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『みちしるべ』 by 阪神間道路問題ネットワーク

1999年9月創刊。≪阪神道路問題ネット≫交流誌のブログ版。『目次』のカテゴリーからの検索が便利。お知らせなども掲載。

『みちしるべ』ドイツの環境を知る旅から(1)**<2000.2. Vol.3>

2006年01月01日 | 前川協子

ドイツの環境を知る旅から(1)

前川協子

 9月下旬にドイツヘ学びの旅をした。
 ドイツが環境先進国であることは、かねて聞き及んでいたが、出かける直接のきっかけとなったのは、学習講座で在阪のドイツ総領事の話を聞き、その暮らし方の徹底ぶりに触発されたからである。

 かくて女3人旅となり、実際に見聞きしてみて聞きしに優るドイツの環境保護政策に魅了され、これは是非ともわが街にも伝え、実践する必要がると思った。

 しかし、その内容が余りにも多岐にわたり、自分自身でもまだ整理しきれていないのでシリーズ物として報告してい<ことをお許し頂きたい。

1.ドイツの初印象

 旅立ちは関空からだったが、ドイツのフランクフルト空港に着く迄、実に12時間かかった。私は10日間も留守にするには、山積みする雑用をこなす必要があったので、出発前夜は徹夜となった。だから機中はひたすら眠れてよかったのだが、たまたま目覚めて見たツンドラ地帯の凍りつく大地や窓硝子に貼りつく雪(?)の結晶の美しさは忘れ難い。

 そして、ついにフランクフルトの街が眼下に見え、ぐんぐん高度を下げる中で、蛇行する川の流れや豊かな緑に包まれたレンガ色の低層住宅は、まるで童話の世界のよう1こ懐かしく、しかも新鮮な風景に映った。

 ところが着地して入った空港の建物は、機能的でシンプルなモノトーンの世界で、静まりかえっていた。内外の空港にありがちな雑然とした騒々しさが無いのである。わけてもトイレの清潔さは抜群で感動的でさえあった。

 このようにドイツの第一歩は、懐かしさと近代性が程よく調和した中で、好もしい期待感を抱かせて始まったのである。

2.魅力的な街マインツ

 私たちの旅の第一夜は、マインツ郊外のホテルに予約してあったので、取りあえずマインツ市に行くことになった。

 郊外電車に乗ろうとして地下の駅に降りて行く。ところが自動券売機で切符を買っても、行けども行けども改札口が無い。

 つまり通路がそのままプラットホームにつながり、そこで各方面への電車に乗ることができるのだ。

 私達は口々に「えーッ、改札口が無いなんて!?」と驚きつつも「そう言えば機械式改札口の非情さや駅員を沢山雇うことを思えば、余程合理的で進んているよねえ」とひたすら感じ入った。

 電車のシートは薄紫色で統一され、車内はしゃれたデザインであったが、乗降口には2~3段の階段があり、慣れない旅行客が大きなトランクをさげての移動は困った。バリアフリーの進んだ国と聞いていたのに意外な一面で、旧型車輌のせいだったのだろうか。

 さてマインツの駅に着き、ここでも街へ出るには階段があって、私達が重い荷物に辟易していると、ひょいとすてきな紳士がトランクを下げて下さり「今、市内のあちこちで工事中だから足場が悪いので、駅にあるロッカーに預けて見物した方が楽たよ」と教えて下さった。

 なるほど、駅前広場からもう工事現場で足元が危ない。でも助けて頂いたお陰で私たちは身軽になり、伸び伸びと午後の散策にでかけることができた。

 街は茂る街路樹にカラフルな花壇ガ美しく、クラシックな建物に囲まれた広場にはカフェテラスがあり、のんびり人々が憩っていた。思い思いの店先やショウウインドウも洗練されていて目を見張る。樹影には、たった一人でコントラバスを奏でるミュージシャンも居て、まるで童話の世界にまぎれこんだよう……。ふらりと立ち寄った寺院には中庭があり、お墓もあって、供えられた花々に信仰の篤さを知った。こんなに清らかで静かなところで永遠の眠りについている人がうらやましい。又、街のあちこちには由緒のありそうな古い彫刻が沢山あり、いかにも歴史と文化の層の厚いことがうかがえた。

