役を演じた木野花の破壊力。ケンミンショーで青森自慢をしているイメージしかなかったが、本作で彼女が体現したのは、地獄にいる「鬼」そのもの。岩男への深い愛情と執着心、それゆえの狂気が恐ろしくて憎たらしい。凄まじい怪演だ。パンフレットで、撮影の裏側ではナッツ・シトイと仲が良かったというエピソードを知って、どれだけ嬉しかったことか。ほか、隠れた「病気」女子を演じた河井青葉、セクハラをまき散らすオッサンを演じる古賀シュウ、嫁買いツアーの仲介屋をリアルに演じた田中要次など、脇役を固めるキャストの好演も素晴らしかった。監督の演出力も多分にあると思う。

とにかく行き切った映画のため、賛否は全く分かれそうな映画だが、自分は堪らなくこの映画が好きだ。

【85点】

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする