『みちしるべ』 by 阪神間道路問題ネットワーク

1999年9月創刊。≪阪神道路問題ネット≫交流誌のブログ版。『目次』のカテゴリーからの検索が便利。お知らせなども掲載。

『みちしるべ』過去記事アップに伴う、当ブログの見方について。

2013年01月31日 | 日記

 『みちしるべ』ブログ版を始めたのは、第76号(2013.1月号)からでした。しかしながら、過去の記事もアップして欲しいという要望も、多くなってきました。要望にお応えし、順次、過去の記事もアップすることにしました。

 ブログは新しく更新した記事が積み重なるというシステムです。新旧の記事が羅列されると、更新記事を読む場合は良いとして、過去の読みたい記事を検索する機能も必要になりました。

 そこで、カテゴリーに『みちしるべ』目次を、新たに設置しました。過去記事を検索される際は、カテゴリーの『みちしるべ』目次をクリックして頂き、目次のページを開いてください。

 10号単位で目次をアップしています。目次の文字にリンク(黒色から紫色になっている)が貼ってあれば、その記事はアップされています。リンクをクリックして頂ければ、そのページが開きます。

 過去記事は、結構、膨大になっています。順次アップして行きますが、かなり時間がかかります。要望が多い記事からアップしますので、コメントなり、メールを頂ければ幸いです。

 尚、著者なり関係者の御意見で、ネット上にアップできない記事がありましたら、ご容赦のほどよろしくお願いします。

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『みちしるべ』ブログアップが承認されました

2013年01月28日 | 日記

サァ~『みちしるべ』の正式ブログ

                 始まりました! 

 阪神間道路問題ネットワークでは会則で、総ての取決めは例会で話し合うことになっています。昨日の1月例会で、ブログ版の『みちしるべ』が承認されました。

 インターネットの進展もあり、あっても良いのではないかという意見が大勢を占めました。ただし、インターネットが万能ではなく、紙の『みちしるべ』の意義も問い直され、シッカリと継続することも確認されました。配布する中で、会員との交流があったり、まだまだネット接続の無い方も多くおられます。

 ところで、例会の中で話されたブログ版への要望。メールやコメントで頂いた要望。さまざまで、出発したての形のまだ整わない現状です。

  1. テンプレートが団体の態様を表していないのではないか?少女マンガ・チックかも、という意見もあれば、大変綺麗なので、気に入ったという意見も。
  2. 写真がカラーで、見やすくなったのは好評のようです。
  3. バックナンバーの掲載はないのかという質問。資料として、アップして欲しいという意見もありました。著者の方も、自らの過去分の掲載を望んでおられる向きもありました。
  4. 加盟団体別のカテゴリーを設置して、イベント告知などにも利用したいという意見もありました。
  5. ブログ管理人を規則を決めて、複数で管理できるかどうかについては、サイト運営会社との契約にも抵触しますが、意見はありませんでした。

 ブログのテンプレートについては、それぞれの感覚の違いもあろうかと思います。現在のモノは、ブログパーツの自由性や、視覚的に見やすい設定。ブログの幅などの都合で決めました。今後、みなさんの御意見で変更してゆくのは、あることだと考えています。

 紙の『みちしるべ』では限界のあった、写真は多数アップできます。説明のある写真投稿は、今後、増やしてゆけると思っています。Eメールでも郵送・手渡しでも構いません、ドンドン投稿をお願いします。

 バックナンバーのアップにつきましては、デジタル記録が無い記事もあります。図表のアップには、技法が複数ありますが、いずれにしても作業に時間がかかります。また、ネットアップを前提にしていないこともあり、再編集が必要なこともあると思います。要望のあるモノから、順次、アップすることは可能です。ご意見を頂きたいと思います。

 加盟団体ごと、個人参加者ごとのカテゴリーも設けたいと思います。イベントの案内などは、当然のこととして考えております。すぐにでもアップできますので、ご連絡をお願いします。

 当ブログの管理体制ですが、基本的にはサイト運営会社との契約が優先します。しかしながら、契約に反しない範囲では、複数での管理も不可能ではありません。ベテランの方は、ご自身のサイトを設けておられることでしょう。初心者の方の方が、取組みやすいかもしれませんね。

