ヘリが飛びまわる
川西市大和における廃棄物の仮置場問題
澤山輝彦
八月初めの午後だった。報道用ヘリコプターが我が家、川西市大和東1丁目上空をやかましく飛びまくる。雷雨があり、関電の緊急車が走っていたから、落雷でもあったのかなあ、ヘリの位置からすれば大和のはずれあたりだろうなんて空を見上げて考えたのであった。後に、それは豊能郡環境施設組合が出したゴミ(ダイオキシンを含む焼却場解体後の灰) の取材だったとわかった。当初、神戸市にある最終処分場に埋めた所、神戸市から撤去を求められ、掘り出したものを持ち帰った。それを、国道477号線沿いの地番【豊能町光風台4丁目918番地】(大和に隣接する)に、仮保管場所を設置していたものであった。光風台・大和団地、共々住民には何の連絡もなく行われた事で、住民の不安、反感は当然で反対行動が始まるのである。
8月5日、神戸市から撤去させられたゴミの仮置場への搬入が始まった。ヘリコプターがまた朝からやかましく飛びまくっている。反対運動が組織されたとは聞かなかったので、とりあえずごみ仮置き場に家が近い知人に電話をすると、奥さんが「夫は現場へ出かけた」という。昼食後まだまだヘリはうるさく上空を旋回し続けている。
よし、野次馬根性半分で現場へ行くことにした。家を出たのはいいが、現場へは車でもないと、暑い最中、日陰のほとんどない道を熱中症の心配をしながら、40分は歩かねばならない。タクシーを奮発した。現場の手前らしき所で道は一方通行になり、タクシーは止まる。運転手は例の件ですなあ、と言う。そこで下車、現場はすぐだ。大阪府警のパトカーが二台止まっている。少し行くと道路沿いの山林が削りとられ、地面に鉄板が敷き詰められている所が目についた。ここか、ここが仮置場だったんだ。
住民が取り囲んだ人に激しく抗議している。報道関係者の数も結構多い。豊能町長らしき人が盛んに説明を続けるが、住民もまけてはいない。例のゴミ(廃棄物と言う)はもう現場に到着していて、待機している状態だ。やがて本日の搬入は取りやめる。午後7時から大和自治会館で説明会を行う、ということで今日の話しはついた。
帰り道は477号線を歩いた。このあたり、谷間の二車線の道だ。暑さより車が怖い。歩道なんて無い。一箇所血痕のような跡にチョークの丸印があり、1と数字が書いてある。気持ちの良いものではない。冷えずに暑くなった。でも、ただでは歩かない。自然観察しながらで、久しぶりにヤブミョウガの花を見たし、アメリカ鬼薊の大きな株が綿毛を飛散させているのも見た。それより、忘れてしまって名を思い出せない植物が多かったのには、一寸心細くなった。
記憶装置がどんどん消去作業を行っているにちがいない。反対運動をせねばならない。「誰にことわって消去しとんじゃ」「お前やないか」「うわー」。こんな事を考え、恐れ笑いながら家に着いてシャワーを浴び、午後7時を待った。
この間3時間はあっただろう。午後7時に説明会があるという、緊急の情報を自治会はどう流すのか興味を持ったが、ついにそれを聞くことが無かった。これでは説明会に集まる人も少ないだろうとゆるゆると出かけたが、なんと集会室は満員で場外にも人があふれ、皆で前に詰めようというような状況だった。報道関係者も多い。知人に会い、聞くと自治会の広報車が回っていたという。それならそれでまあいいか。今日の怒りの相手は豊能郡環境施設組合だから。
説明会の開始にあたり、大和自治会会長は隣接する当方に何の説明も無いのはけしからん、川西市長も十分配慮せよと申し入れたはずだ、など決して迎合しない姿勢を示したのは、いいことであった。説明会というものは名の通り説明会であり、討論会ではない、単なるスケジュールの一つであり、あとはどうなれというのがこれまで経験してきた説明会だったから。今日はただではすまない説明会になるのだ。
豊能郡環境施設組合の説明会は豊能町長の「廃棄物の仮置きについて」というプリントの配布とそれを読むということから始まった。そのプリントはこう始まっていた。
「組合の廃棄物につきましては、既に中間処理され、最終処分場に埋め立てられていたもので、埋め立てても支障のない安定した状態になっています。また、当該廃棄物は、他の廃棄物と混在して埋立処分されており、その性状から、他の廃棄物も混ざっていますが、他の廃棄物等についても、埋め立てても支障のない安定した状態にあります。」
ここで、支障の無い安定した状態という語句が二度も使われていることから、そんなものなんで撤去する必要があったのか。また、たとえ撤去したとしてもそんなに安定した物なら、どうして豊能町の山林へ持っていかないのか、と言う質問より怒りの言葉が続発した。またこのプリントの文書にはダイオキシンという文字は無い。そんなことで、結局、紛糾のうちに時間切れ。大和自治会会長の仮置場への搬入は認めない、という言葉で締めくくられた。廃棄物を積んだダンプカー5台は、現場近くのガソリンスタンドに留め置かれた。
8月8日(月曜日)の平日を迎え、どのような展開になるのか分らないが、とにかく出来るだけ早く現場へ集まろうというメールが入り、私は9時前に現場へ着いた。今度は光風台方面から徒歩で入った。こちらは住宅街の日陰と、短いが国道には歩道があり、安心して歩いた。赤いレッカー車が現場近くでUターンしているのが見え、何だろうと現場へ急ぐと、レッカー車は仮置場予定地の鉄板を吊り上げはがしているではないか。早くから来ていた人に聞くと、この場を仮置場にすることは断念し、他の豊能町内の山林へ行くとのこと、これで大和が直接からむ一件は落着した。
だが、大きな目でみればこれで済んだ、やれやれ終わりとしてしまうのも妙なものだ。近くのダイオキシンには騒ぐけれど、よそへ行くならかまわないのか。原発なんてある場所の問題だと、知らん顔をするのと同じだ。政党や思想の問題ではない。命を本気で考えたからこその反対行動であったはずだ。そこから学ぶことはなかったのだ。気付いていても知らん顔、勝手なもんですわ。私はこの件の発端である取材ヘリコプターの音にいらついた。オスプレイがやってくる沖縄の基地の音を考えずにはおれなくなってしまった。