読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『地団駄は島根で踏め』

2009年04月30日 | 評論
わぐりたかし『地団駄は島根で踏め』(光文社新書、2009年)

私たちが普段何気なく使っている言葉の語源というのを見つけるのは意外と難しい。「ごり押し」「急がば回れ」「あいづちを打つ」「らちがあかない」「あとの祭り」「縁の下の力持ち」「うだつが上がらない」「うんともすんとも」「関の山」「あこぎ」「お払い箱」「ひとりずもう」「ちんたら」「醍醐味」「もとのもくあみ」などなどがこの本では取り上げられているが、意外と関西、それも近畿あたりに語源が多いのに気づいた。やはり、言葉というものは都のあった京都あたりから地方に広がっていくからだろうか?

この本の著者は、とにかくブックハンターというよりも自ら「語源ハンター」などと自称しているとおり、現地に出向いて足で事実を跡付けるということを身上としているので、実際に現地に行って、現地の人たちに聞いてみたり、自分で体験してみたら、どうも辞書類などで説明されている語源とは微妙に違う意味をもっていた、あるいは辞書の説明とは違う語源があったというような話が、たくさん出てくるところが面白い。

たとえば「あとの祭り」というのは京都の有名な祇園祭の後の祭りがずいぶんと寂しいので、後の祭りに行ってももうおしまいだよというようなところから由来していると辞書にはあるそうだが、この著者が実際に京都に出向いて祇園祭の関係者に話を聞いてみると、現在は後の祭りも一緒にやってしまうけれども、昔の後の祭りにもたくさんの豪華な山車が曳かれていたことが分かり、本当に後の祭りは寂しかったのだろうかと疑問をいだく。そして祇園祭もおわるとあっという間に山車が片付けられてしまい、それを知らない人がのんびりやって来た時にはもうきれいに片付いていたということを経験し、たぶんこれがまさにあとの祭りなんじゃないかと思ったと書かれている。

「ごたごた」は鎌倉の建長寺に中国からやってきていた兀庵(ごったん)和尚が、あれこれ文句をつける人だったからということらしいのだが、建長寺といえば、ついこの間の春休みに旅行に行ったところではないか。たしかに鎌倉五山のトップに来るお寺だけあって、建物も立派だし、観光客だけでなく、お寺の関係者っぽい人たちもたくさん出入りしていた。禅寺の総本山としていまなお健在なのだろう。

そしてこの本のタイトルにもなっている「地団駄」が出雲のたたらから由来しているとはしらなんだ。NHKのテレビドラマ『だんだん』とか石見銀山跡が世界遺産に登録されたりとか、そして「地団駄」が奥出雲のたたらを踏むことにあったとか、最近の島根はなにやら観光づいている。たしかに「大山王国」でも去年の島根県の観光客はずいぶん増えたというような記事があった。

最近は、島根県とか鳥取県で地元の滝や川などの風光明媚なところを写真にとってアップしているブログもある。そういう写真はカメラの愛好家のものなのでじつにきれいに取れている。自分のよく知っているところが、こんなきれいだったのかと、その美しさを再確認させられ望郷の念が強くなる。

一つ紹介しよう。これは自転車の愛好家にも面白いと思う。ゆるゆるサイクリング日記

私たちは本を読んでなんでも分かった気になっているが、やっぱり現地に出向いてみる、体験してみるということは、必ずしもそこから新たな発見がなかったとしても大事なことだなと思うのである。

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『オペラの運命』

2009年04月29日 | 人文科学系
岡田暁生『オペラの運命』(中公新書1585、2001年)

またまた岡田暁生さんです。これも、ほんと、何度読んだことだろう。これも読むたびに新しい発見のある本です。

グルックの改革オペラとくにフランス語オペラは、カストラートによって歌謡ショーのようになっていたオペラにたいして統一の取れた劇としてオペラ本来のあり方を取り戻すものであったと評価されるが、彼のオペラがフランス宮廷で評価された理由の一つに、メタスタージオのオペラに一貫する「公」と「私」の葛藤という主題を相変わらず主題としていたという点で、つまり作品が依拠するイデオロギーが絶対王政あるいは啓蒙君主の支配を補強するものという点で、バロックオペラの存在理由を逸脱することがなかったというところにあると思われる。