 さて、阪神間道路問題ネットワークも加盟する、「道路全国連」のメーリングリストにも、ご挨拶を入れさせていただきました。道路全国連のHP(http://www14.atpages.jp/roadnet/)と共に、全国の仲間の皆さんとも、交流できることを期待しています。

 今後ともよろしくお願い申し上げます。

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『みちしるべ』の創刊号より並べてみました

2013年01月23日 | 日記

 『みちしるべ』も76号になっちゃいました。道路住民団体で古いところは、既に40年の歴史を越えます。その機関紙などは、1000号を越える発行をしています。それに比べれば、まだチョロイというべきでしょうか。でもね、まァよくやってきました。

 初代の編集長は、故 砂場徹さんで、ワープロが使用されていました。見かねた二代目編集長の澤山輝彦画伯も引退して、現在、編集長不在です。編集長代理の小生(藤井隆幸)も、長くなりました。

 『みちしるべ』のバックナンバーの、ブログアップは予定にありませんが、コンテンツ(目次)くらいはご紹介したいと思っています。とりあえず、近刊の5号と、6~8号を製本したもの11冊を写真でアップしておきます。

 著者やメンバーから要望があれば、バックナンバーの記事別にアップすることもあり得ますので、ご要望はご連絡ください。

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『みちしるべ』2013年1月 第76号 印刷できました

2013年01月22日 | 日記

 出版業界では、1月号は12月に発行されるものですが、『みちしるべ』は恒常的に発行が遅れています。2013年1月(第76号)の印刷が、やっと終わりました。

 本日、午後2時より、尼崎市議の酒井一さんの事務所をお借りして、神崎さんと藤井が印刷・折り・セットを行いました。いつも参加される、澤山さんは風邪でお休み。350部の印刷ですが、神崎さんの慣れた作業で、1時間ばかりで終了しました。

 順次、団体への発送、会員さんへの配達。郵送など行いますので、今しばらくお待ちください。

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『みちしるべ』 2013年1月 第76号 のアップを終えて

2013年01月22日 | 日記

『みちしるべ』 2013年1月 第76号 の総てをアップしました

編集長代理 藤井隆幸

 何とか、第76号のアップを終えました。最終、神崎さんの原稿の写真が届いたので、それを追加アップしました。紙の第76号は、本日、印刷という運びになります。各団体へのお届けと、更に会員さんへの配布、一部郵送など、今しばらくお待ちいただくということに。

 このブログ版『みちしるべ』は、1月例会で提案ということになります。第76号の著者の方々には、個別に了解を得てのアップになりました。実際にブログを見て頂いて、各団体の御意見をお伺いしたうえで、正式出発という段取りです。

 今のところ、これといった問題のご指摘はなく、カラーで写真が見られるなど、綺麗だというご意見が多いです。これからの時代ですから、広く一般の方々にも見て頂いて、ご意見が頂けたらとの狙いがあります。折角の著者の方々の力作ですから。

 できれば、ブログ版の『みちしるべ』は、複数の担当者で管理が出来ればいいと思っています。また、紙の『みちしるべ』が編集を終わるまでにも、一つ一つの原稿は、ブログアップできればと考えています。書いて頂いてから、情勢が変化して、賞味期限切れということの無いようになると思います。

 できるだけ、写真なども多用したいと思っています。紙媒体では、どうしてもモノクロで不鮮明になります。原稿の隙間のカットに苦労しますが、ブログ版ではページのスペースに制限が無く、その必要性もありません。もっとも、写真だけではなく、澤山輝彦画伯の日本画も提供頂けたらなどと、勝手なことも考えています。

 1月例会での議論の結果は、また追ってご紹介いたします。

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2013年1月例会のご案内

2013年01月16日 | 月例会案内

阪神間道路問題ネットワーク

2013年1月例会のご案内

  • 2013年1月27日(日)午後1時30分~3時30分
  • 尼崎市労働福祉会館 尼崎市東難波町4丁目18-32 TEL(06)6481-4561
  • 駐車場はありません。付近のコインパーキングのご利用を。

