扶桑往来記

神社仏閣、城跡などの訪問記

坂東三十三観音遍路 3日目 −武蔵、九番・十一番・十番−

2015年03月23日 | 御遍路・札所

坂東三十三観音巡礼3日目。

今日は埼玉県比企三山に向かう。

お供はS4。

 

最初は九番慈光寺。住所は比企郡ときがわ町。

比企とは鎌倉御家人の重鎮比企一族の本貫であろうか。

宗派は天台宗、本尊十一面観音。

結構な山の中にあり山門をくぐると本堂。

本堂から少し登っていくと観音堂。

 

 

秘仏の十一面観音が安置される観音堂には頭上に白馬が納められている。

何でも左甚五郎の作といい、夜な夜な田畑を荒らすので村人が怒って捕まえ奉納してしまったという。

 

 

写経館があり国宝の法華経写経の複製があった。

結構な広さの境内である。

御堂の装飾もなかなか立派で宝物館も見応えがあった。

 

御詠歌「聞くからに 大慈大悲の 慈光寺 誓いも共に 深きいわどの」


次は十一番岩殿山安楽寺(吉見観音)に納経。

慈光寺から東へ20kmほどの距離。

比企郡吉見町、真言宗智山派で本尊は聖観音。
行基菩薩が観音像を彫って岩窟に納めたのが起源という。
源頼朝の弟範頼が幼少期に身を隠していたともいう。
天文6年(1537)、北条氏が松山城を攻めた際に全伽藍が焼失した。
城主は扇谷上杉朝定で河越城が落城したためこの地に逃れた。
天文14年に再起を図って反北条氏を糾合して河越城奪還を期すが野戦で大敗、朝定は討死。
扇谷上杉家は滅亡する。
 
 
 
 
 
 

こちらの三重塔は寛永年間に築かれた。

 

納経所は民家風で玄関で犬が番をしていた。

といえどもやる気がない。

 

犬をかまった後に十番厳殿山正法寺(岩殿観音)に納経。

東松山市岩殿、真言宗智山派で本尊は千手観音。

 

仁王門が迎えてくれる。

 

 

このあたりは比企丘陵の最高地点らしく、坂上田村麻呂が物見をしたという伝承がある。

鐘楼からの眺めもいい。

 

今日は3つ納経で終了。

花粉症が最近ひどくズルズルでつらい一日でもあった。