ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「怒涛の虫」 西原理恵子

2008-03-04 17:23:49 | 
文章を書いていると、素の自分が曝け出される気がする。これは怖くもあり、楽しくもある。日頃、自分が自覚していない自分に出会えるからだ。

嘘つきで、底意地悪く、辛らつで図太いキャラで知られる無頼女性漫画家の西原理恵子は、漫画ではなかなかその素顔を覗かせることはしない。ところが、文章を書かせたら、素の西原が顔を覗かせたことがあった。

表題の作は、サンデー毎日に連載していたエッセーを集めたものだ。もちろん漫画というかイラストも西原自身のものだが、なにより文章主体のエッセーだ。もしかしたら、西原初の文章ものだったかもしれない。

ただ、あの西原だ。あとがきでも堂々書いてあったが、エッセーの多くに編集者の筆が入っているらしい。だから読みやすいのかと、妙に納得したが、これでいいのか?

ただし一編だけ、すべて西原オリジナルの文章がある。他とまるで文体が違うので、一読で分ると思う。

私も記憶が在る事件だが、東京西部の立川市で、強風に煽られてクレーン車が木造アパートを半壊させたことがあった。住人の無職の青年が死亡した事件であった。この青年が西原の学友であったようだ。

決して絵が上手いとは言いがたい西原だが、実は美大出身だ。そのクラスメイトの一人が、クレーンに圧殺された青年であった。西原にとって、憧れてしまうほど美しい絵を描く青年は、卒業後も商業主義に迎合せず、ひたすらに自分の描きたい絵を描く貧乏画家であった。

生活費を稼ぐためにエロ雑誌のイラストさえ描いていた西原にしてみれば、自分よりはるかに才能ある青年の生き方は、憤懣やるかたないものであったらしい。いろいろとお節介を焼いていたらしいことが、文中から伺われる。

その彼が事故で死んだ。それも無職の青年と報じられて。西原は文中で叫ぶ「この人は一人の芸術家でした」と。世に認められることなく、消し去られていく残酷さに耐え切れず、西原は叫ばずにはいられなかった。

私の知る限り、西原が素の自分を世間に晒したのは、夫の死と、この友人の死の二回だけだ。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする