晴れときどきくもり。今日も湿度が高い。
田仲義弘「狩蜂生態図鑑」を見て読む。
エサとなるイモムシを「生かさず殺さず」の状態にして「新鮮」に保ったり。
あるいは獲物に卵を産み付けて「幼虫のエサ」にしたり。
獲物の運び方もさまさまで。
ゴキブリを歩かせて巣まで連れて行くというのには驚くのみ。
イモムシの神経機能だけを奪う「外科医」のような針刺しも。
「長い」からきちんと2か所に刺す念の入りようたるや。
いったい「どこでそんなことを覚えた」のだろう。
実に不思議だと言うよりなく。
「特定のエサ」のみを狩るというかたちで「棲み分け」もしていて。
仮にそれが「生存」のための「途方もない年月のなせる業」だとしてもやはり謎。
バート・レイトン「アメリカン・アニマルズ」(’18)を観る。
かの虫たちと比べると何とも「お粗末」な若者たちの姿を描いた作品。
要は「田舎町」に何の楽しみも見い出せずいたずらに「刺激」を求めて。
本人たちを出演させるという趣向もあり。
冒頭の言葉に注意しておこう。
主人公のひとりは言う。
「自分たちは『特別な存在』でないからこそ『特別なもの』を求めた」のだと。
この言葉の意味をじっくり噛みしめたいもの。
この種の「正しさ」はシンプルだが感得されにくいものなので。
ウォーレンのエヴァン・ピーターズの「いかにもな『破天荒ぶり』」。
スペンサーのバリー・コーガンの「不穏な顔」はやはり魅力的だが今回は「おとなしい」。
「絵が上手い後者」の「芸術家には『悲劇』が必要だ」という「考え方」の「貧しさ」よ。
「本物」は別に望んだわけでもなくそれを引き寄せてしまっただけという「事実」を理解せず。
要するに。
「探さなければ見つからないような自分」に「確固たる自分」などない。
「何気ない毎日」を楽しく生きるのが「凡人の非凡さ」だと知っておきたいところ。
田仲義弘「狩蜂生態図鑑」を見て読む。
エサとなるイモムシを「生かさず殺さず」の状態にして「新鮮」に保ったり。
あるいは獲物に卵を産み付けて「幼虫のエサ」にしたり。
獲物の運び方もさまさまで。
ゴキブリを歩かせて巣まで連れて行くというのには驚くのみ。
イモムシの神経機能だけを奪う「外科医」のような針刺しも。
「長い」からきちんと2か所に刺す念の入りようたるや。
いったい「どこでそんなことを覚えた」のだろう。
実に不思議だと言うよりなく。
「特定のエサ」のみを狩るというかたちで「棲み分け」もしていて。
仮にそれが「生存」のための「途方もない年月のなせる業」だとしてもやはり謎。
バート・レイトン「アメリカン・アニマルズ」(’18)を観る。
かの虫たちと比べると何とも「お粗末」な若者たちの姿を描いた作品。
要は「田舎町」に何の楽しみも見い出せずいたずらに「刺激」を求めて。
本人たちを出演させるという趣向もあり。
冒頭の言葉に注意しておこう。
主人公のひとりは言う。
「自分たちは『特別な存在』でないからこそ『特別なもの』を求めた」のだと。
この言葉の意味をじっくり噛みしめたいもの。
この種の「正しさ」はシンプルだが感得されにくいものなので。
ウォーレンのエヴァン・ピーターズの「いかにもな『破天荒ぶり』」。
スペンサーのバリー・コーガンの「不穏な顔」はやはり魅力的だが今回は「おとなしい」。
「絵が上手い後者」の「芸術家には『悲劇』が必要だ」という「考え方」の「貧しさ」よ。
「本物」は別に望んだわけでもなくそれを引き寄せてしまっただけという「事実」を理解せず。
要するに。
「探さなければ見つからないような自分」に「確固たる自分」などない。
「何気ない毎日」を楽しく生きるのが「凡人の非凡さ」だと知っておきたいところ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます