読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

「エンジェル」

2006年02月14日 | 作家ア行
石田衣良『エンジェル』(集英社、1999年)

この作家は以前からNHKのスタジオパークへようこそに出ていたのを見たことがある。すごい読書家というか、活字中毒だったらしくて、すごい量の本を読んでいたらしい。そういう人って、わりと対人関係が下手って人が多いけれど、この人は頭の回転がすごい速いようで、じつに言葉が滑らかに出てくる。喋りが上手いというのではなく、頭が切れるタイプなのだと思った。

1960年生まれだから、45歳で、私とそんなに離れていないけれど、ずいぶん若く見える。感覚的なものもずいぶん若いのだろう。

それでどんな小説を書くのか興味があったので、初めて『エンジェル』という小説を読んでみた。じつに文体が読みやすいので感心した。プロローグは突然訳の分からない世界に読者を落としこむのだが、普通だとその世界に入り込むのに、言葉の持つイメージ喚起力に慣れるのに苦労するものだが、彼の文体はすっと入り込めた。最近流行りの声に出して読む文体とでも言ったらいいのか、不思議な文体だ。

構成もユニーク。主人公の純一が冒頭で殺害されるのだが、彼は亡霊というか、臨死体験で出てくる体外離脱した意識のように、現実世界を瞬間移動したり飛翔したりできるし、訓練によって現実の人間と会話したりすることもできるようになる。フラッシュバックという章では純一が生まれてから死ぬ二年前くらいまでがまさにフラッシュバックとして描かれる。そして今へ帰るという章から現実の時間として進行する。そしてなぜ自分が惨殺されることになったのかを解明していく。最後には自分を見守っていてくれたはずの高梨弁護士がバブルの崩壊によって巨大な借金をつくり、彼が純一の父親(実業家)と共同で作っていた裏金を横領したことが発覚したために純一の父親を殺し、さらには純一をも殺害することになったということが明らかになる。

こうしたあらすじ自体はたいした内容ではないが、それを描くユニークな構成や設定が、独自の世界を作り出すのに成功している。会社で上司に徹底的にいじめられたことを苦にして自殺したという小暮秀夫という霊と遭遇し、霊の世界へイニシエーションを受けるとか、この霊が瀕死の子どもの命と引き換えに自分の霊としての生を提供する(つまり完全な死を迎えるということ)という話や、死後も自分の愛するものを守ろうとする純一の霊など、一方にはそれを際立たせるためであるかのように、宮田というやくざの冷酷な人物も設定されているが、全体的にはこの作家のもつ、人間に対するあたたかいまなざしが、この小説にはあると言っていいと思う。

今後も注目していきたい作家の一人だ。

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