この本ではバロックオペラの特徴として、一、荒唐無稽のショー、二、定型化、パターン化、三、体制芸術、御用芸術という三点を挙げている。とくにイタリアオペラを改革するとして登場したメタスタージオのオペラがやはりこの三点に収斂していったから、これらが強調されている。ルソーのオペラ批判は音楽面に集中していることもあって分かりにくいのだが、彼はメタスタージオの詩は詩としては大いに評価している。たとえば『新エロイーズ』などには彼の詩がたびたび引用されて、ジュリとサン=プルーの心の交流を示すものとして使われている。しかしルソーがイタリアオペラを批判していたことはたしかで、彼は文学の資質があったから、メタスタージオの詩をまったく無視してオペラ批判をすることはなかったが、それでもイタリアオペラの韻文はオペラとしてはだめだと批判しているのは、詩と音楽がまったく乖離してしまっていた当時のイタリアオペラの現状をきちんと認識した上でのことであったのだろう。

それと同時に、ルソーはリュリやラモーのフランスオペラも批判しているが、この批判の仕方はイタリアオペラの批判の仕方とはまた異なっている。こちらの批判は上記でいえば、一番目の荒唐無稽さにたいする批判である。

この本はバロックオペラの始まりから19世紀のワグナーまでを射程にいれて、俯瞰的に歴史の流れのなかにおいて大きな視点でオペラの歴史をとらえなおそうとするもので、こういう視点から見ると、これまでの研究がいかに重箱の隅をつつく式の、意味のないものであったかということがよく分かる。

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『背負い水』

2009年04月27日 | 作家ハ行
荻野アンナ『背負い水』(文芸春秋、1991年)

1991年上期の105回芥川賞を受賞した作品。101回から103回まで取りのがし、四度目正直で受賞した。取り逃した作品は読んでいないが、たしかに、父親の過干渉を疎ましく思いながら、父離れできないでいる30女(いやもうじき40女?)の心理のあやを見事に描いた短編としては上出来ということなのだろう。

軽々と生きている風を見せようとして、しかし必死につかみどころを見せまいとして、ああ言えばこう返す、こう突っ込めばああ逃げる式の綱渡りで、定型にはまらないよう必死になっているところが透けて見える。

こんなものを金を払って読ませておいて(私は図書館で借りたので金は払っていないけど)、いったい何が言いたいの?と突っ込みたくなる。離婚した父親のもとで自立もできないでいる自分に嫌気がさし、図書館で自分に声をかけてくれた男と同棲するようになったはいいが、彼を父親に紹介したのに、父が自分を離そうとしないと父親の子離れのなさを非難しつつ、同棲している男がフランスに住んでいる女に何十万も金をつぎ込んでいるいる(実際には貸している)のを昔の女とまだ手が切れていないのか、二股をかけているのかと思い込み、この男との生活にも没頭しきれず、自分をオペラに誘った父親くらい年の離れた男とのデートに嘘をついて出かける。だからなんなの?

なんで私もこんなに喧嘩腰なんだろう?

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『西洋音楽史』

2009年04月25日 | 人文科学系
岡田暁生『西洋音楽史』(中公新書、2005年)

この本は以前にもここで取り上げたのだが、岡田暁生さんの『西洋音楽史』や『オペラの運命』などは読むたびに新しい発見がある稀有な本なので、何度読んでも面白い。

とりわけ時代の流れの中において見るという、簡単そうで簡単でない見方をしなければ、ある音楽家の主張を言葉尻だけとらえていたのでは、誤解してしまうということだ。

前回この著作に触れたときには、ルソーとラモーの論争のことを取り上げて書いたが、今回の発見は、音楽の表現力を前面に出して音楽の意義を主張するとき、音楽家はストレートに音楽の表現力なんて言葉を使わないということだ。では何と主張するのかというと、「言葉が音楽を支配するような音楽」とか「(音楽が)詩に仕える」という言い方をするのだ。

前者はモンテヴェルディが《マドリガーレ集第五巻》の序文で歌詞内容よりも音楽の響きの美しさや調和を優先してきたルネッサンスの音楽にたいして不協和音の表現力を最大限に生かして歌詞が表現しようとする内容を表すことに音楽の意義を認めた発言である。後者はグルックが『アルチェステ』の楽譜に付した「トスカナ大公ぺーター・レオボルトへの書簡体献辞」のなかで、カストラートの声の美しさや超絶技巧をひけらかすために歌詞内容の表現ということが無視されていたイタリア・オペラにたいする批判として改革オペラの主旨を説明するために述べた発言である。ともに音楽と言葉が遊離してしまったときに、音楽には言葉と手を組むことで絶大な表現力を獲得することできるということを音楽家の側から発言したものとして面白い。

