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読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『チャップリンとアヴァンギャルド』

2024年03月18日 | 評論
大野裕之『チャップリンとアヴァンギャルド』(青土社、2024年)


チャップリンの映画は、初期のものは別として、有名なものは、ほとんど観ている。だから、この本のアヴァンギャルドという言葉を見たときに、あまりピンとくるものがなかった。

私にとってアヴァンギャルドといえば、フランスの第一次世界大戦後におきた文芸運動であるシュールレアリスムが思い浮かぶ。アンドレ・ブルトンとかルイ・アラゴン、そして絵画ならダリあたり。

ところが、この本によれば、彼らから高い評価を得ていたという。さらに同じ時期に舞踏の分野でおきたニジンスキーなどの新しいダンスの潮流にも高く評価されていたというから、まさにチャップリンの演技や映画手法はアヴァンギャルドだったのだという。

この本では、私たちが今では当たり前と思って観ている演技や演出などが、まさにチャップリンの創作によるものであったらしい。マイケル・ジャクソンのムーンウォークなんかも、チャップリンが最初にやったらしい(そのままではないけどね)。

チャップリンってすごいわ。





『明治の御世の「坊っちゃん」』

2024年03月15日 | 評論
古山和男『明治の御世の「坊っちゃん」』(春秋社、2017年)


代表的な作品としては『猫』に続く第2作にあたる『坊っちゃん』も漱石の小説では一・ニを争う人気の小説である。

主人公「坊っちゃん」とは明治天皇のことであり、父であり「毒殺」された前天皇の孝明天皇の亡霊を「清」、兵士の血で染まっている「赤シャツ」は山県有朋、「野だ」は、日本を中国などのように、幕府と薩長による内乱を起こさせて、最終的には植民地化しようと考えていたし、薩長と手を組んで軍備増強させて巨富を手にしたイギリス、「山嵐」は孝明天皇を守ろうとしながらも、薩長によって朝敵にされて滅ぼされた会津藩主の松平容保、「うらなり」は「乃木希典」、「マドンナ」は「迷う女」つまり日露戦争で赤シャツに使い捨てにされて成仏できないでいる日本人兵士たちに、擬した能楽として読み解くという、斬新な研究である。

夏目漱石が、日露戦争に反対し、国民を戦争に煽り立てる新聞報道に批判的であり、反体制的で反権力的な個人主義を標榜したというような話はよく耳にするし、そうした研究もたくさんある。しかしここまでストレートに権力批判をした小説を書いたという分析は、驚きと言わざるを得ない。

しかし、この本を読めば、『坊っちゃん』『猫』『三四郎』などの作品が、「百年かけても斃さなければならない敵』に対する「権力の目をかすめて我理を貫く」巧妙な風刺であり、舌鋒鋭い果敢な体制批判であることが了解される。

『坊っちゃん』を書いた直後の漱石が「僕は世の中を一大修羅場と心得ている。其内に立って花々しく打死をするか敵を降参させるかどっちかにして見たいと思っている。敵というのは僕の主張、僕の趣味から見て世の為にならんものを云うのである」という決意のもとにこれらの作品を書いていたというのだ。

『坊っちゃん』人気が出て、あちこちで評判になった頃に、この小説の登場人物たちのモデルとなっていると思われた当時の「松山中学」の校長だかが、抗議の文章を新聞に載せたという話を聞いたことがあるが、漱石はどう思っていたのだろうか。普通の読者なら、どうしたって「松山中学」の教員たちをモデルにしているとしか読めなかったらだろう。能楽や江戸戯作の心得のある人たちにしか漱石の真意が伝わらなかったとすれば、作者としてはそれも痛し痒しというところだろう。

こうした読みは、とくに現代においては、能楽の知識、言葉を符牒として読み直す言語感覚などが必要で、誰にでもできるものではない。「全編を解説つきの対訳にように通して書ければ流れが解りやすいかもしれないが、それはまたの機会としたい」とあるので、そのような対訳本を出すことも念頭にあるのかもしれないので、それを待つことにしよう。