新年改まり、本年もよろしくお願いします。早速、1月例会のご案内です▼忘年会は、総選挙の投票日など、色々重なって、参加は少なめですが…。持寄りの各種焼酎の銘酒あり、ワインあり…。ヱビスもあったかな。手作りハンバーグにポテトサラダ、サンドウィッチ・創作巻き寿司などなど…。飲食には満足。話は盛り上がりました▼道路問題では、西宮山手幹線の唯一未拡幅部分。熊野工区の説明会が、12/4と9日にありました。前回説明会での住民の強い抗議もあってか、拡幅はするものの、当面は2車線供用という提案が、市当局からありました▼総選挙後の情勢は、安倍内閣が公共事業による景気対策を打ち出しました。寝ていた道路計画が浮上する懸念。情報の共有に努めたいと思います▼全国集会の報告文書が、現地実行委員会でまとめられました。ご希望があればお送りします▼さて、『みちしるべ』の1月号の原稿不足に窮しております。M.M.さんの「赤い夕陽」とS.F.さんの「街を往く」が届くのみ。散文・写真などもOKです▼今後、デジタル化・インターネットアップも視野に。紙媒体と併用の時代と感じています。例会に提案。

会場の尼崎市労働福祉会館の詳細(地図・交通機関・施設概要etc.)は、下記のURLでご確認を。

http://www.city.amagasaki.hyogo.jp/map/institution/05_014.html

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『みちしるべ』斑猫独語(53)**「小火(ぼや)の会」**<2013.1.Vol.76>

2013年01月07日 | 斑猫独語

「小火(ぼや)の会」

澤山輝彦

  「大体やなあ、北斎が描いた時代と今とは何もかも違うんじゃ、それをやなあ、コンピューターで分析中華(ちゅうかという言葉を漢字変換してしまったのである)再現ちゅうかしてやなあ、ここから富士山はみえへん、とかこう見えるとか言うてんのんやけど、いらんお世話やで」真昼亭独鯉さんは名の通り真昼から気炎を上げている。地域コミュニテイの小集団「小火の会」誰も聞いてくれないぼやきを持ちより、うっぷんを晴らす会の巳年初集会の場である。こんな会、上手く行くのかなあとの心配はよそに、案外笑いのほうが勝ったりしてうまくいっている。それぞれ雅号をつけて呼びあうことで、職業を密かに証したり、主義主張を微妙にオブラートで包んだりしている。瀬鯉上人、藪亭逸舎、護憲亭窮状、大痔林国文、蝶立亭美蛙乃など本人自ら、また人から勧められてつけた号を持っている。ところでオブラートだが、粉薬を飲むのに子供の時よく使ったものだ。今でも使われているのかな。これが日本人の医者の発明だということをつい最近知った。

 独鯉さんは、NHKテレビ日曜美術館をみてぼやいているのだ。北斎の富岳三十六景を富士山の存在だけに目をやる見方が気にくわないようだ。あの絵には人が描いてある。あの人達の存在を見ないで富士山だけを見るのはナンセンスだと言うのだ。そんな人の中に、富士山に目をむけていない人のあることが面白いのだそうだ。そう言えば絵の中の人物で富士山を見ていない人がけっこういるのだ。富士山がどうしたと言うのだ、俺たちにはいつもの風景なのだ、それを背景に働いているのだ、そんな風に見える絵がたしかにある。面白い指摘だ。図書館へ行って一度富岳三十六景を完全に見てみよう、今年一月の課題が出来たようだ。

 「小火の会」の会則はただ一つ決して他人のぼやきに憤慨しないこと。それはそれで聞くこと、このことはぼやいてはならない。これをぼやく人はもっと大きな火を焚く会に入ることをすすめている。

 近所で小火があった。小火より小さい微小火だったようだが、消防車が二台やってきてあたりは騒然とした、かと言えばそうではなくえらく静かだったのだ。無関心なのかこれが平常心なのか、私は野次馬根性が旺盛だから、次回「小火の会」では、なぜみんなもっと野次馬にならないのか、とぼやくことにきめた。

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『みちしるべ』パリの車事情**<2013.1.Vol.76>

2013年01月03日 | パリ&東京&沖縄より

パリの車事情

Yamanba.Mako.

