読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『人新世の「資本論」』

2021年06月25日 | 人文科学系
齋藤幸平『人新世の「資本論」』(集英社新書1035A、2020年)

飛ぶ鳥を落とす勢いの若手研究者の本。まだ34才という若さ。ドイツ生まれなのかどうかしらないが、大学からドイツで学んでいることから、当然ドイツ語や英語はネイティブ言語のように使いこなせるのだろう。やはりそれくらいの基礎力がないと、この若さで世界の最先端の主張を取り込んで、自説を展開するというのは無理だと思ったので、今後はこれが主流になるのだろうか。

この若者に感心したのは、徹頭徹尾、資本主義を根幹から転換して新しい生産関係のシステム(それは新しい意味でのコミュニズムにほかならない)を作り出さなければ、現今の環境問題や貧困問題(南北問題と言われてきた問題)を解決することはできないという立場に立っていることだ。

資本主義システムの改良によって問題が解決できるのではないかというのは幻想だとはっきりと私たちに突きつけたのは、じつに興味深い。

環境問題は、広く主張されるようになって、多くの市民の理解を得るようになったが、その主張の多くは、あたかも私たちの生活そのものが害悪であるかのような主張になっていることだ。つまり資本主義システムが問題なのではなくて、どんなシステムでも生産力が発展すればこうした環境問題が起きるというように思わせてきた点である。

しかし著者は、環境問題は資本主義システムの当然の帰結であるとはっきり主張する。それは資本主義システムが人という存在であれ、地球という一見無尽蔵に見える存在であれ、すべて利潤追求のために私有化すること蕩尽することから起きることだということを明らかにした。

それを防ぐには、土地、水、空気をはじめとした自然由来のものから、電力、道路、情報網など社会生活に必要な人間が作り出したものまで、人間の存在に必要なものはすべて「コモンズ」として私的所有を許さないで共同体の共同所有、共同管理、共同運営に委ねるなければならないという。

そうすることによって自然は適切に管理され、私たちの生活を豊かに潤すものとなり続けることが可能になる。

彼はそれを『資本論』第一巻を書き終えてから死ぬまでの20年くらいの後期マルクスの研究ノート(MEGAとして編集されており、この著者もそれに関わってきた)から読み取ることができるという。この意味で、マルクスはけっして滅びていないし、現今の諸問題にも私たちが取るべき道を示唆してくれているというのだ。

しかし資本主義システムを解体して「コモンズ」を共同運営していく道は端緒にさえもついていないように思える。果たして環境崩壊に間に合うのだろうかという心配も出てくる。同時に、私たちが進んでいくべき道を提示してくれたことは喜ぶべきことであり、これをもとに私たちが活発な議論を広げていかねばならないと思う。

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『泡』

2021年06月16日 | 作家マ行
松家仁之『泡』(集英社、2021年)

進学校に通う高校生の薫が、勉強の意味を見失い、友達関係も、教師との関係も、上手く行かなくて(というか関係を作れなくて)、休学してしまう。それを見かねた父親の口利きで、和歌山県の白浜と思しき海辺の町の砂里浜でジャズ喫茶を営む、叔父にあたる兼定のもとに、8月までという約束で、面倒を見てもらうことになった。そこでひと夏を過ごした経験。決して甘い恋愛があるのでもないし、漱石の『こころ』みたいに、衝撃的な出来事があるのでもない小説だが、惹きつけられた。

最初は、薫が休学するにいたった高校生活の話や、大叔父にあたる兼定が復員してからの家族との人間関係の話などで、面白くなかった。視点がずっと薫に置かれて書かれているとばかり思っていたのに、大叔父の話になると大叔父の兼定に視点が移動している。

祖父といってもいいくらいの年齢の人の様子を高校生の薫の視点から描くほうが一貫性があってよかったんではないのかと、訝しく思いながら読んでいた。

だから、最初の半分くらいは視点の移動が気に入らなくて、なんだか面白くない小説だなーと、ちょっと読んでは閉じ、ちょっと読んでは閉じして、なかなかページが進まない。

ところが半分くらいしてからか、薫たちが兼定のジャズ喫茶の営業終わりに、そこで働く岡田と岡田の彼女のマサコ、そしてマサコの知り合いでパン屋で働くカオル(夏織)と薫の四人で浜辺に花火をしに行ったあたりから、なぜかしら面白くなってきた。あとから思い返してみても、理由がよくわからない。