夏目漱石が明治天皇・睦仁を「坊っちゃん」にしてこんな小説を書いた動機の一つに、天皇をまさに「錦の御旗」にして、天皇の意思などお構いなしに、国民を戦争に動員して、多数の兵士を湯水のように死なせ、国民に暴力を振るう権力者たちへの反抗であったということだ。

この本を読んで初めて知ったのだが、薩長の思い通りにならない孝明天皇は毒殺された可能性があり、明治天皇も日清戦争や日露戦争を望んでいたわけではないにもかかわらず、権力者たちが決めたことに従わざるをえなかったという。安倍晋三たちが「美しい国」などと耳触りのいい言葉で作ろうと計っている国のかたちも、このような戦前の日本、つまり天皇を利用して、国民の自由や幸福を奪い去って、権力者の思うがままに動かして戦争に動員できる(戦前と違うのはアメリカの戦争に動員できるということだ)日本なのだということが、見えてくる。

この本は、現代とは遠く離れた明治の小説を解き明かしているように見えて、じつは現代の権力者の意図も解き明かしてくれるという稀有な評論だと言える。




『秘密諜報員ベートーヴェン』

2024年03月12日 | 評論
古山和男『秘密諜報員ベートーヴェン』(新潮新書、2010年)


政治の世界とは無縁と思われている音楽家(作曲家)が、当代の政治に深く関わっていたという話は、最近になってぽつぽつと研究が進み始めた分野である。

その嚆矢となったのは、ヘンデルが、後にイギリス王ジョージ1世となるハノーファー選帝侯ゲオルク・ルートヴィヒの諜報部員として、先にイギリスにわたり、イギリスの政治情勢を報告していたということを詳細に研究した山田由美子の『原初バブルと《メサイア》伝説』(世界思想社、2009年)である。これについては、こちらに書いている。

ジョージ1世の理想を支えるべくイギリスの敵対人物たちの社会に入り込んでスパイまがいのことをしていただけでなく、ジョージ1世を文化的に支援すべく音楽を創りだしたというヘンデル像は、はっきり言ってすごい驚きである。なんらかの理想を抱いていて、それを実現すべく、音楽家として関与するということは、あって当然のことだろう。

それと同じように、封建制を打破し、自由で民主的な社会の実現しようという大きな理想を抱いていたのがベートーヴェンであったらしい。彼はナポレオンのヨーロッパでの改革に期待を抱いていた。それが1812年のナポレオンによるロシア遠征の失敗によって、旧体制の復活というなかで、晩年をすごすことになったという。

この本では、<不滅の恋人>への三通の手紙と言われている有名な手紙の解読を軸にして、1812年のベートーヴェンの動きをヨーロッパの政治情勢と関わり合わせて、解き明かすという内容になっている。

最初はたんなるとんでも本だと思っていたのだが、読んでみると、中身のしっかりした素晴らしい本だった。



『アルバイトの誕生』

2023年11月01日 | 評論
岩田弘三『アルバイトの誕生』(平凡社新書、2021年)

興味深い本だった。それこそこの本が指摘するように、多くの学生がアルバイトをするようになった現今では、誰でもアルバイトについて語ることができる。

私の場合は、大学生のころは、夏休みに阪急デパートでアルバイトをしたのと、家庭教師のアルバイトだった。夏休みの阪急デパートでのアルバイトはいい経験をした。大学生協で「日本文学初版本復刻セット」なるものを10万円近くで買った私は、これの支払いのために夏休みにはアルバイトとすることにした。ちょうど同じ下宿の学生が阪急デパートのアルバイトに応募するというので、私も一緒に応募したら、うまく採用されて、江坂にある配送センターのワイシャツと靴下の部門に配属になった。

