第一会場から第二会場までは渡り廊下になっている。
展示室に入る。
正面に「釈迦三尊像」。その脇に左右各3幅。左右に各12幅。コの字型に配置されている。
照明は暖色系でほの暗い。
人目見て圧巻。
元々、法要の際に用いられた絵であるが全体としてみると仏教とか禅とかという小さいカテゴリーを超えてこれそのものの全体像がひとつの崇高な宗教画である。
臨済禅にはもちろん仏像そのものを崇拝する精神はない一方、臨済禅は枯山水や水墨画を育んだ。
自己の内面世界を磨き、梵我一如に至る道を言葉に非ず表現するのに美術を用いた。
真言密教の修行が原色あふれる壮麗な大日如来の宇宙を模した両界曼荼羅の中で行われるように、若冲は結果的に禅宇宙をプロデュースしてしまったのかもしれない。
あまりに崇高なもの、例えば優れた仏像とか建築物とか、絵画などをみると血管が収縮して体が冷えることがある。
が、この若冲宇宙を全体としてしばしみていると体が暖まってくるのがわかる。
泣けてきそうにもなった。
これが自然光の中、法要の中で座って眺められたら最高。
昔から「末期の場はどこか」という夢想をしているのだが、そのひとつに即座にランクインした。
1時間ほどいたであろうか。
全33幅を仔細にみることができた。
若冲その人の才能をどう評価したらよいのだろう。
しかも息苦しさこの上なき江戸時代18世紀の人である。
若冲は存命中すでに巨匠と評されていたようだが、この画風、技術は後に伝わらなかった。伝えようともしなかったに違いない。
「釈迦三尊像」「動植綵絵」を相国寺に納める際に若冲は、自分と家族の永代供養の約束を寺からもらっている。
若冲50歳のことである。
裕福な実家を持ち経済的な不安もなく、居士の称号ももらい、墓の心配もなくなったこの時点で大きな目標は達成されてしまったのではないか。
「動植綵絵」納品後の若冲は、また一風変わった画風となる。
それをもう一度、確かめたくなってまた第一会場に戻る。
「亀図」をみる。若冲最晩年の作といわれる。ここに描かれた亀は写実的でも超絶技巧でもない。
子供が描く絵のようですらあるし、亀の目など力の抜けきった天上の生き物のようである。
何となく仕事をやり切って燃え尽きた人の最期の遊び心のようなものが出ているようにも感じられる。
「厖児戯帚図」で道をはじめ、「動植綵絵」で道を極め、「亀図」で昇華する。
この生真面目な絵の求道者の人生は85才まで続いた。
いつか若冲の人生を小説にしてみたい。
以下、詳細
釈迦三尊像をみると仏像を見ていて気づきにくいこと、例えば細部の描写や色彩など新たな発見がある。
-色彩は赤系を多用し絢爛豪華
-釈迦三尊像に描かれる仏・僧はヒゲを生やし、しかも皆、爪が長い。こうした仏像制作の約束ごとは彫刻よりも絵画の方が勉強になる。
-文殊菩薩は獅子、普賢菩薩は白象に乗るが、獅子も象もそれぞれの足は色鮮やかな蓮の花の上に乗る。
動植綵絵の30幅について
-鶏の絵は特にそうだが、眼力が異常に強い。白目がないからなかなかに力を出すのは難しかろうと思うが、明確に感情を持った眼である。
-メインの画題、鳥とか虫など「動」は非常に写実的であり、執念ともいえる精密さである一方、「植」が混じるととたんに幻想的になる。
殊に雪の風景はこの世の物ではない。胡粉で遠近感のある雪の降りゆく様を描くのもまた超絶技巧だ。世界を溶かしたサルバドール・ダリのようですらある。
-小動物の群れの図、 「蓮池遊魚図」「秋塘群雀図」などは同じ大きさのものが同じポーズ、同じ方向に進んで行く。
こういう画題の場合は機動艦隊のごとく、あるいは爆撃機編隊のごとく無表情に整然と行くのであるが、群れない場合の動物はそれぞれ表情豊かである。とりわけ小鳥は片足を上げて枝につかまっている物が多い。
-鳥の絵を描けといわれると100人中99人は横から見た絵を描くであろうが、若冲の鳥は振り返ったり、下から見上げたりである。それだけでも非凡であるが、若冲は正面から見た鳥をあえて描く。鳥を正面から描く人は珍しいのではないか。
-基本的に白い物を白く、黒い物を黒く描くのこそ難しいと思うが、それが白は白として、黒は黒としてグラデーションまでもがしっかりと伝わってくる。
もし、今日この中で一枚持って帰っていいといわれれば「老松白鳳図」。
この鳳凰は非常に艶めかしい。また「動植綵絵」の動物の中で白眼と黒眼を持つのはこれだけであり、その目だけが惚けたように解脱している。
マンガの巨匠手塚治虫氏の描く鳥のようでもある。
※33幅の配置は以下の通りであった。他の配置を推理した物もあるようだ。
〔正面〕
釈迦如来像(しゃかにょらいぞう)
文殊菩薩像(もんじゅぼさつぞう)
普賢菩薩像(ふげんぼさつぞう)
〔向かって右方向へ〕
老松孔雀図(ろうしょうくじゃくず)
芍薬群蝶図(しゃくやくぐんちょうず)
梅花皓月図(ばいかこうげつず)
南天雄鶏図(なんてんゆうけいず)
蓮池遊魚図(れんちゆうぎょず)
老松白鶏図(ろうしょうはっけいず)
雪中鴛鴦図(せっちゅうえんおうず)
紫陽花双鶏図(あじさいそうけいず)
老松鸚鵡図(ろうしょうおうむず)
芦鵞図(ろがず)
薔薇小禽図(ばらしょうきんず)
群鶏図(ぐんけいず)
池辺郡虫図(ちへんぐんちゅうず)
菊花流水図(きっかりゅうすいず)
群魚図(蛸)(ぐんぎょず・たこ)
〔向かって左方向へ〕
老松白鳳図(ろうしょうはくほうず)
牡丹小禽図(ぼたんしょうきんず)
梅花小禽図(ばいかしょうきんず)
向日葵雄鶏図(ひまわりゆうけいず)
秋塘群雀図(しゅうとうぐんじゃくず)
椶櫚雄鶏図(しゅろゆうけいず)
雪中錦鶏図(せっちゅうきんけいず)
芙蓉双鶏図(ふようそうけいず)
梅花群鶴図(ばいかぐんかくず)
芦雁図(ろがんず)
桃花小禽図(とうかしょうきんず)
大鶏雌雄図(たいけいしゆうず)
貝甲図(ばいこうず)
紅葉小禽図(こうようしょうきんず)
群魚図(鯛)(ぐんぎょず・たい)
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