毎日パンを買いにカオルのいるパン屋に出かけるようになって、薫は淡い恋心をカオルに抱くようになるが、じつは、岡田とカオルのあいだに恋愛感情があり、マサコが東京の友人のアタックでいなくなると、二人の関係ができあがる。ちょうどその頃、8月が終わって薫も東京に戻ることになる。

人間関係に緊張してしまう薫がこれからどうなるのかを予想させることは何も書かれていないが、なんだか良さげな終わり方をしている。

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『日本再生のための「プランB」』

2021年06月10日 | 評論
兪炳匡(ゆうへいきょう)『日本再生のための「プランB」』(集英社新書、2021年)

日本の指導者は(ずっと戦前から)プランBを持つことができない人たちだと私は思う。今のスカスカ政権がそう。

プランBを持つということは、これこれの状態になったらプランAからプランBに変えるということを意味する。そのために必要なことは、もしプランA・プランBの策定ができた上で、現状を客観的に認識するために現状分析を正確に行わなければならない。これが日本の指導者たちはできない。

たとえば、こういう状況になったら「緊急事態宣言」を出す・終了する、こういう状況になったら東京オリンピックが開催可能だとみなすことができる・できないに必要なのは、コロナ感染や医療逼迫の状況だが、そもそも世界標準のコロナ感染検査であるPCR検査がまともに行なわれていないので、実際、どれくらいの人が日本でコロナ感染をしているのかまったくわからない。オリンピックを前にして検査数が極端に抑え込まれているから、現在テレビなどで示されている数字なんか現状をまったく反映してない。まさに大本営発表にすぎない。

したがって、日本の感染者のうち英国変異株がどれくらい、いま世界で脅威の対象になっているインド変異株が何%くらいということがまったくわからない。したがって、インド変異株がちょうどオリンピックの頃に日本中を席巻して恐ろしいことになりかねないという認識が日本の指導者たちにはない。

だから何もしないで、安心・安全という主観的願望を呪文のごとくに唱えているだけ。はてはワクチン頼み。

つまり真実を隠し、そして指導者たち自身も真実を見ないで、大本営発表で、国民を騙して、戦争を継続させ、東アジアの人々や対戦国の人々だけでなく、日本人も戦闘員・非戦闘員の区別なく多くの犠牲者を出した。これと同じことを東京オリンピックでやろうとしている。

コロナはいずれ終息するだろう。だが、プランBをもっていれば、コロナの直接的な犠牲者も、また緊急事態宣言を出したことで苦しめられた人々の犠牲も減らすことが可能だったし、これからも可能なのに、それができなかった。

コロナ禍は(最近、武漢の研究所から流出したという説が取り沙汰されているが)天災だとしても、コロナ対策は人災だ。何よりも安倍政権とスカスカ政権がプランBを持っていなかったことが大きな原因であることは明らか。

この本は、コロナ禍という緊急時におけるプランBではなくて、平時の日本人の暮らしを豊かにするためのタイトル通り日本再生のためのプランBが提起されている。

簡単に言えば、多くの国々が目指す大企業中心の経済発展→庶民にもそのおこぼれがあるタイプのプランAではなくて(最近バイデン大統領がこれまでトリクルダウンが機能したことは一度もないとプランAは国民生活底上げの手法としては役に立たないと明言した)、地方再生、医療・福祉・教育分野にお金をかけることによって、国民の購買力を高め、日本経済を回していこうというプランBこそが必要だという内容である。

その前提として提示されている1990年ころから現在までの30年間で日本経済がどこまで没落してきたかを数字によって突きつけられると、日本経済ってそんなに酷い状況だったのかと驚くだろう。

まず現状を冷静に見るところから出発しなければならないから当然のことだが、そういう経済没落の原因には、男女不平等の問題や労働者の権利が守られていない問題、日本の主権がアメリカによって侵害されている問題など、これまであまり問題にされてこなかったことも指摘されている。

人材不足を言う前に、女性という人材が使われずに埋もれているという現状を改革すべきだろう。結婚したら仕事を辞めるとか、妊娠したら仕事ができなくなるだとか言って、女性をガラスの天井で閉じ込めてきた日本社会、外国人労働者を労働者として認めない日本社会を変えることから始めなければならない。当然いますぐにでもスカスカ政権は辞めてもらうしかない。

『日本再生のための「プランB」 医療経済学による所得倍増計画』についてはこちらをクリック


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