一人だけ若い社員の人がいて、彼の下に私のようなアルバイトが4人くらい。梅田の本店から発注表がくるとそれをもとに、ワイシャツとか靴下を包装して配送表を張って、コンベアで送り出す。

ところが時期的にお中元の品物がメインになるのだが、お中元にワイシャツとか靴下を贈る人はあまりいない。それで少ししか伝票が来ない。暇で暇で…、隣の洗剤コーナーとは大違い(こちらはフル稼働、それに洗剤って重い)。それで社員のお兄さんの提案で浜寺のプールに遊びに行ったこともあった。

そして7月末日までの契約だったが、たぶん4人もアルバイトはいらないということになったのだろう。私だけが梅田の本店の売り場に配属替えになった。きれいな女性社員たちと働けるようになって、緊張していたのを思い出す。もちろん売り場には女子大生のアルバイトたちもいて…、最後の日にその一人から告られる、なんてこともあった。(今から思えば、この一年は私のモテキだった。)

この夏のアルバイトで稼いだお金は、予定どおり「復刻本セット」の支払いに使われ、残りは、サークルの友人たちと信州に旅行に行く費用で消えた。

二年生の夏休みはアルバイトどころではなかった。私は一年生の後期試験でボロボロと単位を落として四年間で卒業するのが怪しくなったので、本気でフランス語を勉強しないといけないと気を引き締めて、夏休みは田舎に帰って、それこそねじり鉢巻でフランス語の勉強をした。三年生と四年生の夏休みは何をしていたのかさえ思い出せない。

アルバイトはこれ以外には家庭教師のアルバイトをしていた。まぁこれは週一なのでたいしたことはない。相手は中学三年生、つまり受験生で、私は中学の勉強はよくできたので、一生懸命に教えたら、この子も成績が上がって、志望校に入学できた。お母さんが喜んでくれて、他の子の家庭教師へとつながった。

同級生でアルバイトをしている学生はけっこういたと思うが、なかでも夜間の学校や保育園の警備員のアルバイトをして、そのバイト代で学費も生活費もまかなっているやつがいた。立派だなと感心したものだ。

私の場合は三万円の仕送りでひと月を暮らしていたので、週一程度のアルバイトでちょっとだけお小遣いが入ればいいくらいに思っていた。(授業料十数万円は親に出してもらっていた)。

しかし今の学生は、学費からして文系で100万近く、理系なら100万を超える。そして東京や大阪のような大都市に送り出せば、家賃が10万近く、生活費だって5・6万円はいるだろう。だからせめて生活費くらいは自分で作りたいとおもってアルバイトに精を出す学生も多いだろう。

それと決定的に違うのは、私らの時代には、専門以外の授業はほとんどでなかったが、今の学生は親から100万程度の学費を出してもらっているという思いがあるから、授業もすべてこまめに出席している。そういうことをしながら、その上でアルバイトをしているのだから、たいしたものだ。

そういう意味では、コロナ禍でアルバイトが減ったり、ウェブ授業で、レポート提出が毎週あったりすようになったのは、痛手だったのではないだろうか。

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『自称詞<僕>の歴史』

2023年08月24日 | 評論
友田健太郎『自称詞<僕>の歴史』(河出新書、2023年)

こんな興味深いテーマの研究が今までなかったことが驚きだ。日本語で自分を呼ぶ言葉である自称詞のなかでとくに<僕>という言葉に焦点を当ててその歴史を辿った本である。面白い!