岡田さんは、もちろんモンテヴェルディのようなバロックの盛期とグルックのようなすでに近代にはいった18世紀の後半とでは、音楽による情動の表現と言っても質的に違いがあることもきちんと押さえている。たとえば、バロックにおける情動表現は定型化していることを「そこでは<希望><悲しみ><勇気><怒り>といったパターン化された情動が、右に少し説明したようなパターン化された音楽イディオムによって表現される」と説明している。それはバロック音楽が通奏低音が支配する音楽であったことと無関係ではない。バロック音楽では通奏低音の動きによって旋律が決まるのであり、ラモーが言うように、和声が旋律を作り出す。したがってこれこれの和声ならこれこれの情動が表現できるというパターンを利用して情動を表現しようとするから定型化することになる。

しかしグルックやモーツァルトの時代になると、つまり古典派の時代になると、支配するのは旋律であり、和声はそれを支える縁の下の力でしかなく、けっして目立ってはいけない。まさにルソーが言ったように、音楽を支えるのは和声であるが、音楽の表現力は旋律にかかっているので、けっして和声は目立ってはならず、すべてを旋律が支配しているように聞こえなければならないのである。これがルソーの言う《旋律の統一性》ということだ。このように大きな歴史の流れのなかに位置づけてみれば、ルソーの主張は決して一部の人たちが言うような時代錯誤とか時代に逆行する主張ではなくて、モーツァルトたち古典派の音楽の先取りであることがよく分かる。

この本のじつにユニークなところは、音楽形式の変遷に社会学的な視点を導入していることにある。たとえば、ルネッサンスでは複数声部が対等な音楽が主流であったところに、バロックに入ってモノディという一つの声部だけを特権化したような音楽が出現したことを、「すべてのパートが等しく同じ旋律を歌うことができる」「民主的な形式」から、「たった一人の主役が伴奏楽器を従えて登場し、存分に自分の心晴を吐露する」ヒーローやヒロインのための音楽であるモノディを、「絶対王政時代の始まりとほぼ同時に登場したのは、偶然ではないだろう」と、絶対的支配力をもつ王権の確立という社会の構造変化とだぶらせているのだ。

さらに通奏低音が支配するバロック音楽から旋律が支配する古典派への移行を、「古典派の時代に至って初めて、旋律はあらゆる上位秩序から解放され、自由に羽ぼたくことができるようになったのである。近代的な意味での「歌う音楽」が、個人の情感と意志の表現が主役となる音楽が、音楽史に登場した。ここに王や神から解放された「自由な精神」のあらわれを見ることは、決してうがち過ぎではないだろう」(p.104)と説明している。ルソーの《旋律の統一性》というテーゼを掲げるための著作であった『フランス音楽に関する手紙』がバロックにたいする痛打であったというフィリップ・ボーサンの指摘もこうした時代の流れに置いてみることではっきりする。

どうやったらこういう発想の仕方ができるのか、まったく興味がつきない。

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金剛トンネル&金剛山

2009年04月24日 | 自転車
金剛トンネル&金剛山

前にも書いたが、金剛トンネルや金剛山ロープウェーへのコースは、道がいい上に車が少ない(平日の場合だが)ので気に入っている。もちろんヒルクライムになるので、タイムは平凡なものでも、達成感があって、面白い。それで今日は、この両方を狙うことにした。(右の写真は観心寺)

一週間ぶりなので、出る前にはいつもタイヤに空気を入れる。今日は前輪に入れているところ、突然にプシューと抜けてしまった。あれ、パンク?と思って、古いチューブを抜くと、なんと、チューブのバルブが付け根のところで破れてしまっている。こんなこともあるのかとびっくり。買ってからまだ一年にもならないのに、チューブの根元が破れるなんてことがあるんだな。要するに耐用年数がきたということだ。ということは後輪のチューブもあぶないのか、と心配になる。今回は、出る前だったのでよかった。こんなことが下り坂をスピード出して走っているときに起きたらと思うとちょっと怖いね。10分くらいでパンク修理完了。