 街並みを外れると、そこには悠々たる大河が流れていた。有名なライン川である。暮れなずむ対岸には森の間から尖塔が見え、工芸的な橋がかかり、川面を次々と船がすべるように流れて行く。大きな遊覧船や小船にまじり、いかだのように長い長い船が、荷物を一杯積んでゆったり過ぎて行く。積み荷は一体、何なのだろう。ともあれ、大河が今も豊かに現役で役に立ち、人間社会と共生していることに深い感動を覚えた。

 黄昏のライン川を後にして、私達は夕食をとるために小ぎれいなレストランに入った。ドイツのレストランの特徴は、メニューが総て独特な書体の手描きであることだ。只でさえドイツ語の分からぬ私達はお手あげとなり、ガイドブックを広げて、「最も代表的なドイツ料理」とある「ヴィーナーシュニッツェル」(子牛肉のカツレツ)を頼むことにした。ご丁寧にも「旅先ではどうしても野菜不足になるからね」と野菜サラダまで別註したものだから、運ばれてきて驚いた。大皿に山盛りのサラダ。それに力ツレツも一人前で優に二人分はあろうというボリュームたっぷりのポテト。それが三人分、ドーンと食卓に並んだのだから壮観だった。暫くは黙々と食べることに専念したのだが、当然にギブアップ。それでも私達はめげずにウェートレスに頼んでパッケージを貰い、それぞれ残りを包んで、初めての失敗に笑い転げながら店を出た。

 駅に引き返し、ホテル迄乗ったタクシーの運転手さんが英語の分からない武骨な人で、ガタガタのオンボロ車なのに、夜道を猛スピードで飛ばすのには恐れ入った。でも無事にホテルについてヤレヤレ。

 先ず初日の考察はドイツの男性について。非常に紳士的で哲学者の風貌を備えた人と、山男的にがっしり逞しい人との二タイプに遭遇したが、共通するのは優しい人間性と自立した人格としてのすてきに床しいマナーだった。

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『みちしるべ』未知との遭遇 in 長野**<1999.11. Vol.2>

2006年01月01日 | 前川協子

未知との遭遇 in 長野

前川協子

息をつぎ登る地附山は静まりて
        鎮魂の碑の小さきが悲し

しなの木の落ち葉拾いつ佳き人は
        信濃の国の語源を語りぬ

許さじと日本の原罪問う人ありて
        五輪とダムのつながりを知る

凄まじき水面の汚れに声もなく
        裾花ダムに粛々と立つ

砂洲溜まる清き砥川の悩みも知らで
        諏訪湖の沖ゆく遊覧船よ

大いなる垂れ幕三本街角に
        ダム反対の強き意思告ぐ

絶妙の木やり節が高らかに
        唄わるる谷願い届けと

秋陽さ八島湿原御射出に
        旗立て集う国土の防人

災害を尋ね歩きし信濃路に
        たわわなりんごの彩り優し

真心でもてなし給う信濃人
        その闘いを学びて活かさむ

別れきて乗り継ぎ駅に資料繰れば
        いつしか黄昏れ秋風の吹く

旅路より帰りく夜道に木犀の
        匂いて気づくアイデンティティを

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『みちしるべ』武庫川問題を検証する**<1999.11. Vol.2>

2006年01月01日 | 前川協子

武庫川問題を検証する

前川協子

1.情報公開と議会や行政姿勢について

 震災後の混沌とした社会情勢の中で武庫川ダム建設の話を聞いた時、そのあまりにも知らされていない計画にもかかわらず、巨費(約300億円)が投じられることに疑問を抱いた。そこで情報公開請求をして武庫川の実態やダム計画を学んでから総合的に判断したいと思った。

 しかし、窓口での閲覧だけでなく膨大な資料のコピーを頼むと、1枚30円(県の場合)かかり、それも肝心な所は黒塗りの部分公開しか出てこない。県会議員には月額50万円の調査費が支給されているのだから、もっと県民に向けての情報を発進し広めて欲しい。次に感じたのが行政の縦割りとボトムアップの無い強権姿勢であった。署名を持参し訴えても副知事や居並ぶ担当者との話し合いは平行線のままで噛み合わず、環境アセスメントと密接な関わりを持つ環境政策課は全く蚊帳の外だった。