すでに『古事記』や『日本書紀』にも<僕>が使われているというのは驚きだ。

そしていったん途切れて、江戸時代の元禄年間になって<僕>が再び使われ始めたという。

そして幕末から武士のなかでも学問をしていた下級武士のあいだで「対等な関係」と示すものとして<僕>が使われるようになり、それが明治時代初期には学者、知識人、学生、文化人のあいだでエリート意識の反映として<僕><君>になったという。

明治時代でも中頃から終わり頃には、学問をしている自分を示すためには<僕>、しかし社会に出たら<私>と年齢や身分によって使い分けていたというから、ほとんど昭和時代の使い方と同じではないかと思った。

現代では、子どもの頃には<僕>か<おれ>、大人になると<僕><おれ><私>を公私の行き来とともに使い分けるという感じだろう。それはそれで割りと理解しやすい。

問題は、二人称だ。日本語では一人称と二人称の境界が曖昧だと、どこかに書いてあったが、そのとおりで、とくに二人称は使いにくい。

<あなた>…妻が夫をよぶのに使う以外に使うことがあるだろうか?
<君>…これを使うとちょっと他人行儀の感じになる。例えば部下が失敗をしたとき、「君な、こんなこともできないのか?」とか、初めてのデートで「君ってさ、映画は何が好き?」とか。
<お前>…いろんなシチュエーションがあるが、やはり上から目線になる?子ども同士ならちょっと乱暴だけど、気のおけない関係で。

ああ、面倒だ!とにかく二人称は使いにくいから、たいてい相手を名前や所属や地位で呼ぶのが一番無難ということになる。「部長って、子どもさんいらっしゃいますか?」

そして関西限定で究極の二人称が「自分」だ。私が学生の頃に流行っていて、初めて「自分はどこの出身?」と言われたときには、少々まごついたが、この「自分」が私(つまり二人称)のことを指していると理解できるから、日本語ってすごいなと思う。さすがに「自分」以外の「自称詞」は通用しない。さすがに「私はどこの出身?」とか「俺はどこの出身?」とは言わないのに、「自分」は「君」の意味で通用するのだから、不思議だ。

学生同士でたぶん初対面か二回目くらいの相手に「君」や「あなた」や「お前」は変だからということで、使われ始めたということだろうが。

この本の第1章では、いい歳をしたスポーツ選手なんかが<僕>を使いだして、<僕>のもつ意味合いが微妙に変化しているということが書いてあるが、私が学生の頃からそうだったが、<僕>なんて使う男は世間知らずという伴示的意味が付くと思っているので、もう私らには使えないな。

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『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』

2023年08月12日 | 評論
宮崎伸治『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(フォレスト出版、2020年)

『派遣添乗員へとへと日記』だの、『交通誘導員ヨレヨレ日記』だの、そのイラストとともに、たぶん大好評を博していると思われる、シリーズ本の一つだが、交通誘導員とか派遣添乗員とかメーター検針員とかなら想像がつくが、まさか「出版翻訳家」が?というのが世間一般の気持ちではないだろうか。もちろん私もそうだ。図書館の返却コーナーにあったので、すぐに手に取ってすぐに読んだ。

翻訳者といえば、もうエリートというイメージが強い。誰でもなれるものではない。たんに留学したとかいうだけでなく、外国語を日本語に置き換えるのは、外国語の知識だけでなく、日本語能力も優れていないとだめだ。この本でも「こなれた日本語に訳されている」という表現がでてくるが、どうしても直訳っぽい訳になるものだ。だいたい日本語では主語、人称代名詞など、人称に関係する名詞、形容詞、関係代名詞などがないので、それを使わずに、訳さなければならない。

それに場合によっては専門用語も調べなければならないだろう。この専門用語というやつが曲者で、普通の顔をしていても、専門用語として使われるとまったく違う顔つきになるやつもいるからだ。

そしてこの本でも最大の落とし穴が「締切」。いついつに出したいので、いついつまで(あと1ヶ月で、2ヶ月で)訳してほしいという出版者の無茶振り。これが翻訳ではなくて、通常の著作だとどうなのだろうか?よく「あとがき」などで、著者が「編集者の◯◯さんには1月と言っておきながら、まるまる2年も原稿の提出を先延ばししてしまったことをお詫びしなければならない」などと書いているいるのをしばしば目にするが、どうやら「出版翻訳」の場合にはこんなことはありえないようだ。で、問題は、そこにはない。そうやって血眼になって翻訳を完了させて期日までに提出したのに、結局出版は(出版者の都合で)半年も1年も先になってしまうとか、出版しないことになるとか、があるということだ。

この著者の場合は、出版しなかったために、出版社と訴訟になり、勝訴しはしたが、メンタルをやられて、この業界から離れることになったというのだから、驚きだ。

たぶん翻訳書がミリオンセラーになったりすれば一生楽していける印税が入るのだろうが、そんなことはめったにないし、まぁ宝くじにあたるようなものなので、一生に何度もあることでもない。つまり普通の出版翻訳家は、それだけでは生活していけないというのがこの著者の結論だ。

だから翻訳収入は臨時収入と思って、いちおうそれだけでも生活していけるような仕事を持っていなければならないというのだが、そんな職業はまぁないだろう。

日本は世界でも有数の翻訳大国で、とくにヨーロッパの諸言語とちがって、まったく言語体系が違う言語の翻訳が多いので、翻訳者の存在は非常に大きいにもかかわらず、このように虐げられているとは思いもしなかった。

だがよく考えてみると、これと同じ構図が日本のあちこちに見えてくる。その一番いい例は、世界的なアニメ文化も、使い捨てのイラストレーターによる下請けによって支えられている。宮崎駿を夢見て、手塚治虫を夢見て、この産業に参入してきたが、使い捨てにされた漫画家志望の若者がどれだけいたことだろう。

大学(高校・中学、小学校)の使い捨て非常勤講師、理研(大学研究室)の使い捨て研究員、マイナンバーカードの使い捨て作業員、自動車産業の使い捨ての自動車組み立て工員などなど、これまで栄光の◯◯と言われていた日本の産業や文化を支えていたこうした使い捨てにされていた人々が、こんな虐げには耐えられないと反逆して、どんどん離れてしまえば、もう日本の産業や文化は終わりだ。戦後復興期の集団就職の中卒者たちと同じで、いつまでも「金の卵」があると思うなよ。

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『香月泰男』

2023年08月08日 | 評論
安井雄一郎『香月泰男』(東京美術、2017年)

「何でも鑑定団」で紹介されていて初めて知った画家の一人がこの香月泰男という人。シベリア送りになって1年半を過ごしたあと、帰国して、シベリアで死んだ人々の怨念のようなものを描く画家として強い印象を私のなかに残した。

この本は副題に「シベリア・シリーズを読み解く」とあるので、香月泰男の画業はシリーズ・シリーズだけではないようだが、シベリア・シリーズがあまりに強烈だったので、この本を手に取った。

ところが残念なことに、「何でも鑑定団」を観た時のような強烈な印象が今回は感じられないのはなぜなのだろうか?鑑定団のときの紹介映像や解説があまりに上手だったせいだろうか?香月泰男の画業はシベリア・シリーズだけではないのに、こればかり見たせいだろうか?それともA4版の本の片面だけの写真では、そのリアルさが伝わってこないのだろうか?

いくら解説によって習作との関係や香月泰男の精神状態をしることができても、絵そのものが発する強烈な印象はもう感じられない。

しかし私はもともとあまり絵に感動するたちではないのだが、「鑑定団」を見ているうちに、絵の良さが感じられるようになってきて、最近では各地の美術館を温泉とセットで回るのもいいなと思い始めている。

このシベリア・シリーズはすべて山口県立美術館が所蔵しているらしいが、全部を常設展示しているわけではないとのことだ。企画展でもなければ、全部を一気に見ることはできない。その他、香月泰男の個人美術館が山口県長門市三隅町にあるという。まぁ香月泰男を見るならこの二つが必須のようだ。

10年くらい前に山口に行ったのにな。県立美術館の向こうにある瑠璃光寺にも行ったから、もっと早くに知っていたら、中原中也記念館の他にも見るべきところがあったのにな。今度は山口市と長門市の両方に行けばいいんだ。温泉はどこがいいのかな。楽しみが増えた。

