温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

広河原温泉 湯ノ沢間欠泉 湯の華

2009年12月03日 | 山形県
※残念ながら閉館しました。



温泉大国の日本には間歇泉がいくつも存在しています。代表的なものとしては鬼首の吹上間欠泉、上諏訪の諏訪間欠泉、別府の龍巻地獄間欠泉などがあり、いずれも観光名所として多くの人を集めていますが、これらは地中のお湯が沸騰することによって発生する圧力で噴き上げる間欠沸騰泉と呼ばれるもので、その性質上お湯が高温であるため温泉といえども入浴することができず、温泉ファンはお湯に入りたい欲求を抑え、指をくわえて噴き上がるお湯を眺めている他ありません。しかし、山形県飯豊町の南端、飯豊山系の山々と栂峰の間に聳える飯森山の山中には、高々とお湯を噴き上げる間欠泉のお湯の中にじっくりと浸かることができる温泉があります。日本には多くの温泉がありますが、間歇泉に直接入ることができるのは唯一ここだけではないでしょうか。

国道113号線を手ノ子付近で白川ダム方向へ折れ、県道4号線に入ります。道なりに走って白川ダムを通り過ぎ、県道8号線との重複区間に入ってしばらくすると「湯ノ沢間欠泉 湯の華」の看板が現れますので、ここから先は随所に立てられている案内看板に従って進んでください。やがて道は広河原集落に差し掛かりますが、この辺りから道は狭隘になり、集落を抜けると舗装路面が終わって、ここから目的地までの約7キロはダートが続きます。この道が結構な悪路で、私もある程度は覚悟していましたが、凸凹だらけの路面、行き違いできる箇所の少なさ、沢の洗い越し、崩壊して修繕した跡がある路肩など、ドライバーの肝を冷やすようなポイントばかりで、さすがに舌を巻いてしまいました。道の終着点が目的地です。山ばかりだった視界に建物が見えてくるので、そこが終点だとわかるとハンドルを握る手もほっとします。

 
左:広河原集落へ入るところにある案内看板。ここから現地まで15km
右:林道の始点。ここから7km

 
左:ダートの林道を進みます
右:ところどころに、残りあと何キロかを示す看板が立っています。ここはあと4km


ここがゴールです。建物の手前には温泉のカルシウム分によって形成された石灰丘が広がっています


広河原温泉の歴史は古く、明治43(1910)年には療養泉としての検査を東京衛生試験所に依頼した記録が残っているそうですが、その頃は間欠泉ではなく、一般的な温泉のように普通に自然湧出していたんだそうです。しばらく経って、高温の温泉を得るため1972年に当地を88mボーリングしましたが、湧いたお湯からは期待した温度が得られなかったこと、また山奥深く交通が不便で冬季は閉鎖せざるをえないことから、それ以上の温泉開発は進まず、放置されてしまいました。しかし最近になってその温泉が間欠泉になっていることがわかって俄然注目を浴びるようになり、当地は町によって簡易ながら無料の露天風呂として整備され、そして2005年には更に整備が進んで宿泊施設「湯の華」が開業して現在に至っています。余談ですが、当地までの林道は乗用車がやっと通れるほどの狭さ(特に橋)なのに、「湯の華」建築に際して用いたはずの重機をどうやって搬入したのかが不思議でなりません。

館内はペンションのアットホームさと旅館の奥ゆかしさを足して2で割ったような清潔感のある佇まいで、人里離れた山奥とは思えない立派な建物です。玄関を入って右手にある浴室はもちろん男女別で、3~4人サイズの内湯の浴槽には黄土色に濁ったお湯が注がれています。お湯は源泉温度が低いため加温されています。
内湯から外へ出ると、ここの目玉である露天風呂で、男女混浴、真ん中に間歇泉が位置しています。私が訪問した時はちょうど間歇泉が噴き上げている最中で、お風呂には先客が2人いらっしゃり、一人は栃木県の那須から、もう一人は神奈川県の横須賀から来たんだそうです。私を含めた3人は皆温泉好きで、どこの温泉が良いとか印象に残ったとか、間歇泉のように止め処も無く出てくる温泉談義に花が咲きました。横須賀の方のお仕事は某自動車メーカーのディーラーの営業なんだそうで、携帯の電波が全く届かないこの場所は仕事から隔絶することができ、その上間歇泉を見ながら湯浴みできるのだから天国のようだと仰っていました。なお、ここは山深いため電気が通っておらず、宿で使う電気は露天風呂脇に設置されたエンジン式の自家発電機で起こしているため、入浴中に発電機のエンジン音がちょっと気になるのが玉に瑕かもしれません。

間歇泉が噴き上がる高さは2メートル弱で、それより低くなることも多く、私は目撃していませんが、時折7メートル近くまで上がることもあるそうです。噴出時間は全く不規則です。長い時間吹き上がることもあれば、全然吹き上がらない時もあり、かと思えば小刻みに噴出と小休止を繰り返すこともあります。上述の鬼首・諏訪・別府の間歇泉はお湯の沸騰により噴き上がる仕組みでしたが、この広河原温泉・湯ノ沢間欠泉は地中の炭酸ガスの圧力によって噴き上がる間欠泡沸泉というタイプのもので、なぜ噴出の高さや時間が不規則になるのかは解明されていないようですが、少なくとも沸騰による間歇泉よりは、噴き上げに要する炭酸ガス圧力のかかり方やお湯の供給に微妙なバランスが要求されるらしく、それが不規則さをもたらしているのかもしれません。