 

1.歩行者さまさま

 運転は大分乱暴な感じだけど、キキーッなんていう音は聞かなかったし、何より歩行者の信号無視には何と寛大な。赤信号無視でどんどん歩いてしまう歩行者に、トンガラがる様子はみじんも。一度車道に踏み出せば、車は無条件に止まる。従って赤に変わりそうな信号に必死で渡りきろう・・なんて光景は皆無。皆悠々と、赤になってからだってどんどん踏み出す。歩行者は信号よりも、車が来ないかな?とちょっと様子を見、すぐそこ、でさえなければ平気で車道に踏み出す。車は当然スーッと止まる。ひどいのはほんとにヨチヨチの、杖にすがるのがやっと、の年寄りも、赤信号で平気でドッコイショと踏み出すから、さすがに車が大分並んでしまうが、これが当然、とだれも思うらしく、とがめだてのまなざしなど皆無。いや、いいチャンスと皆ぞろぞろドンドン渡っていく、そのうち青になるし小気味いい。信号自体も少ない。ないなら尚更歩行者天国、渡りたいときに斜めだろうがどこだろうが傍若無人に車道を行く。すぐそこに信号があるからって、誰がそこまで行く?少し繁華街モンパルナッスくらいまで行くとさすがに車が多いから、切れ目がなかなかなくて、仕方なし信号まで行くが、それでも歩行者は隙あらば、ちょっとでも減速しかかる車の間を平気ですり抜けたり、信号無視の事情は変わらない。だからかなりの渋滞か、とも思うが、ぎしぎし止まってばかりのバスでも、溜息やら、イライラの乗客は見当たらなかった。皆にこやかに、おっとり車窓を眺めている。こちらは止まるたび、写真を撮るのに大助かり。

 これ、どう見たって人間が主人、それも本来の姿で歩いている者が。歩みがのろくなろうが、それが自然の姿なのだから。車に乗っているのは文明の利器とやらを駆使しているからって、人間の前にはおとなしく譲歩せよ、と明らかに言ってるじゃないか。

 帰国。閑散とした、車もほとんどなく、信号のない道。車を、十分渡れる距離に見てから渡っているのに、踏み出した瞬間、ぶぶーっと鳴らす。自分で、減速する必要があると思えば黙ってすればいいじゃない。減速もせず飛ばしていくくせに。

 渋谷に行った。クリスマスイブのすごい雑踏。信号だらけ。これだけ大勢だから、赤になったって少しくらいは悠々車止められちゃうな、と思いきや、青がチカチカし始めたら皆急ぎだし、走りだし…。年寄りが必死に前のめりに、走っているつもりなのが痛々しい。残酷な国。

2.用途に忠実

 車が汚い。徹底的に汚い。埃だらけか泥はねしてるか、ホンダなどが随分走っているようだが、とてもホンダとは見えなかった。車は人と荷物を運ぶための道具にすぎず、それ以上のものに非ず、と傲然と主張しているみたいな。社会的ステイタスの何チャラなんて、何それ?みたいな。パリのやくざはどうやってデモンストレーションするんだろう?休日の住宅街に、愛車のお掃除なんて風景には出会わなかった。

 しかしこのすすけた車群、築2~300年の建物で構成される古ぼけた街にはぴったりなのかもしれない。ピカピカの新車が走ったらさぞ浮くことだろう。

3.路上駐車

 道路の両側にずらーっと車が並ぶ。一瞬渋滞かと思ったら、皆空っぽの単なる路上駐車。時に空いている側には、有料と書いてある。違法かどうかは不明だが、オマワリがチェックしている姿にはついぞ出会わなかった。チェックしているのは単車だけ。しかし初日、アパートの前の走れる1本の車線にタクシーを止めて荷物を下ろす間に、後ろはズラーッと車が並んでしまった。しかし運転手は全然急ぎもせずトランクの周辺を悠然として、荷物、玄関まで運ぼうか?とでも言ってる様子。後ろの車群もトンガラがる気配など微塵も。

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『みちしるべ』三菱兵器住吉トンネル工場 歴史から学ぼう**<2013.1.Vol.76>