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『未完の天才 南方熊楠』

2023年08月06日 | 評論
志村真幸『未完の天才 南方熊楠』(講談社現代新書、2023年)

南方熊楠という凄い人が日本人にいたということを知ったのはいつ頃だろうか?この本を見ると1971年から75年にかけて『南方熊楠全集』全12巻が平凡社から出版されているから、かなり前から知られていたのだろうが、私が南方熊楠を知ったのはわりと最近のことだ。

生まれは1767年で、68年の夏目漱石とほぼ同い年だし、共立学校とか東京大学予備門とかにいたのもほぼ同じ時期(そのことも簡単に書かれている)だし、アメリカ滞在ののちに、ロンドンに8年間滞在した時期も、夏目漱石が政府の給費留学生としてロンドンにいた1901年から2年と重なっている。

だが、漱石が南方熊楠という人のことに触れたという話は聴いたことがないし、その逆もまたしかりだ。漱石も人付き合いが苦手で、もっぱらシェイクスピア研究者のスコットランド人に家庭教師をしてもらっていた以外は大学には通っていないかったというが、大英図書館にはあまり行かなかったのだろうか?

まぁそういうことはどうでもいいが、この本の一番の主張は、膨大なインプットに比べてアウトプットが少なすぎるという話である。一冊も完成した著書がないという。しかし天才的な人にそういう事例がたまにあるのも事実だ。例えば、構造言語学の祖とされるフェルディナン・ド・ソシュールもそういう人だ。構造主義の祖と言われながらも、著書は一冊もない。彼の講義ノート(生徒が書いたもの)がまとめられて、弟子が勝手に作ったものが流布したために、構造主義そのものの理解に誤解がつきまとったという曰く付きのものである。

インプットの膨大さということでいえば、南方熊楠の場合には抜粋や写しが大量に残されていることからそれが言えるのだが、少し前に亡くなった立花隆だってインプットに比べたらそのアウトプットはわずかなものだろう。こういう私だって相当のインプットはあるが、記憶力が悪いので、、同じ本を二度もインプットしようとして、あれこれ読んだことあるぞと気がつくなんて場合もあるのだ。

問題はそこからどのようなアウトプットをするかで、ソシュールの場合には、ものの見方を変えるような視点を提示するような話を学生たちにしたからこそ、後世にまで残ることになったのが、そういう意味で言ったら、南方熊楠にはそういうものはあるのだろうか?夏目漱石は苦しみながらあれだけのアウトプットをしたからこそ、国民的作家として現代でも生きている。やはり人間、アウトプットしてなんぼのもんだろうと思う。

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『シャンソンと日本人』

2023年06月11日 | 評論
生明俊雄『シャンソンと日本人』(集英社新書、2023年)

大学の仏文科で仏文学を学んだからでもないだろうが、私がシャンソンに興味を持ったのは、やはり大学でフランス語を学んだからからとしか考えられない。

そもそも鳥取県のど田舎の、しかも農村の生まれで、周りにはシャンソンのシャの字もないような環境だったからだ。

でも、この本によると日本のシャンソンブームの頂点は55年から60年代初めということだから、55年生まれの私は、幼少期をそのブームのなかで過ごしていたのかもしれない。

そうは言っても、私の記憶にはそんなものはまったくない。それどころか、日本のシャンソンを代表する越路吹雪って、私はあまり好きになれない歌手の一人だったくらいだから、たぶん彼女の『愛の讃歌』は好きではなかったと思う。

たぶんシャンソンに関心が向いたのは、高校生になってたぶんフレンチ・ポップスの最初のブーム(同じ時期にボーリング・ブームも)が来たからだと思う。なんとシルヴィー・ヴァルタンの『悲しみの兵士』が私のお気に入りだった。たぶん『あなたにとりこ』のほうが売れていたと思うのだが、私はそれほどすきではなかった。

