正義のリレーと勝利のゴールに全身が打ち震える。
ラストシーンを見届ける劇場で、嗚咽して泣く人の声を初めて聞いた。そのリアクションも納得の映画だ。演者たちを含めた製作陣の魂が篭った一本。韓国映画の凄み。
1987年。あのソウルオリンピックが開催された1年前、韓国全土で起こった民主化闘争を描く。
国家権力vs国民。
今から30年前に、お隣の韓国でこんな大きな出来事があったなんて全く知らなかった。まさに衝撃の事実。韓国にも存在していた「アカ狩り」。北の分子を取り締まる「対共捜査所」(対共)という警察組織が国民を統制していた時代。戦時中の日本の憲兵を彷彿とさせる。その対共によってスパイの疑いをかけられた罪なき学生が拷問のうえ、殺される事件が発生。闇に葬ろうとする対共に対し、1人の検事が噛み付く。その不敵さが痛快で、この検事が主人公となって物語を牽引するのだろうと冒頭から前のめりになる。
しかし、その後、検事は早い段階で途中退場する。正義の火はそこで絶えると思いきや、検事が最後に残した証拠がジャーナリストの手に渡る。また、別の舞台でも同時進行で対共による不法統制を暴く動きが発生する。刑務所の看守、学生運動家、報道メディアなど、様々な人たちの手を経由して、正義の火が繋がれていく。武器は「真実」。暴力による圧制が執拗に付きまとう状況下、今の韓国の民主化が、権力を持たない市井の勇気によってなされたことに驚かされる。当時の韓国には数多の英雄たちがいたのだ。
対共は独立した組織のように見えるが、大統領を筆頭とする独裁政権の支配下にあり、軍部を含め、国ぐるみで自国民たちを圧している。国民を守るべき国家組織がいない状況が恐ろしい。主人公なきヒーローを描いた本作において、最初から最後まで物語の中心にいるのが、対共の所長である。その男の非情さに何度も激しい憤りを覚える。本作におけるヒールであることに間違いないが、この男の個性が印象的だ。脱北者であり、幼少期に「地獄」を経験している。汚職にまみれ、利権と私腹を肥やす警察組織の人間を忌み嫌う。過剰で罪のない人間を虐げる「アカ狩り」は彼なりの大義があってのことだ。完全に間違っているが。
目を見張るのは、韓国映画を支える実力派俳優たちの豪華共演。中でも圧倒的な存在感を見せるのが、所長演じるキム・ユンソクだ。本作の実質的な主演といってよいだろう。彼自身、大学生のときに身近で経験した事件のようで、本作に賭ける思いは強かったに違いない。単なる怪演に留まらず、闇を抱え狂気に駆られる男を重厚感たっぷりに演じた。その所長に相対する検事役にはハ・ジョンウで、「チェイサー」「哀しき獣」に続き、再び、キム・ユンソクと対立するキャラクターを演じる。2人はもはやゴールデンコンビだ。ほか、所長の右腕で「とかげのしっぽ」となる班長演じたパク・ヘスンや、「ザ・一般人」の象徴的存在となるユ・ヘジンの熱演も素晴らしい。
史実に敬意を表した社会派ドラマでありながら、エンタメ映画としても楽しめる映画だ。ラストのカタルシスが凄まじい。激動の時代に観客を放り込むような迫力のスケールと、正義を信じて戦った人々の熱き躍動をダイナミックに活写する。物語を追いながら、激しく怒り、激しく感動する。感情のジェットコースターのような映画でもある。ただ、作り手の熱量が演出面に入り込み過ぎている場面もあって、1つ1つのキャラクターの反応が過剰気味なのは少し気になるところ。もう少し客観的に静観しても良かったかもしれない。また、キーマンになると思われた民主化運動家は名優ソル・ギョングが演じたものの、物語にもっと機能させてもよかったと思う。
渾身の映画という表現が相応しい力作。日本でもこのぐらいの実話テーマはいくらでもあるだろうに、最近めっきり作られなくなってしまった。韓国映画との力の差が一層、開いてしまった切なさと、こういう映画がちゃんとヒットしてしまう韓国映画市場が羨ましく思える。
【75点】