日が傾いて空が薄暗くなった御所湖畔に佇み、一人ベンチに腰をかけて、「あぁ、俺の人生みたいに、今日の天気も頭上の雲がちっとも晴れないな」と愚痴をこぼしながら、まだ雪が残る湖面越しの青い山稜を眺めて、一人しみじみと黄昏る36歳の私。岩手山は雲に隠れて望めず、八幡平方向の山すそが辛うじて見えるばかりでしたが、そんな重苦しい情景にかすかな慰めをもたらすかのように、下流方向の右岸に見える繋温泉の温泉街では蛍の光のように小さな明かりを徐々に灯し始めていました。黄昏の景色の中で、紫煙を燻らせながら、目を細めて自分の人生を振り返る…なんて描写だったらカッコイイのですが、この時の私は右手でオレンジジュースの缶を握り、左手で贅肉に食い込んだパンツのゴム跡をポリポリと頻りに掻き毟りながら、阿呆みたいに口をポッカリ開けたまま、ぼんやりと背中を丸めておりました。抒情的な景色の中に佇んでいくら格好をつけようと思っても、決してダンディになれず、怠惰な中年の姿から一歩も抜けだすことはできません。あぁ、情けない。そうこうしているうちに、湖面から吹く風が一気に冷え、寒さのあまり身震いしてきちゃいました・・・格好つけるどころじゃねぇや。
さて無駄口はともかく、御所湖からの眺望を楽しんだあとは、冷えた体を温めるべく、繋と鶯宿の中間に位置する御所湖温泉「ホテル花の湯」に立ち寄って、温泉ファンの間で評価の高い温泉浴場に入って、日帰り入浴してきました。周囲には数軒の民家があるばかりでとても閑散としており、こんなところに観光施設なんてあるのかと疑わしくなるような立地でして、私もここの前は何度か通り過ぎていましたが、まさかこんな施設があるとは、ちゃんと調べるまでは知りませんでした。駐車場は広く、外観もなかなか立派です。
駐車場から見える、外にせり出たこの錐形の建物が浴場のようです。周囲にはお堀のような池があり、露天風呂から捨てられたお湯が流れ落ちていました。良く見るとうっすら湯気が立ち上っています。
館内に入ってびっくり。天井が高くゆったりとした造りで、豪華なロビーじゃありませんか。玄関やフロントなどには特に日帰り入浴に関する案内は無く、もしかしたら入浴のみはNGなのかと恐る恐るフロントのおじさんに尋ねてみたところ、氏は軽度の対人恐怖症ではないかとこちらが心配したくなる程、俯きながら蚊の啼くような細い声で「んっ、はぁ、はっぴゃくえんですぅ」とご返答。立派な施設だからそれに応じた自信満ち溢れる声量と態度で接してくれるのかと思いきや、あまりの落差に思いっきり腰を抜かしそうになりましたが、私も極度の対人恐怖症であり被害妄想と誇大妄想が猛々しい性格ですので、むしろ同情の念すら湧いてしまい、心の中で氏に「頑張れ」と勝手な声援を送りつつ、ロビーの左手の奥にある浴室入口へと進んでいきました。
脱衣所も綺麗で使い勝手良好です。ちょっと高めの料金設定ですが、この設備だったら文句ありません。でも敢えて難を言うならば、落ち着いた色調でまとめられすぎていてアクセントがなく、役所や第三セクターの施設みたいな没個性なインテリアは、温泉に抱きたいワクワク感も無ければ、大人な雰囲気で寛ごうとするシックな佇まいも醸し出せず、「御所湖に来たぜ」と印象に残るようなものが無い中途半端な結果に終わっているような気がします。こうした感想を申し上げるのは、こちらの施設が所謂「できる子」だからこそ進言したくなるのでして、ダメな子にはアドバイスしようとする気すら起きません。いわば愛情表現なのであります。言い換えれば100%大きなお世話でもありますが・・・。
内湯は天井が高く、大きなガラス窓に面しているので、明るく開放的です。駐車場から見えた錐形の屋根の下がこの内湯に当たるわけですね。室内には大きな浴槽がひとつあるほか、洗い場にはシャワー付き混合水栓が7基と立って使うシャワーが1基設置されていました。
