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森羅万象 ~ 歩く印象派

藤竹 暁 (著)『事件の社会学―ニュースはつくられる 』(中公新書) (1975年) その1

2008年01月04日 08時54分35秒 | 読んだ本・おすすめ本・映画・TV評

もうかなり前に書かれたもので、すでに絶版である。何度も繰り返し読み直しているが、そのメッセージはいささかも色褪せることはない。

核心部は以下の部分。いささか長い引用だが、現代の私たちにとって重要な示唆を与えてくれる。

 社会学に「トマスの公理」といわれるものがある。それは、「もし人間がある状況をリアルなものとしてとらえれば、その状況は結果においてリアルである」という、アメリカの社会学者W・トマスの言葉によって示されている。
 われわれが環境としてとらえているものは、実は「あるがままを事実とするのではなくて事実であると想像している(あるいはそう考え、そう判断している)ことを事実とする」という心理的メカニズムの所産である。したがって、人間が何らかの意味を状況に与えると、その次にその人間が行う行動と、その行動の結果はその意味によって規定されることになってしまう。
 われわれが「見た「と考えるもの、また「事実である」とするもの、これがわれわれの「環境」にほかならない。そこではわれわれがある状況に対して定義を下した結果、あるものは「存在」し、あるものは「存在しなくなる」という仕組みが働いている。これがわれわれの環境に対する認知の基本的なメカニズムである。社会学者トマスがこの有名な公理を生み出し、洗練し、社会学の基礎概念まで仕上げていったのと同時代に、優れたジャーナリスト、W・リップマンはこの公理をジャーナリスト論の基本にすえて、古典的な名著『世論』(1922年)を次のようなエピソードで書きはじめた。

 1914年、イギリスの郵便船が六十日に一度だけやってくる孤島に、少数のイギリス人とフランス人とドイツ人が住んでいた。もちろん、その島には電話は通じていない。九月になってもまだ郵便船は島を訪れず、彼らの最大の関心は、先便でとどけられた新聞が報じていた「カイヨー夫人事件」についてであった。待ちかねた郵便船がやってきたとき、ひとびとが波止場に集まり、好奇の眼で熱心に知りたがったのは、カイヨー夫人に対する陪審員の評決であった。彼らはすでに六週間も前から、第一次世界大戦が勃発していたことを知らなかったのである。
 ところが、郵便船は彼らに対して、まったく新しい世界をもたらした。彼らの世界は、ヨーロッパに住んでいる人たちよりも六週間おくれて、そのときはじめて、大きく揺れ動いた。彼らは六週間にわたって、違った「状況の定義づけ」を下していたのである。

 リップマンのエピソードはここで終わっている。人びとが状況に応じて下す定義づけが、人びとの環境である。あるがままを事実とするのではなく、事実として想像している、あるいはそう考え、そう判断していることを事実とする、というメカニズムにもとづいてわれわれの世界が形成されているとすれば、このエピソードは次のように発展させることができる。

 いままで平和な生活を送っており、彼らの間の最大の関心が「カイヨー夫人事件」であったイギリス人とフランス人とドイツ人は、まったく異なる話題の中に、身を置かなければならなくなった。それが「状況の定義づけ」の大変更を意味していた。彼らはこの瞬間から、敵対的な関係に立たされてしまったのである。
                     (その2へ続く。)

※カイヨー事件 CAILLAUX CASE (フランス)については

以下をクリック 
アンリエット・カイヨー事件  (殺人博物館のページ)

 



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7 コメント

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取材 (さいのめ)
2008-01-04 17:19:54
あるテーマがあって、それを記事にしようとする。一番重要なのはテーマがなにであるか、どのようにそのテーマをとらえるか。そしてそのテーマを描くにはだれに取材をするか、どこを取材するかを決めていく。そして、そのアポを取る。

基本的にここまでができれば5割は終わったようなもので、あと3割が取材時、2割がフィニッシュ時という感じです。だけど、記者クラブや記者会見などによって、基礎になる5割の部分がもろくなっているというのが現状だと思います。記者の目ではなく、あくまで特定の、都合のよいソースが基礎になってしまっている。
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このごろ (LE)
2008-01-04 19:36:28
世界が以前より物騒になったように思えるのは、昔より情報量が多くなったからだけ、ということもありえますね。
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特定の、都合のよいソース (>さいのめ様    ZERO)
2008-01-05 22:08:03
というのはあれですか。政府・警察発表とか。
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情報量 (>LEさん   ZERO)
2008-01-05 22:12:58
は飛躍的に多くなってますね。その2、その3でその辺に触れます。
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特定の、都合のよいソース(その2) (>さいのめ様    ZERO)
2008-01-06 02:31:18
本書の冒頭がまさにその通りなんです。
小野田さんを最初に発見した鈴木青年ですが、当時のフィリピン政府(マルコス政権)によって「軟禁」状態となり一切外界との接触を断たれてしまいます。その間、日本の報道関係は比政府の「公式発表」のみであのような大騒ぎが生まれてしまいました。
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そうでしょうね (さいのめ)
2008-01-06 02:50:43
私のようなフリーも官公庁に取材に出向きますが、当然ながら苦々しい存在でもあります。「おめえかあ」と罵声を浴びせられたこともあります。そんなことは気にしませんが。

新聞社に行くと、20年前は記者が出払っていて、なかなか捕まらなかったものですが、最近はえ、この会社はこんなに人がいたのってくらい、人がすわっています(笑い)。
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感心しませんね (いなり)
2014-11-22 23:21:36
殺人博物館から”アンリエット・カイヨー事件 ”をそのまま
記事を貼り付けるのはあまり感心しない行為ですね。
一見すると、さも自分の考えた文のように他人には見えますよ!
”アンリエット・カイヨー事件”をクイックすればサイトに飛ぶのだから・・・と言われるのかもしれませんが、それはいいわけです。
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