高野山町石道(下りコース)歩く
やっと高野山町石道の下りを歩き通した。前日(28日)に行く予定だったのだが、娘から孫たちを夕方からお泊りで見て欲しいという連絡があって、本当に天気もいい日だったのだが、土曜日に変更した。
29日に孫たちの朝ごはんを食べさせて、8時半くらいに娘に迎えに来てもらい、ついでに車で駅まで送ってもらった。9時前の電車に乗って、高野山上に着いたのが、10時半くらい。バスで金堂前に着いたのが、もう11時前だった。
バスを降りて町石道の「一町」を探すが、あれー分からない。ウロウロしても見つからないので、通りがかりの修行中のお坊さんに尋ねたが、どうも分からないみたい。またまた通りがかりのおじさんに尋ねたら、その先にあると教えてくれた。道のそばからちょっと奥まったところにあったので分からなかったが、独特の形をしているので、今後はこれが目印になった。
「一町」
それから一町ごとに建てられている町石を「ニ町」「三町」と数えながら、歩き始める。大門を過ぎて、山道になる。すぐに下りの急坂、上がりのコースだと「最後の最後にこんな急坂が続くときついね」とか言いながら、快調に歩く。
矢立という場所で国道480号線と交わる。ここはバスでも休憩所のようになっていて、何台もバスが止まっていた。60町(三分の一)になる矢立まで下ってきたのだが、ここから笠木峠まで長い上りになる。
ちょうど半分の90町を過ぎてゴルフ場のそばを歩く。111町のところに神田地蔵堂があり、ベンチもトイレもあるので、3時のおやつ休憩にする。134町の六本杉のところで尾根コースは終わり、急坂と下りることになる。つまり本来のコースだとここまで50町近く上りが続くことになる。たいへんだこれは。このあたりではもう足が辛くなってきていた。
柿畑の急坂を延々と下り、やっとのことで慈尊院の階段わきにある180町に着いた。
「百八十町」
慈尊院から九度山駅までちょっと距離があって、駅についたのが6時前。結局、11時に出発して、休憩時間も含めて、7時間もかかった。
夏には本来のコースを上がろうと話していたのだが、歩き終えてみると、ちょっと無理だね…来年まで伸ばそうかということになった。
それにしても、我ながらよく歩いた。
やっと高野山町石道の下りを歩き通した。前日(28日)に行く予定だったのだが、娘から孫たちを夕方からお泊りで見て欲しいという連絡があって、本当に天気もいい日だったのだが、土曜日に変更した。
29日に孫たちの朝ごはんを食べさせて、8時半くらいに娘に迎えに来てもらい、ついでに車で駅まで送ってもらった。9時前の電車に乗って、高野山上に着いたのが、10時半くらい。バスで金堂前に着いたのが、もう11時前だった。
バスを降りて町石道の「一町」を探すが、あれー分からない。ウロウロしても見つからないので、通りがかりの修行中のお坊さんに尋ねたが、どうも分からないみたい。またまた通りがかりのおじさんに尋ねたら、その先にあると教えてくれた。道のそばからちょっと奥まったところにあったので分からなかったが、独特の形をしているので、今後はこれが目印になった。
「一町」
それから一町ごとに建てられている町石を「ニ町」「三町」と数えながら、歩き始める。大門を過ぎて、山道になる。すぐに下りの急坂、上がりのコースだと「最後の最後にこんな急坂が続くときついね」とか言いながら、快調に歩く。
矢立という場所で国道480号線と交わる。ここはバスでも休憩所のようになっていて、何台もバスが止まっていた。60町(三分の一)になる矢立まで下ってきたのだが、ここから笠木峠まで長い上りになる。
ちょうど半分の90町を過ぎてゴルフ場のそばを歩く。111町のところに神田地蔵堂があり、ベンチもトイレもあるので、3時のおやつ休憩にする。134町の六本杉のところで尾根コースは終わり、急坂と下りることになる。つまり本来のコースだとここまで50町近く上りが続くことになる。たいへんだこれは。このあたりではもう足が辛くなってきていた。
柿畑の急坂を延々と下り、やっとのことで慈尊院の階段わきにある180町に着いた。
「百八十町」
慈尊院から九度山駅までちょっと距離があって、駅についたのが6時前。結局、11時に出発して、休憩時間も含めて、7時間もかかった。
夏には本来のコースを上がろうと話していたのだが、歩き終えてみると、ちょっと無理だね…来年まで伸ばそうかということになった。
それにしても、我ながらよく歩いた。