杓子定規もいいもんだ
世話人 澤山輝彦
遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、
遊ぶ子供の声聞けば、我が身さへこそ動がるれ
(梁塵秘抄より)
平成の世には子供の遊び声が騒音になることもあるのだ。
東京都西東京市緑町3丁目の「西東京いこいの森公園」にある噴水で遊ぶ子どもの声やスケートボードの音がうるさいと、近くに住む女性が市に対して噴水の使用とスケートボードで遊ばせることをやめるよう求める仮処分を申請し、東京地裁八王子支部がこれを認める決定を出したのだ。決定は10月1日付で、市は2日から両施設の使用を中止している。噴水は地面に埋め込まれた噴水口から水が断続的に噴き出し、水の間を縫って遊べる構造になっている。女性の家は公園に隣接し、噴水からは数十メートルの距離にある。都条例で同地域の騒音規制基準は日中で50デシベルと決められているが、市が女性宅付近で測定したところ、噴水で遊ぶ子どもの声が60デシベル、スケートボードの音が58デシベルと、ともに基準値を上回っていたという。
私はこの決定の一番大事なところは、騒音規制基準を作ったのならそれは守らねばならず、そのことをきちんと適用した裁判官がいる、という事だと思う。日本の裁判官が全員、今回の仮処分を認めた東京地裁八王子支部の裁判官と同じ考え方をすれば、騒音公害なんて無くなり日本は静かな国になるのだ。「杓子定規な法解釈」とは融通がきかないことなど、否定的に使う言葉だ。だがそれも時と場合によっては素晴らしい物になるのである。