上述のようにこの間歇泉の原動力は炭酸ガスであり、熱エネルギーが噴出に介することはないので、噴き上がるお湯の温度は低めです。実際にここの露天風呂は35℃前後のかなりぬるいお湯で、夏以外に入るのはちょっとつらいかもしれません。そのかわり長湯できるので、間歇泉の動向をじっくり観察したい人にはもってこいです。温泉談義に華を咲かせた私たちは1時間以上入浴し続けていましたが、全く湯疲れしませんでした。
赤みを帯びた黄土色に濁るお湯は、湯上りの体をタオルで拭くとタオルが黄色く着色するほど濃く、口に含むと金気味に塩味、甘み、そして炭酸味が混ざった複雑な味が感じられ、肌をさするとキシキシとした浴感が得られます。またカルシウム分が多いことも特徴の一つで、間歇泉の下流には50m四方に及ぶ石灰丘が広がっており、独特の景観を作り出しています。ついでに申し上げると、東北の山中の水辺で、噴き上がるガスやお湯に炭酸成分が含まれるということは、アブが沢山寄ってくることを意味しています(アブは動物が呼吸して出す炭酸ガスを感知するので)。私の訪問時は小雨が降っていたのでアブの被害には遭いませんでしたが、真夏で晴天でしたらアブに襲われることを覚悟せねばならないと思われます。 

さて、この広河原温泉・湯ノ沢間欠泉ですが、数年後には間歇泉が止まってしまうという研究が発表されています。噴き上がる周期を計測したところ、年を追うごとに徐々に短くなっており、これは地中の炭酸ガスの力が優勢で、温泉水の供給が不足気味になっていることが考えられるそうです。現状のペースでいけば2015年にはガス圧が強くなりすぎて間歇ではなく噴きっぱなしになり、2017年には温泉水の供給が欠乏して噴出が止まってしまうかもしれないという予測が出されています(※)

人里から遠く離れた人間生活とは無縁の地で、間歇泉という大自然の不思議と一体になりながら、温泉という地球の恵みを楽しむことができる、極めて稀有な秘湯です。本当に間歇が止まってしまうのか定かではありませんが、もし本当なら皆さん早めに訪れたほうがいいかもしれません。間歇泉に入れる温泉なんて他にないのですから。


内湯の様子


間歇泉が吹き上げている状態


間歇泉の前で湯浴みする私。このときの噴き上げ高さはちょっと低めです


①(間歇泉)ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩・塩化物泉 35.1℃ pH6.6 蒸発残留2325mg/kg
②(2号泉)塩化物冷鉱泉 23.3℃ pH不明 蒸発残留902.5mg/kg

山形県西置賜郡飯豊町大字広河原字湯ノ沢448-2 地図
(衛星電話・宿直通)090-2275-2104
(冬季期間)0238-78-0045
ホームページ

※残念ながら閉館しました。
9:00~18:00
11月中旬~4月末は冬季休業
600円
ドライヤー・シャンプーあり

私の好み:★★★

(※)石井栄一「間歇泉の発生と消滅のメカニズム」(大沢信二編『温泉科学の新展開』ナカニシヤ出版)

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (彼方)
2021-08-06 04:45:53
この広河原温泉の間欠泉ですが、どうやら本当に止まってしまったようです。
「湯の華」はご主人がお亡くなりになり2019年に廃業、その後は温泉もろとも放置されていたらしいですが、直近のTwitterで温泉が出ていなかった旨の報告を目にしました。
湯船はオタマジャクシが多数泳いでいたとのこと。写真も投稿されてましたが、既に池になっているようです。
源泉が生きているのかまでは不明ですが、再生するのは難しそうですね。
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Unknown (K-I)
2021-08-09 23:27:41
彼方さん、返信遅くなり申し訳ありません。
湯船にはオタマジャクシが泳いでいるんですね。いずれ止まってしまうことは予測できていましたが、でもやはり悲しいです。
私も今調べたところ、法人が今年破産手続きしたようです。場所柄商売が難しいので、復活もないでしょうね。
返信する
Unknown (彼方)
2021-09-22 00:38:55
続報です。
その後Twitterのタイムラインでいくつか報告を見かけましたが、いつの間にか間欠泉はまた噴き出してるらしいです。ただ湯温は不安定で入れる状態じゃ無さそう。
多分ガスは生きてるんでしょうが、やはり源泉が止まりかけなんでしょうね。誰も整備してないはずなのでしょうがないんでしょうが。
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Unknown (K-I)
2021-09-23 12:11:24
>彼方さん
現状についてお知らせくださりありがとうございます。私がブログで紹介した研究によれば、地中の炭酸ガスが優勢である一方、温泉水の供給が減っているらしいので、完全に止まってしまうのも時間の問題なのでしょうね。
いいタイミングで実際の間歇泉に入れたことを思い出に深く刻みたいと思います。
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