9時47分出発。観心寺に10時33分。金剛トンネルに11時18分。45分でついた。石見川のあたりでローディに追い抜かれる。あいさつをされたので、ちわっと返す。なんか回転数が私とぜんぜん違う。なんであんなにくるくる回せるのだろう。あっという間に姿が見えなくなる。金剛トンネルの直前のカーブにはカーブミラーがあるので、目印になるのだが、3っつめくらいがこの直前のかと思っていたら、なんと7つもあって、まだかまだかとくじけそうになる。トンネルについてみると先ほどのローディがまだいた。一人で走っている私にはめったにないことなのだが、向こうから話しかけてこられたので、あれこれ話した。サカタニのチームに入っていて、朝連でよくここには上がるらしい。この人は35分で上がると言っていた。すごいわ!集団で走ることの面白さをいろいろ話してくれた。私もサカタニでこのバイク買ったので、参加させてもらっても別に違和感はないだろうな。ちょっと気持ちが動く。

11時30分。先に出発したサカタニのローディを追うようにして私も下りる。しかし下りもあっという間に姿が見えなくなる。小深で金剛山への急坂に入る。金剛山コースの一番の難所だ。一度ヒルクライムをしたわりにはまあまあの調子か。すんなり登山口まで来るが、このあたりから空腹がこたえてきて、しんどくなる。まぁ天気がいいし、新緑がきれいなので、それを腹の足しにして(って、ならないけど)、なんとかロープウェー下まで。12時12分。トイレ休憩をして羊羹を食べて、すぐに下りる。無事に1時過ぎに帰宅。カレーの残りがあったので、食べる。ちょっとふらふら。

走行時間3時間9分、走行距離59km

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『自壊する帝国』(

2009年04月20日 | 評論
佐藤優『自壊する帝国』(新潮社、2006年)

同志社大学神学部の大学院生だった頃にいかにしてチェコスロバキアにいってチェコのプロテスタント神学について研究したらいいかを考えていたときに外交官試験の公示をみて、試験を受けて合格し、イギリスの陸軍学校でのロシア語研修のあとに派遣されたソ連モスクワでの外務省勤務員としての仕事からだんだんと人脈を広げて行き、ついにはソ連崩壊の現場にその内部事情にもある程度通じた外国人として立ち会うところまでを自伝風に描いている。

もちろん自伝風なので、あくまでも自分が見聞きした範囲でのソ連共産党やそれと敵対する政治グループ・運動の担い手たちの人間像が中心になっている。しかしその交際範囲の広さ深さゆえに、著者の付き合った人物たちとの会話や付き合い方を回想風に記述していくだけで、一級品のソ連国家論のようになっている。

いったい自分の中でどんな風にまとめたらいいのか皆目見当がつかないので、印象に残ったことを少し書くことにする。

ロシア正教会
少し前にNHKスペシャルでプーチン支配下のロシアが強力な管理国家になりつつあり、そのもとで多数の社会的弱者が発生しそれが社会的秩序の不安定要素になっているために、プーチンら支配者との了解の下にロシア正教会がそうした社会的弱者を救済する機能を果たすようになっていることを紹介していた。ソ連では宗教は禁じられているとばかり思っていたので、スターリンの時代からずっとロシア正教会が権力者と妥協して、あるいは彼らの意向に沿うようにして命脈を維持してきたということに意外な感じがすると同時に、教会権力ってやっぱりそういうものなんだよなと納得のいくものがあった。それは日本でも同じか。

二重構造
どんな社会でも二重構造はあるものなんだろうけど、ソ連のそれは異常な感じがした。そもそもすでに死につつあった社会主義というものを無理やり存続させるために二重構造にならざるを得なかったということでは、どこにでもある二重構造とはまた違うのかもしれない。それにしてもゴルバチョフって突然出てきてソ連の解体を決めた人と思っていたが、さまざまな策謀の果てに解体せざるをえなくなったのか。

ウオトカ
それにしてもロシア人ってすごい酒豪なんだね。まぁ著者の佐藤優もすごいけど、二人でウオトカを4本も5本も空けるなんて。だいたいウオトカって40度くらいあるんでしょう。そんなを飲みながら重要事項を決めるというんだから、すごいわ。そして週に16回? 私、ロシアでは生きていけません。


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『笑わせて笑わせて桂枝雀』

2009年04月19日 | 評論
上田文世『笑わせて笑わせて桂枝雀』(淡交社、2003年)

いま手元に、1980年11月15日に摂津市民文化ホールで行われた「米朝枝雀親子落語会」と銘打ったチケットがある。このチケットをクリアファイルに入れて保存しておいたのを思い出し、取り出してながめていると、あれやこれや30年近い前のことが思い出される。私はまだ大学院生修士論文を書きあげたはいいけれども、できの悪さに、これからどうしようかと迷っていた頃だった。私の知り合いにたいへんな枝雀ファンがいて、この人が行けなくなったからと私に譲ってくれたのがこのチケットだった。落語のことなんか何も知らなかった私に落語の、というか枝雀の魅力を教えてくれたのもこの人だった。

なまずのような顔、とんだり跳ねたりのパフォーマンス、「ずびばせんね」というへんなコトバなどなど、初めて見る落語がこんな面白いものとは思っていなかった私は、すっかり落語が好きになった。この本を見ると、1981年(私がせっつ寄席で枝雀を見た年の一年後)10月には「枝雀十八番」として四日連続公演を行っているから、きっとあぶらののっていた時期だったのだろう。

それからというもの、私は米朝の落語のテープ(いま思い出そうとしてもなぜ枝雀ではなくて米朝だったのか分らない)を買って何度も聞いているうちに、覚えてしまい、自分で演じてみたいという欲まででてきた。「鯉舟」という題で、大阪の大店の若旦那が大川に鯉を釣りにでてえらい目に遭うというような話だった。ちょうど上さん(まだ結婚する前の話)が足を骨折して難儀な思いをしている頃で、上さんの前でこれを演じて、けっこうな笑いを取って、おかげで上さんを釣った(ちょっとオチがついているでしょ)ような次第。

そんなこともあって、この頃からたまに落語を聴きに行くようになっていた。桂米朝や枝雀が独演会をやっていたサンケイホールも2回くらい行ったし、現在住んでいる町の市民ホールで米朝一門会なんかがあると、子連れで行った。

最近は、ほとんど落語会に行くこともないが、昨年夏に腰痛で三週間ほど寝ているあいだ、気持ちが滅入るので、家にある米朝のCD「地獄八景」を聞いたり、図書館から枝雀のCDを借りてきてもらったりして聞いた。かえすがえすも残念である。

心の中にはずっとどうしてという気持ちがあって、たまたま図書館でこの本を見つけてちょっと立ち読みしたら枝雀の来歴などが書いてあって、これならどんな人だったのか分るのかなと思って読んでみたのだ。

死の直前の一年のスケジュールが書いてあるが、もうすざまじい忙しさだ。あれでは、人を笑わせるだけではなく、自分も笑わせないと納得できないという枝雀が、その多忙さゆえに、マンネリしたり、心が疲れてしまって、笑う気にもなれないという状態になるのもしかたないなと感じた。それに内臓も相当に悪かったらしい。人間の心というものは体と連動している。心が元気になるには体もそれを支えるだけ元気でないと。

でも元気な頃の枝雀の落語をなまで聞くことができたのは、私にとっては心の宝の一つである。

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『機械としての王』

2009年04月18日 | 人文科学系
アポストリデス『機械としての王』(みすず書房、1996年)

私が秘かに師事をしている水林章さんが絶賛するフランスの絶対王政下での演劇を研究しているアポストリデスの著作である。これを読むのは、今度でもう4回目くらいになるのだが、いまだに消化しきれない。演劇というものを演劇の世界だけに限定して研究するような、水林さん言うところの「あまりに狭隘な文学的言説の対象」として古典主義といった研究の仕方ではなく、「17世紀における政治としての文化、あるいは文化という政治の歴史と構造を明らかにしようとする」研究手法をとっている、いわゆるソシオクリティックの一つである。

「狭隘な文学的言説」的手法はいまだに一般的で、これはそうした研究を読んでいると、いったいいつの時代の作家なのか分らないほどの社会というものと隔絶した存在として研究対象となった作家なり作品が論じられていることが多い。

ソシオクリティックは研究対象となる作品が書かれた時代のなかに作品を置き戻すことで、その作品の全体だけでなく一語のなかにもどのような形でその時代が刻印を印しているのかを明らかにして、書かれた時代から何十年何百年と隔たった現代において間違って読まれているもの、あるいは価値がないと思われているものを、その本来の意味、価値を取り戻させようとするところに研究としての意味がある。そうした研究の見本は、まさに水林さんの研究―一番手ごろなところでは『「カンディード」<戦争>を前にした青年』(みすず書房)だとか『ドンジュアンの埋葬』(山川出版社)とかである。なかでも『幸福への意志』のなかのボーマルシェの『フィガロの結婚』をあつかった章は秀逸である―が示している。

