ディズニーの快進撃が止まらない。新作となる「ズートピア」から感じるのはディズニーの自信だ。充実の映像演出は小さい子どもから大人まで無差別に楽しませ、魅力的なキャラクターは観客の心を掴み、死角なき脚本は明確な社会的メッセージを打ち出す。それもディズニーならではの勇気と希望を与えるものだから敵わない。ロッテントマトで98%フレッシュという驚愕スコアもダテじゃない。
高度な文明を築いた動物たちが暮らすズートピアを舞台に、ウサギ史上初の警察官になった「ジュディー」と、彼女と共に謎の失踪事件を捜査することになる詐欺師のキツネ「ニック」の活躍を描く。
設定がユニークだ。動物たちは「野生」を過去の遺物として 捉えていて、草食動物と肉食動物という捕食関係もとうの昔に消えている。動物の種別に関係なく、それぞれに平等な権利が与えられている。公平なルールと環境整備がなされているが、そこに暮らす動物たちの種類は千差万別だ。体が大きいものもいれば、小さいものもいる。力が強いものもいれば、力が弱いものもいる。その個体差は、陸上の短距離走でアフリカ系には勝てないというレベルではなく、その種で生まれてしまった以上、絶対に埋められない差として存在している。正義感が強く「世界をより良くしたい」と警察官を夢見るジュディーに対して、うさぎのお父さんは「これまで幸せに暮らしてきたのは夢を諦めてきたからなんだ♪」と誇らしげに言う。夢を唄うはずのディズニーがのっけから仕掛けてくる。
が、ジュディーは警察官への道を諦めない。警察学校に入学した彼女は、案の上、その小さな体と体力のなさが大きなハンデとなるが、人一倍の努力を重ね、持ち前の知力と俊敏性を発揮して見事警察学校をトップ成績で卒業する。この時点で、早くもジュディーの前向きさは観る側を引き付け、魅力的なキャラクターとして確立される。その後、警察学校での輝かしい実績を引っ下げ、ズートピアの警察署に就職するが、彼女のボスとなる署長はジュディーを1人前の警察官として認めない。理由は彼女がうさぎだからだ。うさぎなんかが、警察官が務まるはずがないと頑なに思っている。他の同僚たちは重大な事件を任されるなか、彼女だけ駐車違反取り締まりの担当にされる。それでもジュディーはへこたれない。100件という課せられた目標を200件で返そうと挑戦する。ディズニーが巧いのは、彼女の努力を強調するよりも、200件クリアに向けて奮闘する様子を楽しいアクションとして魅せ切るところだ。観客の想像力を信じ、スピードを緩めることはしない。
本作ではもう1人魅力的なキャラクターが出てくる。ジュディーが違反取締中に出会うキツネのニックだ。「キツネに売るアイスはねぇ!」とアイス屋で彼が排斥される様子から、一見平和なズートピアにも当たり前のように差別がはびこっていることがわかる、差別の被害者としてニックは登場するが、その正体はジュディーも騙されるプロの詐欺師だ。「キツネは悪賢い動物」という偏見のままに彼は人生を歩んでいて、その生き方を肯定している。「偏見で人を判断してはいけない」という教訓に揺さぶりをかけ、観る側を翻弄する。その後、明らかになるニックの過去から理想が現実に打ちのめされる悲劇が浮上する。諦めなかったジュディーと諦めたニックの生き様が交錯し、2人の友情を深まる過程が胸を打つ。努力によって報われることを強く肯定しながらも、それでも変わらぬ現実の世知辛さも否定しない。
人種差別、ジェンダー差別、偏見、社会格差、権力者の表裏、憎悪が広がるプロセスなど、擬人化された動物たちからみえてくるテーマは驚くほど多い。今まさに捉えるべき現代社会の風刺絵にも見える。 その一方で、何も考えなくても楽しめる冒険活劇としてもハイレベルな仕上がりだ。謎を解き明かすミステリーとして、ジュディーとニックの凸凹コンビのバディムービーとして、個性豊かな動物たちが織りなすコメディとして、様々な味がある。完全に大人にしかわからないゴッドファーザーのクダリを入れるなど、かつてピクサーが得意としてきた要素をことごとく取り入れ、さらに発展させることに成功したみたいだ。そんななか少し残念だったのが、黒幕の正体やクライマックスのオチが完全に読めてしまったこと。一番盛り上がるシーンには観る側の想像を超える興奮が欲しいところだが、この完成度でそこまで求めるのは欲しがりすぎか。あと、序盤に登場する動物キャラのハエシーンはアニメでも生理的に無理だった。
吹き替え版で鑑賞。ジュディーとニックの声を演じた上戸彩と森川智之がとてもとても素晴らしい。主人公の2人が魅力的だったのは彼らの功績が大きい。上戸彩の明るく前向きな個性が声色に乗っていて、優しさの中にも意志の強さがしっかりと感じられる。まさにジュディーの声にピッタリ。何かとブーイングが多い歴代の芸能人声優の中でも間違いなくトップクラスに入る成功例といえる。
また、上映後、隣に座っていた女子2人が「ていうか、森川さんステキ過ぎ!」と言っていたとおり、プロ声優として一線で活躍する森川智之をその相方役にキャスティングしたのも大正解。スタイリッシュな生き方のなかに、暗い陰を抱える複雑なキャラクターを演じるには、下手な芸能人では台無しになっていたところだろう。
今年の夏は同じディズニー資本であるピクサーの「ファインディング・ドリー」が公開を控える。ディズニーとピクサーの切磋琢磨は両者のレベルアップに繋がっている模様だ。強烈な先制パンチを食らわしたディズニー映画に対して、ピクサー映画はどんな作品を繰り出すのか今から楽しみだ。
【75点】