2013年01月02日 | 神崎敏則

三菱兵器住吉トンネル工場 歴史から学ぼう

神崎敏則

トンネルの入り口。現在のトンネルは被曝遺構として整備され、一般に公開されている。

トンネルの中に展示されている魚雷。

  西宮市に戦時中に掘削された地下壕がはりめぐらされていることは有名だ。K.M.さんが地下壕内での説明会(?)に参加されたご報告を読ませていただいたのもこの『みちしるべ』だったと思う。戦時中の地下壕とは西宮市の特有のものだと、僕は勝手に思い込んでしまっていた。今年の正月に長崎の実家に帰省した際に、長崎にも同じような地下トンネルがあることを初めて知った。

 戦争末期、戦争を継続させることを目的に、軍需工場の疎開、分散、地下移設などで軍需生産の長期確保と強化を図ることが当時の内閣で決定された。その決定を受け、1944年にこの三菱兵器住吉トンネル工場の掘削が始まった。

 長崎の比較的中心部に近い三菱長崎兵器大橋工場の機械を疎開させるために、三菱兵器住吉トンネル工場が造られた。高さ3m、幅4.5m、長さ300mのトンネルが約12.5mの間隔を隔てて並行して6本掘削され、その中ほどで各トンネルをクロスした横穴でつながれていたそうだ。

 8月9日の原爆投下時には、1,2号トンネルはすでに完成し、780台余りの機械が移され、魚雷の部品が製作されていた。3,4号トンネルは貫通していたが未使用、5,6号トンネルは掘削工事中だった。トンネルの掘削は、朝鮮半島から強制連行された人たち約800人に従事させていた。

 2010年1月1日の長崎新聞の記事を引用しよう。「長崎原爆被災者協議会(長崎被災協)会長の谷口稜曄(80)は、当時をこう振り返る。岩盤を掘削する過酷な労働には主に朝鮮半島出身者が動員され、粗末な小屋で寝起きした。戦後、関係者に聞き取りし、証言集『原爆と朝鮮人』をまとめた《在日朝鮮人の人権を守る会》は、少なくとも800人の朝鮮人が掘削に従事し、大半は日本に強制連行された人々だったとみる。守る会代表の高實康稔(70)は「彼らの労働環境は衣食住の劣悪さという一言に尽きる」と指摘する。

 第二次世界大戦の末期、日本の敗戦は確定していた。1945年3月10日東京大空襲では10万人以上の犠牲者を出した。3月12日に名古屋大空襲、13日には大阪大空襲も始まった。3月26日には沖縄の座間味島などへの米軍上陸作戦により、沖縄戦という玉砕戦が幕を開けた。敗戦が必至なのは、軍部も政府も充分すぎるくらい認識していた。しかし、敗戦を受け入れることができなかった。

 8月6日に広島に原爆が投下され、9日に長崎に原爆が投下され、同日未明にはソ連が参戦していた。ここでやっと日本政府は敗戦を受け入れた。すでに、あまりにも大きな犠牲を払いすぎた後で。

 3月11日の福島第一原発事故後でありながら、政権に復帰した安部首相は、原発推進に切り戻している。第二次大戦の末期を再現してはならない。再び大きな犠牲が出る前にこの流れを止めようではないか。

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『みちしるべ』デジタル化への提言<2013.1.Vol.76>

2013年01月01日 | 藤井隆幸

『みちしるべ』デジタル化への提言

編集長代理 藤井隆幸

はじめに

 阪神淡路大震災から、早くも18年。世間は如何に変化したか。“戦争を知らない子供たち”の 孫、“震災を知らない子供達”が成人する。

 阪神淡路大震災の時、携帯電話はごく一部が保有。昨今、8000万台を遙かに超え、固定電話を越える。震災頃にお家FAXが普及したが、今や電子メールに凌駕される。パソコンはWindows95(MS社の場合)で、インターネットは通信速度も遅く、画像ダウンロードには時間がかかった。ナローバンド(低速通信速度)からブロードバンド(高速通信速度)時代を迎え、パソコンの能力も極端に高度化した。基本OSもWindows8に。

