昨日、瀬戸内海上空から、宮本常一が育った周防大島と沖家室島がよく見えました。
沖家室島については、立松和平さんのブログから、少し引用させてもらう。
「その周防大島の東南のはずれに、沖家室島はある。・・・明治時代には三千人を超えていた人口は、今や二百人を切ってしまった。
中世にも人が住みついていたとされる沖家室島は、海賊の島でもあった。・・・島の唯一の寺院泊清寺の住職が友人である。
・・・
私はこの島を訪れるのが三度目である。大学の先輩がこの島の出身で、菩提寺の泊清寺に葬られているからだ。」
その立松さんの先輩はわたしの友人でもある。2月28日が命日です。
沖家室島については、立松和平さんのブログから、少し引用させてもらう。
「その周防大島の東南のはずれに、沖家室島はある。・・・明治時代には三千人を超えていた人口は、今や二百人を切ってしまった。
中世にも人が住みついていたとされる沖家室島は、海賊の島でもあった。・・・島の唯一の寺院泊清寺の住職が友人である。
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私はこの島を訪れるのが三度目である。大学の先輩がこの島の出身で、菩提寺の泊清寺に葬られているからだ。」
その立松さんの先輩はわたしの友人でもある。2月28日が命日です。
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