だがこのアポストリデスの研究は同じくソシオクリティックと言ってもなにか個別の作品を分析して見せるのではなく、たとえばオペラとかコメディ=バレとか入市式や騎馬パレードやヴェルサイユでの祝祭などといったイベントをふくめたスペクタクルが絶対王権における文化の簒奪の過程として位置づけ、それが人間の精神活動にいかなる変容を強制していくのかを明らかにしようとするもので、そうしたスペクタクルが王権の権力装置として作られていくことを明確にしている。だから、かつてマルクス主義芸術論のようなものが、文学芸術という「自立している」はずのものを社会の側から読み解こうとして、ある意味その紋切り型の手法によって自壊していったのに比べると、その分析は精緻で、巧になっているが、水林さんも指摘するように精神分析などの手法も用いられているようで、私には何度読んでも理解できない側面がある。

かつて国王といっても名ばかりで各地にはそれぞれ有力な貴族が絶対的な権力をほこる状態があったが、16世紀なかごろから、フランス国王の側に権力を集中しようとする動きが起こる。宗教戦争はそうした現れの一つだろう。それはたんに軍事力政治力の集中として意識されるだけではなく、人々の精神のあり方の変化をも求めるようになる。アカデミーの創設によっていわゆる知識人をつかって王権を権威づけるためのさまざまな方法が動員される。言語を整え、絵画によって王の象徴を視覚的に作り出し、ガゼットによって一般にも知らしめる。当初は、まだ象徴としての王権を独自に作り出すことが難しく、古典古代の神話とか表象を用いていたが、ある程度王権が確立してくると、もはやそういったものを援用する必要はなく、歴史としてのルイ14世を表象するようになる。

この時期、王権が依拠したものの一つが重商主義という形で現れた商業・貨幣であると思われる。王権は重商主義によって貨幣の流通を促し、経済活動を活発にすることでその冨を王権に集中させ、それを利用して、貴族を武装解除させて、ヴェルサイユ宮殿に住まわせ「奴隷化」することができた。そのためには商業活動を否定的にみるカトリックの権威と敵対しなければならなかっただろう。モリエールはそうした時代において貨幣のもつ特殊な肌触りを敏感に感じ取り、ドンジュアンという型破りな人物として形象した。

ただ、モリエールとリュリのコメディ=バレとか、リュリとキノーの音楽悲劇とかを読んでみても、なぜルイ14世があれほどまでに彼らを寵愛したのか、私にはよく分らない。

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金剛山

2009年04月17日 | 自転車
金剛山

どうも最近は金曜日くらいしかロードバイクに乗れる日がとれないようだ。ところが今日は天候がいまひとつで、なんかどんよりとした雲に覆われているし、山のほうもガスでまったく稜線が見えない。山のほうに行って雨に降られても嫌だしと思い、どうしようかと迷ったのだが、天気予報では快方に向かいつつあるということなので、まぁそのうち晴れるだろうということで、今日はあまり遠出はしないで、金剛山に行った。

なんか知らないけど、今日は昇條坂も快調に上がる。一週間ぶりなので、体がなまっているかと思いきや、なんなんだろう。あっという間に観心寺に着く。すごい人だった。観光バスまで停まっていてぞろぞろ参拝者が行列をなしている。もう桜はおしまいのはずなのに、なにか他にも目当てのものがあるのだろうか。とりあえずトイレをして、すぐに出発。10時7分。

昨日までの暑さに、もう長袖のマイヨ・ブルーは2回着ただけでおしまいかなと思っていたが、今日は気温があまりあがらないので、ちょうどよかった。ピッタリの気温だった。おまけに、この前、汗がぽたぽたハンドルバーに落ちてきたことの反省から、今日は頭にバンダナをまいて汗を吸うようにしたのも正解でした。

平日なので車も少なく、なんだか知らないけど体のほうも快調で、金剛登山口でも休憩しないで、そのままロープウェー下まで上がった。なんかウェアーが軽いせいなんだろうか。まぁたまたま体の調子がよかっただけなんだろうけど。このあたりまで来るとまだ満開の桜があちこちにある。でもこんなどんよりした天候だと、もうひとつ映えない。