 ホームページは複雑なタグ(指令記号)入力、スクリプト(簡易ソフト)を必要とする時代から、今や、ホームページビルダー(ホームページ制作ソフト)により、専門知識もいらずに制作が可能。より簡易なブログも、多数の会社が提供。ブログの数は8000万件に。更に簡易ブログであるtwitter(ツイッター)やface book(フェースブック)が普及。このSNS(ソーシャルネットワークサービス)の勢いは、ブログを超える。それは、携帯電話がスマートホン(大き目画面でボタン無しのタッチパネル式)に変化したことによる。スマホは電話機能付きのパソコン。電話機能よりネット接続に重きを置き、ネットサーフィン(インターネットの電波の波乗り)が主流になっている。

 私のブログのアクセスも、殆どがパソコンからであったが、昨年末頃から、多くは携帯からのアクセスに変化。スマホで暇な時間に外出先で、ネット接続している。メディアの変化も著しく、TVでのインターネットも、近いうちに普通となるのかも。

機関紙などのデジタル化

 商業新聞は現在、数千万部の発行総数だが、毎年数百万部の減少となっている。販売所の統廃合、複数紙の合同販売所、経営破綻による個人経営から本社直営に変化している現状。一方、新聞各社はホームページに力を入れる。数年前までのホームページとは、その容量やシステムにおいて格段の差。朝日や日経新聞では、既にダイジェスト版以外は有料サイトに。これらは新聞社というよりメディア企業だ。TVや他のメディアを包括する総合企業。新聞事業は企業の一部となりつつある。新聞は広告収入でTVに抜かれ、そのTVがインターネットに抜かれた。紙の新聞など、何時でも撤退可能という事かも知れない。アメリカではニューズウィークが紙媒体から撤退。デジタル配信のみに。ニューヨークタイムズなども、デジタル配信有料化。

 商業新聞が紙媒体から撤退すると、高速輪転機に供給するロールペーパーを、製紙会社が供給できないか、相当高価に。特殊インクもしかり。これまでも、政党・労組・団体などの機関紙経営は厳しい。機関紙新聞の発行組織は、商業新聞の撤退に、困惑する日が近い。時代は、そこまで来ていると言えよう。むしろ、最近の団体は、始めから紙の機関紙ではなく、デジタル媒体を使用するところが多くなっている。

デジタル化についての課題と効果

 『みちしるべ』のデジタル化について、具体的段階ではないが、例会にて討論を要する問題・課題も多い。ネット上にあげると、不特定多数が閲覧する。著者は実名か、サイトネームに変更するか。事実記載の際、関係者の同意が必要。その要領を心得て書かねばならない。著作権の扱いも、数百部の内部誌と、ネットにアップするものとは違ってくる。一部文章の引用程度は良くても、歌詞の全文となると問題が発生する。

 TwitterやFace Bookが隆盛になり、スマホなどの携帯メディアで情報が入手される時代。この時代に情報発信には、ネット掲載は必然性がある。多くの人々に見てもらえる事と、印刷と配布・郵送にかかる経費と労力が削減できる。何よりも、複数の担当者で編集・掲載が可能。各自の自宅や場所を特定せず、暇な時間にできる。写真は総天然色が可能で、モノクロ印刷より圧倒的に鮮明。

 『みちしるべ』の過去記事について、デジタル記録が不安定だ。これらは、紙媒体をスキャナーして、デジタル変換の作業が大変だ。もっとも、ネットアップを想定しない文章で、それらの再校正には、尚更の作業が必要である。デジタル化をするとなれば、今後のモノからという事だろう。

 まだまだデジタル参入している団体は少数。参入していても、本腰を入れていないというか、見てもらえるテクニックを知らないところが大半である。今から参入すれば、メジャーになるのも容易なスタートラインと言える。組織であるからこそ、個人に対して、相当優位な条件がある。そのテクニックは、みんなで開発すべきものや、裏テクニックもある。その辺のことは、企業秘密という事であるから、例会で話し合う事に。

 いずれにしても、デジタル化は時代の要請という事だろう。また、紙の媒体を必ず残すという配慮も、心得ておかねばならない。

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