読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『スクラップ・アンド・ビルド』

2023年03月26日 | 作家ハ行
羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』(文藝春秋、2015年9

羽田圭介の第153回芥川賞受賞作だということは、読後に知った。図書館の一角にある介護かなんかの特集コーナーで見つけた。中島久美子の『介護小説 最後の贈り物』という小説と一緒に借りて来たのだが、こちらが読みやすそうだったので、先に読んでみたら、面白かった。

最初はそのタイトルからして、人生なんてスクラップ・アンド・ビルド、つまり老人は若者たちに道を開けろ、的な(つまり最近喧しいイェール大学准教授の老人の集団自殺みたいな」ものかと思っていたら、まったく違っていた。

祖父、母、自分(健斗)の三人で東京の近郊都市のマンションに住んでいる主人公の祖父がうつ状態で早く死んでしまいたいと言うのが口癖になっている。健斗は三流大学を出たが、いまだに就職できず、行政書士試験のための勉強をしたりしながら、ときどき付き合っている4歳年下の亜美とセックスしたりしている。父がすでに亡くなっているので、母が働いて生計を立てているが、この母は祖父にきつい言葉で当たり散らす。

普通に考えると健斗はあれこれ世話をしなければならない祖父に対して辛く当たると思うのだが、意外と「祖父の希望通り早く苦しまずに死なせてやる」ということを考えて、祖父の世話をしている。つまり祖父が移動するのに手を貸してやるのは、祖父の身体能力を早く落とすため、衣服の整理を代わりにするのは、祖父の認知能力を衰えさせるため、という具合である。

つまり、彼の意識とは無関係に、外見的は祖父孝行の孫に見えるのだ。そういうちょっとねじれた健斗の意識が中心に描かれているので、まだ二十代の健斗がいいやつに見えてきたりするのが、面白い。

3分の2あたりから著者の筆も冴えてきて、喜劇を狙っているのかと思わせるほど、笑わせてくれる箇所が頻出するのだが、最高なのは以下の行である。祖父が突然に苦しいと言い出したので健斗が救急病院に連れ込んでしばらく入院ということになる。同じ病室には老人ばかりがおり、その中のひとり老婆が「殺されるぅ」と誰彼となく叫んでいる。何回目かに訪れたときその老婆が同じように「殺されるぅ」と言うと、若い猫なで声の女性看護師がやってきた。

老婆「殺してくれっ!」
看護師「もう少し待っててねぇ」
老婆「はぁい」
すると老婆はおとなしくなり・・・(95頁)

この箇所で思わず笑ってしまった。

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こりゃだめだ!

2023年03月02日 | 日々の雑感
こりゃだめだ!

日本における革新運動が弱い原因の一つに政治(政党)レベルのセンターがないことがあると私は考えている。

男女平等やジェンダー、性的少数者の問題、正規と非正規の格差是正や賃上げ・労働条件の改善、年金問題、コロナで明るみになった医療現場の矛盾などなど、民主主義を土台として社会の革新を引き起こす運動をいろんな分野で広げ、その成果を持ち寄った形で、センターとなる政党(もちろん単数形とはかぎらない)の議員を多数選出して、そうすることで、社会的な影響力をもっと広げたり、法律を制定し、予算を獲得して、実質的な形にするというのが理想的な姿だと思う。

ところが民主党は瓦解し、連合頼みの立憲民主党は当てにならないし、社会党は絶滅が危惧されているくらいだし、日本の民主的な改革運動のセンターがないのが現状である。

そこで国会でも田村智子議員や山添拓議員などを中心に鋭い追及をするなど奮闘している姿がしばしば見られるし、いろんな問題(とくに最近ではコロナ問題など)でまともなことを主張していることから、共産党がそのような運動のセンターになってくれるのを期待している人は多いと思う。共産党は政党助成金を拒否しながらも新聞・出版活動で財政的にも自立しているし、党員の踏ん張りによって足腰もそれなりにしっかりしている。

ところがそういう期待に冷水を浴びせたのが先ごろ起きた松竹氏の除名である。出版物で共産党の党首公選を呼びかけたことがきっかけになって、除名という、党員への処分で一番重い処分を下した。

党首選出は規約で規定してあり、共産党自身が決めることで、党外の人にどうこう言われる筋合いはないと主張したり、党首公選問題を広く議論したらどうかという朝日新聞の論説に対して「共産党攻撃」だと言って門前払いをくらわせた姿勢を見て、がっかりしたのは私だけではないだろう。

まるで共産党独裁だという批判に「中国には中国式の民主主義の形がある」とピシャリと門前払いをくらわせる中国共産党と同じではないか。

私はこの松竹氏がかつては共産党の幹部であったとか、何かの出来事で左遷され、いまは一党員にすぎなかったとか、というような話しはよく知らないし、松竹氏がどういうつもりでこんな本を出版したのかも知らないし、そんなことはどうでもいいと思っている。

おそらく多くの人々が期待していた対応は、志位委員長が「この提案をきっかけにして、党の内外で党首公選の問題も含めて、共産党がこんな政党になってくれたらいいというような議論を広く巻き起こしてくれれば、共産党としても検討を行ない、より広い国民の期待と信頼を得ることができるようにしたいと考えております」くらいのコメントをしていれば(こういうのを「大人の対応」と言うらしい)、統一地方選挙を目の前にしている時期でもあるし、共産党への共感が広がっただろうし、もともと共産党に期待していた人々は安心をしたと思う。

そしてそういう議論の過程で共産党のほうからも、党首の選び方や組織形態や民主集中制とか言っている制度がどういう意味を持っているのかなどを党外にたいして説明していく機会をもてば、なにやら秘密結社みたいなイメージも薄れて、共産党への信頼感を強めることになるにちがいない。

そういう議論が共産党の周辺でどんどん広がれば、共産党という言葉を口にすることさえはばかられるような雰囲気だって薄まっていくだろう。

今回の対応は、そうした期待を完全に裏切った。やっぱり共産党って、いざとなったら何をするかわからない団体だというイメージどおりだなと思った人々が多かったのではないだろうか。そういう意味で最低最悪の対応であった。そして共産党に期待をしていた人々は「こりゃだめだ!」と思ったにちがいない。

そこへもってきて今度は大阪の富田林市で、共産党の市会議員が同じく共産党の女性議員にパワハラをしたという報道があった。パワハラを認めて離党したという報道はたくさんあったが、その後の詳しい話はあまり見えてこなかったが、どうやら怪しげなことになっているらしい。もしこれが本当だとしたら、ひどい話だ。
富田林市の共産党の怪しげな動きについてこちらを参照のこと
こちら
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