湯口からは大量に源泉が投入されています。ほんのりと黄色を帯びた透明なお湯からは、硫黄の味と匂いが薄らながら明瞭に感じられ、重曹的なさわやかなほろ苦さや高アルカリ性泉的な微収斂も確認できました。またヌルヌルに近いツルスベ浴感がかなり強く、あまりの気持ち良さのために何度も自分の肌をさすってしまいました。この湯口には白い物が付着しており、指でつついてみると、硫黄泉によくある湯の華状のものではなく、やわらかいゼリーというかクラゲみたいなプニプニした感触が得られました。
見ていて惚れ惚れするのが、浴槽の縁の全辺から惜しげもなく大量にオーバーフローする温泉のお湯です。洗い場に寝そべって、この溢れ出るお湯で寝湯をしたら気持ち良いでしょうけど、他のお客さんに迷惑になりそうだったので、こちらでは遠慮させていただきました。でもそんな発想に至ってしまうほどの溢れ出しなのです。
こちらは露天風呂。床や浴槽は鉄平石で、庭園風の岩風呂です。周囲を庭木で囲ってあるため、お風呂からの眺望は期待できませんが、木々の隙間からは湖方向の景色を覗くことができ、さきほど湖畔から眺めた山々をここからも見ることができました。
一方で、内湯から露天へ出るドアは老朽化のためか動きがヤケに重く、また露天風呂を覆う屋根や外壁の一部は破損したままで、客が見える範囲でも建物の経年劣化が目立ち始めていました。また庇から落ちる雨水によって男女仕切りの塀の一部が汚れていました。ロビーはとても寛げる優雅な空間だったのに、腐食の進行が著しいお風呂などの水回りはどうしても劣化に対する誤魔化しがききにくいようで、こればかりは予算の都合があるんでしょうから仕方ないですね。人間でいえば、顔はしっかりお化粧しているけど、襟元に汚れ沁みをつけたまんまだったり、靴が明らかな安物だったり・・・みたいな状態でしょうか。尤も、化粧で誤魔化すぐらいなら、はじめっからスッピンで会ってくれればいいじゃん、という発想が、私のようなひなびた温泉好きな人間の心理なのかもしれず、だからこそ今回は重箱の隅をつつきたくなっちゃったのかもしれません。無駄口、大変失礼いたしました。
内湯同様、湯口から大量の源泉が投入されており、浴槽のお尻から排湯が川を為して外へ落ちてゆきます。なおこの日は外気の影響を受けて、湯加減は内湯よりもかなりぬるめでした。こちらの湯口にも白いクラゲみたいなプニプニした物体が付着していました。ところで、この湯量豊富な源泉は名前を「大勲の湯」と称するようですが、これって温泉分析を申請した方の名前の苗字と名前から一文字ずつ取って名付けているんですね。
お風呂は内湯や脱衣所が清潔で使いやすい意外に特段これといった面白ポイントは見当たらないのですが、内湯露天ともに完全掛け流しの贅沢な溢れ出しを実現している湯づかいと、放流式ゆえに保たれている新鮮なお湯に浸かれる点は、とっても好印象でした。ここを取り上げてくださった温泉ファンの方の記事に感謝です。
御所湖温泉(大勲の湯)
アルカリ性単純温泉 45.5℃ pH9.1 183L/min(動力揚湯) 溶存物質0.7138g/kg 成分総計0.7140g/kg
Na+:234.8mg(97.80mval%),
F-:22.9mg(11.30mval%), Cl-:256.4mg(67.51mval%), HCO3-:115.3mg(17.65mval%),
H2SiO3:37.4mg,
岩手県岩手郡雫石町西安庭第27地割4-1 地図
019-692-1050
ホームページ
日帰り入浴時間10:00?~19:00
800円
ロッカー(100円リターン式)・シャンプー類・ドライヤーあり
私の好み:★★★