それと高校時代に小説をよく読むようになって、外国文学では私のお気に入りはエミール・ゾラ(いわゆる自然主義小説というやつ)だったから、そういうことも影響していたのかもしれない。

そんなわけで仏文科に入って、最初に買ったのが、シャンソンのLPだった。これには『枯葉』は言うまでもなく(って、当時の私はこれくらいしか知らなかった)、『ラ・メール』『話してよ愛の言葉を』など定番曲がたくさん入っていた。それからジョルジュ・ムスタキのLPも買った。

最近ボケ防止にシャンソンを歌おうと思っている。でも長続きするにはやはり先生についたほうがいいと思う。

この本は日本にシャンソンがどんなふうに根付いていったかを詳しくまとめてくれている、よい本だと思う。

シルヴィー・ヴァルタンの『悲しみの兵士』
ナレーターはジョニー・アリディ(フランスでは有名な歌手)


『バカロレア幸福論』

2023年06月04日 | 評論
坂本尚志『バカロレア幸福論』(星海社新書、2018年)

フランスの高卒資格=大学入学資格試験のバカロレアの、とくに哲学の試験が意味するもの、フランスでの中等教育で哲学が目指すものを確かめつつ、哲学の試験で求められる論文作成能力が、フランス人の幸福感に大きな影響を与えているのではないかということを論じている。

バカロレアについては私もいろいろ調べて、授業でフランスの教育の仕組みを話すのに必ず触れてきた。だから、およそのことは私も理解していることが書かれていたのだが、実際に論文の書き方、そのための手順などについては、この本は詳しく書かれている。

しかもたんなるテクニックのような話に見えるかもしれないが、どのようにして哲学の試験の論文を作成するかを論じながら、じつはフランス人の知識習得の仕方やものの論じ方をあきらかにしてくれるとことがこの著書の興味深い点である。

それともうひとつ興味深い話は、哲学の試験は論文作成になるが、それを採点する基準はないという。採点するのは高校の哲学教師たちで、彼ら/彼女らは国家資格として哲学教授の資格を得ているのであり、そうした資格を持っている以上は、正しい採点をするとみなして、自由な採点にまかせているというのだ。ここに日仏の大きな差を感じるのは私だけだろうか?

この問題で一番目につくのがスポーツ指導員の問題である。日本では学校でのクラブ活動にせよ、地域のクラブ活動にせよ、指導員にはなんら資格が必要とされない。たいていは指導者本人が学生時代にそのスポーツをしていたというだけの理由で、指導者になれる。そのためそれこそ好き勝手な指導をして、時には勝利至上主義になって、生徒に暴力・暴言を働いて、生徒を自殺に追い込んだり、柔道に多いが、寝たきり状態にしてしまうこともあり、教育の一環という本来の趣旨を逸脱している。

かたやフランスではすべてのスポーツの指導員になるには国家資格が必要であり、その資格を取るためには、そのスポーツ固有の身体や生理の問題だけではなくて、児童心理学から身体機能全般の知識までが要求される。したがって暴力事件など起こしたら資格を剥奪される。だからというわけではないが、フランスのスポーツ指導には、日本で当たり前のような暴力・暴言事件はない。それでも柔道などお家芸とか称している日本なんかよりも柔道人口も多く、トップの選手の力は日本を超えている。

もう一度バカロレアの哲学の試験の話に戻れば、日本なら論文答案を採点するのに一定の基準で行えるわけがないから、→論文試験はしない→短答式(マークシート式)でやる。こうして、本当にものを考える力を養成する機会は失われる。本来、そうした能力を前提にして、新しい分野を掘り下げていくべき大学という高等教育機関で、論文の書き方から教えなければならないという日本の遅れた状況は、いまの文部科学省には解決する能力も解決しようという考えもないのだろう。

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