2.自然保護と人文の視点から考える

 実は、武庫川ダム計画が浮上するまで私は武庫川渓谷を歩いたことが無かった。このように世間では、きちんと評価されずに位置付けの弱い二級河川だったのだろう。この機会に河口から源流まで幾度かウォッチングを重ねるにつれ、私はそのおおらかな母なる魅力にとりつかれてしまった。堂々の一級河川並の風格である。殊に武田尾の渓流添いを行く廃線敷のハイキングコースは得難い存在で、流域にまつわる様々な伝説や遺構等と共に、ぜひ次代に引き継いでいきたい。それが先人達の苦労や知恵を伝承する私達に与えられた使命であろう。又、絶滅危機の生物貴重種については、できるだけ人工の手を加えずに種の保存と育成をはかるのが最大の命題である。

 今や都市問題の最先端である“川と人の関わり”については、水循環に基づく新たな視点と切り口が求められており、その意味からも“独創的な武庫川学”が求められている。

3.果してダムは最善策なのか

 昭和58年秋の暴風雨時に検分した武庫川下流域は、確かに破堤寸前の増水振りであった。その原因は上流の三田地域を含む大規模開発の影響と言われてきたが、近年ダム問題を学習することでやはりそれが証明された。

 即ち三田周辺の開発に伴う調整池が河川改修をすることで埋め戻されていたり、農業の衰退による溜め池の減少が分かったからだ。

 しかし、その後に始まった震災対策も含めた河川改修工事により、下流付近の浸水被害は起きていない。だが武田尾やリバーサイドの浸水危機はまだ解消
されず、最大のネックになっている。これとてダムが出来ても防ぎきれないと聞くと、他の方策を探る方が賢明なのではないか。抜本的には上流域の開発抑制、調整池や溜め池の再整備、遊休農地等を利用した遊水地の確保、輸中の設営、それに補償による移転等が考えられる。いずれにしろ将来的に有用な公共投資を行うべきだ。

4.住民運動の行方を探る

 世界的な潮流「ダムは無駄」の時代だか、現実は厳しい。無駄な公共事業をチェックする県の事業監視委員会が武庫川ダムを「妥当」と答申したのを始め、今春の県議選では「ダムのいらない総合治水」を目指すベテラン県議が落選したり、フツーの市民が「ダムヘの懸念や疑問」を表明するだけで、議会や役所等から圧力を受ける現実がある。地方の木頭村では住民自治を謳う自治体ぐるみのダム反対運動が展開されているのに、都会の私達がディベートのできない社会を容認していて良いのだろうか。「地球に優しい治水対策と必要な公共事業は何か」を問いつめるためには、流域全体の環境問題として捉え、情報の徹底と市民の連帯で世論を喚起するしかない。場合によればナショナルトラストやグラウンドワークを眼中に入れた活動や住民投票等によるシステム或いは法の改正をも目指さなければ本物の市民運動にならない事を肝に銘じたい。

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『みちしるべ』短歌「暮らしの中で」**<1999.9. Vol.1>

2006年01月01日 | 前川協子

暮らしの中で

前川協子

六甲の山脈(やまなみ)ぼんぼり灯(とも)すごと
                  こぶしの花は今盛りなり

キリストが天使を抱(いだ)く絵のように
                  コソボの幼児(おさなご)抱きし父よ

山陰へ青春切符で旅すと言う
                  熟年夫婦は屈託も無し

まだ犯人(ホシ)のあがらぬ町に住む慣(な)らい
                  支局詣(もう)での憲法記念日

五月雨(さみだれ)に薔薇の蕾を喰(は)む毛虫
                  背中の針に露が光りぬ

若き娘(こ)のまろき乳房に揺るる陽(ひ)
                  眩(まぶ)しく視(み)つめて遠き日憶(おも)

地の星と見まがう十薬(じゅうやく)楚々と咲き
                  その名教えし亡父の恋しも

落ち梅の二ツ三ツをキッチンの
                  窓辺に置きて香り愉しむ

五月雨の止みし しじまに ほっほほう
                  仲間恋しか ふくろうの啼(な)

夜半の二時 ファックス鳴りてひたむきな
                  文学溢れくる強き意思もて

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