わぐりたかし『地団駄は島根で踏め』(光文社新書、2009年)
私たちが普段何気なく使っている言葉の語源というのを見つけるのは意外と難しい。「ごり押し」「急がば回れ」「あいづちを打つ」「らちがあかない」「あとの祭り」「縁の下の力持ち」「うだつが上がらない」「うんともすんとも」「関の山」「あこぎ」「お払い箱」「ひとりずもう」「ちんたら」「醍醐味」「もとのもくあみ」などなどがこの本では取り上げられているが、意外と関西、それも近畿あたりに語源が多いのに気づいた。やはり、言葉というものは都のあった京都あたりから地方に広がっていくからだろうか?
この本の著者は、とにかくブックハンターというよりも自ら「語源ハンター」などと自称しているとおり、現地に出向いて足で事実を跡付けるということを身上としているので、実際に現地に行って、現地の人たちに聞いてみたり、自分で体験してみたら、どうも辞書類などで説明されている語源とは微妙に違う意味をもっていた、あるいは辞書の説明とは違う語源があったというような話が、たくさん出てくるところが面白い。
たとえば「あとの祭り」というのは京都の有名な祇園祭の後の祭りがずいぶんと寂しいので、後の祭りに行ってももうおしまいだよというようなところから由来していると辞書にはあるそうだが、この著者が実際に京都に出向いて祇園祭の関係者に話を聞いてみると、現在は後の祭りも一緒にやってしまうけれども、昔の後の祭りにもたくさんの豪華な山車が曳かれていたことが分かり、本当に後の祭りは寂しかったのだろうかと疑問をいだく。そして祇園祭もおわるとあっという間に山車が片付けられてしまい、それを知らない人がのんびりやって来た時にはもうきれいに片付いていたということを経験し、たぶんこれがまさにあとの祭りなんじゃないかと思ったと書かれている。
「ごたごた」は鎌倉の建長寺に中国からやってきていた兀庵(ごったん)和尚が、あれこれ文句をつける人だったからということらしいのだが、建長寺といえば、ついこの間の春休みに旅行に行ったところではないか。たしかに鎌倉五山のトップに来るお寺だけあって、建物も立派だし、観光客だけでなく、お寺の関係者っぽい人たちもたくさん出入りしていた。禅寺の総本山としていまなお健在なのだろう。
そしてこの本のタイトルにもなっている「地団駄」が出雲のたたらから由来しているとはしらなんだ。NHKのテレビドラマ『だんだん』とか石見銀山跡が世界遺産に登録されたりとか、そして「地団駄」が奥出雲のたたらを踏むことにあったとか、最近の島根はなにやら観光づいている。たしかに「大山王国」でも去年の島根県の観光客はずいぶん増えたというような記事があった。
最近は、島根県とか鳥取県で地元の滝や川などの風光明媚なところを写真にとってアップしているブログもある。そういう写真はカメラの愛好家のものなのでじつにきれいに取れている。自分のよく知っているところが、こんなきれいだったのかと、その美しさを再確認させられ望郷の念が強くなる。
一つ紹介しよう。これは自転車の愛好家にも面白いと思う。ゆるゆるサイクリング日記
私たちは本を読んでなんでも分かった気になっているが、やっぱり現地に出向いてみる、体験してみるということは、必ずしもそこから新たな発見がなかったとしても大事なことだなと思うのである。
私たちが普段何気なく使っている言葉の語源というのを見つけるのは意外と難しい。「ごり押し」「急がば回れ」「あいづちを打つ」「らちがあかない」「あとの祭り」「縁の下の力持ち」「うだつが上がらない」「うんともすんとも」「関の山」「あこぎ」「お払い箱」「ひとりずもう」「ちんたら」「醍醐味」「もとのもくあみ」などなどがこの本では取り上げられているが、意外と関西、それも近畿あたりに語源が多いのに気づいた。やはり、言葉というものは都のあった京都あたりから地方に広がっていくからだろうか?
この本の著者は、とにかくブックハンターというよりも自ら「語源ハンター」などと自称しているとおり、現地に出向いて足で事実を跡付けるということを身上としているので、実際に現地に行って、現地の人たちに聞いてみたり、自分で体験してみたら、どうも辞書類などで説明されている語源とは微妙に違う意味をもっていた、あるいは辞書の説明とは違う語源があったというような話が、たくさん出てくるところが面白い。
たとえば「あとの祭り」というのは京都の有名な祇園祭の後の祭りがずいぶんと寂しいので、後の祭りに行ってももうおしまいだよというようなところから由来していると辞書にはあるそうだが、この著者が実際に京都に出向いて祇園祭の関係者に話を聞いてみると、現在は後の祭りも一緒にやってしまうけれども、昔の後の祭りにもたくさんの豪華な山車が曳かれていたことが分かり、本当に後の祭りは寂しかったのだろうかと疑問をいだく。そして祇園祭もおわるとあっという間に山車が片付けられてしまい、それを知らない人がのんびりやって来た時にはもうきれいに片付いていたということを経験し、たぶんこれがまさにあとの祭りなんじゃないかと思ったと書かれている。
「ごたごた」は鎌倉の建長寺に中国からやってきていた兀庵(ごったん)和尚が、あれこれ文句をつける人だったからということらしいのだが、建長寺といえば、ついこの間の春休みに旅行に行ったところではないか。たしかに鎌倉五山のトップに来るお寺だけあって、建物も立派だし、観光客だけでなく、お寺の関係者っぽい人たちもたくさん出入りしていた。禅寺の総本山としていまなお健在なのだろう。
そしてこの本のタイトルにもなっている「地団駄」が出雲のたたらから由来しているとはしらなんだ。NHKのテレビドラマ『だんだん』とか石見銀山跡が世界遺産に登録されたりとか、そして「地団駄」が奥出雲のたたらを踏むことにあったとか、最近の島根はなにやら観光づいている。たしかに「大山王国」でも去年の島根県の観光客はずいぶん増えたというような記事があった。
最近は、島根県とか鳥取県で地元の滝や川などの風光明媚なところを写真にとってアップしているブログもある。そういう写真はカメラの愛好家のものなのでじつにきれいに取れている。自分のよく知っているところが、こんなきれいだったのかと、その美しさを再確認させられ望郷の念が強くなる。
一つ紹介しよう。これは自転車の愛好家にも面白いと思う。ゆるゆるサイクリング日記
私たちは本を読んでなんでも分かった気になっているが、やっぱり現地に出向いてみる、体験してみるということは、必ずしもそこから新たな発見がなかったとしても大事なことだなと思うのである。