ロープウェー下まで着いて休憩。観心寺からここまで44分でした。金剛トンネルのほうに上がったらたぶん五条のほうに下りたくなるから、今日はやめとことこちらにして正解。ちょっと左の足指がつり加減なので、無理しないでよかった。ぱらぱらと降ってきそう。のんびりくつろいでいる雰囲気ではないので、羊羹食べてトイレして、すぐに下りる。帰りは久しぶりに金剛大橋経由で帰った。

走行時間2時間31分 走行距離49km

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「海外文学最前線フランス語圏」

2009年04月15日 | 評論
野崎歓「海外文学最前線フランス語圏」(『群像』2009年5月号)

月刊雑誌の『群像』で「海外文学最前線」という特集をやっていて、フランス語圏を野崎歓が担当していた。フランスの小説の最新情報が分りそうなので、読んでみた。

ここで取り上げられていたのは、ミシェル・ウェルベック『素粒子』(1998年)、ジャン=フィリップ・トゥーサン『愛しあう』(2002年)、イレーヌ・ネミロフスキー『フランス組曲』(1942年/2004年)、パトリック・モディアノ『血統書』(2005年)、シルヴィー・ジェルマン『マグヌス』(2005年)、ナンシー・ヒューストン『時のかさなり』(2006年)、ジョナサン・リテル『慈しみの女たち』(2006年)、マリー・ンディアイ『心ふさがれて』(2007年)、ブリナ・スヴィット『余計な心』(2006年)、アティック・ラヒミ『サンゲ・サブール(我慢の石)』(2008年)

ウェルベックの『素粒子』以外は2000年以降の作品で、また『素粒子』とトゥーサンの『愛しあう』以外は邦訳なしで、そういう意味ではたしかに最前線と言っていい作品群の紹介になっているようだ。

日本の読者、しかもそのほとんどはフランス語は読めないだろうと思われる読者に、邦訳のない小説を紹介してどうすんの?と思うかもしれないが、私は邦訳のない小説を紹介することに意味がないとは思わない。だいたい邦訳のあるものしか紹介できないとなると、英語圏の小説のように、邦訳の量が桁違いに多いとか英語を読める人も桁違いに多いところならいざしらず、フランス語圏のように現代現役の小説に関心があってフランス語を読める人なんて言っていたら、ごくごく限られてしまうだろうし、邦訳も偏っているみたいだし、たいしたものは紹介できなくなってしまうし、邦訳があるのなら、読んでくださいということになるだろうから、やっぱり邦訳のないものを紹介することには大いに意味があると思う。こういった紹介がきっかけとなって、小説なんか読んだことがないけれどもフランス語は読めるという人が、フランスの現代小説に関心をもつようになったりすれば、それはいいことだ。

まず年代的に他の小説に比べると古くなるが、現役フランス語小説の流れに大きな衝撃を与え、賛否両論を引き起こしたウェルベックの『素粒子』を筆頭に持ってきて紹介しているのは、自分の訳だからということもあるのかもしれないが、これは正解だと思う。この小説はそれだけの価値がある。ちょっとやそっとの仕掛けや出来事では納得しない、ちょっと感覚も麻痺したような現代の読者を小説世界のなかに没頭させて、いろいろ考えさせてくれる作品ということで、ウェルベックの『素粒子』と『プラットフォーム』はぜひ読んでいい小説だからだ。

モディアノとンディアイは読んだことがあるので、ここでの解説もなるほどと思いつつ読んだ。モディアノは執拗にユダヤ人問題を追及しているし、ンディアイは何気ない日常生活を描いているようで、読者をいつの間にか訳の分からない世界に引きずりこむ力を持っている。

この三人以外(トゥーサンは嫌いなので無視)は名前くらいはちょっと聞いたことがあるけれども、まったく読んだことがない作家たちの作品なので、これはこれでまた読書の楽しみが増えたと喜んでいる。やはりこういう紹介の文章を読む楽しみは、こんな作家や小説があるのか、おもしろそうだね、と本読みの食指を刺激されるところにあるのだから、独断と偏見による解説であっても、読んでみようという気にさせてくれる解説が一番いいのだ。

ただそれなら作者名や小説のタイトルをフランス語で書いといてくれよといいたい。作者名だけでもアルファベットで書いてくれないと検索ができないではないか。

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